千葉 地名。 開府890年「千葉」の由来を探る(前編) 千葉の由来となった3つの伝説とは?

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千葉 地名

地名の由来は「湿地の意味」「粟生育の適地の意味」などがある。 第2期海面埋立事業で昭和53年9月26日誕生。 さんさんと太陽が輝く明るい海にちなんで名付けられました。 からの初頭にかけて望陀 もうだ 郡にみられた地名。 小櫃川上流右岸に位置する。 「」の訓は「伊志美」。 ・ 一宮: 各地(国)で一番重要な神社。 は赴任すると「一宮」「二宮」「三宮」の順でお参りにいった。 でも、それでは面倒なので、まとめてお参りしよう、ということで作られたのが「総社」。 から明治の中頃にかけて葛飾郡にみられた村名。 当初は領、のちの領を経て3年からは幕府領。 年間上花輪村が地内北西端江戸川河畔に醤油醸造蔵を建造、6年野田町が亀甲万南蔵を建造し、醤油醸造の一中心地となった。 第1期海面埋立事業で昭和43年6月24日誕生。 かつて漁師たちが「えまっか」あるいは「いまがわ」と呼んでいた水路 漁場から境川河口に通じる水路で正式名称は「江間川澪」)に接しているところから名づけられました。 第1期海面埋立事業で昭和46年8月2日誕生。 この地区がかつて漁場から帰る漁船の水路の入口にあたるところから名付けられました。 なお、入船とは、正月に神前に飾る「ごぼうじめ」と同義語で、幸を招く言葉を意味しているといわれています。 千葉県富津市不入斗。 漁具の「網」で、漁場を表すという説もある。 ・ どこまで行っても林が続き、気味が悪い様を表す。 古語で「薮(やぶ)」のことを「おどろ」と言った。 それを浜に持ち帰り祀った場所が海神であるという伝説による。 ・ この付近の神社には、昔から海の神を祀っていたことに由来する。 第1期海面埋立事業で昭和46年8月2日誕生。 戦前ここに潮干狩りでにぎわう「海楽園」と呼ばれる遠浅の行楽地があったことから名付けられました。 室町時代から風早荘にみられた地名で小金とも書く。 戦国期には小金城主高城氏の本拠地であり、同氏は戦国末期の文書では「金衆」あるいは単に「金」などといわれている。 高城氏は根木内を居城としたが、胤忠次男胤吉の時、阿彦丹後入道に命じて当地に築城させ、3年から7年の歳月を要して完工した。 4年には、古河公方足利義氏が小田原北条氏の後援をうけ、一時、当地に移住し、永禄7年の第2次国府台合戦では小田原北条方として高城治部少輔が里見氏と対峙するなど、戦国末には当地は小田原北条氏の勢力下に入っている。 18年の豊臣秀吉の小田原攻めに際しても、高城氏は小田原北条氏に属したが、浅野長政によって小金城は陥落し、焼払われた。 ・ 利根川を利用して材木を運んできた船がここでそれを下ろしたことに由来する。 北部土地改良事業前は、耕地で29の字がありましたが、事業後5字(元割・新中宿・辰己・砂田・北境)になり、さらに昭和56年、住居表示で「北栄」になりました。 字名(地区名)「北栄」は、旧字名の「北境」と、この地区に浦安駅があることから将来発展することを見込んで名付けられました。 同沿革誌には「荒ノ字ヲ用イズシテ興ノ字ニ換ユル者、蓋シ権令中山信安寓意ノ存スル所乎」とある。 利根川河口右岸の平地に位置する。 地名の由来は隣村飯沼の開墾地であったことによるという。 千葉県館山市国分。 古墳時代の逆井遺跡がある。 北部の葦津江と称される入江の口に中世の逆井城跡がある。 【】 ・ さか井: 戦国時代に上幸島にみられた地名。 ・ 薩摩村: 鎌倉時代から相馬南相馬にみられた村名。 千葉県印西市佐野屋。 から明治の中頃にかけて葛飾郡にみられた村名。 当村の役を務めた鈴木六兵衛は、の飢饉などの災害に際して多額の救済金を醵出して、褒賞を受け苗字使用を許された。 六兵衛ははじめ万平と称し、味噌屋を営んだ。 