ディズニー 王様と私。 オオカミがモチーフのディズニーキャラクターは全部で何匹いま...

【王様のブランチ】ディズニー35周年 クリスマス徹底ガイド! アニバーサリー

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トニー賞ベスト・リバイバル・ミュージカル受賞作、 ブロードウェイ、ウエストエンドを席巻した『王様と私』が やって来るというのだ。 しかも、渡辺 謙のシャム(現在のタイ)王、ケリー・オハラのアンナという オリジナル・キャストの二枚看板そのままで。 渡辺にとっては凱旋公演? 「ゲティング・トゥ・ノウ・ユー」、「シャル・ウィ・ダンス?」など 誰もがどこかで聴いたことのある名曲が次々と飛び出す。 南国の幽玄境を思わせる美術にも目を瞠る。 東西文化の衝突という主題も決して古びていない。 しかしなにより『王様と私』は胸打つ愛の物語である。 渡辺 謙とケリー・オハラの息の合った、夢の共演 競演 に目を凝らしたい。 並のミュージカル来日公演とはわけが違う。 トニー賞ベスト・リバイバル・ミュージカル受賞作、ブロードウェイ、ウエストエンドを席巻した『王様と私』がやって来るというのだ。 しかも、渡辺 謙のシャム(現在のタイ)王、ケリー・オハラのアンナというオリジナル・キャストの二枚看板そのままで。 渡辺にとっては凱旋公演? 「ゲティング・トゥ・ノウ・ユー」、「シャル・ウィ・ダンス?」など誰もがどこかで聴いたことのある名曲が次々と飛び出す。 南国の幽玄境を思わせる美術にも目を瞠る。 東西文化の衝突という主題も決して古びていない。 しかしなにより『王様と私』は胸打つ愛の物語である。 渡辺 謙とケリー・オハラの息の合った、夢の共演 競演 に目を凝らしたい。 今後二度と出逢えない、 奇跡の来日ミュージカル!! 今後二度と出逢えない、奇跡の来日ミュージカル!! 2015年、ブロードウェイで19年ぶりの再演となるミュージカル『王様と私』が、ニューヨークのリンカーン・センターで上演されました。 名作復活にふさわしい最高のキャスティングとして、メトロポリタン・オペラでも活躍するブロードウェイの歌姫ケリー・オハラと、世界を舞台に活躍する渡辺 謙がW主演を務めた同公演は、アメリカ演劇界でアメリカ演劇界で最も権威のあるトニー賞ミュージカル部門の最優秀リバイバル賞を獲得するなど大きな話題をさらいました。 1860年代のシャム王国(現タイ)を訪れたイギリス人英語教師・アンナを演じたオハラは、トニー賞ミュージカル部門の主演女優賞を受賞。 また、伝統継承と近代化の間で葛藤するシャム王に扮した渡辺は、ユーモアにあふれたカリスマ的な王の心の機微を見事に演じ切り、日本人初となるトニー賞ミュージカル部門の主演男優賞ノミネートの快挙となりました。 続く2018年のロンドン・ウエストエンド公演でも絶賛を集めた二人が、2019年の夏、ここ東京で三たびめぐり逢いを果たします。 1951年のブロードウェイで初演され、翌年のトニー賞で最優秀作品賞を受賞。 その後もたび重なり上演される人気作となり、1996年再演版と今回の2015年再演版は、それぞれトニー賞最優秀リバイバル賞を受賞しました。 また、1956年の映画版では、ブロードウェイ初演でもシャム王役を務めたユル・ブリンナーがアカデミー賞主演男優賞に輝いています。 ブロードウェイの『パジャマゲーム』『南太平洋』『ライト・イン・ザ・ピアッツァ』『マディソン郡の橋』でトニー賞ノミネート。 