この 世界 の 片隅 に 考察。 この世界の片隅に

この世界の片隅に【ネタバレありなし徹底考察】│かゆブロ!

この 世界 の 片隅 に 考察

批評家と一般は単純平均 映画『この世界の片隅に』あらすじや概要。 戦争映画が苦手な人にも、ぜひ観てほしい作品です。 第ニ次世界大戦下の昭和19年、広島の呉に嫁いだすずは、ぼっーとしたドジっ娘だが工夫と成長しながら、家族に笑いをもたらします。 しかし戦況悪化で… 『この世界の片隅に』ネタバレあらすじ この先は ネタバレありのあらすじです。 他の映画はも参考にしてください。 広島市江波の海苔作りの浦野家には、長男の要一、次女のすみ、ぼぉ〜とした長女すず(声:のん)がいます。 すずは9歳の時、市内へ海苔を届けに1人で出かけるが、 大きな怪物のカゴに入れられ、そこで出会った男の子は、人さらいだと言いながらのんきな顔してます。 人さらいは夜になると大変だと言ったので、すずは海苔に月や星を描いてバケモノに見せると夜だと思い眠ります。 「 ありがとな。 浦野すず」と男の子は去ります。 その怪事件をすずは得意の絵に描いて、妹すみに説明するが「鬼いちゃん」こと兄には叱られます。 リン、水原哲、周作との出会いと結婚 (ネタバレあらすじ) 翌年の昭和10年8月、兄妹3人は大潮が引いた海を歩いて、親戚の家へスイカを届けに行く途中、転んで泥まみれになります。 スイカを食べて昼寝すると、天井から汚れた服の少女が降りて、スイカの食べ残しをかじります。 すずがスイカをあげようとすると、少女は消えました。 大人は 座敷わらしだと言います。 すずは座敷わらしのために着物を置いて帰り、また兄に叱られます。 昭和13年、鉛筆を失くしたすずは、おこづかいの日まで短い鉛筆を削って使います。 学校の図画の課題は得意ですぐ帰れたすずは、海辺で同級生の水原哲が、海軍の事故で死んだ兄のことで寂しそうなのを見つけます。 すずは海とウサギ型の白波を描いて渡します。 水原は「この絵を見ると海が嫌いになれんじゃろ」と言い、ほぼ新品の鉛筆と椿(つばき)の花をすずに渡して去ります。 7年後にわかりますが、水原は すずが描いたこの絵を提出し、広島の絵画大会で評判になり、気まずい思いをしたようです。 昭和18年、すずが18歳の時に縁談の話がきます。 嫌なら断ればいいと言われても、嫌かどうかもわからず、翌年には浦野家が広島の呉の北條家へ行き祝言をあげます。 すずは、嫁ぎ先の名字も住所も覚えておらず、みんなの前でもんぺを脱いだりと「ぼーっとしとるけぇ」の天然ぶりを披露します。 初夜では、傘のかけあい後、2人で干し柿を食べ、周作はすずに会ったことがあり、口元のほくろも覚えてると言いキスします。 出会いは人さらいのカゴの中ですが、すずは覚えてません。 すずは翌早朝から働き、配給当番もし、隣組の人らと焼夷弾の講習も受けます。 バランス崩して、おばさん達をジャッキー・チェンみたいに倒すドジもします。 すずと晴海と戦艦やまと (ネタバレあらすじ) 昭和19年3月、北條家の長女でモガ(モダンガール)の 径子が、嫁ぎ先とうまくいかず、娘の晴海と帰省します。 径子が、のんびりなすずにダメ出しして広島へ帰ればと言うと、すずも北條家の皆も里帰りと勘違いし、すずは久々に広島へ帰ってだらだらします。 すずは呉へ戻る日、広島をスケッチしてて汽車の切符を買えず浦野家へもどってあきれられ「ありゃあ」な顔します。 妹すみに10円ハゲ(円形脱毛症)を見つけられたすずは、北條家でも気落ちしてると広島が恋しいと誤解されます。 晴海は10円ハゲを知ると、墨をぬると言います。 すずが畑でおかず用の雑草を取ってると、周作が帰ってきて海軍船の説明をします。 呉の軍港で建造された「戦艦大和」が戻ってきた日でした。 