ジンギスカン 語源。 ジンギスカンの名前・漢字の由来とは?

ジンギスカンとは

ジンギスカン 語源

火葬とは? 「火葬(かそう)」とは、遺体を焼却することで、遺体の焼却を含む葬儀全体を指すこともあります。 焼却後の遺骨や遺灰は、納骨堂や墓地に納めたり、海や山に散骨したり、自宅で保管したりといろいろな方法があり、地域やご遺族・故人の考えによって異なります。 土葬とは? 「土葬(どそう)」とは、遺体をそのまま埋葬することです。 日本の火葬の起源と歴史とは? 日本の火葬の始まりがいつからなのか、はっきりしたことはわかりませんが、縄文時代(紀元前14000年頃~紀元前10世紀頃)の遺跡から、火葬された遺骨が出土しています。 また、古墳時代(3世紀中頃~7世紀頃)後期の古墳には火葬の跡があり、古くから火葬が行われていたと考えられていますが、火葬されるのは特別な人だけで、一般的には土葬だったようです。 火葬は、飛鳥時代(592年~710年)に伝来した仏教とともに、日本中に広まったという説が有力です。 これは、仏教の開祖である仏陀(ブッダ・目覚めた人という意味、本名はゴータマ・シッダルータ)が火葬されたことにちなんでいるそうです。 最古の記録は、日本書紀(にほんしょき・720年)で700年に奈良の元興寺の開祖である道昭(どうしょう・629年~700年)が火葬されたと記されています。 このころは特別な人しか火葬されなかったようです。 平安時代(710年~794年)になると、皇族や貴族、僧侶などが火葬されるようになりますが、まだ一般的ではなく、土葬が主流でした。 これは、儒教の教えで遺体を傷つけることは罪であるという考え方があったことと、火葬をするための燃料や時間、費用が必要だったためといわれています。 火葬をする割合は仏教の広まりとともに増えていったようですが、庶民にも火葬が広まるのは、江戸時代(1603年~1868年)の終わり頃です。 しかし、簡単な作りの小屋を火葬場としていたため、臭いや煙などが近隣住民の健康を害していると問題になったことや、一部の神道の人たちからの「火葬は仏教の埋葬法だから廃止すべきだ」という主張によって、明治6年(1873年)に火葬禁止令が出されてしまいます。 日本には古来より神道がありましたが、仏教の伝来によって神仏習合(しんぶつしゅうごう・神と仏を一緒に祀ること)の考え方が広まり、神社とお寺が一緒に建てられることがありました。 しかし、江戸時代になると神仏分離(しんぶつぶんり・神と仏は別々に祀ること)によって、神社とお寺がはっきりと区別されるようになり、明治時代に明治政府が出した神仏判然令によって神仏習合が禁止されました。 長年に渡って仏教から圧迫を受けていたと考えた神職者たちは、仏像や仏具、寺などの破壊、仏教そのものを攻撃するようになり、火葬の廃止も訴えました。 そして、明治政府が神道の主張を受け入れた結果、火葬禁止令が出されました。 その後、人口が急増したことで土葬をする場所の確保が難しくなり、埋葬料が高騰するなどしたことから埋葬が不可能になるなど混乱が起こりました。 政府内部からも火葬禁止令を反対するという意見が出て、明治8年(1875年)に火葬禁止令が廃止されました。 