千と千尋の神隠し スピリチュアル。 「神隠し」の真相

「千と千尋」のスピリチュアルな世界

千と千尋の神隠し スピリチュアル

今年はどのような年でしたか? 私は「千と千尋の神隠し」のようでした。 いろいろな意味で・・。 2001年に劇場公開された映画「千と千尋の神隠し」は 主人公「千尋」が現実の世界からトンネルをくぐって湯屋のある他界へ行き、さらにもうひとつの別の世界へ旅をし、その中で動物と沢山の神さまとお化け、妖怪と共に生きていろいろな経験をし成長するお話しでした。 千尋が現実の世界に帰る時、ハクは言いました。 「けっしてふりむいてはいけないよ。 トンネルを出るまではね。 」 と。 私の心は、毎日がこの他界と現実をつなぐトンネルのようでした。 昨日は今日とは違う。 今日は明日とは違う。 今は今しかない。 毎日トンネルをくぐっているのだと実感しました。 ご紹介する本は「千と千尋のスピリチュアルな世界」正木晃著 映画「千と千尋の神隠し」について詳しく論じた本がこの夏店頭に並んであるのを見つけました。 神様、妖怪、お化けと人間との関係、日本の風習など、映画に沿って解説されているのでとてもわかりやすく知る事ができて面白かったです。 今年もお世話になりました。 来年も皆さまのお幸せとご健康を心よりお祈り致します。 楽しみと喜びで溢れますように。 良きお年をお迎え下さいませ。 来年もどうぞよろしくお願い致します。

