廿日市 市 女子 高生 殺害 事件。 広島・廿日市市女子高生殺人事件の犯人14年目の逮捕-やっぱり犯罪者はバカである

宇部の35歳男逮捕 廿日市の女子高生殺害 指紋一致 容疑認める 事件から13年半「通りすがり」(2018年04月14日掲載)

廿日市 市 女子 高生 殺害 事件

2004年10月、広島県廿日市市で県立高2年の女子生徒=当時(17)=が自宅で刺殺された事件で、広島県警の捜査本部は13日、山口県宇部市の会社員男(35)を殺人の疑いで逮捕した。 山口市で起きた別の暴行事件で採取された男の指紋とDNA型が、廿日市市の殺害現場で見つかっていたものと一致した。 白昼に女子高生が殺され、社会に衝撃を与えた事件は発生から約13年半を経て、解決に向けて大きく動きだした。 捜査本部や捜査関係者によると、男は容疑を認め、「仕事を首になってうろうろしていた。 通りすがりで廿日市市に来た」という趣旨の供述をしているという。 逮捕容疑は、04年10月5日午後3時ごろ、女子高生の胸や首を刃物で突き刺すなどして殺害した疑い。 広島県警は、男が離れの2階にあった女子高生の部屋に侵入し、階段で1階へ逃げようとした女子高生を襲った後、悲鳴を聞いて駆け付けた祖母(86)にも大けがをさせて逃げたとみて調べる。 捜査本部や捜査関係者によると、捜査進展のきっかけは山口市で今月初めに起きた暴行事件。 山口県警が採取した男の指紋とDNA型を、指紋などの自動識別システムで照合した結果、廿日市市の殺害現場に残っていた指紋や、女子高生の爪から採取されていた皮膚片のDNA型と一致したという。 広島県警によると、これまでに捜査員延べ約30万人を投入して聞き込みなどを進めてきたが、男は捜査線上に浮かんでいなかった。 広島県警は13日朝、男を任意同行して山口県警山口南署で逮捕。 捜査本部のある広島県警廿日市署に移送した。 自宅の家宅捜索もした。 関係者によると、男は01年に宇部市内の私立高校を卒業後、山口県内の企業に就職。 04年の事件後は宇部市内の建設会社で働いていた。 広島県警は、女子高生との接点や動機を調べる。 広島県警は事件発生後、目撃情報を基に犯人の似顔絵を公開し、情報提供を呼び掛けてきた。 しかし有力な手掛かりがなく、周辺でトラブルがないなど動機も絞り込めず捜査は難航。 聞き込みを続けるとともに科学捜査にも力を入れていた。 近く配備先決定への調査に入るが、住民からは... 地裁は共同正犯と認定し、昨年7月...

次の

廿日市女子高生殺人事件

廿日市 市 女子 高生 殺害 事件

「事件を解決できないのなら、刑事としての存在価値はない」 事件を長く追っていたある捜査員は、こう言い残して退職していった。 事件発生から18年3月末までに、広島県警は延べ約30万人の捜査員を投入。 事件は県警にとって、「最大の懸案」とも呼ばれた。 だが捜査は当初から難航していた。 県警は現場に物色したような形跡が見られないことから、面識がある人物による犯行の可能性があるとみて捜査していた。 現場には犯人のものと思われる指紋やDNA型、スニーカーの跡が残されていたものの、いずれも有力な手がかりとはならず、容疑者を絞り込めないまま時間が過ぎていった。 警察庁は08年3月、犯人逮捕につながる有力情報の提供者に最高300万円の懸賞金を支払う「捜査特別報奨金制度」を適用。 県警も情報提供を呼びかけるため街頭でチラシを配り、その場には北口さんの遺族も参加していた。 「一日でも、一時間でも早く」。 こう願ってのことだった。 捜査が長期化する中、別の暴行事件で書類送検された鹿嶋容疑者が、捜査線上に急浮上する。 鹿嶋容疑者のDNA型や指紋が、現場に遺留されたものと一致したためだった。 県警は13日午前、宇部市内の自宅から任意同行を求め、逮捕に踏み切った。 「容疑者逮捕」が報道されたこの日、廿日市市内の北口さんの自宅では親族とみられる女性が取材に、「あまり事件のことは話したくないし、思い出したくないんです」とうつむきながら話した。 廿日市女子高生殺害事件の主な経緯 2004年10月5日 広島県廿日市市の高校2年生、北口聡美さん(当時17)が自宅で殺害される 同8日 広島県警が現場で目撃された男の似顔絵を公開 08年3月 事件に最高300万円の「捜査特別報奨金制度」が適用される 16年4月 事件直後に現場付近から走り去る男の目撃情報が県警に寄せられる。 不審なバイクの情報提供もあった 18年4月 県警が鹿嶋学容疑者を殺人容疑で逮捕 (広島県警などへの取材による).

