こく し ぼう 正体。 #7 こくぼう!

#7 こくぼう!

こく し ぼう 正体

にされていた紋章 ドイツ国防軍(ドイツこくぼうぐん、: Wehrmacht)は、からにかけて存在したの武力組織である、、の三軍の総体を指す。 総兵力は50万人となり、その後も多額の軍事費が投じられ、拡張と近代化が進められた。 の直前の兵力は318万人と世界でも屈指の規模であった。 においてはと戦い、当初は大きな勝利を収めたが1942年ごろから徐々に退潮し、5月にはを行い、に正式に解体された。 「」および「 ()」も参照 に敗北したドイツでは帝政が崩壊したが()、陸軍参謀次長のはのと密約を結び( ())、への支持の代わりに、陸海軍の存続保証を得た。 1921年1月1日には Reichswehrと改称している。 日本語では時代の軍隊である点を強調して「」と訳し分けることもあるが、Reichswehr時代も「国防軍」と訳出されることがある。 グレーナーの協定があったにもかかわらず、軍内には元帥を始めとする帝政支持派が多く、共和制とは一線を画した存在であった。 1920年に Chef der Heeresleitung der Reichswehr に就任したは軍の政治的中立に重点を置き、装備の充実を図った。 この政党から超然とした軍は「」と呼ばれることになる。 の軍備制限条項によりドイツの軍隊は陸軍兵力を10万人に限定され、も廃止された。 機構面でも、、は禁止され、軍備でも部隊、重火器は禁止された。 海軍兵力は1万5000人、6隻、6隻および12隻の保有のみが認められた。 また、航空戦力の保持は禁止された。 軍を離れねばならなかった旧軍人は巷に溢れ、社会的に不安定な要素となった。 軍はヴェルサイユ条約の規制をかいくぐって軍備の維持、向上を目論んだ。 参謀本部は「」に偽装して存続させ、将来の拡充を見越して、にレベルの教育を行った。 またなどに偽装した形で人員の確保を行った()。 またの協力を得て国内で秘密裏に、、等の訓練施設を設け、将来の再軍備への準備を怠らなかった。 戦闘機を旅客機、戦車を農業用トラクターと称し、郵便配達人の自衛用との名目で小銃を開発するなど、あの手この手で軍備を整え技術を高めていった。 この結果世界初のジェット戦闘機、アサルトライフルの始祖、初のミサイル兵器など当時としては画期的な兵器が数多く生み出されることとなる。 ヒトラー政権下の軍拡 [ ] 「」も参照 1933年、が首相に就任した。 ヒトラーはの確保を唱え、軍事を極めて重視していた。 2月3日には長宅で開かれた会談()において、軍首脳に再軍備を約束している。 また2月8日の閣議では「あらゆる公的な雇用創出措置助成は、ドイツ民族の再武装化にとって必要か否かという観点から判断されるべきであり、この考えが、何時でも何処でも、中心にされねばならない」「すべてを国防軍へということが、今後4~5年間の至上原則であるべきだ」と言明するなど、ナチス時代の経済政策はすべて軍備増強を念頭に置かれたものであった。 新たに設置されたはをトップとし、空軍の再建が進行していった。 国家予算における国防費も、1932年には6億3000万であったが、1933年には7億4600万ライヒスマルク、1934年には19億5200万ライヒスマルクと急増している。 さらになどの秘密手段によっても資金が調達され、1934年だけでも40億9700ライヒスマルクが軍事費として投じられている。 1941年に海軍財政局は1933年以降の状態を回顧して、困難がなかったわけではないが、「(資金は)常にほとんど無制限に提供された」としている。 国防軍の発足 [ ] 3月16日にヴェルサイユ条約軍備制限条項の破棄(再軍備)が宣言されると、軍は Reichswehr(ライヒスヴェア)から Wehrmacht(ヴェアマハト)へと改名される。 陸軍、海軍の名称も下記のように改名され、空軍の存在も公式に定められた。 - Reichsheer(ライヒスヘーア)から Heer(ヘーア)• - Reichsmarine(ライヒスマリーネ)から Kriegsmarine(クリークスマリーネ)• - Luftwaffe(ルフトヴァッフェ) 三軍の最高機関としては OKH 、 () OKM 、 () OKL が設置され、それぞれに総司令官が置かれた。 また陸軍のも兵務局から改称して復活した。 さらに5月21日には、所轄官庁である () Reichswehrministerium は戦争省 Reichskriegsministerium へと改称されている。 