オペラ:『メリー・ウィドウ』『コジ・ファン・トゥッテ』(ともにメトロポリタン・オペラ) 映画/TV:『セックス・アンド・ザ・シティ2』『ブルーブラッド 〜NYPD家族の絆』『13の理由』 現在出演中のブロードウェイ作品:ラウンドアバウト・シアター・カンパニー『キス・ミー・ケイト』再演 渡辺 謙 (王様役) KEN WATANABE as The King ミュージカル『王様と私』(バートレット・シャー演出)の王様役でトニー賞ミュージカル部門主演男優賞ノミネート。 同役でウエストエンドにも進出。 テレビ:「Ordinary Lies」「Camp X」「Casualty」「ブラッド・イン・ザ・ウォーター」「サダム 野望の帝国」など ブロードウェイのストレートプレイやミュージカル作品のみならず、近年はメトロポリタン・オペラほかでのオペラ演出でもその手腕を発揮。 トニー賞最優秀演出賞の受賞やノミネート歴を重ねる当代随一の人気演出家。 ニューヨークの名門劇場リンカーン・センターシアターでレジデント・ディレクターを務める。 リンカーン・センターシアター:『オスロ』『王様と私』『ライト・イン・ザ・ピアッツァ』(トニー賞ノミネート)、『南太平洋』(トニー賞、ドラマ・デスク賞、アウター・クリティック・サークル賞受賞)ほか多数 ブロードウェイ:『屋根の上のヴァイオリン弾き』『マディソン郡の橋』 オペラ:『オテロ』『愛の妙薬』(メトロポリタン・オペラ)、『ロメオとジュリエット』(ザルツブルク、ミラノ、シカゴ、メトロポリタン・オペラ)ほか多数 現在上演中のブロードウェイ作品:『アラバマ物語』、『マイ・フェア・レディ』(トニー賞ノミネート) Photo by Matthew Murphy The London Palladium Production SS席 S席 A席 B席 U25 チケット (25歳以下当日引換券) 19,000円 15,000円 12,000円 9,000円 6,500円 【当日券販売について】 各公演開演1時間前より、購入順を決める抽選を行います。 ご希望の方は、渋谷ヒカリエ11階 劇場エントランスの所定の位置に、お時間までにお集まりください。 なお、残席状況によっては、並びのお席がご用意出来ない場合もございます。 事前のお問い合わせにはお応え致しかねます。 窓口にてご確認ください。 あらかじめご了承ください。 引換の際、生年月日が確認できる身分証明書をご提示ください。 お座席はお選び頂けません。 お連れ様と連席でご用意できない場合もございます。 予めご了承ください。 【チケットに関する注意事項】 チケットは正規ルートでの購入をお願いいたします。 転売目的の購入、営利を目的としたチケットの転売はいかなる理由であれ、固くお断りいたします。 なお、転売チケットと判明した場合、ご入場をお断りさせていただく場合がございます。 チケット取扱い正規ルート以外の「チケットショップ」、「購入代行業者」、「転売サイト」、「ダフ屋」、「オークション」等から購入したチケットについては、主催者は一切の責任を負いません。 ご来場いただく全てのお客様に快適にご観劇いただき、素敵な劇場体験になるよう、皆様のご理解とご協力を宜しくお願い申し上げます。 Bunkamuraチケットセンター (オペレーター対応/10:00~17:30) オンラインチケット MY Bunkamura 東急シアターオーブチケットカウンター 渋谷ヒカリエ2階/11:00~19:00 Bunkamuraチケットカウンター Bunkamura 1階/10:00~19:00 東宝ナビザーブ 東宝テレザーブ (オペレーター対応/9:30~17:30) イープラス ファミリーマート店内Famiポートで直接購入可能 チケットぴあ (Pコード: 492-170) セブン-イレブン、チケットぴあ店舗でも直接販売 ローソンチケット (オペレーター対応/10:00~20:00) (Lコード:34080) ローソン・ミニストップ店頭Loppi(24時間受付).

