てん どうか いり。 「成長できてない」と感じた時に、今すぐはじめるべき7つの習慣

どうなってんの? マントル細胞リンパ腫闘病記

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自分を成長させたいなら、変化することを恐れず、勇気を持って行動あるのみ。 そんなチャレンジができるのは、自分を信じているからこそなんです。 そして、その自分を信じるということは、自分を理解し、自分と向き合っていないとできないものなんです。 思いつく限り 自分がやりたいことを全部やる! やりたいことがわからない…という人は、見たもの・聞いたもの・体験したものから作られる「イメージのストック」が圧倒的に不足しているのです。 難しいことなんて考えず、とにかく思いつく限り、自分がやりたいと思ったことを全部やってみましょう。 しかも今すぐに。 たとえば、「散歩に出たら気持ちいい!これから毎日30分ウォーキングしてみよう!」「髪型を変えたらメイクも変えたくなった!変えてみよう!」といった風に。 ほら、やりたいことが次々にひらめいてきませんか? 02. トライ&エラーを繰り返して、 選択力を身に付ける 世の中には、情報やノウハウが溢れていて、何が必要で不必要なのか、選択に迷ってしまう人も多いはず。 でも、今の私は迷うことがありません。 なぜかというと、20代の時に、幾通りものトライ&エラーを繰り返し、では次はどうすればエラーにならずに済むか?という学びを蓄積し、自分の中の統計学が出来上がり、取捨選択する能力が身に付いたのです。 その分、大切なことに時間とエネルギーを集中できるようになり、チャンスを引き寄せる力がついたのです。 すると、人生がダイナミックに変わっていったのです。 苦手なことでもとにかく着手 苦手なことに挑戦するのって、とっても勇気がいりませんか?でも、苦手なことこそ、頭で考えずに体や自分の手を使って、まずやってみる。 すると、続けているうちに、「意外とできるかも?」という感覚になったりします。 苦手と思っていたことは、もしかしたら自分の先入観だったりもします。 そのものをよく理解していなかったけど、動いてみたら「なんだ、こういうこと」と理解が深まります。 それをひとつずつクリアしていくことで、知らず知らずのうちに自分のスキルになるのです。 インプットした知識は 必ずアウトプットする 自己啓発セミナーやビジネスセミナーに積極的に参加しているのに、なかなか実践できていないという経験ありませんか?そんな人は、インプットだけたくさんして、アウトプットをしていないのでは? インプットしたら必ずアウトプットする習慣をつけましょう。 「文字にしてみる」「誰かに伝えてみる」「実際に行動にしてみる」など。 情報や感情は生ものです)。 すべての情報と知識はアウトプットしてみてはじめて自分の中に落とし込めるのです。 イキイキしている姿を 周りに見せる とても楽しそうに、一生懸命に話す人って、聞く側まで楽しくなってきませんか?時間や空間を忘れて、情熱を持って語れる人は、とても魅力的。 そのイキイキとした姿に人が集まり、ひいては、それがチャンスや仕事につながっていきます。 「私はこれが大好き!」「これが最高に楽しい!」という姿を周りに見せることによって、共鳴する人が増え、どんどん欲しいものがあなたの周りに引き寄せられてくるはず。 自分の世界観に人を巻き込める力を身に着けてみましょう。 人のイキイキした姿に、私たちは惹かれるのです。 見せ方成功の鍵は 自分の中に「カメラを3台持つ」こと 人とのコミュニケーションやみせ方を工夫するのに欠かせないのが、自分を客観視すること。 つまり、「複数の視点を持つ」ということです。 私たちは固有の視点やフィルターを通して、物事を判断したり、分析したりしがち。 そこで、自分の中にカメラを3台持ってみましょう。 たとえば、「話している自分」「話を聞きながら内容を分析している自分」「全体の雰囲気を観察している自分」という具合です。 これを意識すると、自分を客観視することに慣れ、相手や状況に応じたベストな選択ができるようになります。 さらに、性格の違う 「3人の自分」を持てれば完璧 「複数の視点を持つ」ことの次は、「3人の自分を持つ」ことにチャレンジ!その3人とは「ドリーマー(夢想家)」「クリティック(批評家)」「リアリスト(現実主義者)」。 私が無意識にやっていた思考法ですが、ウォルト・ディズニーの本で紹介されていたようです。 詳しく言うと、「ドリーマー」は想像力、企画力がある(クリエイターやデザイナー的な役)、「クリティック」は分析や批評をする(評論家やコンサルタント的な役)、「リアリスト」は冷静な選択と判断を促す(現場監督、マネージャー的な役)。 これら3つの異なる視点を柔軟に使い分けることで、バランス感覚が養われます。 この3人を総動員して、様々な視点から自分自身と意見を出し合ってみましょう。 1人で難しい場合は、それぞれの要素が長けた3人が集まると、大抵のことは成功できるでしょう。 『』 コンテンツ提供元:長谷川朋美.

