なぜイタリア。 【新型コロナウイルス】なぜイタリアでこれほど感染が広がったのか?

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今年は終戦から70周年を迎える。 太平洋戦争を知っている世代が年々少なくなる一方で、今年は節目の年ということもあり、戦勝国が対日戦勝利を祝う式典等を予定している。 また、あの戦争をテーマにした映画やドラマの放映、出版物の刊行なども相次ぎ、我われ日本人にとって例年に増して「終戦」を意識せざるを得ない年となる。 この連載では、これまで昭和史の中で「8月15日」という1日で語られがちであった「終戦」について、戦勝国、交戦国などの視座も交えて、その知られざる一面を取り上げていくものである。 連載を通して、日本が対外的に今も直面している多くの問題の根源が「終戦」にあるということが理解できるであろう。 今回は、太平洋戦争前にドイツと共に軍事同盟を締結したイタリアが、日本の終戦前に連合国として日本に宣戦布告をしてきた事実を取り上げる。 ドイツの統制下で連合国と交渉していたイタリア イタリアの第二次世界大戦終了は、複雑かつ特殊な形で行なわれた。 多くの日本人の常識としては、イタリア王国は第二次世界大戦では枢軸国として参加し、ファシスト党のベニート・ムッソリーニ総統が全権力を握っていたと思っているだろう。 しかし、イタリアは立憲君主国であり、国王エマヌエレ三世が元首を務めていた。 1943年7月10日の、米軍を中心とした連合国軍のシチリア島上陸により、イタリア本国は占領の危機に晒された。 この危機的状況に軍内部の休戦派とファシスト党穏健派、それに敗戦による王政廃止を恐れる王党派が、反ムッソリーニで結び付いた。 ムッソリーニは徹底抗戦を主張するが、国王と共謀した反対派勢力の政治的クーデターで首相を解任され、北イタリアの山岳地帯にあるグラン・サッソのホテルに幽閉された。 これによってファシスト政権は崩壊し、国王はムッソリーニに代えて、国防軍の長老ピエトロ・バドリオ元帥を首班とする内閣を成立させたのである。 しかし、イタリアはドイツ南方方面軍の統制下にあったため、バドリオ元帥はドイツに戦争の継続を約束しつつ、連合国との間で休戦交渉を進めていった。 イタリア側の狙いは連合軍と休戦をし、その後に連合軍の一員として対独戦に参加するというものであったが、連合国側は、イタリアにあくまでも無条件降伏を求め、降伏後の対応はまた別とするとしていたのである。 連合軍側はイタリア問題を早期決着させ、対独戦に集中したいとの思いもあり、名目上は休戦協定ではあるが、実質上は無条件降伏となる条文を妥協案として示し、イタリア側もようやく妥協した。 ところが、最終段階になって国王と政府が決断を躊躇する。 ドイツ特殊部隊がムッソリーニを救出 1943年9月8日、イタリア側の優柔不断な態度に業を煮やした、連合軍のドワイト・D・アイゼンハワー大将が、イタリア側の了承なくイタリアの無条件降伏を宣言し、休戦を既成事実化した。 これによって前線のイタリア軍部隊は、唐突に戦いの終わりを知らされる格好になり、1943年9月8日がイタリアの終戦の日とされることとなった。 しかし、イタリアと同盟を組んでいたヒトラーは、イタリア北・中部へドイツ軍を進駐させた。 ドイツ軍の進駐でパニック状態になった国王と政権の閣僚たちは、ローマを捨てて連合軍の占領地域に逃亡してしまったのである。 前線に展開していたイタリア軍や国民は、国王らの無責任な逃亡を知らされておらず、イタリア国民にとって9月8日の終戦の日は、いまだに国辱の日となっているのだ。 イタリアに進駐したドイツ軍は、イタリアの統治にファシストを奉じる勢力を作る必要があり、ムッソリーニの復権を画策した。 ヒトラーはムッソリーニの救出作戦を命じ、9月12日にはオットー・スコルツェニーが率いるドイツ軍特殊部隊が、グライダーや軽飛行機を使ってアペニン山脈の山頂に舞い降り、グラン・サッソを急襲。 無事ムッソリーニの救出に成功した。 この鮮やかな作戦はナチスの宣伝もあり、よく知られるところだ。 イギリスのジャック・ヒギンズは、1975年にこの作戦を背景にした『鷲は舞い降りた』(早川書房)を著し、翌年に同名で映画化され日本でも公開された。 宝塚歌劇団でも、この話を題材に悲恋物語の『グランサッソの百合』として、1991年に初演している。 松本利秋(まつもととしあき) 1947年高知県安芸郡生まれ。 1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。 国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。 ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。 TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。 著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)、『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(小社刊)など多数。