2,700人以上の乗員と聞いたすずは「その人数の食事や洗濯は〜?」と驚きます。 5月、太平洋戦争の状況悪化で配給も減ります。 すずは野草をつんだり近所の人に聞いたりして、料理を工夫ます。 まな板を肩にかついでバイオリン弾きのように、切った野菜を鍋にいれます。 楠木正成直伝の楠公飯(なんこうめし)は米が水を吸いすぎて、家族に「うすい〜」と言われます。 6月、呉も空襲による火災が広がらないよう建物疎開という間引きがはじまります。 径子は夫を亡くし、店が建物疎開となり、嫁ぎ先の家族は下関へ行くため、離縁して呉の北條家へ晴海と戻りますが、息子は下関へ連れて行かれます。 7月、北條家も防空壕を作ります。 径子の店の木材も役立ちます。 すずは掘り出した土を畑へ運ぶと、晴海が軍港の大和や武蔵を眺めてて、兄に教わった知識を披露します。 お礼にすずは、 かなとこ雲という大雨を呼ぶ雲を指差すと、大雨が降ってきて防空壕へ避難します。 防空壕の入口で、すずと周作がキスしてると、中から北條の両親が出てきて気まずい思いをします。 すずの日常とリンや水原哲との再会 (ネタバレあらすじ) ある日、すずが畑から軍港をスケッチしていると、憲兵にスパイ行為だと叱責されます。 北條家の義母サンと径子は深刻に聞きますが、憲兵が去り周作が帰って来ると我慢できなくなり大爆笑します。 ドジっ娘すずがスパイに疑われたのですから。 晴海「なんかわからんが、つられておかしうなってきた」。 すずも笑いたかったけど「素直に笑えんのは、うちだけか.. その前に サンが「みんなが笑って暮らせれば、ええのにねぇ」と言ったことが実現したのはよかったです。 8月、砂糖の配給が止まります。 アリの行列をたどった晴海とすずは、貴重な砂糖に群がってるのを見つけ、砂糖壺を水おけに浮かべて予防を試みるが、水の中にこぼしてしまい「ありゃあ」となって闇市に買いに行きます。 そして物価の高騰ぶりに驚きます。 帰り道で迷い子となったすずは地面に落書きしてると、「スイカ、キャラメル、、」と絵を喜んでくれるきれいな女性リンに出会い帰り道を教えてもらえます。 この辺りは遊郭で、リンも身売りに出されたのです。 リン「うちは貧乏やったけど、いっぺん親切されてスイカの赤いとこ食べたねぇ」と言います。 すずは忘れてますが、リンは昔スイカをあげた座敷わらしです。 あの親切がめぐりめぐって道案内になったのです。 漫画原作では、リンは周作と男女関係があったほど重要人物ですが、映画ではほぼカットされてます。 スイカはすずとリンの、キャラメルはすずと周作の「 出会いの象徴」です。 すずは人さらいを眠らせた時「夕食がなくなって大変だねぇ」とキャラメルを持たせたのです。 9月、周作はすずと映画館でも行こうとするが、軍艦が入港して混雑したため、2人でぶらぶらします。 すずは幼なじみの水兵(おそらく水原)に会うのが恥ずかしくて、周作の後ろに隠れます。 周作「過ぎたこと、選ばんかった道、終わらんかった夢と変わりゃせん。 すずさんを選んだんは最良の選択じゃ」。 周作は「顔が白いなぁ」「やせたなぁ」と言い、すず「最近食が進まんな.. 」で北条家では、すずを妊娠したと思い2人分の食事を出されます。 しかし検査すると妊娠ではなく、夕食は1人分に減らされて「ありゃあ」となります。 おしろいをぬりすぎたようです。 12月、軍艦の青葉が入港し、すずの同級生だった水原哲が外泊許可を利用して北條家を訪ねます。 「すずはただのボンヤリじゃけ、遠慮のう言うて下さりゃ連れ帰りますわい」と言う水原の頭を、すずは灰皿で軽くなぐります。 水原はすずの家事ぶりを眺めて「 すずは普通じゃのう」とうれしそうです。 そんなやりとりを見た周作は、水原には納屋の2階で寝てもらい、すずにも語り明かして来いと言い締め出します。 