ずい ずい ずっ ころばし ごま みそ ずい。 三つのわらべうた

童歌「ずいずいずっころばし」の虚実

ずい ずい ずっ ころばし ごま みそ ずい

童謡の暗号 わらべうたの中には、歌詞に底知れない暗さを感じるものがあります。 「ずいずいずっころばし」もその一つ。 無垢なこどもたちに「うた」という形に暗号化して、後世に語り継がせたかった作者の意図は何かについて、考えてみました。 茶壺道中 ずいずいずっころばし ごまみそずい ちゃつぼにおわれて とっぴんしゃん ぬけたら どんどこしょ たわらのねずみが 米食ってちゅう ちゅう ちゅう ちゅう おっとさんがよんでも おっかさんがよんでも いきっこなしよ いどのまわりで おちゃわんかいたの だぁれ この歌は何についてうたったものなのか、それを読み解くカギは、「 ちゃつぼにおわれて とっぴんしゃん」にあります。 江戸時代、将軍御用の宇治茶を採茶し、茶壺に入れて江戸まで運ぶ 茶壺道中という行事がありました。 茶壺が通行している間は、農民は耕作をやめて家にこもらなければならなかったので、「とっぴんしゃん(戸をぴしゃん)」と表現されています。 さて、お茶というものの権威を高めた人物は誰かというと、 千利休を連想すると思います。 千利休を連想させるもう一つのワードは、「 ごまみそずい」で、利休がごまを好んだことから、ごまを使った料理に「利休」がつくものが多くあります。 (例:利休あえ、利休みそ等) 井戸茶碗 千利休の存在が浮かび上がれば、最後のフレーズ「 いどのまわりで おちゃわんかいたの だぁれ」の意味がわかります。 これは、「井戸茶碗を欠かしたのは誰か」という意味で、豊臣秀吉が開催した北野大茶湯で、秀吉の自慢の 井戸茶碗「筒井筒」を小姓が割ってしまったという逸話と結びつきます。 お茶をたてていたのは利休であり、秀吉は激怒して、小姓を手打ちにしようとしました。 当時は高麗の茶器バブルで、茶碗一個で城が建てられるほどの価値だったといいます。 茶会の参列者は一同、凍り付くような場面だったかと思います。 その時細川幽斎が、伊勢物語の「筒井筒」にかけて、次のような狂歌をさらりと詠みました。 筒井筒 五つにわれし 井戸茶碗 咎をば我に 負いにけらしな 秀吉の怒りを恐れずに、小姓の助命をする幽斎の豪胆っぷりには、列席の戦国武将たちも舌を巻いたことでしょう。 茶会の席を血で穢してはならないという戒めもあり、秀吉も幽斎の機転の句を誉めて、小姓は事なきを得ました。 知らずに見逃したことが悔やまれます(TT) 筒井筒 筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに さて、伊勢物語に出てくる本歌に話題を移します。 この句はあまりにも有名で、「筒井筒」といえば、幼馴染の男女の恋という意味としてとらえられます。 ずいずいずっころばしの最後のフレーズから、 筒井筒という暗号が出て来ると、「ああ、彼らのことだな」と連想される幼馴染の男女がうかびあがってきます。 それは、 茶々(淀君)と大野治長の二人です。 「 ちゃつぼにおわれて とっぴんしゃん」から、熱をあげていたのは茶々の方だったのかもしれませんね。 一方の千利休は、二人の情事について重大な事実を知っていたため、つまり世継ぎが秀吉の子ではないことを知るにおよび、「 ちゃつぼにおわれて とっぴんしゃん」な目にあうことになってしまったのかもしれません。 俵のねずみ 茶々は千利休を排除するために、 ある人物を陰謀に加えます。 それは、農民から米をしぼりあげる検地奉行 石田三成。 「たわらのねずみが 米食ってちゅう ちゅう ちゅう ちゅう」のフレーズに隠された意味です。 千利休を排除する陰謀工作の実行犯が、「ちゅうちゅうちゅう」の三っつなりの三成。 秀吉に対して発言力を握っていたのが、豊臣秀長と千利休ですが、これにとってかわろうとしていた勢力が石田三成らの五奉行でした。 まとめ 茶々と石田三成が陰謀を企て、千利休を自害に追い込んだというのが、ずいずいずっころばしの歌詞に隠されたメッセージだと思われます。 表面的には意味がないようにみせておきながら、暗号化された言葉を追いかけていくと、千利休のダイイングメッセージのように犯人が誰かが示されている、とても不思議でこわい歌です。 最後に、「ずいずいずこっころばし」はどこにあるのか。 この橋に暗号化された言葉は、「殺す橋」です。 おそらく、千利休の首がさらされた一条戻り橋(京都)のことなのではないかと思っています。 あの世とこの世の境界といわれてきた、こわい橋です。 敗者の側のもみ消された歴史を推理するのが趣味です。 自分の観点で歴史について、いろいろ書いています。

