トロイ ドナヒュー。 トロイ・ドナヒュー Troy Donahue

ユーミンとトロイ・ドナヒュー

トロイ ドナヒュー

Sandra Dee サンドラ・ディー(1942年-2005年) The Living Doll! The Little Angel Face! 可愛い!キュート!という形容がぴったりのアイドル「サンドラ・ディー」は、12歳でモデルになりTVコマーシャルを経て50年代後期にはティーンアイドルとして映画に出演するようになりました。 50年代には北欧系(スウェーデン)のブロンドでぽっちゃりした天使のようなサンドラ・ディーがアイドルの典型で、Tuesday Weld(チューズデイ・ウェルド)やConnie Stevens(コニー・スティーヴンス)なども人気がありましたが、やっぱりサンディが一番親しみやすく、まるで赤ちゃんのように無邪気なおぼこ娘タイプでした。 16歳~20歳頃がピークという早咲きのサンドラ・ディーの映画といえば、アメリカでは1959年のサーフィン映画「Gidget(ギジェット)」、そしてサンドラ・ディーの最大ヒットとされている「A Summer Place(避暑地の出来事)」だそうですが、日本では「Gidget」が劇場公開されなかったので、サンディの映画デビューは「避暑地の出来事」となっています。 カルフォルニアのペブル・ビーチがロケ地だったという「避暑地の出来事」の写真が見られるイタリアの「 サンディは同年「避暑地の出来事」より前に、ラナターナー主演の「(悲しみは空の彼方に)」ででファムファタルを演じたLana Turner(ラナ・ターナー)の娘役を演じています。 当初予定されていた(ナタリー・ウッド)がごねたとかでで新人のサンドラディーにお鉢が廻ってきたそうです。 とはいうものの共演のスーザン・コーナーが白人に見える黒人娘のサラ・ジェーン役を好演してゴールデン・グローブの助演女優賞したのでサンディはみごと霞んでしまいました。 1960年にもラナターナーと「Portrait In Black(黒い肖像)」に出演しましたがこれもあまりパットしませんでした。 この映画ではラヴコメ王のRock Hudson(ロック・ハドソン)とイタリア女優の(ジーナ・ロロブリジーダ)と共演しています。 続けて1962年にボビー・ダーリンとは「If A Man Answers(電話にご用心)」でも共演しました。 「電話にご用心」にはに出演した私の好きなフランス女優のMicheline Presle(ミシュリーヌ・プレール)も出演していますが、この映画にかかわらず当時大人気だったサンディは共演者に恵まれて大物映画スターのオンパレードです。 サンディは立て続けに毎年1~2本のお軽いロマンティックコメディに出演していますが結婚を売り物にしたくないと拒んでいた二人の共演は最後ともいうべき1965年の「That Funny Feeling(おかしな気持)」で実現しました。 1961年にDodd Mitchell Darinという息子を儲けましたがボビーとの結婚は1960年から1967年までと短期間で終局を迎えました。 離婚と共にサンディのアイドル性も急激に失せましたが、70年代には時々TVドラマなどに出演していました。 今時でいえば有名人ブログやアイドル・チャットルームみたいですね。 実際にスターをゲストにチャットするなんてイベントがインターネットであったんですよ。 まだAlly McBeal (アリー my ラブ)が放映されていた2001年頃だったか、MSNチャットでCalista Flockhart(キャリスタ・フロックハート)がゲストになった日にリアルタイムでロム(傍観)していた私でした。 My Worst Marriage Mistakes by Sandra Dee 40人ものお付きに毎日囲まれて全てを任せていた人気アイドルの最盛期に19歳で結婚し、赤ちゃんが赤ちゃんを産んだといわれるサンドラ・ディーですが、アイドル時代の自分を乗り越えられなかった結婚に関する失敗について1962年の映画誌のインタビューで語っていました。 若い女性へのアドバイスとして結婚は思惑通りにはいかないものであるから、困難を乗り越えることと相手を思いやることが一番大事。 結局はスケジュールが合わせにくい人気スター同士のすれ違い生活も離婚の一因なのでしょう。 前夫のダーリンは37歳にして持病の心臓病が悪化して1973年に亡くなりました。 この辺りの二人のエピソードはKevin Spacey(ケビン・スペイシー)のボビーダーリン伝記映画「Beyond the Sea(ビヨンドtheシー)」で語られています。 この映画ではケビン・スペイシーが念願のボビーダーリンに扮し、テレビシリーズの「Gidget(ギジェット)」で人気となり、2002年に映画「Blue Crush(ブルー・クラッシュ)」でサーフィンに情熱をかけるを少女を演じたKate Bosworth(ケイト・ボスワース)がサンドラ・ディー役でした。 そしてサンディはこの映画製作に協力した後に61歳にして肝臓障害で亡くなっています。 永遠なれ、サンドラ・ディー! Gidget カルフォルニアのLos Angeles(ロスアンジェルス)を象徴するのはBlue Crush?