普段見せないすずの別の顔を見た周作の、嫉妬心と優しさの混じった複雑な感情です。 水原は南の海で落ちてきた鷺(さぎ)の羽をお土産で渡します。 すずは羽ペンに仕上げノートにさぎを描くが、憲兵事件以来?久々で上手く描けません。 白波うさぎの絵の後日談を語った後、水原はすずの顔にキスし抱こうとするが、すず「こういう日を待ちよった気がする。 でもほんまにごめん」と拒否し、明け方に水原を見送ります。 すずののんびりさえ奪う戦争と悲劇 (ネタバレあらすじ) 昭和20年2月、「鬼いちゃん」こと兄の要一の戦死を聞き、すずと周作は広島の浦野家へ里帰りします。 遺骨箱の中は石1つだけで、妹すみは「お兄ちゃんの脳みそ?」と言うほどです。 呉への帰り道、すずは周作に水原と語り明かした夜についてお礼を言います。 同時に「夫婦ってそんなもんですか?」と問いつめ、周作「わしには見せん、あげな怒り顔」で夫婦げんかとなります。 駅員「そりゃ今せなあかん、けんかかね?」と言われ、2人で「ありゃあ」となります。 3月から5月、呉でも初空襲がはじまり、識別のため色付けされた対空砲火が、きれいな水彩画のようだが、多くの破片が降ってきて危険です。 空襲警報は朝昼晩、食事中も響き、晴海「もう飽きた」。 すずが洗濯中に見た飛行機雲は、当時は高く飛ぶB29爆撃機だけのものなので不穏な伏線です。 すずの点検は空襲警報時ものんびりです。 義父の円太郎は広島の飛行機工場の勤務で、空襲後に行方不明になります。 周作も海軍へ徴兵され、訓練で3ヶ月は帰れません。 周作は口紅したすずに「ほんま、こまいなぁ(小さい)」と言って送り出されます。 6月、義父の円太郎が広島の海軍病院で目を覚ましたと連絡され、径子がお見舞へ行きます。 円太郎は戦艦大和が沈んだ等と聞いて呉も危ないと感じ、腕時計の修理を口実に、径子と晴海に下関の元嫁ぎ先(時計店)へ行くようすすめます。 径子は切符を買いに広島駅で並び、すずと晴海は円太郎のお見舞へ行った帰り道、空襲警報を聞いて近所の防空壕へ避難します。 恐がる晴海にすずは落書きを見せ落ち着かせます。 すずと晴海は、B29の爆撃後、防空壕から出てクレーターのような穴を見つけます。 すずは講習で聞いた 時限式爆弾のことを思い出し、晴海とつないだ右手をひっぱるが手遅れでした。 すずは暗闇でいろんな夢を見て目覚めると、頭と右半身は包帯だらけで、右手と晴海を失ったことに気づき絶望します。 径子「人殺し!晴海を返して」義母サン「あの子も本気で言うとりゃせん。 あんたが助かっただけでも良かった思うとるよ」すず「(そうかな?)」。 ある日、B29からの焼夷弾(ナパーム弾)が北條家の屋根を突き抜けて火がつきます。 最初ぼーとしてたすずは布団と水をかけて、布団ごと外へ放り出します。 その日、呉の町は燃え広がり、高い位置の北條家へ多くが逃げてきます。 周作が戻ったのを見て、すずは緊張がとけて倒れます。 すずは晴海と右手をなくし家事もこなせず厄介者となり、少し精神も病んでます。 皆「よかった」と言うが、すず「どこがどうよかったのか、うちにはさっぱりわからん」 妹のすみが様子見に来て、好きな将校さんの話などしながら、焼け野原の呉の町まで歩くうち、すずも元気になり、 来月8月6日の江波の祭りには、広島へ帰省しようと考えます。 「鬼いちゃんがいなくて良かったと思うのは、ゆがんどる」と思いながら。 8月6日の広島、原爆投下の日 (ネタバレあらすじ) 7月下旬、すずは鷺(さぎ)を山へ追いかけ逃がし、水原のことを思い出します。 空襲がはじまり、周作は間一髪ですずと溝へ隠れて命拾いします。 すずが広島へ帰ると言うと、 周作はすずがいると楽しいと言って抱きしめ、すずも手を周作の背中に回します。 昭和20年8月6日。 空襲警報の解除後、周作は出勤します。 