ある日鶴が味噌樽におり、糞をして飛び去った。 その糞は亀甲の形をしており、これをデザイン化したのが、亀甲万すなわち現在のキッコーマン醤油のマークという。 野生の獣が駆け回る土地を意味する。 また、東西南北の四方向=四至(しし)に細い谷があったことに由来するとも。 から明治初頭にかけて武射 むしや 郡にみられた村名。 栗山川の支流高谷川の上流右岸に位置する。 「東金御鷹場旧記」では山田組に属し、巣毛下村と見え、小田切氏・坪内氏の相給、「村高帳」「旧高旧領」でも領主は同じ。 村高は、3年「石高覚帳」では住母家村と見え126石。 第2期海面埋立事業で昭和55年3月24日誕生。 、「千鳥」同様、埋め立て前の漁場の名称を生かして名付けられました。 幕末期に、この地に逃げてきた佐幕派の水戸藩士の塚がある。 第2期海面埋立事業で昭和54年9月21日誕生。 かつてこの地が「鳥棒(とりぼう)」と呼ばれた漁場であったことから名づけられました。 この地は鎌倉から25里あり、この字を当てたようだ。 どうしてこの字をあてた? ・ 戦国期には津比地 つひじ と見え、江戸期には津以比地 ついひじ 、二十五里とも見え、また露乾地 つゆひじ とも書いたと伝える。 地名の由来は、鎌倉から25里の里程にあったことによるという伝承があるが未詳。 【】 ・ 鎌倉から25里の地にあることから。 に干拓されて今は無い。 ・ 「香取志」に、「古老伝言ふ。 大古此所に最大なる椿樹あり。 高数百丈、枝葉三里間に扶疏、花咲く時は天紅にして、散る時は地に錦を敷かむと疑はる。 吾大神(香取神宮)常に影向し賜ふ。 此木寿尽きて、根と共に自ら倒る。 根跡湖水と成る。 因て是を椿海と云ふ。 上枝の方を上総と云ふ。 下枝の方を下総と云ふ」とある。 椿湖ともいう。 ・ 実際は、九十九里浜の内湾が、沿岸流によって運ばれた砂によって閉塞され、干潟となったものだと思われる。 第1期海面埋立事業で昭和43年6月24日誕生。 この地域に東京の鉄鋼材販売業者によって造成された「鉄鋼団地」があることから名づけられました。 両総台地東端、九十九里浜平野中央西端に位置する。 地名は鴇ケ峰の転訛によるという。 東金城址がある。 明治22(1889)年の村制施行時に浦安村を構成した3区画の1村(残る2村は堀江村、猫実村)。 村名であった字名(地区名)「当代島」は、鎌倉時代に田中十兵衛がここを開墾して人々が住みつくようになったが、住民はこの土地を当代(現代の意)にできた島であるからと、「当代島」と名付けたといわれています。 また、昔ここに灯台があったからという説もありました。 第1期海面埋立事業で昭和43年6月24日誕生。 明治の終わりごろに堀江の内田佐平次という人がこの地を中心に16万平方メートルに及ぶ池を作り、ウナギやボラの養殖を始め、その後、この池を富岡という人が買い受けて養殖業を経営していたので、人々がこの池を「富岡の池」と呼んだことに由来します。 豊四季は4番目。 利根川下流に形成された大三角州のほぼ中央に位置し、北東部に与田浦がある。 地名は、江戸初期津宮村田地尻に続いてあった3州の中央の州であったことによる。 なお他の2つは前須・後須と呼ばれた。 明治6年近衛師団の演習を当地で視察したの命名という。 中世の山城の麓の居住地を意味する。 千葉県茂原市萩原町。 ・ 江戸時代に存在した上・下飯山満(かみ・しもはさま)に由来する。 「はさま」は、この地が「谷あい、狭間(はざま)」だからという。 飯山満の字は、「米(飯)が山ほどできて満ちた土地」という説もある。 第1期海面埋立事業で昭和43年6月24日誕生。 浜土堤(境川東水門から見明川までの旧堤防)の東南は昔は洲になっており、ヨシやカヤの生い茂る原野であったため、「東方にある原野」の意味から名付けられました。 なお、同地区は海面埋立事業前からその大部分が堀江字東野と呼ばれていました。 