次の

【未解決事件】豊田市女子高生強盗殺人事件 乱暴と金銭が目的か

廿日市 市 女子 高生 殺害 事件

ドアノブに残された指紋や犯人のものと思われる血痕、北口聡美さんの爪の中から採取された皮膚片、また足跡などからダンロップのスニーカーを履いているなど、現場には犯人と思われる多くの物証が残されていました。 それだけの証拠があるにもかかわらず、廿日市女子高生殺人事件の捜査は出だしから難航します。 指紋などの有力な情報は、前科者などであれば犯人確保に結びつきますが、前科が無い場合は手がかりになりません。 この指紋は、警察の前科者データベースには登録されていないものだったのです。 足跡などは流通量の非常に多いスニーカーのものだったため、有力な手がかりにはなりませんでした。 広島県警は妹などの目撃証言をもとに、事件から2日後に犯人の似顔絵を公開しました。 それでも犯人に近づくことは出来ませんでした。 遺品のほとんどは返却されましが、携帯電話だけは今も返却されていません。 実は携帯の中に、家族や友人でさえも心当たりがない男性二人組みの名前が残っていました。 通話記録によると、北口聡美さんは男性たちを「君」と呼んでいました。 そのため、同世代の親しい間柄には違いないと捜査当局はみていますが、実はこの男性二人の身元が全く判明していないのです。 謎の男性二人組みの情報は行き止まりとなり、怨恨や通り魔や物取りやわいせつ目的など、あらゆる方向から捜査されましたが犯人には全く繋がりませんでした。 こうして広島県警捜査員たちの懸命な捜査にも関わらず、事件は未解決事件となってしまいました。 その後、マスコミでも身解決事件の代表として番組に取り上げられたことがありました。 テレビ朝日生放送事件情報番組の『奇跡の扉TVのチカラ』でも取り上げられましたが、それでも犯人に繋がることはありませんでした。 北口聡美さんが通学していた広島県立廿日市高等学校は、県内でも有名な進学校です。 彼女は小学生の頃から塾通いをするなど、非常に真面目な生活を送っていました。 将来の夢は設計士で、そのために理系の大学進学を夢見ていたそうです。 真面目といっても決して引っ込み思案ということではなく、学校では友達も多くクラスでは「天然キャラ」ともいわれ、明るくかわいいごく普通の女子高生でした。 また家族との関係は非常に良好で、事件に遭遇した妹の他に弟もおり、弟妹思いの優しいお姉ちゃんと近所でも評判でした。 更には反抗期を迎えることが多い年頃にもかかわらず、お父さんとは非常に仲が良く休日には一緒に映画を見に行くほどの仲良しでした。 北口聡美さんの周囲4万人を調査した捜査員たちは、人から恨みを買うことは考えられない女子高生だと結論付けていました。 取調べは広島県警がいまでも進めてはいるのですが、発表されている情報によると犯行動機がちぐはぐしています。 自暴自棄になったので通り魔的犯行だったといってみたり、わいせつ目的だったと証言を翻したりしています。 また、当時北口聡美さん宅周辺は空き巣や泥棒被害が多発していたことから、物取りの犯行とも考えられています。 また不審者が原付バイクでうろついているという情報もありました。 鹿嶋学の自宅から殺人現場までは140km離れています。 イライラするとバイクで遠出すると鹿嶋学は話しており、取調べ班も慎重に裏づけを調査しているとのことです。 