すずは先週末に広島へ帰るつもりが、負傷者が増えて病院の引き継ぎ書の予約がこの日になり、まだ呉にいます。 周作の引き止めで心が動いたのかもしれません。 径子は、片手のすずが着やすいようゴムひものもんぺを作ってくれ、晴海の死をすずのせいにした件をわびます。 径子は、すずの居場所は呉でも広島でもどちらでもいいので、自分で決めなさいと言います。 その時、外でピカッと光ります。 すずは「やっばり、ここへおらしてもらえますか?」と径子に寄りかかります。 その時、軽い衝撃波がきます。 その後、広島の方に巨大なきのこ雲が見え、すずは晴海に話した「かなとこ雲」の後の大雨を思い出します。 昭和20年8月6日午前8時15分、広島にピカドンこと原子爆弾が投下されたことは、もう少し後にしかわかりません。 広島ではラジオも新聞も止まって、新型爆弾が落とされたというウワサだけです。 広島市の回覧板が爆風で呉にまで飛んできたそうです。 すずはすぐ実家に戻りたいが戻れず、 結果的には放射能で被爆せず助かります。 そもそも8月6日の祭りに間に合うよう広島へ帰ってれば、原爆に巻きこまれた可能性すらあるので、運が良かったといえます。 終戦後の現実と悲しみが消えない心 (ネタバレあらすじ) 8月15日、回覧板で重大なラジオ放送が予告され、大日本帝国民は初めて天皇陛下の肉声を玉音放送で聞きます。 日本敗戦と太平洋戦争の終結宣言です。 径子は「晴海〜」と隠れて泣きます。 すず「最後の1人まで戦うんじゃなかったんかね。 外国の米や大豆でうちはできとるから暴力に屈するんかね。 なんも考えへん、ぼっーとしたうちのままで死にたかったなぁ」と畑で大泣きします。 すずが戦争の悲惨さや深刻さを考える様子が、この時はじめて明らかにされます。 戦時中は泣くことも意見も制限されてたので、すずも径子も晴海の無駄死にを感じて、我慢の涙が一気にあふれたのでしょう。 日本が暴力で抑えてた韓国の朝鮮太極旗も上がります。 夕食時は灯火管制も解除されて明るい食卓で、混ぜものなしの白米を食べます。 呉のあちこちで町明かりが灯ります。 進駐軍が来ると、すずと径子は残飯の雑炊?をもらい、紙くずも入ってますが「うま〜」と満足します。 すずは米軍にもらったチョコレート一切れを晴海の死に場所に供えます。 食料が足りず、すずは結婚衣裳の晴れ着を物々交換します。 隣組の刈谷さんは息子の服を交換します。 息子は広島で原爆にあい、呉の隣保館まで戻ったが行き倒れ、それを息子と気付かなかったと刈谷さんは悔いています。 その死に跡は原爆を象徴してます。 「すずはこの世界で普通でおってくれ」と言う水原とその乗艦・青葉の幻覚を、すずは海辺で見ます。 すず「晴海さんはよう笑うてたので、笑うて想い出そうと思います。 うちは笑顔の入れ物なんです」。 刈谷「そうよ〜泣いてばっかじゃ、もったいない。 塩分がね〜」と笑います。 昭和21年1月、すずは久々に広島のスイカを食べた親戚の家へ行きます。 そこで寝てる妹すみは、被爆して手に放射線障害の皮膚炎を患ってます。 8月6日当時、母は祭りの準備で町で行方不明になり、父とすみが探し回ったが見つからずでした。 10月には、おそらく放射線被爆で父がなくなりました。 広島では、まだ多くの人が家族を探してて、人違いで声をかけられます。 すずは軍港があり空襲の多い呉で、先に右手を失ったが、結果的には浦野家でただ1人生き残りそうです。 幼いころ、1人だけ座敷わらしを見た幸運かもしれないし、晴海が犠牲になってくれたのかもしれません。 後ろを人さらいのバケモノが歩いていき、カゴにはワニのお嫁さん?がいます。 それは妹すみに話した冒険記「鬼いちゃんがワニのお嫁さんと南の島で暮らす」からの幻覚でしょう。 すずと周作は汽車を待つ間、原爆で母親を亡くした女の子になつかれます。 