第2期海面埋立事業で昭和53年9月26日誕生。 この地区が浦安市の東に位置し、市内で最も早く海から日が昇るのを眺めることから名づけられました。 ・ 日秀村: から明治時代の中頃にかけて相馬郡にみられた村名。 古くは日出村と称し、5年新木村から分村し日秀村と改称。 南部土地改良事業で昭和47年に誕生。 もとこの地の境川に「富士見橋」が架かり、橋の上から遠く富士山を望むことができたことから名付けられました。 第1期海面埋立事業で昭和43年6月24日誕生。 この辺りの漁場が昔から漁師の間で「弁天」と呼ばれていたので名付けられました。 明治22(1889)年の村制施行時に浦安村を構成した3区画の1村(残る2村は猫実村、当代島村)。 村名であった字名(地区名)「堀江」は、鎌倉時代、すでにこの地に小さな港が作られていたことから堀江村と名付けられたといわれています。 ・ 「まく」は背後に山がはりめぐらせている土地につけられる地名。 山の前面に広がる田のこと。 第2期海面埋立事業で昭和54年9月21日誕生。 この地区が昭和48年に策定した「総合開発計画」で将来鉄鋼流通基地の中心的な位置になっており、港としての利用が考えられることから名づけられました。 第2期海面埋立事業で昭和46年8月2日誕生。 かつてこの地が遠く房総の山々を望み、干潮時になると美しい砂浜が一帯に連なり文字通り美しい浜であったことにちなんで名づけられました。

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開府890年「千葉」の由来を探る(前編) 千葉の由来となった3つの伝説とは?

千葉 地名

日本の難読地名と由来~千葉編~の(中編2)です。 千葉編の前編・中編1 日本の難読地名と由来~千葉編~ (そうさ) 住所 千葉県 【由来】前期の歴「 しょくにほんこうき 」によれば、5世紀の終わり頃から6世紀のはじめにかけて、(現在の)の豪族であった もののべのおごと という人物が、坂東 ばんどう 現在の関東地方)を征した勲功によって、朝廷からの一部を与えられ、郡 さふさごおり とし、小事の子孫が物部 もののべのそうさ 氏を名乗ったと伝えられている。 は、「さふさ」に縁起のよい漢字を充てたものと考えられている。 1.谷間の入口を「 いりやませ 」といったのが転化した説。 2.年貢免除説(1)。 」と半ば首肯できる場所もあったが、多くは災害の年を除いて米が計る程とれなかったということは首肯し難いものであった、と評している。 3.年貢免除説(2)。 社寺への献納米を生産する土地として、特別に公課を免除されたので「入り計らず」という語源から来たという説。 古文書から推定するとこの制限された人は明らかに役人である。 役人が入れない土地は社寺関係以外の土地とは考えられない。 次に、この地名が「不入斗」という漢文体で構成されているという事実は、往昔の高い知識階級によって作成され、使用されている。 最も高い知識階級とは僧侶、社官及び官途に在ったほんの一部の人である。 1.「部」は分に通じ、「一の分け」といわれる余郷を意味し、『和名抄』の郷名()に由来するといわれる。 2.新田開発時の地割に関係した地名ではないかとする説。 1.古くは「丁古」と書いた。 昔は「丁」の字は「よぼろ(よほろ)」と読み、古代の「ヨボ」に由来していると言われる。 本来の意味は若者の意味だったが、満20歳の呼称あるいは成人男性が公役に出た時の呼称に変わった。 これに接尾語の子を付けたものでの棺を担ぐ京都八瀬の輿丁と同じか、あるいは「丁子」はに所属する「ようろ(労働者?神輿を担ぐ人たち?)」が住んだところではないかと言われる。 2.「はつ(削)・ろ(袋状に入り込んだ地形)・ご(処)」の転訛で崩壊した丘陵に袋状に入り込んだ地形という意味。 2.ほど(火処)すなわちに由来するという説。 1.