シーメンス 事件。 シーメンス事件

ジーメンス事件とは?わかりやすく 山本権兵衛内閣

シーメンス 事件

1914年に暴露された首脳とドイツの=シュッケルト社の疑獄事件。 ドイツ語の読みは「ジーメンス」であるが,日本での報道および歴史上の表記はと記される。 同社事務員が重要文書を同社から,恐喝した事件の裁判を同年1月 23日付新聞がロイター電で報道して,初めて事実が明るみに出された。 第 34帝国議会で取上げられ,衆議院議員が批判のを行い,国民運動に発展,同2月 14日倒閣国民大会となり,が衝突,数百人の逮捕者を出した。 海軍には査問委員会が設けられ,司法当局が捜査に乗出し,ジーメンス社のみならずのビッカース社,三井物産と海軍首脳の贈事実も判明。 3月 24日,内閣は総辞職し,5月 29日には中将ら海軍将官,が軍法会議でを宣告された。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 1914年(大正3)1月、第31帝国議会開会中、外電による大々的な新聞報道で暴露された、など兵器輸入にかかわる旧日本帝国海軍の大疑獄で、事件の経過・性格ともに昭和のロッキード事件に比される構造汚職事件。 事件発覚の端緒になったドイツの兵器会社ジーメンス社の贈賄 ぞうわい のほか、最後の輸入戦艦として知られる「金剛 こんごう 」の建造に際し、代理店三井物産を介してイギリスのビッカース社からも多額の贈賄がなされていたことが摘発されたため、「金剛」事件、ビッカース事件ともいわれる。 日露戦争後策定された帝国国防方針に沿って、日本海軍の新たな大拡張が開始され、その巨額な財政負担は政治上の重要問題になっていた。 第三次桂 かつら 太郎内閣を継いだ海軍大将山本権兵衛 ごんべえ 内閣は、政友会の支持を得、財界と妥協し、懸案の解決を計ろうとしていたが、その矢先にシーメンス事件が発生した。 島田三郎、尾崎行雄 ゆきお 、犬養毅 いぬかいつよし らに率いられた立憲同志会ら野党三派はこの海軍収賄事件をかっこうの政府攻撃材料とし、翌2月日比谷 ひびや で催された内閣弾劾国民大会の群集が議会を包囲し、軍隊が出動するなど、議院の内外で山本内閣糾弾の運動が燃え上がった。 同年3月海軍大拡張費を含む予算が不成立となり、山本内閣は総辞職へ追い込まれた。 贈収賄事件の経過をみると、当初沢崎寛猛海軍大佐らの収賄が摘発され、ついで戦艦「金剛」の建造(代金約2400万円)にかかわって、輸入代理店三井物産が発注先のビッカース社から得たコミッションの3分の1、約40万円を当時海軍艦政本部長であった呉鎮守府 くれちんじゅふ 司令長官松本和 やわら 中将へ渡していたことが明らかにされた。 三井物産は1910年(明治43)の発注時に、技術顧問の元造船総監松尾鶴太郎を通じて海軍高官に発注工作をしていた。 次期海軍大臣に目されていた松本中将の収賄は将来の政治資金に備えたものといわれ、軍備拡張の下で噂 うわさ になってきた財閥と政府・軍部との癒着結合の一端が白日の下にさらされた。 収賄罪に問われた軍人たちは、高等軍法会議でそれぞれ免官位記返上勲等功級褫奪 ちだつ 、3年以下の懲役ならびに追徴金の判決を受け、贈賄罪の松尾、岩原謙三、山本条太郎ら三井物産関係者たちは、東京控訴院で執行猶予付きの懲役刑が確定した。 裁判では贈賄を追及する小原直 おばらなおし 検事に対し、三井側は江木衷 えぎまこと ・花井卓蔵 たくぞう ら一流の弁護士をそろえ、事件の本質が海軍廓清 かくせい にあるとし、三井物産関係者の無罪を主張した。 のちに、当時の検事総長平沼騏一郎 ひらぬまきいちろう は、収賄金の一部が斎藤実 まこと 海軍大臣まで渡っていた事実を秘密にしておいたと証言している。