女の子の母親は、右腕を失くして右半身にガラスの破片が刺さってたので、おそらく左手で女の子を守ったのでしょう。 そして、母と同じく右手のないすずに親近感を持ったのでしょう。 すずと周作は女の子を連れ帰って、呉の北條家で一緒に暮らしはじめます。 径子は晴海の服を女の子に着せます。 エンドロール中、すずが女の子に裁縫を教え、女の子は径子に洋服を縫ってあげ、すずの服にもワンポイントで同じ生地をセンスよく縫います。 エンドロール後、『この世界の片隅に』のクラウドファンディングに出資した大勢の団体や一般の方の名前が流れます。 その下では、 すずが口紅で描いた風に、リンの幼い頃から遊女になる物語が見れます。 すずとの出会いの座敷童子とスイカの話も出てきます。 ラストはすずが失くした右手がバイバイします。 ネタバレ感想『この世界の片隅に』考察や評価レビュー この先は ネタバレありの感想考察です。 他の映画はも参考にしてください。 『』にも関わってたようです。 主役のすずの声は、タレントで女優の「のん」が演じています。 のんは事務所移転問題などでTVでは見かけなくなってます。 のんの声は、映像や声の入れ方が昔風に感じて見始めはかなり違和感がありました。 しかし観終わると、 この作品にはこの見せ方が最もあう気がしてます。 他の声は声優が担当してるので全く違和感ありません。 主題歌のコトリンゴ「みぎてのうた」等の音楽は作品の世界観にぴったりです。 同じ年の『』と重なる曲もあります。 優しい戦争映画?空想で生き抜く 『この世界の片隅に』は太平洋戦争時代が舞台ですが、戦争の生々しさや反戦などストレート表現は少なめです。 苦しくて非合理的な時代だからこそ、戦争と正面から向き合うのではなく、日々を明るく前向きに暮らし、長持ちさせようとする人々が描かれています。 すずは家族にもぼぉ〜とした性格を心配されて空想癖もあるため、彼女の視点で見える出来事はどこか 現実離れしてて笑えるけど、それが過酷な時代を生きるために必要な能力だったのです。 しかし実はぼっーとしとるすずも戦争を無視できてなかったことが、ラスト近くの号泣でわかります。 10円はげができたことから、鈍感なすずも環境が変わるとストレスを感じてたことがわかります。 かなとこ雲の形と突然の大雨は、後のきのこ雲と原爆の伏線です。 すずの兄は石1つで帰ってきますが、家族の戦死で涙を流すと非国民扱いされるブラックな時代でした。 他に気なった2点を書きます。 すずが座敷わらしを見た事件は、すずと他の浦野家の人々の将来を暗示したような恐ろしい出来事です。 祝言の時、すずは椿の花を髪にさし、椿柄の着物を着てます。 椿の花は水原を連想させますが偶然でなければ、すずの未練を感じます。 『この世界の片隅に』私の評価や総括 『この世界の片隅に』は、多くの人からクラウドファンディングで出資金を集めて制作された映画で、最初は上映館数も少なめでしたが、SNSや口コミで話題になり結果的にはロングランの大ヒット作となりました。 2016年の映画ランキングでも上位をしめた、この年を代表する映画です。 全日本人だけでなく、世界中の人に見てほしい作品です。 物語はシンプルですが情報量や伏線が多くて、2〜3回めにも新たな発見があるので複数回の視聴もおすすめできます。 モノローグ(思いや状況を直接語ること)が多すぎる、と批判する人もいますが『この世界の片隅に』はモノローグなしでは、ここまで素晴らしい作品にならなかったと思います。 つらい時代だが、 すずの能天気な考えを知ることにより、笑える物語に仕上がっています。

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この世界の片隅にの傘の意味をネタバレ考察!初夜の営みの合言葉?