北口聡美さんの着衣に乱れが無かった点や部屋の中が荒らされていないことから猥褻目的ではなく、犯行目的がいわゆる「仕事でムカついていたことがあったから」などという身勝手なものではなかったのかともされています。 鹿嶋学が廿日市女子高生殺人事件の容疑者であることが判明したとき、鹿嶋学が勤務していた山口県宇部市の建設会社社長は「後輩の面倒も良く見ていた」「広島だとか廿日市なんていう言葉は聞いたことが無い」と驚きを隠せませんでした。 その反面、中学校の頃から鹿嶋学はナイフを持ち歩いていたようで、ナイフで野良猫などを切りつけていたと、友人に語っていたようです。 ナイフに固執しているのか、廿日市女子高生殺人事件で使用されたとされる折りたたみナイフが宇部市の鹿嶋学の自室から押収されています。 高校の同級生からは「普段は大人しいけれど、キレると人が変わる」「車で誤って猫を轢いてしまったときに、車内で1人だけ喜んでいた」などという声もありました。 鹿嶋学の身勝手さ、凶悪性は突然湧き出てきたものではないということです。 北口聡美さんとは仲良しだった忠さんは事件の翌年から犯人逮捕に少しでも近づきたい気持ちで、ブログを書き続けてきました。 ブログには忠さんの娘を守れなかった無念が綴られ、そして事件に対しての情報提供を呼びかけていました。 娘の命日である10月5日の前後には、毎年捜査員と一緒に街頭で情報提供を呼びかけるチラシを配布していました。 「犯人が逃げ回るのであれば、こっちはとことん追いかけてやる」と、チラシを配る父・忠さんはブログ内で語っています。 長期間にわたるブログ記事やビラの配布行為は、父親の犯人に対する執念ともいえるでしょう。 そして、鹿嶋学容疑者逮捕がされました。 犯人逮捕と報道されたあとのブログには「自分の気持ちの中では未解決というモヤモヤとした気持ちが払拭された」と綴られていました。 鹿嶋学の父親は山口県宇部市で会社を経営していました。 甘やかして育てたという証言はありませんでしたが、自分の息子が殺人を犯したにも関わらず、インタビューなどではどこか他人事のような態度をしたため、世間からは批判を浴びました。 特に「広島県や廿日市などという言葉を息子から聞いたことがない」「息子は人を殺すような性格ではなく、大人しい印象だ」というような、息子擁護の発言を繰り返したために世間からの反発を生じてしまいました。 逮捕当時、既に鹿嶋学は35歳を過ぎており、それを考えれば親の管理下というわけではないかもしれません。 しかし、親と息子が同居しているにも関わらずどこか他人に接するような発言は、親としての事件への接し方としては不謹慎だと世間から嫌われてしまったということです。 北口聡美さんの携帯に残された2人の男性の行方は依然として分かっていません。 鹿嶋学の自供で猥褻目的と証言しながら、被害者の着衣に乱れが無かったことが謎といわれています。 また、通り魔事件であるにもかかわらず、鹿嶋学は迷わず北口聡美さんの部屋へたどり着いていることも不思議でしょう。 この事件には不可解な点が幾つも残されているのです。 逮捕から時間が経ちましたが、謎の部分はまだ解明されていません。 鹿嶋学の自供や現場検証などを経て、事件の真相が解明されることを多くの人が望んでいることでしょう。 そして、残虐な事件を起こしたにも関わらず、平然と14年間も過ごしていた鹿嶋学への公正なる判決が下されることを、世間は注目しています。

次の