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「千と千尋」のスピリチュアルな世界

千と千尋の神隠し スピリチュアル

国民的人気映画、「千と千尋の神隠し」。 疲れを癒すための油屋に訪れる八百万(やおよろず)の神々が描かれていますが、謎も多くあります。 武蔵の国の神々が集まる大國魂神社との関係や、そもそもなぜ八百万の神々が描かれたのか、「神隠し」というタイトルがついている理由など、ストーリーでは明かされていない謎を解明してみましょう。 油屋は、大國魂神社? 東京五社の1つ「大國魂神社」の大國魂大神は、名前からわかるように國魂の地主神です。 大國魂大神は出雲大社の大国主命(オオクニヌシノミコト)と同じ福の神で、縁結びや厄よけ厄払いにご利益があると言われています。 縁結びは恋愛や結婚ということだけでなく、仕事や暮らしのなかにある様々な出会いの縁も含まれています。 武蔵国の一之宮から六之宮の神様が合祀されている(集まっている)ことからご利益が6倍あるのかもしれませんね。 超開運を目指す欲張り女子に、「福を招き、縁を結ぶ神社」としてオススメします。 千と千尋の神隠しで神様が集まる油屋の役割は、大國魂神社に置き換えて考えることができるのでは……と、ジブリマニアなら思ってしまいます。 大國魂神社に集まる神々とは? 参道の右側に祀られている稲荷神社は、全国に3万社以上の御社があり、庶民にとって身近な神様と言えます。 稲荷神社の語源は、「稲生り」とか「稲成り」とも言われ、のちに稲荷神社になったそうです。 全国に数カ所、「稲生神社」「稲成神社」と表記する御社があります。 日本人の食生活に欠かせない、お米に関係の深い神様なんでしょう。 参道の左側に祀られている、安産や芸能の女神「宮乃め神社」。 御祭神(ごさいしん)の天鈿女命(あめのうづめのみこと)は、日本神話で天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に身を隠した際に、天照大神を外に誘い出すために踊りを舞ったと伝えられている女神です。 安産の神、芸能の神として崇められている神様です。 底に穴の開いた柄杓(ひしゃく)は、水が抜けるようにお産が軽くすむことを願って奉納されたモノで、印象深いですね。 女性にとって心強い神様だったに違いありません。 随神門と中雀門を抜けると拝殿に到着です。 参拝を済ませたら、本殿と拝殿の周りを右回りに進みます。 拝殿から右回りに進んだ先に、海と武運の神様、住吉神社と大鷲神社が祀られています。 住吉神社の御祭神の、表筒男命(うはづつおのみこと)、中筒男命(なかづつおのみこと)、底筒男命(そこづつおのみこと)の三神は、日本神話で黄泉(よみ)の国から地上の戻った伊邪那岐尊(いざなきのみこと)が、汚れたカラダを清めるための禊(みぞぎ)の際に、生まれた神々であると伝えられています。 海上守護や除災招福などの御利益がある神様として崇められています。 境内にはツノが生えたユニークな狛犬が祀られています。 徳川家康を祀る東照宮。 徳川家康は、府中本町駅付近に御殿を建て、鷹狩りをしていたことから、大國魂神社との縁も深いようです。 実在した人間も、神様になれちゃうんですね。 本殿裏手の弁財天が祀られている巽神社。 御祭神の市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)は、日本神話で天照大神と素戔嗚尊(すさのおのみこと)が誓約(占い)をした時に、素戔嗚尊の剣から生まれた三女神の内の1人と言われている弁財天です。 巽神社の狛犬たちもユニークですよ。 醸造(じょうぞう)と開拓の神様とされる松尾神社。 御祭神の大山咋命(おおやまくいのみこと)は、日本神話で山の神様や産業繁栄の神様で御神徳(ごしんとく)の高い神様として知られています。 お酒、醤油、味噌、麹こうじなどの商いや開拓関係に厚い信仰があります。 府中には、サントリービール工場や地酒などもあり、お酒との縁があると言えます。 拝殿の左側に祀られている水神社。 入り口の説明書きには、「水神は身体健康子孫繁栄等を司る神……」とあります。 人間が生きる上でなくてはならないモノなのに、あまりに身近過ぎて忘れてしまいがちになります。 神社の裏手で、災厄を払う「人形(ひとがた)流し」ができます。 それは千尋が「不思議な体験をする」前のシーンにあります。 千尋の父親が道を間違えて、アスファルトの道路から砂利道に変わってしまう際に、「鳥居・大きな木・祠(ほこら)」の3つのアイテムが1カ所に集まる場所が見えます。 参道に向かって大鳥居のスグ右側には、先ほど紹介した稲荷神社の社(やしろ)が祀られていて、千尋が不思議な世界に迷い込む前のシーンにピッタリだと感じました。 先ほどのイラスト(赤い楼門の前にある石像と千尋)を見て頂いたように、楼門の前には石像があります。 大國魂神社の随神門のそばにも、「鶴石」と「亀石」があります。 なるほど……入口のご神木と大鳥居から、本殿・拝殿に向かう途中にある「鶴石・亀石」の位置関係は、千と千尋の神隠しのシーンで出てくる「行き止まりになった楼門前の石像」を連想できたわけです。 3という数字には様々な推測ができますが、千尋家族の家族構成に当てはめて考えています。 本殿を護る金色の狛犬と銀の狛犬が、「湯婆婆と銭婆」のように見えてしまうのはワタシだけでしょうか? 本殿はとても印象に残ります。 油屋で疲れを癒す八百万(やおよろず)神々とは? 宮崎駿監督が「千と千尋の神隠し」を使って伝えたいメッセージ、それは、誰もが知っている神様ばかりが神様ではない、裏設定(ただ忘れているだけという銭婆の言葉)にあるではないでしょうか? ストーリーに登場する順番に、油屋を訪れる八百万の神々をご紹介します。 最初はカラダが見えませんが、岸へ上陸するとともにカラダが見えてきて、平安時代を思わせるような装いの神様です。 土地神の春日様は全国の春日大社の分社から、団体で油屋に訪れたようですね。 怠け者を懲らしめて、災いをはらうことから「まなはげ」と言われるようになったのですが、秋田出身のワタシは怖いイメージしか無い赤鬼・青鬼だけど、人間だと思っていました。 主に西日本では浜辺を歩いている人を襲う妖怪として伝えられています。 油屋を訪れているということは、神様なのでしょうか? 京都の貴船神社には、神様のお供として降臨したとものの、いたずら好きで神様を困らせていたという記録があるとか……。 いったいどんな神様なのか定かではありません。 たくさんのオオトリ様がお風呂に入っている様子をコミカルに描かれていますね。 ひょっとして、ワタシたちがたくさん食べてしまっている玉子が、犠牲になっているということなのでしょうか? なぜタイトルに「神隠し」という言葉がついているのか? 裏設定の存在は明らかにされていませんが、表向きには「千尋が夕暮れ時に急にいなくなった」「未知の世界に迷い込んだ」ように表現されています。 語られていない裏設定があり、隠された(潰された)日本の歴史に関係していると感じ取れます。 八百万の神々とは、日本古来の信仰で、山、川、石に至るまで万物の自然に宿る無数の神々のことです。 日本の豊かな自然を物語っているように感じます。 「千尋が神隠しにあったような体験」と「歴史と記憶から隠されてきた神々」を重ねて、「神隠し」という要素がストーリー全体に散りばめられています。 日本人が忘れかけているモノを思い出してほしいという、願いが込められているのではないでしょうか?.