古代において「」は氏(ウジ)や姓(カバネ)として使用され、の古い時期の官職として「」等に出てくる「阿毘古」とする説。 阿毘古は、大王 オオキミ や有力豪族に魚や鳥などの食糧を貢進する氏族だそうです。 大王(のちのにつながっていくとされる)は(3世紀から7世紀)にかけて日本列島で大きな権力を有しました。 また、大和地方の有力豪族も各地の地方豪族をにおさめる際に、豊かな土地を直轄地とし、そこに住む人々から貢納物を納めさせました。 その際に土地やそこに住む人々に「(阿毘古)」という名前が付けられたと考えられます。 2.網曳(アビキ)が転じたとする説で、網曳はもと ミヤノウチノツカサ の大膳職に属する雑供戸で、海産の魚貝を貢進する品部とされます。 川の鮭を網で捕ったりする「網引」やの水鳥を網で獲ったりする「」など、地元の食産物を貢進していた集団が住んでいたことによるとされる。 3.アバ(くずれた)・コ(処)」が転じた崩壊地形を示す説。 4.「アミ(網)・バ(場)」の略で漁場を示す地名ではないかとする説。 5.のチャム語の「アビ(火)クク(神)」の説。 6.の「Abik(我らの先祖たち)」の説。 7.で「ap-Kotan(釣針-村)」や「apkot-ni(釣-竿)」があり漁業に関する地名とする説。 1.小食土はもと「矢指渡」「矢指土」「矢指戸」の字を使っていたが、 うなかみ 郡にも同じ「矢指」という村 現旭 あさひ 市 があってたびたび誤解を受けることがあった。 そこで当時村に住んでいた漢学者の所に相談に行くと、大食の者は蛮カラだが、小食の者は心が優しいから「矢指」を「小食」の字に変えたらどうかと言われ、「矢指」を現在の「小食」の字に変えたと言われている。 「指 さし 」には指差すごとく陸が海に伸びている所、日向地、傾斜地、古代で城などの意がある。 2.御霊 ごりょう 神社の碑文によれば、 おうすのみこと やまとのみこと が本納 ほんのう 橘 たちばな 神社 に おとたちばなひめ を祭祀し、さらに東国に向かう途中、当地で休息をした。 その時村人が献上した間食を尊が召し上がり、この故事により当地を小食土というと記されている。 3.「や(谷津)・さらし(曝し)・ど(処)」の転訛で湿地のある崩壊地形という意味。 杭は木製だったために現存は期待できず、浮世絵などによって想像することしかできない。 描かれた人間や馬の大きさと比較しても、かなり丈の高い木杭であり、そこには、境界を示す文言や里程などが墨書されていたようである。 2.当地の言葉で馬の背のような狭い地形のことを、"峠 びょう "と呼んだことが関係しているとされる。 安食卜杭(きぼっくい) 住所 千葉県安食卜杭86 【由来】「卜」はボク、ウラナウと読み、当時の豊凶を占ったり、その地域の平和や豊作を祈る杭を建て「卜杭野」と呼ばれていたとされ、これが地名に繋がったとされる。 さらにこの地域はに面しており、悪霊、病魔、幸せが出入りする村界ともいわれていた。 また、木刈在住の河邉久男氏は「その杭は単に占うだけでなく、天体の観測にも使われ、暦の作成やに用いられたのでは」との示唆をされている。 古来そのような学問に習熟していたのは僧侶や神官であったろうとの説が付け加えられた。 1.後期。 水郷地帯の宿命ともいえる、度重なる水害によって飢饉に見舞われたこの地の住民が、五穀豊穣を願ってを創建。 2.からの渡来人「阿自岐(き)」族に由来するという説。 その中に阿自阜(き)人もいて、漢字を伝えたという。 それらの渡来人が住み着いたところに、安食、安楽の地名が多く残ったとする説。 朝廷の職業集団の長。 「造」は「かしら、トップ」を意味する。 ちなみに安食と安食卜杭は予想通り近い! 感想 今回ので終わらせたかったのに終わらなかった!!あと少しだけ続きます! 見直すと「安食」の2と3の説は一緒だが、このままにしま~す。 千葉編の後編 関東地方の難読地名 rasinban2.