、Roxy gear?、Sally Field? そのもっと以前にGidgetがいた! 1938年にMad About Music(アヴェ・マリア)でアカデミーの原案賞にノミネートされたことがある脚本家で作家の「Frederick Kohner(フレデリック・コーナー)」の1957年の小説「Gidget, The Little Girl With the Big Ideas」を元にPaul Wendkos(ポール・ウェンドコス)がサーフィン映画のハシリとなった「ギジェット(ギジット)」を1959年に監督しました。 当時のアイドルスターのサンドラディーや歌手でもあるJames Darren(ジェームス・ダーレン又はダレン)が出演したサーフィン根性ものは、「ギジェット」シリーズとして1961年と1963年にも製作されました。 ジェームス・ダレンが演じたギジェットのボーイフレンドのサーファー野郎のMoondoggie(ムーンドギー)は3作品とも同じですがギジェット役はそれぞれ違います。 ちなみにロックンロールの名づけ親とも言われるAlan Freed(アラン・フリード)のDJ時代の別名がMoondog(ムーンドッグ)だったそうです。 サンドラ・ディーはサーフィンに夢中になるカルフォルニアの快活なお転婆娘のギジェット役です。 (日本で流行った車はダイハツ・ミゼット!) 男の子たちが楽しそうにサーフィンしているのを見てるだけなんて「もうイヤッ!」とギジェットがボーイフレンドからサーフィンを学ぶこの映画「ギジェット」のヒットによりそれまではサーフィンは男子だけだったのが女の子にも広まったそうです。 よってアメリカではサンディーは水着で飛び跳ねているティーンエイジャーの印象が強いようです。 ジェームス・ダーレンが演じたボーイフレンドでギジェットにサーフィンを教えるMoondoggie(ムーンドギー)の名が、宇宙サーフィンをするSFロボット・アニメ「EUREKA SEVEN(エウレカセブン)」にMoon Doggieとして取り入れられているそうです。 日本では70年代になって放映されたそうです。 2006年発売のリージョン1 エンコード 米国、カナダのみ の再生に問題が有るというDVD「Gidget: Complete Series 4pc Full 」というのもあり。 Sandra Dee on Two Beach Movies in 1959 A Summer Place 上記の画像は 原語版VHSビデオの「Gidget」と「A Summer Place(避暑地の出来事)」です。 映画「避暑地の出来事」ではHugo Winterhalter(ヒューゴ・ウィンターハルター又はヒューゴ・ウィンターホルター)が演奏するMax Steiner(マックス・スタイナー)作曲のテーマ曲「A Summer Place(夏の日の恋)」が大ヒットしましたが、主題曲の作曲者であるマックス・スタイナーは戦前から数々の映画で音楽を手掛けていてテレビシリーズの(サンセット77)でもいくつかの曲を提供しています。 監督は1957年のAn Affair to Remember(めぐり逢い)の脚本を担当したDelmer Daves(デルマー・デイヴス)です。 サンディの相手役は当時のアイドル・ナンバーワンの(トロイ・ドナヒュー)で、トロイ・ドナヒューのママ役はDorothy McGuire(ドロシー・マクガイア)です。 サンディのパパ役は1956年に(エルビス・プレスリー)が主演したLove Me Tender(やさしく愛して)でエルヴィスの兄を演じたRichard Egan(リチャード・イーガン)です。 それぞれの親に同伴した避暑地で情熱に身を任せた若者たち二人の恋の結末を描いたラブストーリーですが、なんと結婚前に恋人同士だった彼等の片親同士も焼け木杭 に火が点いて不倫状態となるおまけ付きです。 現代では失われつつあるサンディの純真無垢(無知か)の処女ぶりが共感を呼びました。 その他にも懐かしい曲の数々を演奏したピアニストでバンドリーダーのパーシー・フェイスが演奏するロマンティックな映画音楽を収録したアルバムがあります。 CD画像はサンディとトロイではありません。 (死者の衣服にニコラス・ケイジ演じる囚人ポーが連邦捜査官のラーキン宛にメッセージを) Come September 1961年の「九月になれば」は恋をしているサンドラ・ディーが一番楽しそうに演じているラブコメで、サンドラ・ディーが演じるSandy(サンディー)とボビー・ダーリンが演じるTony(トニー)がイタリアロケの間に実生活でも恋が芽生えて結婚に至った記念すべき映画です。 日本公開当時に映画館に足を運んだのは私みたいなボビー・ダーリンのファンではなかったかと思います。 2005年に発売された日本語字幕版のDVDです。 下の画像は英語版VHSです。 映画「九月になれば」で当時流行りだったスクーターに相乗りしたサンディとボビーのスチール写真が見られるジャズ・サイトの(画像下のリンクはAmazon商品リンク) Audio-Visual Trivia内のサンドラ・ディー関連記事は ケビン・スペイシーのボビー・ダーリン伝記映画「」 カテゴリー タグ 投稿ナビゲーション.