次の

ずいずいずっころばし

ずい ずい ずっ ころばし ごま みそ ずい

『ずいずいずっころばし』歌詞 まず、『ずいずいずっころばし』の歌詞を覚えていらっしゃらないかたも多いかと存じますので以下に記させていただきます。 ずいずいずっころばし ごまみそずい 茶壺に追われて とっぴんしゃん 抜けたら、どんどこしょ 俵のねずみが 米食ってちゅう、 ちゅうちゅうちゅう おっとさんがよんでも、 おっかさんがよんでも、 行きっこなしよ 井戸のまわりで、お茶碗欠いたのだぁれ いままで何の意識もせずに歌っていた童謡の歌詞をこのように文字に起こしてみると、全く現代口語では全く意味がわかりません。 実は、この『ずいずいずっころばし』、長く歌い継がれている童謡である反面、その意味については諸説あり、まだ確固たる結論は出ていないのが現状なのです。 そこで有力といわれている2説をご紹介いたします。 「お茶壺道中」説 この童謡は江戸時代に行われた「お茶壺道中」という幕府の伝統行事を批判している歌であるという説がございます。 お茶壺道中とは何か? 「お茶壺道中」とお聞きになられて、これまたピンと来ない方が多いかと存じます。 江戸時代、将軍御用達のお茶は「宇治茶」でございました。 宇治茶はその名の通り、京都の宇治地域で作られた茶葉です。 そして江戸幕府、将軍のいる江戸城があったのは当然江戸、すなわち今日の東京は皇居にあたる場所です。 すなわち毎年4月~5月、お茶の季節になると新茶を京都から江戸(東京)に輸送しなければならなかったのです。 お茶壺道中の具体的な行程は以下の通り、• 宇治から茶葉の生育状況の報告を受ける。 採茶使が茶壺ともに江戸を出発する。 彼らが宇治に到着する。 9日目から、茶道頭立ち会いのもと、茶詰めが行われる。 茶詰めが終わったら、茶壷を封印する。 封印した茶壷を羽二重(はぶたえ)という光沢のある布で包む。 さらにそれを帛紗(ふくさ)と呼ばれる茶道用の布で包み保護する。 それを籠の中の箱に入れ、2人が担ぎ、残りは護衛しながら運ぶ。 江戸に着く。 将軍満足! とこのように、将軍の宇治茶への魂の入れ込み様は凄まじかったのです。 したがってお茶壺道中の格式は、当時の行事の中でも群を抜いて高く、お茶壺道中の間は、東海道には庶民はもちろん、大名でさえ出くわしてしまった場合は立ち入ってはいけないという凄まじい伝統行事だったのです。 また、東海道沿いの田畑の耕作は禁じられ、さらにそれだけでなく、街道沿いの住民は道の掃除を強制されました。 さすが、将軍!! 『ずいずいずっころばし』は風刺歌 こんな命令でもお上の命令であることに変わりはございません。 平和な江戸時代といえど、逆らえば「斬り捨て御免!」を食らってしまいかねません。 しぶしぶお茶壺道中にお付き合いする民衆は不平を持ちます。 皆様も上司や先輩に、よくわからない飲み会の準備を頼まれたときはなかなか断れませんよね?それのもっと強い版です。 さらに民衆はその恩恵には授かれない。 そこでこの童謡が作られたという説があるのです。 そしてそのお土産をもらってうれしそうな役人が、うれしいでチュウチュウチュウ。 そして最後はお茶壺道中に逆らうと、井戸に落とされるということを示しているのではないかと存じます。 つまり、「昔、お茶碗を割っただけで井戸に落とされたっつう奴もいたからなぁ。 お前達、絶対にお茶壺道中の邪魔はしてはいけないぞ」と子供に恐怖を植え付ける文句だと考えられます。 「性的」歌詞説 「お茶壺道中説」が比較的格式高い説であったのに対し、それに相反する俗な説として、 『ずいずいずっころばし』は「性」について歌った春歌なのではないかという説もございます。 『ずいずいずっころばし』の元ネタは『伊勢物語』? 『ずいずいずっころばし』の元ネタの説がそもそも異なります。 