明治政府は、火葬に関して宗教的な視点を排除し、公衆衛生面を考えた結果、伝染病によって亡くなった人は火葬することを義務付け、人口の多い地域などを土葬禁止とし、土葬用墓地の拡張や新設に厳しい規制を設けました。 大正時代(1912年~1926年)になると、地方自治体が積極的に火葬場設営を行った結果、火葬場の設備が整い、臭いや煙を減らすことができるようになりました。 さらに、土葬より火葬の方が人手や費用が少なくてすむということで、火葬の割合が日本各地で高まっていき、現在の火葬は亡くなった人のほぼ100%の割合になっています。 「ほぼ100%」なのは、宗教上の理由で土葬をする人、土葬の習慣が根強く残る一部地域(奈良県や山梨県など)の人、大規模な災害によって火葬場が使用できず土葬する場合があるなどの理由があります。 火葬は法律で義務付けられていませんし、土葬が禁止されているわけでもありませんが、土葬が許可されている墓地は限られており、公衆衛生面の問題もあるため、特別な理由もなく土葬を希望するのは難しいといえます。 海外では火葬をしているの? アメリカやヨーロッパなど、キリスト教徒が多い国では? アメリカやヨーロッパなど、キリスト教徒が多い国では土葬が主流でした。 キリスト教では、死者が復活すると信じられているため、遺体を火葬すると死者が復活できなくなってしまいます。 しかし、土葬する土地の不足などを理由に、ヨーロッパでは70%ほどが火葬しているようです。 アメリカは土地が広いため、40%ほどが火葬です。 中国や韓国では? 中国や韓国など、先祖を大切にするという儒教の教えが強い国では、火葬をすることは遺体を傷つけ、魂が帰る場所を無くす親不孝な行為と考えているため、土葬が主流です。 しかし、土葬する土地の不足や、若い世代を中心に儒教の教えが薄れていることなどから、火葬をする人も増えており、中国では70%ほど、韓国では50%ほどが火葬をしているようです。 インドでは? インドはヒンズー教徒がほとんどのため、火葬が主流です。 ヒンズー教では、人が亡くなると肉体から解放され、次の世界へ生まれ変わると信じられており、聖なる河であるガンジス川に遺骨や遺灰を流すことで、解脱(げだつ)できるといわれています。 そのため、火葬後は遺骨や遺灰をガンジス川に流しますが、火葬の費用がない人や、妊婦や子ども、自然死ではない人などは火葬をせずにそのままガンジス川に流すこともあります。 解脱とは、輪廻転生から抜け出すことで、解脱すると、苦しみや悩みがなく、幸福に満たされた理想郷に生まれ変わることができるといわれています。 輪廻転生(りんねてんせい・りんねてんしょう)とは、肉体が滅びても魂は滅びず、生死を繰り返すことです。 いずれの国も、国内でひとつの宗教だけが信仰されているわけではありませんし、他国から移住してきた人もいるため、火葬100%や土葬100%にはなりません。 時代劇など昔の日本を舞台にしたものを見ていると、大きな樽に遺体を入れて墓地へ運ぶシーンがありますが、あれは土葬だったのですね。 庶民の間にも火葬が広まったのは明治時代以降のことですから、私たちの3つか4つ前のご先祖様は土葬だったのかもしれません。 日本ではほぼ100%火葬ですから、海外もそうなのかと思っていましたが違いましたね。 国ごとに違うのではなく、宗教によって考え方が異なると思った方が良いのかもしれません。 関連: -.