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トロイ・ドナヒューとは

トロイ ドナヒュー

トロイは、好きエージェントのヘンリー・ウィルソン もちろんゲイ! が発掘した青春スターの一人です。 ヘンリーが売り出した俳優は他に、、タブ・ハンター、ジョン・ギャヴィンなどなど…いい男ばかり。 ヘンリー自身は、関係の本などを読むと、'すごくヤなセクハラおやぢ'だったらしいんですが、を見る目はサスガ確かですよね。 は、物心ついた頃には、トロイが出演していた60年代初めのアメリカの探偵ものテレビ番組「サーフサイド6」や「ハワイアン・アイ」を、好きで観ていたと、色んな折に語っていますけど、きっとこれらの番組で初めて見て、トロイのファンになったのでしょうね。 金髪、長身、どこから撮っても完璧と言われたそのお顔、彼の古い映画を今見てもその美貌にドキドキものですよ〜 ゲイの乙女心鷲づかみぃ。 ただ、その美しさは'すぐ消えてしまう'はかなさを、すごく感じさせはするのですが…。 実際、1960年代前半の数年間が彼のピークで、その後、急速に人気をなくしてゆきました 涙。 トロイによっぽど入れ込んでいたのか、彼の存在はの作った歌にも反映されている程です。 一番直接的でわかりやすいのは、彼の主演映画のタイトルがそのまま曲名となった「避暑地の出来事」でしょう。 アルバム「14番目の月」 1976年 は、の結婚直前の作品ということもあって、トロイのことを知らなかった当時の僕は、この曲で歌われている男の人ってさんなのかな〜と思っていたのですけど。 ほかの人とは ちがうまぶしさ そうよきっと そうよきっと You are my Sunshine 1979年の雑誌の記事で "周囲の人間が翳りのあるジェームス・ディーンに夢中になっている時に、トロイ・ドナヒューの明るさに惹かれていたである。 「私がデビューするまでの女性歌手のパターンって、だったと思うの。 不幸を背負って。 日本人って、影のあるものに対して拍手するところ、あるでしょ。 優雅であることが罪みたいなね。 でも私は優雅にやりたいと思ったの。 今よりよくなりたい、きれいになりたい、いいものを食べたい。 それが自分に素直だったし、そういう意識が人から喝采をうけることに矛盾はないと思う。 日の当たる部分のヒーローって好きなの」" という発言があったから、やっぱり「避暑地の出来事」の'私の胸を こがすヒーロー'ってトロイのイメージで書いた曲なのでしょうね。 そして、具体的にトロイの名前まで登場する詞も、は書いています。 学生の頃読んでた 映画雑誌 君はすててもいいかと 僕に聞いた グラビアも黄ばんでて 表紙さえないけれど 避暑地の恋人達の ハッピーエンド たしか君をくどく時 見た映画さ もう古いことだけど 時々は思い出す 僕は トロイ・ドナヒュー 君は ・プレシェット あれほど や美女じゃないけれど いつも Um...... Balloon Balloon ふくらんで Um...... Balloon Balloon はずんで酔う このごろやさしくないと ふくれるけれど 君への愛のかたちが 変わっただけ こもれ日をあびながら ひさし振り散歩しよう 僕は トロイ・ドナヒュー 君は ・プレシェット 手をつなぐことが はずかしいとしじゃないさ Um...... Balloon Balloon ふくらんで Um...... 梅垣達志さんが作曲し、自ら歌った「バルーン」という作品です。 彼の1977年のアルバム「CAT A LOG」の1曲目に収められていました。 そして、翌1978年には究極のトロイ・ドナヒュー・ソングが登場しました。 そうあの名曲「Corvett 1954」がそれなのです。 "この歌でイメージするヒーローとヒロインとしては、トロイ・ドナヒューと・プレシェット"だと、1982年1月のラジオ番組 「AGF コーヒー・タイム」 で、は話していました。 また、単なるイメージだけでなく曲調についても "「サーフサイド6」とか「ハワイアン・アイ」とか…。 ああいうテーマ・ソングのスケールってありますでしょ?マイナーになったりメイジャーになったり、ちょっとこうジャジーだったり、そのスケールで書いた曲で、とても自分で気に入ってるしね。 デュエットですごく難しいハモリするんですけど、さんの声がね、カッコイイ!彼、いいですよね。 大好き。 すこし古めかしい響きがありますでしょ?" と述べていました。 大滝: 正隆さんが 「パームスプリングの週末」を何十回も観たという話を聞いたけども。 :あれはでも、私が好きな映画なの。 トロイ・ドナヒュー大〜好きなの。 大滝:あっ、そうか。 ああいう甘い感じの…。 :うん、ああいうさ、あっけらかんと明るいヒーローがさ、どうしてこうね、復活しないのかなって。 いつも言うんだけどさ、ジェームス・ディーンみたいな方が好きじゃない、日本人は。 大滝:なるほど、どっかに暗さをたたえた、少し秘めた…。 トロイ・ドナヒューは明るすぎるから 笑 、おかしいんだけどね、あの人ね 笑。 :今、もう'赤豚'みたいになっちゃってるものね。 そういうのもいけないのかもしれないけどね。 大滝:僕は「恋愛専科」が好きなんだ〜。 :私も好きよ。 あのシリーズみんな好きよ。 「避暑地の出来事」もね。 に'赤豚'呼ばわりされてしまった 泣 トロイは、なんと翌1982年に日本のウイスキーのCMに、コニー・スティーヴンス、エド・バーンズと共に登場し、古いファンを大喜びさせました!これは'スーパーニッカ・ノスタルジック・シリーズ'という3種類のコマーシャルで、「ハワイアン・アイ」からコニー、「サンセット77」からエド、そして「サーフサイド6」からトロイが、懐かしい60年代当時の映像も少し交えて、彼らの20年後の元気な姿を見せてくれたものでした。 トロイ、確かにふくよかになられてましたけど、このCMでの彼はやっぱりカッコよかったです。 はこの映像をどんな気持ちで、見たのでしょうか? トロイは2001年9月2日に、心臓発作で65歳の生涯を閉じられました。 安らかに永眠り下さい。 ぶ〜ぶ〜。