この説では『伊勢物語』の「筒井筒(つついづつ)」(二十三段)が元ネタとされているのです。 「筒井筒」(文語) まずは原文を見ていただきます。 後に、現代語訳も記しますので、ご安心ください。 昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとにいでて遊びけるを、おとなになりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、男はこの女を こそ得めと思ふ。 女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありける。 さて、この隣の男のもとより、かくなむ、 比べ合っていた私の振り分け髪も、肩を過ぎました。 あなた以外の誰のためにこの髪を結い上げましょうか。 などと言い交わして、とうとうかねてからの希望の通り結婚したのでした。 と、このように両思いの幼馴染同士が色々あって結婚するお話ですね。 訛り前があった? 『ずいずいずっころばし』は今、歌われているのは随分訛ってしまったあとのもので原型があったとされています。 その原型に近いものが… ついついつっころばし こまいしょつい 茶壷に追われて ドッピンチャン 抜けたら どんどこしょ 俵のねずみが米食ってチュウ チュウチュウチュウ おっとさんが呼んでも おっかさんが呼んでも 行きっこなしよ 井戸の周りでお茶碗割ったの だれ? ほとんど変わらないではないか!!どこが春歌なんだ?! とお思いになられるかもしれませんので、解説をしていきたく存じます。 まず、「ついついつっころばし こまいしょつい」について。 「つっころばし」は「つっころび」から派生した言葉であるとされ、「つっころび」はいわゆる遊女ではないそっち系の商売の女性。 「こまい」とは精巧に編みこまれた竹細工のことで、土壁の骨組みとして用いられます。 そして「こまいしょ」は「こまいしよう」という誘い。 つまり、「ねえねえお姉さん、イジりっこして遊ぼうぜぇ」という誘いなんです。 下品で、すいません。 次に「茶壷に追われて」について。 「つぼ」の原型である「つび」は女性のデリケートゾーンを意味します。 壺は古来から性的な意味合いを含む言葉としても用いられてきた信頼の実績があるのです。 これは「誘われた女性のほうから男性にのしかかってきた」ということを意味します。 そして「ドッピンチャン」。 これは男と女がドタバタしている様を示しております。 さて「抜けたら」。 別に当時には現代における「ぬける」とかそういう言い回しはありませんので、そういう意味ではございません。 いわゆる「刺したら」という意味です。 「ドンドコショ」。 さらに騒ぐんですね。 もううるさいくらいなんですね。 「俵のねずみが米食ってチュウ チュウチュウチュウ」。 ねずみは当時「女郎」や「遊女」などを示す隠語として用いられました。 つまり「ねずみ」はその女性。 そして「米食って」は元は「泡食って」だったのではないかといわれており、「当惑している様」を示しているといわれています。 そしてチュウはよがる声。 つまり「その女性は当惑しながらも、よがっている」という意味と捉えることもできるわけです。 「おっとさんが(ry」については、もうそのままの解釈で結構です。 2人は楽しみの真っ最中。 もう誰が呼んでも相手にはしないわけです。 最後、「井戸の周りでお茶碗割ったの だれ?」。 ここで「筒井筒」につながります。 彼らのような若き男女の行動の軽率さを憂いているのです。 つまり、軽率に行為に及んではいけないよと。 まとめ 結論:綺麗なお姉さんとずいずいずっころばしをすれば、必然的に手を触ることができる! 最後までお読みくださいましてありがとうございます。