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飯能市• 双柳(なみやなぎ) - 飯能市• 矢颪 (やおろし) - 飯能市• 蟬指(せみざす) - 飯能市• 加須(かぞ) -• 牛重(うしがさね) - 加須市• (しだみ) - 加須市• 礼羽(らいは) - 加須市• 五十子(いかっこ) -• (ごうど) -• (やきゅう) - 東松山市• 下青鳥(しもおおどり) - 東松山市• (はにゅう) -• 弥勒(みろく) - 羽生市• (おいねづか) -• (くす) - 鴻巣市• (ばらはら) - 鴻巣市• (しもおし) - 鴻巣市• 上敷免(じょうしきめん) - 深谷市• 起会(おきあい) - 深谷市• (あすまちょう) -• 仏子(ぶし) -• 舎人新田(とねりしんでん) -• (がけ) -• 采女(うねめ) -• 粟生田(あおた) -• 入西(にっさい) - 坂戸市• 内国府間(うちごうま) -• 外国府間(そとごうま) - 幸手市• 脚折(すねおり) -• 猿田(やえんだ) -• 女影(おなかげ) - 日高市• 高麗(こま) - 日高市• 三芳(みよし) -• 毛呂(もろ) - 入間郡• 越生(おごせ) - 入間郡• 如意(ねおい) - 入間郡越生町• 靱負(ゆきえ) - 比企郡• 蚊斗谷(かばかりや) - 比企郡• 大豆戸(まめど) - 比企郡• 椚平(くぬぎだいら) - 比企郡• 男衾(おぶすま) -• 波久礼(はぐれ) - 大里郡寄居町• 風布(ふうぷ) - 大里郡寄居町• 百間(もんま) - 南埼玉郡• 園生町(そんのうちょう) -• 生実(おゆみ) - 千葉市• 登戸(のぶと) - 千葉市中央区• 矢作町(やはぎちょう) - 千葉市中央区• 犢橋(こてはし) - 千葉市• 千城台(ちしろだい) - 千葉市• 土気(とけ) - 千葉市• 小食土町(やさしどちょう) - 千葉市緑区• 誉田(ほんだ) - 千葉市緑区• 香取(かんどり) -• (こうのだい) - 市川市• (とうかぎ) - 市川市• (ほうめまち) - 市川市• (ぼっけまち) - 市川市• 行々林(おどろばやし) -• 葛飾(かつしか) - 船橋市• (はさまちょう) - 船橋市• 神保町(じんぼうちょう) - 船橋市• 猫実(ねこざね) -• 幸田(こうで) -• 五香六実(ごこうむつみ) - 松戸市• 三ヶ月(みこぜ) - 松戸市• 主水新田(もんとしんでん) - 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世田谷区• (とどろき) - 世田谷区• (ぞうしがや) -• バス停に残る。 日暮里(にっぽり) -• (あずさわ) -• 小榑(こぐれ) -• (しゃくじい) - 練馬区• (ぬくい) - 練馬区• 乗潴(のりぬま) - 練馬区• (おきの) -• (とねり) - 足立区• 葛飾(かつしか) -• (ししぼね) -• に残る。 (やごうち) - 江戸川区• おきのみやちょう - 江戸川区 市町村 および• 押越(おっこし) -• (かみゆぎ) - 八王子市• (くぬぎたまち) - 八王子市• (しもゆぎ) - 八王子市• (とどりまち) - 八王子市• (やりみず) - 八王子市• 遊歩道などの名前で残る。 (むれ) - 三鷹市• 東青梅(ひがしおうめ) -• 柚木町(ゆぎまち) - 青梅市• 師岡町(もろおかちょう)- 青梅市• 作ヶ畬(さくがあらく) - 町田市• 暖沢前(ぬくざわまえ) - 町田市• 「奈良ばし」とも。 