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スザンヌ・プレシェット死去

トロイ ドナヒュー

21日の朝刊を何気に開くと志望記事があった。 ・プレシェットさん(女優) によると、19日、ロサンゼルスの自宅で死去。 70歳。 37年、ニューヨーク生まれ。 舞台で経験を積んだ後、58年に「底抜け慰問屋行ったり来たり」で映画デビュー。 その後も「恋愛専科」(62年)やヒチコック監督の「鳥」(68年)などに出演、テレビショーでも活躍した。 (共同) 監督のアニメ「」の英語吹き替え版で湯婆婆と銭婆の声を演じた。 目のくりくりっとした美人女優さんでしたね。 「恋愛専科」や「遠い喇叭」で競演したトロイ・ドナヒューと一時期結婚したこともあったということです。 二人の競演はこの二本だけなのだが、もっと多いような印象がある。 美男美女のお手軽コメディ系みたいなものでシリーズ化されていたように錯覚していたのかな。 あるいはトロイ・ドナヒューのイメージがやたら強かったからかもしれない。 ドナヒューはその頃、「避暑地の出来事」なんかにも出演していて押しも押されぬ青春メロドラマのスターだったからか。 ・プレは正統派の美人で、容貌が似ていたためか一時期は第二のと呼ばれていたこともあったとか。 やっぱり二番煎じ的というのか、こういう第二のみたいな売り出し方ではなかなか大成しないのでしょう、際立ったキャラにはならなかったようです。 まあ数多ある美人女優の一人みたいな感じで一枚看板になることはなかった。 その典型みたいな使われ方が、ヒチコックの「鳥」でしょう。 金髪好きのヒチコックが思い入れたっぷりに撮ったんだろうなと想像してしまうティッピー・ヘドレンとは対照的な黒髪の地味系女教師として登場したは、映画途中で鳥の襲撃で無残に殺されてしまうという美人女優としては納得しがたい扱われたでした。 個人的には怪優がスクリーン狭しと大活躍した「黒ひげ大旋風」で演じた人の良い大学の美人教師役がけっこう好きでした。 しかしこの人は常に美人と形容される役どころが多かったですね。 一言でいえば、育ちの良さそうなお嬢さんタイプの女優さんということです。 まあ、そういうイメージが強すぎたことも大成しなかった要因の一つなのかもしれない。 とはいえ70歳まで女優としてのキャリアをきちんと全うしたようですし、けっしてまんざらではない人生だったのではないかと思います。 しかし今回ネットでいろいろくぐってみると、若い時の彼女の画像や映像などをいくつも目にすることができました。 やっぱり美しい人でしたね。 どんな女優さんかというと、とりあえず以下の映像を見ればわかります。 彼女がどんなに美しかったかが。 もっとも晩年の彼女は、まあまあ普通のきれいなおばちゃん、お婆ちゃんになっていましたけど。 tomzt.

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