松永 紅葉。 紅葉が綺麗です

小田原市板橋 松永記念館 紅葉 と 秋葉山量覚院 紅葉 、古稀庵(こきあん)

松永 紅葉

神奈川の穴場的紅葉の名所、小田原市にある松永記念館に紅葉を見にいってきました。 松永記念館は、戦前・戦後を通じて活躍した実業家、松永安左ヱ門が、昭和21年に小田原へ居住してから収集した古美術品を一般公開するために、自宅の敷地内に建設した施設で、昭和54年に敷地と建物が小田原市に寄付され、無料で公開されています。 現在の9電力体制を作り日本の電力事業に貢献した松永は、電力王、電力の鬼とも呼ばれましたが、数寄茶人としても高名で、号を耳庵(じあん)と称し、晩年を過ごした邸宅は、「老欅荘(ろうきょそう)」と名付けられました。 老欅荘は、数奇屋建築の意匠が随所に見られる名建築で、内部も開放されています。 敷地奥にある老欅荘に行くには、まずはシンボルツリーの欅がお出迎え。 荘のある上を見上げるとすでに紅葉が燃えてました。 まず、目に入るのが、この土塀。 瓦がアクセントになって、いい味だしています。 塀の高さも計算されたもので、外からは覗けず、中からは外の眺めを邪魔しない高さなんだとか。 さすがです。 中に入る前にまずはお庭から。 頼めば、係りの方から説明を受けることもできます。 非常に凝ったしつらえなので、ここはぜひ解説付きのほうがより、意匠を楽しめると思います。 これは茶釜ではなく、平安時代に女性がかぶった市女笠(いちめがさ)をかたどったもの。 まるで京都の瑠璃光院のようと言ったらちょっと言い過ぎですかね・・・・ 今日はこの景色を独り占め。 昨年に比べると、今年は色づきがイマイチですが、それでもこの美しさ。 そして、それは松永がすべて計算したもの。 松永の美意識を感じながら、時を忘れて見惚れてしまいました。 ここの紅葉の見頃は12月上旬。 外から眺めるも良し。 中から眺めるも良しです。 平日なら、空いているので、誰にも邪魔されずにゆっくりと紅葉を楽しむことができますよ。

次の

SMELLS LIKE THIS [WhitePlanter(松永紅葉)]

松永 紅葉

神奈川の穴場的紅葉の名所、小田原市にある松永記念館に紅葉を見にいってきました。 松永記念館は、戦前・戦後を通じて活躍した実業家、松永安左ヱ門が、昭和21年に小田原へ居住してから収集した古美術品を一般公開するために、自宅の敷地内に建設した施設で、昭和54年に敷地と建物が小田原市に寄付され、無料で公開されています。 現在の9電力体制を作り日本の電力事業に貢献した松永は、電力王、電力の鬼とも呼ばれましたが、数寄茶人としても高名で、号を耳庵(じあん)と称し、晩年を過ごした邸宅は、「老欅荘(ろうきょそう)」と名付けられました。 老欅荘は、数奇屋建築の意匠が随所に見られる名建築で、内部も開放されています。 敷地奥にある老欅荘に行くには、まずはシンボルツリーの欅がお出迎え。 荘のある上を見上げるとすでに紅葉が燃えてました。 まず、目に入るのが、この土塀。 瓦がアクセントになって、いい味だしています。 塀の高さも計算されたもので、外からは覗けず、中からは外の眺めを邪魔しない高さなんだとか。 さすがです。 中に入る前にまずはお庭から。 頼めば、係りの方から説明を受けることもできます。 非常に凝ったしつらえなので、ここはぜひ解説付きのほうがより、意匠を楽しめると思います。 これは茶釜ではなく、平安時代に女性がかぶった市女笠(いちめがさ)をかたどったもの。 まるで京都の瑠璃光院のようと言ったらちょっと言い過ぎですかね・・・・ 今日はこの景色を独り占め。 昨年に比べると、今年は色づきがイマイチですが、それでもこの美しさ。 そして、それは松永がすべて計算したもの。 松永の美意識を感じながら、時を忘れて見惚れてしまいました。 ここの紅葉の見頃は12月上旬。 外から眺めるも良し。 中から眺めるも良しです。 平日なら、空いているので、誰にも邪魔されずにゆっくりと紅葉を楽しむことができますよ。

次の

小田原市板橋 松永記念館 紅葉 と 秋葉山量覚院 紅葉 、古稀庵(こきあん)

松永 紅葉

週末に周辺を散策し、 や、量覚院の紅葉、そして庵を見てきました。 駅を下車、 松永記念館に到着したころにはすでに多くにカメラマンの方達が、老欅荘(ろうきょそう)の前で撮影されていました。 老欅荘(ろうきょそう)の名前の由来ともなった大きな欅の木と赤く色づいている紅葉です。 赤く色づいている葉の他に、まだ緑や黄色のものもありました。 松永記念館はこの土塀がとても印象的です。 松永記念館を後にし、すぐ近くにある 量覚院へ向かいました。 こちらもきれいに色づいていました。 敷地内にある大きな銀杏の木です。 写真の左下に遊具の象さんが写っていますが、木がどれだけ大きいかイメージ頂けると思います。 続いて竹垣の小道を通り、公の別荘であった へ向かいました。

次の