清田谷(せいだや) - 町田市• 暖沢前(ぬくざわまえ) - 町田市• 馬場窪(ばんばくぼ) - 町田市• 結道(ゆいどう) - 町田市• 内裏谷戸(だいりやと) - 町田市• (ぬくいきたまち) -• (ぬくいみなみちょう) - 小金井市• (めぐりたちょう) -• 百草(もぐさ) - 、• 廻田町(めぐりたちょう) -• (ふっさ) -• 狛江(こまえ) -• 南街(なんがい)-• 乞田(こった) -• 百村(もむら) -• 恋久保(おんがくぼ) - 稲城市• 鐙野原(あぶのっぱら) - 稲城市• 将監谷(しょうぎやと) - 稲城市• 石名久保(いながくぼ) - 稲城市• 上谷戸(かさやと) - 稲城市• 地震谷(じしょういんやと) - 稲城市• 大原(おっぱら) - 稲城市• 大廻原(おんまわし) - 稲城市• 栗木坂(くるぎざか) - 稲城市• 大平(おおっぴら) - 稲城市• 九日田(くんちでん) - 稲城市• 和哥蔵(わかんぞう) - 稲城市• 打越(おっこし) - 稲城市• 玉川河原(たまがっかわら) - 稲城市• 閑古島(かんきょうじま) - 稲城市• 曲根ノ内(かねのうち) - 稲城市• 砂場(すなっぱ) - 稲城市• 浄海(じょうけい) - 稲城市• 風破井(かざへい) - 稲城市• 光西島(こおせっちま) - 稲城市• 新川端(しんかばた) - 稲城市• 幸方(こおかた) - 稲城市• 熊野堂(くまんどう) - 稲城市• 城山(きざん) - 稲城市• 稲荷島(とおがっちま) - 稲城市• 乙津(おつ) -• 網代(あじろ) - あきる野市• 油平(あぶらだい)- あきる野市• 留原(ととはら) - あきる野市• 柳沢(やぎさわ) -• 長岡下師岡(ながおかしももろおか)• 神戸(かのと) - 西多摩郡• 人里(へんぼり) - 西多摩郡檜原村• 笛吹(うずしき) - 西多摩郡檜原村• 三都郷(みつご) - 西多摩郡檜原村• 大丹波(おおたば) - 西多摩郡• 小丹波(こたば) - 西多摩郡奥多摩町• 留浦(とずら) - 西多摩郡奥多摩町• 海澤(うなざわ) - 西多摩郡奥多摩町• 上坂(あがっさか) - 西多摩郡奥多摩町• 登計(とけ) - 西多摩郡奥多摩町• 負夏地(おいなっち) - 西多摩郡奥多摩町• 雨風り(あめふり) - 西多摩郡奥多摩町• 木積場(きつんば) -• 仲中(なかっちゅう) - 大島町• 利島(としま) -• 高処山(たこうさん) -• (ただなえじま) - 神津島村• 休戸郷(やすんどごう) -• (むこじま) -• 尻手(しって) -• 佃野町(つくのちょう) - 横浜市鶴見区• (かんだいじ) - 横浜市• (せんげんちょう) - 横浜市• 尾上町(おのえちょう) - 横浜市• 根岸加曽台(ねぎしかぞうだい) - 横浜市中区• 弘明寺町(ぐみょうじちょう) - 横浜市• 蒔田(まいた) - 横浜市南区• 帷子町(かたびらちょう) - 横浜市• 神戸町(ごうどちょう) - 横浜市保土ケ谷区• (ひとりざわちょう) - 横浜市• 屏風浦(びょうぶがうら) - 横浜市磯子区• 乙舳町(おっともちょう) - 横浜市• 新羽町(にっぱちょう) - 横浜市• (まめど) - 横浜市港北区• (ぐみざわ) - 横浜市• (のばちょう) - 横浜市• 日限山(ひぎりやま) - 横浜市港南区• 万騎が原(まきがはら) - 横浜市• 三ツ境(みつきょう) - 横浜市• (いのやまちょう) - 横浜市• 公田町(くでんちょう) - 横浜市栄区• (くろがねちょう) - 横浜市• 川向町(かわむこうちょう) - 横浜市都筑区• 城古場(ぎこば) - 横浜市都筑区• (いさご) -• (とどろき) - 川崎市• (あくつ) - 川崎市• (すげせんごく) - 川崎市• (しぼく) - 川崎市• (たちばなのこおり、たちばなぐん) - 横浜市、川崎市• 不入斗(いりやまず) -• (おっぱま) - 横須賀市• 公郷町(くごうちょう) - 横須賀市• 比与宇(ひよう) - 横須賀市• (へみ) - 横須賀市• 入野(いの) -• 鬼城(おんじろ)- 平塚市• (まとい)- 平塚市 は厂+黒+土。 