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ギリシャ語由来の英語がたくさんある?ギリシャ語の歴史について

ジンギスカン 語源

ジンギスカンとは? ジンギスカンは漢字で「成吉思汗」と書きます。 ジンギスカンは、羊の肉を用いた焼肉料理で、もやしや玉ねぎ、ピーマンなどの野菜と一緒に専用の鍋で焼きます。 タレに付け込んだ肉や、生のままの肉、冷凍した肉など、お店や家庭によって肉の状態はさまざまのようです。 「ジンギスカン」の名前の由来とは? 「ジンギスカン」の名前の由来は諸説あります。 チンギス・カンが由来という説 チンギス・カン(1162年~1227年)とは、モンゴル帝国の初代皇帝で、「チンギス・ハーン」や「ジンギス・ハン」ともいいます。 チンギス・カンが遠征中に、羊の肉を兵士たちの食事としていたことから、チンギス・カンの名前からジンギスカンとうい料理名になったという説があります。 しかし、モンゴル料理にこのような料理はないそうです。 駒井徳三が名付けたという説 東北帝国大学農科大学(現在の北海道大学)出身の 駒井徳三(こまいとくぞう・1885年~1961年)が「ジンギスカン」と名付けたという説があります。 駒井徳三は満州(現在の中国)の初代総務庁長官を務めていました。 そのときに身近にあった「鍋羊肉(カオヤンロウ)」という羊肉料理を日本風にアレンジした料理を「ジンギスカン鍋」と名付けたそうです。 ジンギスカンという名前は、羊=モンゴル、モンゴル=モンゴルの英雄チンギス・カンと連想し、さらに日本の武将である源義経(みなもとのよしつね・1159年~1189年)が、モンゴルに渡ってチンギス・カンになったという伝説にちなみ、名付けられたという説があります。 兜(かぶと)が由来という説 ジンギスカンに用いる鍋が、チンギス・カンが率いるモンゴル兵たちがかぶっていたモンゴル兜と似ていたことから「ジンギスカン」と名付けられたという説があります。 ジンギスカンの歴史とは? 羊の肉が日本で食べられるようになったのは、大正時代(1912年~1926年)になってからで、満州(現在の中国)へ進出していた日本人が、現地の人々が羊を煮たり焼いたりして食べているのを見たのがきっかけでした。 昭和(1926年~1989年)に入ると、軍服用として羊毛が必要になり、羊の飼育が奨励されたことで、羊の肉を食用にすることとなりました。 全国的に羊肉料理の講習会が開催されたそうです。 北海道に定着したのは、昭和7年(1932年)に、札幌市や滝川市などに種羊場(しゅようじょう・羊の飼育、研究機関)が出来たことで羊の肉が容易に入手できたためです。 そして、昭和11年には札幌にジンギスカン専門店の「横綱」が誕生し、昭和28年には札幌に「成吉思汗倶楽部(現ツキサップじんぎすかんクラブ)」、昭和31年には滝川市に「松尾ジンギスカン」が開店したことで北海道に広まっていったようです。 ジンギスカン発祥は北海道と考えられがちですが、岩手県や長野県、千葉県などにも種羊場が作られたことから、羊の肉を食べることが広まっていたため、発祥の地は複数存在しており、その土地のグルメとして現在も食べられています。 また、ジンギスカン専門店の発祥は昭和10年に松井初太郎という人が東京で開店した「成吉思荘」という店なのだそうです。 ジンギスカン鍋の起源とは? ジンギスカンは、専用の鍋を用います。 鍋がドーム状で、兜のように盛り上がっており、表面には溝が刻まれています。 兜のように盛り上がった中央部分で肉を焼き、鍋の外周部で野菜を焼くことで、羊の肉から出た肉汁が溝に沿って外周部へ流れ落ち、野菜が肉汁によって美味しくなる仕組みになっています。 しかし、専用の鍋ではなく、フライパンやホットプレート、焼き網などで代用しても、羊の肉を焼いた料理は「ジンギスカン」と呼びます。 ジンギスカン鍋の起源は、さきほど紹介した、東京の「成吉思荘」が発祥だと言われ、昭和11年に実用新案登録されたそうです。 ジンギスカン鍋は不思議なカタチをしていますが、そのおかげで野菜がよりおいしく食べられるようになっているのですね。 羊の肉は、牛や豚などほかの肉に比べるとヘルシーだということで女性に人気があります。 体のことを気にしている人にとって、ヘルシーな羊の肉と、たくさんの野菜を美味しく食べられるのは嬉しいことです! 関連: 関連: -.

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☆総スカンの語源は?