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新型コロナのパンデミックで避けたい未来、医療崩壊のイタリア:日経ビジネス電子版

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イタリアのミラノ出身で在日イタリア商工会議所のフランチェスコ・リナレッリ副事務局長は感染拡大の背景について、イタリアの中国との経済的なつながりの深さや、日常的なコミュニケーション方法などが影響を与えたのではないかとしています。 日本とイタリアの企業向けに情報提供の役割を担っている商工会議所では、今回の事態をうけて本国の企業への聞き取りを行ったり、地元メディアの報道ぶりを調べたりしています。 リナレッリさんはイタリアで感染が広がっている背景として「イタリア北部には大企業だけでなく、中国と経済的なつながりを持つ中小企業がとても多い。 1月や2月に中国に滞在していたイタリア人が現地で感染して、帰国後に感染が広がったのではないか」と分析しました。 また、 「イタリア人はキスやハグをよくするし、会話しながら相手の体に触れることもある。 仕事が終わったら、友人とバーに行ったり、ビュッフェスタイルの食事をしたりして、 人と一緒に時間を過ごすことが多い。 相手との距離が近いことが感染拡大に影響した可能性がある」として、日常的なコミュニケーション方法が感染しやすい状況をつくったのではないかという考えを示しました。 さらに 「イタリアでは当初、新型コロナウイルスに対して、 インフルエンザと似たようなものだから、心配しなくてよいという声 が多かった。 旅行業界から観光が盛んなイタリアで恐怖をあおらないでほしいという声も出ていたし、 経済を優先したほうがよいということで『ミラノは止まらない』というハッシュタグがはやっていたほどだ」と話し、経済的な影響を懸念した結果、対応策が後手に回ってしまったのではないかという見方を示しました。 9日の感染者数は9172人と中国に次いで2番目に多い。 欧州で突出して感染者数が多い理由を探ると、医療現場の混乱などいくつかの可能性が浮かび上がってくる。 コンテ首相は9日「国民全員が協力して、厳格な規制に対応してほしい」と呼びかけた。 外出を避けるよう求め、飲食店は夜間の営業を禁止した。 ただし、仕事や健康上の理由での移動は認める。 移動制限は4月3日まで続ける。 感染者が急増した理由に挙がるのが医療現場の混乱だ。 イタリアは、これまでに新型コロナの検査を5万4千件以上してきた。 感染者を確定させる狙いだったが、 軽症の患者も徹底的に検査したため、 病床が満杯に。 医師や看護師の不足に拍車がかかり、感染が一気に広がった可能性がある。 米ブルームバーグ通信は世界保健機関(WHO)関係者の話として 「検査をやり過ぎて害を及ぼしたようにみえる」と伝えた。 無症状の人は自力で回復できた可能性があると指摘した。 イタリアは欧州連合(EU)が求めた財政緊縮策として医療費削減を進め、医療機関を減らしてきた。 政府は引退した医療関係者の現場復帰を呼びかけ、軍事施設の活用など対策を急ぐ。 中国人観光客の多さも新型コロナのまん延のきっかけになったとの声もある。 イタリアを訪れる中国人は年320万人を超え、国別では5番目に多い。 イタリアは2019年3月、主要7カ国(G7)で初めて中国の広域経済圏構想「一帯一路」に参画する覚書を締結し、その後に中国人は一段と増加した。 感染症が専門のミラノ大学のガリ教授は伊メディアに対し「疫学のデータを分析すると、イタリアではウイルスは既に1月末ごろから出回り始めていた」と話している。 明るく友好的な国民性が関係している可能性もある。 イタリア人は家族や友人との時間を重視し、週末などに食事やカフェを一緒に楽しむのは日常茶飯事だ。 あいさつでも相手のほおに自分のほおを寄せるのが一般的で、 人と人が身体的に近寄る機会が多い。 伊市民保護局のボレッリ局長は 「イタリア人の 感情をあらわす気質がウイルスの拡大につながった可能性がある」と指摘する。 現在、ミラノなどイタリア各地は静まりかえっている。 一時的とはいえ、全土での移動制限は経済へのマイナスの影響が大きい。 外出の自粛や飲食店の時短営業で消費が低迷するのは確実だ。 20年1~3月期の実質経済成長率は2四半期連続でマイナスとなるとの見方が強まっている。 ユーロ圏で3番目の経済規模を持つイタリアは景気後退に陥る可能性がある。

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なぜ「5人に2人」しか働いていないイタリアは日本と遜色ない“豊かさ”なのか |ビジネス+IT