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悪口ばかり言う人の心理とその末路

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読点 明治39年に文部大臣官房図書課が句読点法案のテンの項に21カ条の法則があげられ、それを骨子として昭和21年に新たに句読点法案が次のように示されている。 1)テンは、第一の原則として文の中止として打つ、2)終止の形をとっていても、その文意が続く場合にはテンを打つ。 ただし、他のテンとの釣り合い上、この場合にマルを打つことがある。 3)テンは、第二の原則として、副詞的語句の前後に打つ、4)形容詞的語句が重なる場合にも、前項の原則に準じてテンを打つ、5)前項の場合、第一の形容詞的語句の下だけに打ってよいことがある、6)語なり、意味なりが付着して、読み誤る恐れのある場合に打つ、7)テンは読みの間(ま)を表す、8)提示した後の下に打つ、9)中点(なかてん)と同じ役目に用いるが、特に点ではなくては、かえって読み誤りやすい場合がある、10)対話、または引用文のカギカッコの前に打つ、11)対話、または引用文の後を「と」で受けて、その下にテンを打つのに2つの場合がある、12)並列の「と」「も」を伴って主語が重なる場合には原則として打つが、必要がない限りは省略する、13)数字の位どりに打つ。 以上はあくまでも句読点法案であり、工夫の余地が残されている。 以下に文例を示す。 文等の番号は、上の順番に対応しています。 1)母も喜び、兄も喜んだ、2)父も喜んだ、母も喜んだ、3)お寺の小僧になって間もないころ、ある日、和尚さんから大そうほめられた、4)クジャクは、長い、美しい尾を扇のようにひろげた、5)まだ日のよく通らない、生のでんぷん粒のあるクズ湯を飲みました、 6)弾き終って、モーツアルトは、つと立ちあがった、7)「かん、かん、かん。 」、8)秋祭り、それは村人にとって最も楽しい日です、9)マツ、スギ、ヒノキなど、10)水から上がってきた一人は、「さぶい。 さぶい。 さぶいやーがな」と言いながら、火のそばに走り寄り、お腹の紐をほどき、濡れている上着を手早く脱いだ、11)「これはうまい。 」といって、彼は土産の菓子をガツガツ食った、12)兄と、姉と、私と、弟と、妹の五人で、ハイキングに行った、13)1,259円 句読点の使用法は、非常に難しく、絶対的ではありませんが、上のような決まりがあります。 新聞などは、かなりそれに近い用法を用いています。 「AとBから……」の「と」のあとの読点。 基本的には、ないほうがよいでしょう。 ただし、文脈によっては必要な場合もあります。 下記の質問に答えたときに使った例がそうです。 ================================ 「から」と、起点を表わす「より」は、意味としてはほぼ同じです。 ================================ この場合の〈「から」と、〉の読点も、論理的にはなくてもいいでしょう。 ただ、ないとわぎらわしい気がしたので、入れておきました。 上の文を下記のようにすることもできます。 【修正案1】 起点を表わす「より」と「から」は、意味としてはほぼ同じです。 こうすると、〈起点を表わす〉が「より」だけにかかるのか、両方にかかるのかわかりにくので、よくありません。 そういう場合には「と」のあとに読点を打てとしている文章読本もあります(下記参照)が、この場合はよくないでしょう。 通常は下記のようにするべきです。 これなら「と」のあとの読点はなくてもOKでしょう。 【修正案2】 「より」は起点を表わす用法に限れば、「から」とほぼ同じ意味です。 【と」のあとに読点を打てとしている文章読本の例】 ================================ 5 誤解を招かないように読点を打つ 本来はおすすめできない読点の使い方ですが、やむをえない場合もあります。 よく例にあげられるのは、次のような文です。 今年の新顔のAさんとBさんは、ともに強烈な個性の持ち主で、抜群の存在感があります。 こういう書き方をすると、この文は意味がわかりにくくなります。 そこで、 a 2人とも「今年の新顔」なら「今年の新顔の、AさんとBさんは、……」 b Aさんだけが「今年の新顔」なら「今年の新顔のAさんと、Bさんは、……」 と読点を打つと誤解される心配がなくなるとされています。 4 の例文で使ったのは、aの読点です。 bの読点は、「Bさんと今年の新顔のAさんは、……」にすれば不要になると書いてある「文章読本」もあります。 たしかにそのとおりで、許容されてもよい形でしょう。 ただし、もう少しマシな文章にしたいと思うなら、手間はかかっても別な書き方をするべきです。 aの読点は不自然な感じがあり、「今年の新顔は、AさんとBさん。 2人とも……」あるいは「今年の新顔はAさんとBさんで、2人とも……」のほうがマシでしょう。 bがヘンなのは、2人を並べているのに片方にしか形容する言葉がついていないからです。 「今年の新顔のAさんと、いまや古株のBさんは……」のように両方に形容する言葉をつけたほうが、バランスがよくて自然な文になります。 ================================.