国防軍再編成 [ ] 1935年5月21日に、全38条からなる兵役法が施行される。 第一条• 一、兵役はドイツ民族に対する名誉ある勤務である。 二、すべてのドイツ男子は、兵役の義務を負う。 三、戦時においては、兵役の義務を超越して、すべてのドイツ男子と、すべてのドイツ女子は、祖国のための勤務について義務を負う。 第二条• 国防軍は武器を執って防衛するものであると共に、ドイツ民族に向かって、軍隊的な教育を施すべき学校である。 国防軍は、陸軍、海軍および空軍より成る。 第三条• 二、国防大臣はその下にあって、国防軍の高級指揮者として、国防軍に向かって指揮権を発動する。 国防軍の誕生とともに再軍備はいよいよ公然化し、1936年の総軍事費は102億7300万ライヒスマルク、1938年には172億4700万ライヒスマルクに達した。 に対する割合は、1936年で15. 7%、1938年には21. 0%に達している。 ヒトラーによる掌握 [ ] ヴァイマル共和国時代から軍隊の最高指揮権はのに所在し、に権限を委託する形式であった。 が死去した後、ヒトラーはその権限を受け継いでいた。 1938年、ヒトラーの外交政策()に反対する国防大臣と陸軍総司令官にスキャンダルをでっちあげ、失脚させた()。 ヒトラーは後継の大臣を指名せず、新たにを総長とする を設け、自らはその最高司令官に就任することで国防軍三軍を直接指揮する仕組みを作った。 その後の国防軍の多くはヒトラーの政策に表立って反対することはなく、1939年のまでの外交政策はおおむね国防軍も同意していた。 第二次世界大戦 [ ] 「」、「」、「」、および「」も参照 開戦から1941年頃までは優れた戦術と戦略で、ポーランドやフランス、ユーゴスラビア、ギリシャなどを圧倒し、ヨーロッパの大半をドイツの影響下に収めた。 しかし1941年6月の開始以降、厳しい気候との粘り強い抵抗によって次第に消耗していった。 1941年の冬に陸軍参謀本部と司令部は後退を求めるようになり、退却を許さないヒトラーと対立した。 この時にはヒトラーの判断が功を奏して戦線崩壊を免れたが、ヒトラーに反対した陸軍総司令官や参謀総長、多くの将軍が更迭された。 ヒトラーは自ら陸軍総司令官を兼任し、独ソ戦の指揮に強く介入するようになった。 1942年のはヒトラーが自ら大綱を書き上げたものであったが、攻勢は不十分に終わり、では大きな損害を出した。 また1944年にはにより、ドイツは東西両面の連合国軍と戦うこととなった。 陸軍元参謀総長将軍らは戦前からを形成しており、何度もヒトラー暗殺を計画していた。 1944年7月20日、においてヒトラー暗殺とそれにともなうクーデターを実行しようとした。 しかしヒトラー暗殺には失敗し、ベックらのクーデターの呼びかけにもほとんどの国防軍軍人は従わなかった()。 事件後には親衛隊の追及が国防軍上層部にもおよび、元帥らといった国防軍軍人が粛清され、国防軍はいよいよヒトラーに従属するようになった。 戦局はさらに悪化し、1944年中にはついにドイツ本土に連合軍が侵攻した。 降伏と解体 [ ] 詳細は「」を参照 ドイツ軍の伝統には、忠誠対象を明らかにする 忠誠宣誓が存在した。 ヴァイマル時代には「 国家と憲法」に対して忠誠を誓うものであった。 主権紋章 [ ] 5月1日国防軍はと右胸ポケットの上に主権紋章を表示する事が決められる。 軍帽の正章はの国旗色である「赤、白、黒」(帝政当時の彩色。 現行は黒・赤・金)を円形に象っている コカルデ。 、ではその周りをそれぞれ銀と金のの葉で囲んでおり、は周りを羽で象っている。 正章の上につくを掴む「」の意匠は、陸軍、海軍、武装親衛隊、空軍それぞれ若干異なっている。 羽を広げた鷲のは以来、、現在のに至るまででもある。 国防軍無罪論 [ ] 詳細は「」および「 ()」を参照 国防軍無罪論とはドイツにおける、いわゆる「国防軍神話」の一角を成しており「ドイツ国防軍は国家元首であるヒトラーの命令に従っただけで、戦争に関する責任はない」とするものである。 これはまで陸軍最高司令官を務めていた元帥が他の四名の将軍と連名で、降伏後にに提出した国防軍の役割を示した覚書にその源がある。 そこではドイツ国防軍は非政治的なヒトラーの道具に過ぎず、あくまでも国家元首に服従しただけであり、またユダヤ人やスラブ人に対する残虐行為はあくまでもナチによって行われたもので、ドイツ国防軍は通常の戦争を行ったに過ぎないとして、ナチズム体制と国防軍を明確に分離していた。 においては、1950年代に同様の認識を示すやの回想がドイツで出版されることでこのイメージは補強され、海外でもが「(国防軍は)や親衛隊の犯罪行為とは無縁であった」という見方を著している。 