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千と千尋の神隠し。カオナシの抱えるスピリチュアルペインとは。

千と千尋の神隠し スピリチュアル

水曜日、会社帰りに東京は飯田橋の東京大神宮まで行ってきました。 ここは縁結びにご利益があるという噂のパワースポットなんです。 彼氏がいない会社の同僚二人も会社帰りにお参りに行っていました。 私が行った時は夜だったのですっかり暗くなっていましたが、それでも境内には会社帰りと思われる女性の参拝客が何人かいました。 宗教学者の正木晃先生がそこに秘められているスピリチュアルな要素を解説しながら、日本の伝統文化について話してくださるということだったので、興味深く聴講しました。 正木先生は大学で教鞭を取るうち、アニメを題材にして学生を講義内容に惹きつけることを思いついたそうです。 日本人の伝統文化を知るのに、能などの伝統文化そのものを見るより、アニメなどで日本文化のエッセンスを感じる方が現代人にとってはより実感がわいて分かりやすいとのことでした。 正木先生によれば、宮崎駿氏のアニメの根底にはアニミズムがあるそうです。 アニミズムとは、風や道端の石ころなどすべてのものに命が宿っているという考え方。 日本人には受け入れやすい考え方ですが、一神教のイスラム教、キリスト教では受け入れがたい考え方です。 正木先生はいくつかの場面を選んでそこに込められた監督の意図を説明しました。 初めに 千尋の両親と千尋が謎のトンネルに入って行き、両親が豚に変えられてしまう場面について 千尋の両親はグレーのアウディに乗っていますが、灰色は無機質ではっきりしない色であり、しっかりした価値観がないことの象徴として考えられます。 そういえばこのブログの背景は思いっきり灰色 両親はトンネル先の無人の食堂でおいしそうな肉を見つけ、「お店の人が来たら肉代を払えばいい」と言って断りもなく食べ始めたことで豚にされてしまいます。 この場面では、アウディに乗っていたり新居を購入するなどお金は持っているが、きちんとした価値観もなく道徳観もない人間を批判しているのだろうと正木先生は解説していました。 次に 千尋が油屋への橋を渡る場面について 橋を渡るというのは日本文化では別世界に行くことを意味します。 橋を渡っているひしゃく、鍋、桶等の道具はつくも神。 日本の民間信仰では、単なる道具も長い年月を経ればそこに神が宿ると考えます。 油屋の庭にはアジサイ、さざんか、紅梅といった季節の違う花が同時に咲いています。 これは人間界とは異なる、神々の世界を表しています。 昔描かれた極楽浄土の絵の中でも四季の花が同時に咲いているそうです。 正木先生は、神様、おばけ、妖怪の違いを説明してくれました。 はじめはみな神様なのだそうです。 神様は人間が崇め奉ってくれないとぐれてしまい、グレたものがおばけになり、それが不良化したものが妖怪なのだそう。 神様がぐれるという考え方が面白いですね。 トンネルへと続く山道の横にたっている楠(クスノキ)について 千尋の父親が道を間違えて山道をアウディで突っ走っている時、大きな楠が映る場面があります。 落雷のため木の先端部分がなく、楠の前には赤い鳥居があります。 神社には雷にうたれて頭のない木がご神木としてよく祀られていますが、落雷は神が降りてきたと信じられていたためだそうです。 落雷の多い年は稲がよく実るそうで、科学的には空気がイオン化して受粉率が上がるためと証明されています。 昔の日本人は経験的に落雷と豊作の因果関係を知っていて、雷を神として崇めたのではないかということでした。 また、巨木となった楠自体もしばしばご神木として祀られています。 日本において初期に作られた仏像は、そのほとんどがクスノキ製なのだそうです。 カオナシについて 表情がなく言葉もしゃべれない、自分というものをもたないカオナシ。 油屋の従業員を飲みこんでどんどん強大になっていくさまは肥大化した欲望の象徴。 