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タグ Chara Free! amazon. 映画冒頭と最後に現れた 人さらいのバケモノに対し、作中では明快な言及や説明がありません。 映画全体を通しても唯一ファンタジー要素が出ている不可思議なシーンでした。 「そういえば あのバケモノは一体何だったのだろうか」と思われた方も多いのではないでしょうか。 ここでは 漫画版と映画版の両方を通してこの謎のバケモノについて考察してみました。 またアニメだからこそ出来た『この世界の片隅に』の 不思議にみずみずしい世界観についても掘り下げてゆきます。 漫画版から読み解くバケモノの正体 漫画版の『この世界の片隅に』を読み進めていくと興味深い筋があります。 すずが描く漫画に 兄・要一をモデルにした『鬼イチャン冒険記』というものが出てきます。 映画版にもちらっと出てくるものです。 それは戦死したと報告された兄・要一についてのおかしな話でした。 その中で要一は墜落した戦闘機の残骸で作った家に ワニの嫁と住んでいます。 そこで描かれた要一は ボーボーのひげと髪の毛という点でバケモノと似通っていました。 またバケモノの背負った籠にはワニが入っています。 そのワニもまた、何かと厳しかった兄 アニ に粗暴さと言葉の響きという点で通じ合います。 このように漫画版からは バケモノがすずの兄・要一であることが明白に読み取れるのです。 バケモノが兄・要一であることで出てくる疑問点 漫画版からバケモノが兄であることは明確ですが、それによって2つの疑問点が出てきます。 時間軸が前後する理由 すずの漫画『鬼イチャン冒険記』の兄をモデルにしたバケモノが映画の冒頭に出てきたことは 時系列的に前後します。 すずと周作が出会ったのは幼少期で、要一はまだ戦争には行っていません。 それなのにすずと周作の前に青年期に戦死した要一が現れるのです。 ここからは、すずが大人になってから 幼少期の思い出を現状と混ぜ合わせて創造したことが読み取れます。 映画でもバケモノとの思い出が白中夢のようだったとすずは回想しています。 彼女はずっとぼんやりした子で 虚実混交の世界を生きていました。 つまり、すずの想像の世界だったので時系列も歪み、違う時間軸が混ぜあわされたというわけです。 すずは周作との思い出になぜ兄を登場させたのか バケモノがすずと周作を引き合せたことには疑問がわきます。 すずはその粗暴さから 兄をずっと恐れていました。 それなのに、なぜ兄を周作との大切な思い出の中に登場させたのでしょうか。 それは彼女が 兄を根本的には慕っていたからではないしょうか。 すずは兄の遺骨が石だったことから兄の戦死を信じません。 しかしその感情の中には兄に 生きていて欲しいという希望もあったでしょう。 それが『鬼イチャン冒険記』として昇華されたのです。 周作との幼少期の出会いはすずにとって人生最高のときだったはずです。 すずは想像の中でそのきっかけを兄が作ってくれたようにしました。 そこにはいつまでも兄に 自分の人生を導き見守っていてほしいという彼女の願望があったのではないでしょうか。 映画から読み解くバケモノの象徴性 映画だけを観るとバケモノの具体的な正体はつかめません。 しかし深く考えるとシンボリックな意味を持つようになるのです。 戦争なき居場所を探す道先案内人 『この世界の片隅に』をひも解く重要なキーワードは「 居場所」です。 作中には「居場所」をテーマに描いたシーンがよく出てきます。 すずの「居場所」である家が燃えないように焼夷弾の火を消すシーン• 爆撃で家を失ったことで茫然とした市民の背中だけを映したカット• 家を失った戦災孤児をすずと周作が引き取るラストシーン このように激しい戦時下の人々にとって自分の居場所は極めて大切なものになります。 それがなくなれば人は哀しい放浪者になります。 すずの描いたバケモノはそんな 戦時下の放浪者をどこかの理想郷に導くガイドのようにも見えます。 実際バケモノは 望遠鏡を持っていて、すずにいろんな景色をながめさせました。