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ジーメンス事件とは?わかりやすく 山本権兵衛内閣

シーメンス 事件

シーメンス事件 シーメンス事件 大正はじめの海軍収賄事件。 海軍は、ドイツの シーメンス社から軍需品を購入していたが、その際、発注品の代金の3. シーメンス社の日本支社員 カール・リヒテルが解雇されたことを恨み、社の機密書類を盗み出し、それを基に社を脅迫した事件が発覚し、リヒテルは逮捕され、ベルリンで裁判を受けることになった。 その際、日本海軍高官への贈賄に関する資料が示されたことから、その報道が1914年1月22日にロイター通信で発表された。 翌日、都下の新聞社が一斉にこのことを報道したため、野党 同志会の 島田三郎はこれを取り上げ、同日議会で追求の姿勢を見せた。 同志会は、山本内閣 山本権兵衛首相は海軍 の倒壊を目的とし、 尾崎行雄らは腐敗を追及した。 また在野の護憲運動、営業税導入に反対する商工会などが参加し、一大政治運動に発展する。 内閣と海軍は劣勢に追いやられ、海軍内部では査問委員会が発足。 問題に関わった 藤井光五郎少将、 沢崎寛猛大佐らを軍法会議にかけた。 さらに 巡洋戦艦金剛の発注に絡む ヴィッカース社との不正も発覚、 松本和中将が軍法会議にかけられ、三井物産の 岩原謙三や 山本条太郎も収監された。 2月10日、内閣弾劾決議案が上程され、与党 政友会によって否決されるが、弾劾国民大会の参加者が議会を包囲し警官隊と衝突した。 2月12日、衆議院は海軍予算の3000万円削除を可決する。 貴族院は、3月13日に海軍予算7000万円削除を決め、両院協議会が開かれるが、一致せず、予算案は不成立となった。 これを受け、3月24日に山本権兵衛内閣は総辞職した。 松本中将、藤井少将、沢崎大佐は懲役・科料刑となり、山本前首相、斎藤前海相は予備役編入処分を受け、三井物産の重役は控訴審で執行猶予処分となった。 この後、政友会に代わって政府系の同志会が勢力を拡大し、陸軍の増強、対中国強硬へと進むことになる。

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シーメンス事件は海軍による汚職事件。山本権兵衛内閣総辞職の引き金に?