ロリコンで千尋を追い求めます。 金で千尋の心を振り向かせようとするところは、かつて「金で買えないものはない」と言ったライブドアのホリエもんを彷彿とさせます。 千尋に「家族は?」と尋ねられ、ただ「寂しい寂しい」とだけ答えるカオナシ。 カオナシは千尋と銭婆(ぜにーば)のところ(死後の世界を意味する)へ行ったまま戻ってこない。 正木先生によると、生の世界で自分の居所を見つけられずに死を選んだという解釈ができるとのことでした。 銭婆の住む駅へ向かう列車について 私は『千と千尋~』を観た時、水の中を列車が走って行くこのシーンがとても美しくて印象的でした。 でも同時に、とても静かで温かみも感情もない、異次元的なものを感じました。 正木先生によると、銭婆の住む世界は死後の世界を表しているそうです。 ここでは、湯婆婆(ゆばーば)の住む生の世界と銭婆の住む死後の世界をつなぐという意味になります。 また、6つ目の駅の6という数にも意味があります。 仏教では六道という考え方があります。 この世には仏の世界から地獄まで6つの世界があり、迷いある者が輪廻するのだそうです。 電車に乗っている乗客はみな黒い影で死者を表しています。 千尋が列車に乗っている間に途中下車したり途中から乗って来た乗客たちは、この6つの世界を輪廻しているのでしょうね。 現実の世界に帰って来た荻野一家のその後について 豚にさせられてしまった両親を千尋が無事助け出し、再び元の世界に帰ってくる荻野一家。 行きと同じトンネルを帰ってきますが、そのトンネルの描かれ方は全く違います。 私は全く気にも留めていませんでしたが、みなさん気づきましたか? 行きは赤色をした漆喰のトンネルなのですが、帰りは(確か)石造りで草も生えています。 正木先生によれば、これは月日がだいぶ経っていることを表しているそうです。 昔話では異次元と人間界とは時間の流れ方が全く違っていて、異次元の1日が人間界の1年だったり10年だったりします。 浦島太郎の昔話もそうでした。 荻野一家も全く同じところへ戻って来たと思っているが、実は違う時代へ来てしまったのかもしれない。 にもかかわらず千尋の両親は行きと帰りで全く同じ会話をしています。 つまりこの両親はまるで進歩していないのです。 違うところへ来てしまったにもかかわらず気づかない、果たして新しい生活に順応していけるのだろうか、アニメの終わりはあまりハッピーエンドとはいえないとのことでした。 ・・・以上が宗教学者、正木先生のお話でした。 気にも留めないような細部に日本人の信仰心や宗教観が表現されているのですね。 今でこそ日本は長寿国となっていますが、平均寿命が50歳を超えたのはほんの60年前。 江戸時代の平均寿命は30歳で、子供が7歳まで成長する確率は50%しかなかったそうです。 しょっちゅう人が亡くなっていて、今よりも死後の世界や神、仏といったものを身近に感じていたことでしょう。 現代日本人の多忙な日常生活ではすっかり追いやられてしまっている感がありますが、日本人の心として忘れたくないですね。 まろさんへ 確かに、海外ではジブリ作品のどういうところが受けているんだろうねー。 同僚がドイツ語堪能で、ドイツ語の『千と千尋~』のDVDを買ったら、翻訳がいまいちだったと言っていました。 正木先生の話、とても興味深かったよー。 他にも『エバンゲリオン』の登場人物が人格障害者を題材にしているとか、『となりのトトロ』の話などもちらっと聞き、どちらもストーリー知らないのですが、アニメ観たくなりました。 今優秀な人材は小説よりもアニメの方に集まっているというようなことも言っていました。 ちょっと『千と千尋~』をネットで検索してみたら都市伝説まであって、実は北朝鮮に拉致された少女の話だとか、風俗産業に身を売られた少女の話だとか書いてありました。 見る人によっていろいろな解釈があるんだねー。 投稿: にゃひみき.

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