ジンギスカン 語源

最終更新日:2018年4月04日(水) アイヌ政策推進局アイヌ政策課 Office of Ainu Measures Promotion アイヌの人たち、 アイヌ文化への理解 を深めるために 行政情報など 関係団体・機関 へのリンク アイヌ語の地名 北海道の市町村名のうち、約8割がアイヌ語に由来しています。 現在では、そのほとんどが漢字で書き表されています。 そのために、アイヌ語と気付かない人もいますが、北海道に暮らす人たちのほとんどは、自分の住む町や山などの名前がアイヌ語であることを知っているでしょう。 アイヌの人たちの多くが川筋に住んで、生活に必要な資材を求めていました。 また、狩猟や交易のための交通路としても、川は重要な存在でした。 ですから、川(ペッ pet)や沢(ナイ nay) を意味する地名がとても多くあります。 アイヌ語地名は、その地形の特徴や土地の産物、そこでよく行われることなどを語源としています。 たとえば、キナ・チャ・ウシ kina-ca-usi という地名の語源は「蒲・を切り取る・場所」ですから、そこはゴザを編む材料が豊富であったことがわかるわけです。 このように、アイヌ語地名は必要に応じて名付けられたものであり、地名をつけた当時の人たちの生活が反映されているものです。 その意味で、アイヌ語地名は歴史的にも重要な文化財ということができます。 *「キナ」は生活に役立つ草をいいます。 普通、「蒲(ガマ)」はシキナ sikina といいます。 【アイヌ語地名の研究について】 アイヌ語地名は、アイヌ民族の言葉・歴史・文化を身近に伝えるものであり、関心を寄せる人も多いようです。 しかし現在では、自然の地形や社会的形態も大きく変化しており、 アイヌの人たちが自然との関わりの中で名付けた意味を、いま正確に証明するのはなかなか難しいことです。 本来、ごく狭い範囲につけた地名がひとつの町やもっと広い地方を呼び表すようになったことが多く、地名の由来がわからなくなったところもあります。 アイヌ語地名について調べたり考えていくためには、その音にあったアイヌ語の単語を当てはめるだけでは不十分です。 それぞれの単語の意味はもちろん、名詞や動詞の関係などの文法を正確につかんでおき、さらには実際に地形の特徴やその土地の伝承なども調べていくことが求められます。 アイヌ語地名の研究は、こうした厳格な調査によって、はじめて広がりをもって発展していく学問だということができます。 【ト to 「湖・沼」につく単語】 ここでは、特にト to というアイヌ語地名を代表にさせて解説しますが、これは「湖」や「沼」などの幅の広い意味があります。 「~の湖」や「湖の~」というように、「湖」の前後に動詞や名詞がついています。 もちろん、「川」や「山」なども同じような仕組みで成り立っています。 【アイヌ語の意味からきた地名】 タンネ・ト tanne-to 「長い・沼」 長沼 ながぬま(長沼町) ポロ・ト poro-to 「大きい・沼」 大沼 おおぬま(七飯町) ユ ク・ルペ シペ yuk-rupespe「鹿・通路」 鹿越 しかごえ(南富良野町) 【アイヌ語地名の漢字表現について】 アイヌ語で呼び習わされた地名は、さまざまな漢字が当てられたため、原音と違う発音になったものが多くあります。 また、漢字は表意文字であるため、アイヌ語の意味とは違うイメージが与えられるようになりました。 文法上、ト to 「湖」やソ so 「滝」などの母音は、「トー」「ソー」などと伸ばしても、意味はまったく変わりません。 その伸びた音を「ウ」や「オ」と聞き取って、漢字に置き換えられる事例が多くありました。 ・パラ・ト para-to 「広い・湖」 茨戸 ばらと (札幌市) ・トー・ヤ to-ya 「湖・岸」 洞爺 とうや (洞爺村) 遠矢 とおや (釧路町) ・トー・プッ to-put 「湖・口」(トー・プトゥ to-putu 「湖の口」) 涛沸 とうふつ (網走市) 十沸 とおふつ (豊頃町) 遠太 とうふと (根室市) 統太 とうふと (浦幌町) 【アイヌ語の音に当てはめられた漢字のいろいろ】 ・モ・ペッ mo-pet 「静かな・川」 紋別 もんべつ (紋別市) 門別 もんべつ (門別町) ・シ・ペッ si-pet 「ほんとうの(大きい)・川」 士別 しべつ (士別市) 標津 しべつ (標津町) ・オンネ・ペッ onne-pet 「老いた(大きい)・川」 音根別 おんねべつ (士別市) 遠音別 おんねべつ (斜里町) ・クマ・ウシ kuma-us-i 「物干し・多くある・所」 熊石 くまいし (熊石町) 熊牛 くまうし (標茶町、清水町の地名) ・モ・イワ mo-iwa 「小さな・山」 藻岩 もいわ (札幌市内の山の名) 茂岩 もいわ (豊頃町) (上記の内容は、道立アイヌ民族文化研究センター発行の「ポン カンピソ シ 1 アイヌ文化紹介小冊子 イタ ク はなす」を参考に作成したものです。

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