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【感想】映画「この世界の片隅に」は2016年アニメ映画の大本命だった【ネタバレ】

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「この世界の片隅に」の基本情報 クラウドファンディングで生まれた傑作アニメーション 今作は制作資金をで募った珍しい作品となっています。 破格の金額にも関わらず、最終的に約4000万円ほどの支援額を頂けたということからも相当な注目を集めていた作品だということがわかります。 現在、海外にもこの素晴らしい映画を発信するために新たなプロジェクトもスタートされています。 しかし、支援が予想以上に多くなってしまったみたいで監督自ら「支援を控えてもらいたい」というコメントをするくらいの異例の事態になっているようです。 鑑賞後はもう是が非でも支援しなければ!!という気になるので気持ちは痛いくらい分かります。 全世界の人にこの映画が届いてほしい。 ほんとに。 5秒でわかるあらすじ 舞台は1944年の日本。 広島で住む18歳のすずに縁談の話が持ち上がり、すずは何もわからないまま呉に越し、海軍に務める青年に嫁ぐことになる。 突然の環境の変化にも、淡々と生活をこなすすずさん。 克明に描かれる戦時中の日本の姿。 徐々に日常が非日常に侵されていく中での、すずさんと、周りの人々の生活を描く。 「この世界の片隅に」の登場人物紹介 北条すず(旧姓:北野):のん おっとりのんびりな広島っ子。 絵がとても上手い。 広島出身だったっけ??と思うくらいにのんの演技力が凄まじい。 北条周作:細谷佳正 海軍に務めるすずの夫。 幼少時にすずに出会い、結婚する。 黒村径子:尾身美詞 周作のお姉さん。 娘の晴海と共に北条家に戻ってきた。 さっぱりした性格。 黒村晴美:稲葉菜月 径子の娘。 天真爛漫ですずに懐いていた。 北條円太郎:牛山茂 周作の父。 海軍の工場勤務。 おおらか。 北條サン:新谷真弓 周作の母。 足を痛めている。 おおらか。 水原哲:小野大輔 すずの小学校の同級生。 海軍に入隊し、軍艦の乗務員になる。 すずに会うために北条家を訪れた。 白木リン:岩井七世 すずが遊郭街で迷子になったときに帰り道を教えてくれた優しいお姉さん。 いい匂いがするらしい。 浦野すみ:潘めぐみ すずの妹。 すずととても仲がいい。 陸軍の工場勤務。 「この世界の片隅に」の感想、考察 教科書でしか知らなかった戦争の「本当の姿」に衝撃 筆者は今年23歳になったばかり。 戦争なんて教科書とゲームの中でしか知りません。 戦争をテーマにした作品はいくつか見たことがありますが、それはあくまで主人公が軍人だったモノばかりで、メインにあったのは友情とか派手なアクションとか。 それももちろん戦争です。 でも、もう一つこれまで筆者が見てこなかった、 「戦時中のふつうの人達の日常」もまた戦争の側面。 だから、この作品で描かれる情景は見ていてあまりにも衝撃的でした。 淡々と進む中に、何かおどろおどろしいモノを感じさせられる、悪い意味でもいい意味でも本当に衝撃でした。 当時は「生きることそのもの」が悦びだった ただご飯を食べているだけなのにこんなに幸せそうな画が他にあるか…。 当時は火おこしから水くみまで全部自分でやるしかありませんでした。 水を汲むために井戸へ行き、火を起こすために薪を焚べる。 「これ全部手仕事でやっていたのか…」という驚き。 しかしそれは決してネガティブな印象だけではありません。 むしろ「あぁ、いいなぁ…」とも思えるものでした。 