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【チャオプラヤー川に吹く風(62)】ミュージカル『王様と私』をめぐって(1)

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以前この日記でも取り上げた、のリメイク版。 20世紀もどんづまりの1999年に公開された映画です。 ですが、『王様と私』とは、似て非なる映画です。 とても同じ原作小説によるものだとは思えません。 どちらがより原作に忠実なのかは分かりませんが、映画といえども、作られた時代の空気と無縁ではいられないのだ、ということを実感いたしました。 インターネットで「アンナと王様」の感想を検索してみると、 あまり好意的でない意見が結構目についたのですが、自分の考えは少し違います。 『王様と私』は確かに名画です。 名画ですが、クラシックです。 ミュージカルという制約もあるのでしょうが、俳優の動き、衣装、背景などは大変様式的で、 ディズニー映画のアニメーションのような印象を受けます。 1956年の映画では、シャムの総理大臣も王様も半裸で登場します。 一方、アンナは常に正装で、その態度たるや頑固なイギリス女性さながらです。 シャム王も彼女に負けず劣らず頑固でその上高圧的ですから、『王様と私』は頑固と頑固が対決するコミカルな映画になっています。 それはそれでいいのですが、折れるのはいつも王様。 アンナが折れたように見えるときも、王様が家を建てるなど条件を出したときに限られます。 ほとんどの場合、アンナは最終的に我を通します。 つまり、ここでは「近代」列強の脅威の前にシャムの「伝統」が折れざるを得ないという構図があるのです。 にもかかわらず、『王様と私』のアンナは自分が正しいと信じています。 実際、彼女にはそう主張するだけの映画的根拠があります。 なぜなら彼女は英国人女性でありながら執事も召使も連れず、息子と二人だけでタイにやってきたのですから。 また、夜会の席上に登場する英国人たちはきわめて紳士淑女的で、 帝国主義的侵略者の側面など、おくびにも出さない(!)のですから。 でも、実際はそうではありませんでした。 『王様と私』のアンナが身をもって体現しているのは、「近代=進歩的善」「伝統=封建的悪」という近代主義です。 ですから、 この映画のラストで王様が死に、アンナが子ども達に慕われて残ることを決意するのは、シャムの伝統の死と敗北を暗示するものに他なりません。 タイトルの登場人物の順番が物語っているように、この映画はまず何よりも 「シャムの王様」の変容と悲劇をかたる物語であったのでした。 『アンナと王様』はその辺りのことをかなり意識して作られているようです。 登場するシャム人が不自然に英語を話すというご都合主義はできるだけ排除されています。 それどころか、アンナはシャム語で子ども達に挨拶します。 時代考証的にも、こちらの方がはるかに正確でしょう。 教師と王様の恋物語というモチーフは継承されていますが、実際は 「アンナの成長物語」になっています。 『王様と私』のデボラ・カーはヴィクトリア女王でもつとまりそうな女性でしたし、それでよかったのですが、ジョディ・フォスターのアンナはまるで 「赤毛のアン」です。 思い出してください。 そう、アンもまた教師でした。 冒頭で、アンナは息子の問いかけ対して、「インドは植民地で英国よ」と答えます。 それを聞いた 彼女の執事と召使はお互いに目を見合わせます。 ここで彼女は無意識のうちに大英帝国の傲慢さを体現し、無自覚にそれを「善」と信じていることが観客に意識されます。 やがてアンナは総理大臣と謁見します。 『王様と私』の総理大臣は半裸の壮年男性でしたが、こちらは 初老の男性で、眼鏡をかけています。 つまり、旧作に比べてより知的であることを暗示しているのです。 大臣は旧作と同じようにアンナのプライベートについて根掘り葉掘り聞きます。 しかしアンナがそれに抗議すると、「この国ではプライベートなことを尋ねるのが礼儀なのだ」と諭します。 言い換えれば「郷に入っては郷に従え」ということで、アンナはここで大英帝国中心主義を改めなければならないという教訓を得、精神がゆすぶられるのを感じるのでした。 このあたりが、往年のデボラ・カーの役どころとは違うところです。 王様もまた半裸ではありません。 のみならず 読み書きの際には眼鏡を使用します。 また王になる前は僧院にいたことも語られます。 『王様と私』のシャム王はときとしてまるで聞き分けのない子どものようでしたが、今度の王は格段に知的なのです。 知的な王は、「大人に葉巻は許されるが、子どもには早すぎる」として、アンナが皇太子に貸した『アンクル・トムの小屋』を取り上げます。 アンナはそれに対して、特に抗議することも出来ませんでした(だから当然、『王様と私』にあったような、ストウ夫人の小説をリメイクした劇中劇のシーンもありません)。 できるわけがないのです。 