次の

本当は怖い童謡 「ずいずいずっころばし」の謎|Team YUAN|note

ずい ずい ずっ ころばし ごま みそ ずい

Contents• ずいずいずっころばしと性の関係 まずは、一度ずいずいずっころばしの歌詞をご覧下さい。 ずいずいずっころばし ごまみそずい 茶壺に追われて とっぴんしゃん 抜けたらどんどこしょ 俵のねずみが米食ってちゅう、ちゅうちゅうちゅう おとっさんが呼んでも、おかっさんが呼んでも行きっこなしよ 井戸のまわりでお茶碗欠いたのだぁれ 歌っていると漢字を思い浮かべにくいですが、実は表記するとこのような歌詞になります。 遊び歌としても知られているこの歌、みなさんも手遊びをして一度は遊んだことがあるのではないでしょうか? しかし、 歌詞の意味がこれだけではよくわかりませんよね。 そこには、こんな 恐ろしい意味があるのです・・・ 最初の歌詞から詳しく解説します。 胡麻味噌をすり鉢で擦っていると、お茶壺道中が来るという情報がまわってきたので、家の戸をピシャリと閉め、そして中で時が過ぎるのをじっと待つ。 通りすぎたら(抜けたら)ホッと胸をなでおろす(どんどこしょ) 江戸時代、お茶は将軍が飲むなど 地位の高い人が飲むものだったのです。 その当時は 「お茶といえば静岡!」 ではなく、京都の宇治から「宇治茶」を取り寄せており、 京都の宇治から東京の江戸城まで、お茶を運んでいたのです。 それゆえに、お茶を運ぶ係(採茶使)が結成され、遣わされていました。 この採茶使の一行を茶壺道中と呼んでいたのです。 その採茶使は、絶対的権威が与えられており、たとえ大名であっても、茶壺道中と出くわすと、道の端に控えて、通行を優先させるという決まりがあったそうです。 では、なぜ、戸をぴしゃりと閉めてまで、家に閉じこもる必要があったのでしょうか? その訳は、俵のねずみが米食ってちゅうの部分は、• 米は女性• ねずみは茶壺道中の男 をそれぞれ指しているためです。 考えただけでも恐ろしいですよね・・・ 確かに、そうなったら最悪ですので、戸を閉めて、やり過ごそうとするのもわかります。 しかし、 恐ろしいのはこれだけではありません。 江戸時代、不貞行為というのは、どんな場合でも処罰の対象となっていました。 しかも女性が特定の男性以外(つまり夫以外の男性)と性行為にいたってしまった場合は、処刑だったのです。 たとえ隠したとしても、未婚の場合は嫁にいけなくなってしまいます。 お父さんとお母さんが心配して呼んだとしても、出て行くことができない(いきっこなし)の歌詞に、この お嫁にいけなくなった娘の不幸が読み取れます。 そして最後の 「井戸のまわりでお茶碗欠いたのだぁれ」 この一文は、お茶碗は女性を表しており、 「かいた」は「描く」ではなく、 「欠く」 そうです。 この歌詞は、 誰にも言えずに井戸で自害してしまったのは、どの子だ? という意味にもとれるのです。 井戸に落ちてしまっては、もはや誰かはわかりませんもんね・・・。 このように楽しい童謡、遊び歌と思っていましたが、実は悲しい女の子の物語がこの歌には込められているのでは?と言われています。 ずいずいずっころばしの考察 もし、上に書いたように悲しい女性の悲劇を表した文章であったなら、 何故ここまでわかりにくい意味の歌詞で、ずいずいずっころばしは伝えられたのか。 その答えは、 当時の女性の地位にあります。 今でこそ、男女平等が叫ばれ、女性の地位向上も当たり前になっています。 しかし、当時の日本では女性の地位が圧倒的に低く、男性に比べたらその評価も差別的なまでに異なっていました。 それこそ、女性が何を言っても聞いてもらえず、 男性の一言で嘘も事実に、また事実も嘘に変わってしまうような時代です。 この時代に女性が何を言っても、誰も信じてくれず、またその身に起きたことを明らかにも出来なかったのです・・・ でも、なんとかして、この女性の不幸を残していきたい。 そう思った方が、作り上げた歌。 それこそが、この ずいずいずっころばしだったのかもしれませんね・・・ まとめ 「ずいずいずっころばし」は• お茶壺道中を恐れた歌• 若い男女や女郎との性的行為について歌った歌なのでは? 等、諸説あります。 本当は、 子供の童謡で楽しく歌うような歌ではないのかもしれませんね。 ただ、一つ気がかりなことがあります。 それは、 この歌を誰が伝えたか。 もし、女性の不幸を伝えた歌ならば、最後井戸に落ちてしまい、その死を誰にも伝えれなかった以上、本来知るはずのない事実です。 にもかかわらず、このことは歌として残り、多くの方に語り継がれています。 もしかしたら、この歌・・・歌ったのは、 女性本人だったのかもしれません。 ずいずいずっころばしの歌に未練を乗せ、今なお語り継がれている… そう考えると、恐ろしいものがありますね。 男性の方、くれぐれもこの歌にはご注意を・・・ きっと 彼女は、男を恨んでいるはずですから。

次の