水を汲みにいくすずさん、衣服を編む径子。 仕事に出る周作。 当時は生きるために必要な行為だけで時間が自然と過ぎていったのです。 そして、それぞれの行為は「生きていることへの感謝」につながっています。 食べられることへの感謝、着られることへの感謝、仕事に行ける感謝、今日を生きられることへの感謝。 それは、余暇をいかに楽しむかを考えることばかりになってしまった我々が忘れてしまった、あるいは最初からなかった時間。 そして最も尊い時間だと思います。 行動の合理化に慣れすぎて忘れてしまった大切な時間。 それを感じる事ができました。 本当に恐いのは第二次世界大戦でも原爆でもありません。 おかしな非日常が日常になってしまうことが一番恐いことです。 うろ覚えですが、空襲の警報が鳴った際に場に居合わせたおばちゃまが 「また警報かね、どうせ来ないんじゃいのぉ」という要旨を含んだセリフを発するのですが、筆者はこの言葉がすごく印象に残っています。 戦争が常態化してしまった結果発された言葉。 空襲なんて来ないに越したことはないのに。 本当に来たらあなたの住む家もめちゃくちゃになってしまうのに。 おばちゃまの真意はわかりません。 ただ、自分にとって良くないことを、さも平然に言えてしまうようにしてしまうことに恐怖を感じてしまいました。 そして1945年8月6日にやってくる。 広島に原爆が投下され、その一週間後には、天皇による玉音放送が。 それは日本の敗戦による、戦争の終結という内容だった。 「ここに5人残ってる、まだ左手も両足もある!」敗戦という事実に珍しく感情を露わにするすず。 このシーンは凄まじかった。。 原爆が落とされた広島を歩くすずと周作。 すずの両親の姿はそこにはなかった。 二人が駅で汽車の到着を待っていると、原爆で親を失ってしまった子どもが二人に懐く。 か彼らは快く子どもを受け入れ、家に招く。 呉に戻ると、米軍が上陸しており、彼らからの供給を受けとる生活が始まる。 それは、すず達の新たな日常であり、そこにはすずを探し出した周作もいる。 「この世界の片隅で私を見つけ出してくれてありがとう」すずが周作に伝える。 彼女たちが自宅から眺める先は、希望を感じさせる、美しい世界が広がっていたのだった。 ………… ………… ………… ………… 結末というか、起こることがわかっているゆえに最初から嫌な予感しかしていなかったので、希望を感じられる終わり方で締めてくれて本当に良かった。 ぼくらは生きているだけでは十分幸せなんだ。。。 総評:全人類が観るべき示唆に富んだ作品 絶対に観るべき作品の1つです。 絶対に後悔しません。 痛くて、苦しくて、辛い物語ですが、それ以上の救い、希望があります。 困難に直面しつつも、ひたむきに前に向かって進む彼女たちの姿は確実にあなたの何かしらの感情を揺さぶります。 「ぼくらにとって本当に大切なもの」がなにか思い出させてくれる「この世界の片隅に」。 日本のアニメーションにまた1つ、未来永劫語り継がれる名作が誕生しました。 「この世界の片隅に」がオススメな人• 生きとし生けるすべてのものへ 「この世界の片隅に」が合わなそうな人• 淡々とした物語は眠くなっちゃう人• 映画といえば派手なアクションでしょ!!!な人 正直、人を選ぶ作品だとは思います。 物語は特に起伏もなく淡々と進むし、時代物だし。。 それでもみんなに観てほしい。 特に若い人。 知られざる日本の姿がそこにはあります。 全部、同じ国での生活です。 今を生きられているだけでもほんとうに素晴らしいことなんです。 こんなにも、毎日を大切に生きようと感じさせてくれる作品は他にはありません。 作画やストーリーで毛嫌いせずに、是非一度劇場に足を運んで、その目でこの世界を感じてもらいたいです。

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