の「」(まとい)と誤記されやすい。 (からすなき)- 平塚市・秦野市 秦野市の行政上の地名としては消滅。 平塚市真田の小字としてのみ残る。 公所(ぐぞ) - 平塚市• 達上ヶ丘(たんじょうがおか) - 平塚市• 寺田縄(てらだな) - 平塚市• 扇ガ谷(おうぎがやつ) - 他、鎌倉市内には「-谷」で「-やつ」「-がやつ」と読む地名が多数存在する。 (けわいざか) - 鎌倉市• 十二所(じゅうにそ) - 鎌倉市• 西御門(にしみかど) - 鎌倉市• 城廻(しろめぐり) - 鎌倉市• 獺郷(おそごう) -• (おおば) - 藤沢市• (くげぬま) - 藤沢市• 大鋸(だいぎり) - 藤沢市• 入生田(いりゅうだ) -• 上町(かのまち) - 小田原市• (かやま) - 小田原市• 川匂(かわわ) - 小田原市、• (こうづ) - 小田原市• 酒匂(さかわ) - 小田原市• 曽我光海(そがこうみ) - 小田原市• 行谷(なめがや) -• 逗子(ずし) -• 雨降(あめふらし) -• (すわらし、すあらし) - 相模原市• 鳥屋(とや) - 相模原市緑区• (みかげ) - 相模原市緑区• 当麻(たいま) - 相模原市• 海外町(かいとちょう) -• 初声町(はっせまち) - 三浦市• 秦野(はだの) -• 名古木(ながぬき) - 秦野市• 三廻部(みくるべ) - 秦野市• 依知(えち) -• 公所(ぐじょ) - 厚木市• 温水(ぬるみず) - 厚木市• 公所(ぐぞ) -• 草柳(そうやぎ) - 大和市• 神戸(ごうど) -• (もうち) -• 夷参(いさま) -• 怒田(ぬだ) -• 班目(まだらめ) - 南足柄市• 壗下(まました) - 南足柄市• 蓼川(たてかわ) -• 小谷(こやと) - 他、県内には「谷」を「やと」と読む地名が多数存在する。 小動(こゆるぎ) - 高座郡寒川町• 高麗(こま) - 中郡• 余綾(よろぎ) - 中郡大磯町、二宮町• 久所(ぐぞ) -• 古怒田(こぬた) - 足柄上郡中井町• 半分形(はぶがた) - 足柄上郡中井町• 松田庶子(まつだそし) - 足柄上郡• 寄(やどりき、やどりぎ、やどろぎ) - 足柄上郡松田町• 都夫良野(つぶらの) - 足柄上郡• 谷ケ(やが) - 足柄上郡山北町• 海底(おぞこ) -• 八菅山(はすげさん) - 愛甲郡愛川町• 三増(みませ) - 愛甲郡愛川町• 脚注 [ ] []• 『難読地名辞典』・ 編、、1980年10月5日、421頁。 28等)、の停留場も「鈎上」を使用していたが、ダイヤ改正に伴って「釣上」に変更された。 『日本地名大辞典・埼玉県』(角川書店、1980年)では、次のように記されている。 「『新編武蔵風土記稿』、『武蔵郡村誌』には鉤上とあるが、古文書では、鉤上と釣上が併用され、現在は釣上が用いられている。 現在は駅、小中学校、郵便局に残るのみで住所表記としては存在しない。 にある、「」は、正式には、「生実野」ではなくて、ひらがなと漢字の合成表記。 北方町一丁目〜三丁目より分離され、住居表示地域となった一丁目~三丁目及び、一丁目〜三丁目は、従来の読み方の ぼっけではなく、それぞれ きたかた、 もときたかたとなっている。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - 栃木県庁• - (2016年3月4日アーカイブ分).

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