シーメンス 事件

もともと、、の製造会社から発展し、現在では、関連、、、、生産設備、等の分野で製造、および事業を幅広く手がける会社である。 上場企業 :。 2006年のは873億、は303億。 に、によってに創業された電信機製造会社、に端を発する。 後にジーメンス・ハルスケ電車会社に発展し、世界で最初の電車を製造し、に営業運転を開始した。 20世紀初頭、を相手にの支配権を争う格好となり、AEGと関係を深めた。 かつてはが代表的な株主であったが、現在はのバンガード・グループ、が2001年に立ち上げたのである。 総合鉄道関連メーカーとしては、がの鉄道事業を買収すると発表したため、シーメンスは、(+)に次ぐ「」の一つとなっており、世界の鉄道車両製造では約2割強のシェアを有する。 AEGとの合弁会社はのについて、ほぼ全ての製造に関わった。 には原子炉事業はと統合させとなった。 以降はクリーンエネルギーに集中している。 に端末事業をの明基電通 に売却しているが、現在は「BenQ Siemens」ブランドで商品を発売するなど提携関係を継続している。 には関連部門は事実上に買収されている()。 には、ノキアと合弁である通信設備事業のをに売却した。 2016年時点で IoT にも注力しており、ドイツの政策でもある「」にも参加している。 IoT分野向けにシーメンスはデータ分析基盤「Sinalytics(シナリティクス)」を開発しつつ、 IoT分野における主導権獲得と自社規格の国際標準化を狙い、独や米などの大手IT企業との提携を相次いで発表し、影響力を拡大させている。 シーメンス製の電車 国際展開 [ ] 国際的展開は大部分がを通して行われた。 日本における事業展開(戦前) [ ] 、ドイツ外交使節がへシーメンス製電信機を献上し、ここに初めてシーメンス製品が日本に持ち込まれた。 にはシーメンス東京事務所が開設され、以降、シーメンス社の製品は広く日本に浸透することになる。 の主な納入実績には、への電力輸送設備設置、への電信機据付、京都水利事務所など多数の発電機供給、へのを含む電車制御機および電車設備一式の供給、のへの発電機供給、などがある。 にはシーメンス・ウント・ハルスケ日本支社が創立された。 その後も発電・通信設備を中心とした製品供給が続き、、、、、曽木電気(のちの)などへ発電設備を供給した。 また、へ、電話関係機器の多量かつ連続的な供給を行った。 軍需関係では、陸軍へ口径60センチシーメンス式、シーメンス・装置、各種無線電信機、海軍へ無線装置・信号装置・操舵制御装置等を納入した。 にはの注文でに80 - 100キロワットを建築したが、この無線電信局の納入をめぐるが、「」として政界を揺るがす事件に発展した。 中は日独が交戦状態に入ったため営業を停止したが、頃から営業を再開した。 にはと合弁してを設立、には電話部門を富士電機に譲渡した。 その後も、日本全国の都市水道局へのシーメンス量水器の納入、逓信省への間電話ケーブルに依る高周波多重式搬送電話装置の供給などが続いた。 後には、シーメンスのが各都市の官庁、ビル・商社に多数設置された。 には、逓信局に軽量物搬送装置を供給。 以降、に電信電話会社がシーメンス式を採用するなど、日本、、満洲の電信局・郵便局のほとんどがこの様式を採用することとなる。 には水道局にシーメンス製オゾン浄水装置が納入された。 にはに設備40台を納入、以降全国各地のにトーキー映写装置を販売することになる。 、は日本最初のシーメンス式自動書類を採用した。 にはにも採用された。 以降、は探照燈・特殊電気機器・船舶航空器材など軍需兵器関係の製作に力を入れることになり、シーメンスから専門技師を招致するなどして、シーメンス関連企業が設計製作を行なっていたその種の装置の国産化に努めた。 頃から、工場が日本国内、満洲、の各地に建設・増設されたが、シーメンス社はその設備・資材供給で多忙を極めることとなった。 発電設備関係では、、満洲国各地、水電株式会社などに、相次いで大型発電設備を供給した。 、ドイツとが交戦状態に入り、経由での貨物輸送が不可能になった。 続く日米開戦により、東京シーメンスはほとんど全部の製品を国産化することとなった。 この時期の納入実績としては、シーメンス水素電解槽の、、等への供給、逓信省への大型設備の納入などがある。 戦争が続く中で、資材の獲得が困難となり、戦時中は保守業務が中心となった。 (以上は、編「日本におけるシーメンスの事業とその経歴」による) 日本法人 [ ] シーメンス株式会社 Siemens K. 本社・ゲートシティ大崎ウエストタワー(右) 本社所在地 〒141-8641 1丁目11番1号 ウエストタワー 設立 2001年12月20日 事業内容 鉄道車両・情報通信機器等の製造・販売等 代表者 代表取締役社長兼CEO 藤田研一 資本金 43億3600万円(2018年9月30日現在) 売上高 413億8300万円(2019年09月30日時点) 営業利益 16億3100万円(2019年09月30日時点) 経常利益 15億7000万円(2019年09月30日時点) 純利益 12億5000万円(2019年09月30日時点) 総資産 273億6500万円(2019年09月30日時点) 決算期 9月30日 外部リンク 日本国内のグループ企業 分野 社名 本社所在地 製造 シーメンスPLMソフトウェア・コンピューテイショナル・ダイナミックス株式会社 新横浜2-3-12 新横浜スクエアビル16F メンター・グラフィックス・ジャパン株式会社 東京都品川区北品川4-7-35 御殿山トラストタワー 医療 シーメンスヘルスケア株式会社 東京都品川区大崎1-11-1 ゲートシティ大崎ウエストタワー シーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス株式会社 株式会社アクロラド 州崎13番地23 脚注 [ ] []• PDF プレスリリース , シーメンス, 2011年9月30日 ,• Duden. 725. 週刊東洋経済編集部 2013年7月31日. 東洋経済オンライン. 2015年12月11日時点のよりアーカイブ。 2017年4月13日閲覧。 お金のコラム. 2016年4月28日. 2016年12月20日時点のよりアーカイブ。 2017年4月13日閲覧。 ビジネス+IT. 2016年6月7日. 2016年6月11日時点のよりアーカイブ。 2017年4月13日閲覧。 2016年8月16日. の2016年12月13日時点におけるアーカイブ。 2017年4月13日閲覧。 ビジネス+IT. SBクリエイティブ 2016年3月30日. 2016年4月13日時点のよりアーカイブ。 2017年4月13日閲覧。 末岡洋子 2015年5月25日. の2015年5月25日時点におけるアーカイブ。 2017年4月13日閲覧。 加藤貴行 2016年12月8日. 日本経済新聞. 電子版 日本経済新聞社. の2016年12月13日時点におけるアーカイブ。 2017年4月13日閲覧。

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