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afpbb. それまでは、まだ「他人事」という空気だったことをよく覚えています。 自治体の対応は迅速。 ロンバルディア州のとなり、自分が生活するエミリアロマーニャ州でも翌日の2月24日 月 からの全校休校を急遽決定。 この頃日本ではクルーズ船が大問題となっており、自分はこの少し前から(平均的な日本人と同様程度に)コロナに対して怖いなと思っていました。 そこにきて、封鎖された11の自治体は自分の町から電車で1時間半ぐらいの距離なので、やばいな、と。 で、この週の木曜日(2月27日)にアメリカ出張から戻ってきた友人とメッセージのやりとり。 私:「空港の様子はどう?」 知り合い:「人が少なくなり始めた。 アジア人の利用者はマスクしている人が多い」 私:「空港で働いている人たちは?」 知り合い:「大して心配していない人がほとんど。 【2週目】3月1日〜3月8日 気になり始めた死亡者数の多さ 2月22日に11の自治体が封鎖されてから2週目。 感染者の数はどんどん増えていきます。 しかしこの頃から気になっていたのは死亡者数の多さ。 3月4日の日本の友人とのLINEを見返してみると、この時点でもう死亡者数が107人。 私は前週から可能な限りテレワークに切り替えていましたが、それでも何人かは都合上、会わなくてなりませんでした。 その中の4人ほど、以下のようなことを言っていてとても不安になりました。 「私は心配していない。 なぜパニックになるのか」 「致死率は低い。 危険なのは高齢者だけ(自分は大丈夫)」 「私の会社(某自動車メーカー)では出張を中止にしただけで他の対策は特にとっていない」みんな、2月22日に封鎖された11自治体から電車で1時間半程度のところに住む人たちです。 特に「危険なのは高齢者だけ」理論については、もし自分が無症状の感染者でそれを高齢者に移してしまったらどうするのか、というところに考えが及んでいないことに呆れました。 香港駐在から一時帰国中のイタリア人 香港に駐在して5年近くになるイタリア人の友人は、実家が私の家の近くで、2月上旬から一時帰国中。 メッセージで連絡をくれ、私が「少しナーバス」というと「自分も1ヶ月前の香港で同じだったけど、適切に用心すればリスクはおさえられる」 そして、香港のコロナ対策を経験してから、イタリアに帰ってきて感じたことなどを語りはじめました。 友達:「今、香港ではコロナを制御できている。 市民が当局の指示に従ったから。 イタリアでも(3月10日に全土移動制限が発令されてから)ようやくルールに従い始めた」 私:「自分は2月下旬ぐらいからずっと心配して怖がっていたけど、自分のまわりの人たちは、移動制限が出た3月10日まで深刻にとらえていないように感じ、それでずっとナーバスになっていた」 友達:「私もあなたと同じ! 2月にイタリアに帰ってきたとき、会社でマスクをしているのは私だけ。 夜に友達と出かけたり、人が集まる所に行かないように気をつけていたのも自分だけだった」 街の人通りは少し減ったが。。 私は、2週目(3月1日〜8日)ぐらいから、外出は食料の買い出しのときだけにしていました。 自分のまわりの人たちは、ほぼ普段通りに仕事をしていて、テレワークをしていたのは数人。 スーパーへ行くときに街の中心地を通ると、人通りはいつもの6〜7割程度。 バールでは暇をもてあました高校生、大学生たちが、普段とたいして変わらないように集まってお喋り。 近所のスーパー3店とも、アルコール消毒液の設置などの対策をしているところはありませんでした。 政府と自治体の早い意思決定 イタリア政府や自治体の意思決定は、非常に早いと感じます。 1月30日の時点で中国発着の便を運航休止にしています。 他のヨーロッパ諸国に先駆けての措置だったのですが、今では「遅すぎた」とか「他国経由で入ってくるから意味がない」という批判も。 共働き家庭が日本より多いのに、です。 この意思決定の早さは、政府や自治体の危機意識の高さを表していると思います。 やはり問題は市民レベルでの危機意識、かと。 【ロンバルディア州】全土移動制限なのに4割が外出 3月17日の全国紙コッリエレデッラセーラの1面の見出しは「外を出歩く人が多すぎる」。 (参照:) 全土移動制限が発令されてからまだ1週間。 街や公園などに人が多すぎる、取り締まりをもっと強化する、という記事。 そして、感染拡大が最も深刻なロンバルディア州(州都ミラノ)で携帯会社のデータを分析した結果、40%の人が外を出歩いていることがわかりました。 corriere. shtml) その40%には、300〜500mの短い移動(近所のパン屋などへ行く)は含まれていません。 ただし、ほとんどの工場は稼働中なので、そこへ通勤するための移動もこの40%には含まれています。 いずれにしても「多すぎる」とロンバルディア州知事。 感染者数が最も多く、最も危機意識が高くなくてはならないはずのロンバルディア州でこのような状態。 普通に考えれば、感染拡大がまだ少ない南イタリアで同じ調査をすればもっと多くの人が出歩いているという結果が出そうです。 (おわり).

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