だって彼女は『王様と私』のデボラと違って、 執事・召使という名の「近代的奴隷」を抱えて旅してきたのですから。 キリスト教で理想を語り、帝国主義で現実的に処するのが列強の常套手段でした。 「改革はゆっくりでなければならない」と王は言います。 急ぎすぎれば民心の不安と反動勢力の台頭を招き、外国につけ込まれることをよく理解していたからでしょう。 奴隷制がよくないということは王も理解していました。 だからこそ、『王様と私』のシャム王が自分の権威を高めるために手紙をアンナに代筆させたのに対し、自ら筆を執ってリンカーンにしたためたのでしょう。 たまたま猿に眼鏡を取られたために来た返事をアンナに読んで貰うシーンでは、 王の知性が曇った場合、助けになるのはアンナであることがそれとなく示唆されています。 『王様と私』で夜会に招かれた英国人達は紳士的でした。 『アンナと王様』でも表面上はそうですが、実際は侵略の意図が見え隠れしていることが席上でも明示されます。 このとき、アンナはシャム(王)のために弁護します。 この時点で、「インドは英国よ」と言った女性は、シャムと英国とを繋ぐ「中間者」に成長していたのでした。 「中間者」はしかし立場上不安定ですから間違いも起こします。 タプティムの恋は旧作と同じく本作でも悲劇にしかもより劇的に終わります。 ここで彼女は女性としての無理もない立場から一線を越えてしまいますが、 この事件がキッカケで、彼女は「学ぶ」ことについてより深く考えるようになります。 「中間者」といえば ルイもまたそうです。 旧作では母性的なデボラに押されてただの可愛い子どもだったルイですが、本作では「アンナ」と「王」の中間者、「アンナ」と「王の子ども達」の中間者としての役割を果たす少年へと成長していることに注目です。 さらには 「総理大臣」も中間者です。 旧作では完全に王サイドにいた側近は、王の危機に際してアンナに助けを求めます。 アンナはそれに応え、これもやはり旧作にはなかったシャム王の存亡の危機に際し、見事に気転を利かしてクーデターの阻止に貢献しました。 全編を通して、アンナと王はお互いからともに学びあうことによって理解と交友を深め、信頼関係を築きます。 デボラのように、王の死に際して感傷的になって全てを許すというような不自然な展開はもう必要ではありません。 しかし、お互いの立場をよく理解すればこそ、 「夫を失ってもう一人失うの?」「私は始めて理解したよ…一人の女性で満足するということがどういうことか」とお互いに間接的な愛の告白をしたにもかかわらず、別れなければならなりませんでした。 「恋愛映画」というメッセージの下に隠されたもう一つのメッセージ。 それは「成長物語」というロマンだったのでありました。 しかも、旧作の長所と短所を踏まえたうえで、それでも比較されるリスクを越えて、よく鑑賞に堪えうる作品として完成しているという印象を受けました。 だから。 この映画がタイで上映禁止なのは、「タイの王様と外国人の秘められた恋物語」というモチーフのせいであって、映画そのもののできばえとはなんら関係がないと思います。

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アンナと王様

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1951年に初演されたブロードウェイミュージカル『王様と私』は、以来何度も再演を重ね、全米ツアーや全英ツアーも行われてきました。 1985年に病で亡くなる直前まで王様役を務めたユル・ブリンナーはこのミュージカルを代表する役者です。 日本では1965年に初演され、松本幸四郎(当時)が王様を演じました。 最近では、2015年に渡辺謙がブロードウェイで王様を演じて話題を呼びました。 『王様と私』は1956年に映画化もされ、王様は舞台と同じくユル・ブリンナーが、アンナ役はデボラ・カーが演じました。 翌1957年のアカデミー賞では、ブリンナーの主演男優賞を含め、5部門で受賞するという快挙を成し遂げ、まさに映画史に刻まれる作品となりました。 『王様と私』に登場する王は、タイ国ラタナコーシン王朝のラーマ4世モンクット王であり、アンナとは、1862年から6年間、チュラロンコン王子をはじめとするラーマ4世の子女たちや正妃・側室らの教師として当時のシャムに滞在したアンナ・レオノーウェンス(Anna Leonowens)という実在の人物です。 ミュージカルや映画では、アンナが文化の違いに戸惑いながらも、次第に理解と共感を深めていく過程が描かれています。 このミュージカルによって、19世紀にタイ国近代化の礎を築いたラーマ4世に光が当てられましたが、タイ国内では、同ミュージカルや映画の興行はなされていません。 また、タイの王宮を舞台とした戯曲でありながら、タイ人俳優が演じたこともありません。 その背景には、どのような事情があるのでしょうか。 (ブリンナー演じる劇中の王様が剃髪姿なのは、こうした史実を踏まえたものかもしれません。 )出家中のモンクット王子はタイ古来の学問(サンスクリット語、パーリ語、仏教、文学など)に加え、西洋の科学や天文学、英語を学び、西洋事情や新知識を吸収しました。 西欧列強の干渉が激しさを増した19世紀半ばに王位を継承したラーマ4世は、1855年以降、英米仏等の諸国と修好通商条約(不平等条約)の締結に踏み切るなど、植民地化を避けるための国の舵取りに腐心し、国力を増強すべく、国家の近代化に注力しました。 ラーマ4世は即位の後、35人の妃との間に82人の子女をもうけます。 次代を担う彼ら、特に将来を嘱望された皇太子チュラロンコン王子のため優秀な家庭教師の招聘が検討され、白羽の矢が立ったのがアンナでした。 王宮ではそれ以前にも、米国人宣教師の夫人が子女らの英語教育にあたっていましたが、英語のみならず、近代的な知識や国際情勢、世界に通じるものの考え方を訓育できる教師が求められたのです。 父の死去、母の再婚などを経て、1851年頃イギリス軍人と結婚。 1957年、一家で夫の任地シンガポールへ赴きますが、わずか1、2年の後に夫が急死してしまいます。 アンナは残された娘と息子を養うためにシンガポールで教職に就き、それがきっかけでタイ王室の教育係に選ばれました。 赴任の要請を受けた際、彼女は娘を英国の学校に進学させ、息子のルイスのみを伴ってシンガポールを発ちました。 この時アンナは28歳、皇太子チュラロンコン王子は9歳でした。 アンナのシャム滞在から70年あまり経った頃(1927~37年)、宣教師の夫と共にシャムで暮らした米国人マーガレット・ランドンが、かつて同地に滞在したアンナ・レオノーウェンスに関心を抱きます。 この著作は、単にアンナの作品の要約ではなく、タイに馴染みのない読者も意識した構成とし、アンナの原作にはなかった、シャムに渡航する前の人生やシャムを去ってからの人生にも言及しています。 自らの作品についてランドンは「75%は事実で、25%は事実に基づいたフィクション」と評していました。 この映画はアカデミー賞で2部門を受賞しました。 筆者は同作品を観ておりませんが、アンナ・レオノーウェンスの原作からも、ランドンの著作からも逸脱した脚色があったということです。 アンナの足跡を史実としてではなく、物語として描いたという点は後に続く『王様と私』と共通しています。 そして1951年にブロードウェイミュージカル『王様と私』が、1956年に同名のミュージカル映画が誕生します。 多くの歌が挿入されて、劇中劇もあり、娯楽性が前面に打ち出されているのが特徴です。 劇中、タプティムというビルマの女性が国王の妻(妾)となるべく輿入れしますが、タプティムと、輿入れの旅に随行した祖国の若者ルンタとの悲恋が描かれるなどロマンスの要素もあります。 」(1996年)のタイトル及び主題曲にも使われましたので、メロディーが思い浮かぶ方も多いのではないでしょうか。 1950年には『シャム宮廷生活』のタイ語訳が出版されましたが、訳者に序文の執筆を依頼された作家で政治家のククリット・プラモート(セーニー・プラモートの弟、第18代首相)は訳者にその出版意図を問いただし、「アンナ・レオノーウェンスの著作は勝手なでっち上げ」と非難したそうです。 ミュージカルや映画の成功に対しても強い反発が起こり、「聡明なアンナが、西欧文化に無知なモンクット王を教え導く」というストーリーが実際の歴史とかけ離れており、タイ王室を侮辱するものである…という批判を浴びました。 1999年には、香港出身の俳優チョウ・ユンファが王様を、ジョディー・フォスターがアンナを演じた映画『アンナと王様』が封切られました。 制作段階で20世紀フォックス映画社はタイ国内での撮影を希望し、タイ当局と数か月にわたって交渉を行い、脚本を修正しました。 しかし、タイでのロケが許可されることはなく、完成作品も『王様と私』同様にタイ国内での上映が禁止されました。 結局、ロケはマレーシアで行われました。 ・・・次号に続く 主な参考文献: 小泉順子『歴史叙述とナショナリズム-タイ近代史批判序説』東京大学出版会,2006年(p. 129-159「第5章 アンナ・レオノーウェンスの問いかけるもの」) 河部利夫『タイ国理解のキーワード』勁草書房,1989年(p. 公益財団法人 国際文化会館 企画部を経て、1992年5月~1996年8月 タイ国チュラロンコン大学文学部に留学(タイ・スタディーズ専攻修士号取得)。 1997年3月~2013年6月、株式会社インテック・ジャパン(2013年4月、株式会社リンクグローバルソリューションに改称)に勤務。 在職中は、海外赴任前研修のプログラム・コーディネーター、タイ語講師を務めたほか、同社WEBサイトの連載記事やメールマガジンの執筆・編集に従事。 著書に『海外生活の達人たち-世界40か国の人と暮らし』(国書刊行会)、『WIN-WIN交渉術!-ユーモア英会話でピンチをチャンスに』(ガレス・モンティースとの共著:清流出版)がある。

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