また東西ドイツにおけるによる旧国防軍将校のおよびへの復権がそれに輪をかける事となった。 に関与した大佐らが顕彰される一方で、国防軍はプロフェッショナルな集団であり、政治には無垢な存在としてとらえられていた。 しかし、1970年頃から国防軍の戦争犯罪に対する研究が盛んとなり、またイデオロギーとの関係も研究されるようになった。 後のから1999年にかけて、 ()が「絶滅戦争 国防軍の犯罪1941~1944」と題したパネル展( ())を開催した。 このパネル展で国防軍がにおいての組織虐殺を行っていた事、国防軍がの道具ではなくパートナーであった事などが主張され、を二分する激しい論争を引き起こした。 連邦軍およびはこうした問題に態度を表明する必要に迫られ、1995年6月5日に国防軍展示会について「内容はややラディカルなものの、軍事史研究所(国防省の管轄組織)の研究成果をふまえている」という評価を行っている。 また11月には国防相が、「国防軍は第三帝国の組織として、その頂点において、部隊・兵士とともにナチズムの犯罪に巻き込まれた。 それゆえに国防軍は、国家機関として、いかなる伝統も形作ることはできない」と国防軍について批判的な姿勢を示した。 またパネル展の論調が国防軍全体が犯罪行為に関与しているようになっていたことは批判を生んだ。 元首相は、「私は、事実が明らかにされ、道徳的な観点から判断がなされることには賛成である。 しかし、始めから1900万人 すべてを一括して中傷、さもなくば彼等の子供達にあなた方の親には罪があると信じさせるやり方では、展示の当初の目的を果たすことは全く出来ない」と批判している。 4月にはドイツにおいて国防軍問題に関する決議を行う動きがあった。 は「国防軍は国民社会主義システムの支柱の一つであった。 国防軍は組織として国民社会主義の犯罪に関与した」という決議案を提出し、やの賛成を得たものの、ドイツキリスト教民主同盟の提出による「ドイツ国防軍への従事者に対するあらゆる一方的・総括的な非難に対して断固として反対する」という決議案が賛成多数で採択された。 1995年8月に『』が行った世論調査では、46%が「国防軍はナチスの虐殺行為に関与していた」と回答している。 2000年ごろの研究ではにおいても国防軍が関与していたことは明らかになってきているが、「純粋に組織的な犯罪集団」であるかどうかについては議論が存在する。 2009年、ドイツの歴史家 () は、「いわゆる『清廉潔白な』国防軍という神話について、これ以上正体を暴く必要はなくなった。 国防軍の罪はあまりにも圧倒的であるために、これ以上の議論はもはや不要である」と述べている。 脚注 [ ]• 【歴史群像】欧州戦史シリーズvol. ポーランド電撃戦• 竹本真希子「」(2008年)など。 共和国軍が秘密裏に温存していた非合法戦力である Schwarze Reichswehrは「」や「闇の国防軍」などと呼ばれる。 , p. , pp. documentarchiv. 当時の国防軍従事者• , p. 53-54. 熊野 2006:67• , p. , p. Christian Hartmann: Wehrmacht im Ostkrieg. 790. 参考文献 [ ]• 茨城大学人文学部紀要. 社会科学論集 35, 1-18, 2001-09• 法政研究 73 2 , 51-77, 2006-10 九州大学• 「統一ドイツにおける「過去」の展示と歴史認識--ホロコーストを中心として」『防衛研究所紀要』3 2 、防衛研究所、2000年、 pp. 42-66、。 「 」 『立教経済学研究』58 4 、立教大学、2005年、 pp. 23-43、。 「 」 『三田学会雑誌』79 1 、慶應義塾経済学会、1986年、 58-90頁、。 「 」 『金沢大学経済学部論集』27 1 、金沢大学経済学部、2007年、 pp. 67-102、。 文献 [ ]• 濱田常二良(著)、『独逸軍部論』、昭和刊行会、1943年• アラン・ブロー(著)、『鷲の紋章学』、村松 剛訳、平凡社、1994年、 関連項目 [ ]• (Reichswehr) - 時代の軍隊。 (Bundeswehr) - (旧及び統一ドイツ)の軍隊• (Nationale Volksarmee) - (旧東ドイツ)の軍隊• 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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