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「成長できてない」と感じた時に、今すぐはじめるべき7つの習慣

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二人の若い 紳士 ( しんし )が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする 鉄砲 ( てっぽう )をかついで、 白熊 ( しろくま )のような犬を二 疋 ( ひき )つれて、だいぶ 山奥 ( やまおく )の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを 云 ( い )いながら、あるいておりました。 「ぜんたい、ここらの山は 怪 ( け )しからんね。 鳥も 獣 ( けもの )も一疋も居やがらん。 なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。 」 「 鹿 ( しか )の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お 見舞 ( みまい )もうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。 くるくるまわって、それからどたっと 倒 ( たお )れるだろうねえ。 」 それはだいぶの山奥でした。 案内してきた専門の鉄砲打ちも、ちょっとまごついて、どこかへ行ってしまったくらいの山奥でした。 それに、あんまり山が 物凄 ( ものすご )いので、その白熊のような犬が、二疋いっしょにめまいを起こして、しばらく 吠 ( うな )って、それから 泡 ( あわ )を 吐 ( は )いて死んでしまいました。 「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」と一人の紳士が、その犬の 眼 ( ま )ぶたを、ちょっとかえしてみて言いました。 「ぼくは二千八百円の損害だ。 」と、もひとりが、くやしそうに、あたまをまげて言いました。 はじめの紳士は、すこし顔いろを悪くして、じっと、もひとりの紳士の、顔つきを見ながら云いました。 「ぼくはもう 戻 ( もど )ろうとおもう。 」 「さあ、ぼくもちょうど寒くはなったし腹は 空 ( す )いてきたし戻ろうとおもう。 」 「そいじゃ、これで切りあげよう。 なあに戻りに、 昨日 ( きのう )の宿屋で、山鳥を 拾円 ( じゅうえん )も買って帰ればいい。 」 「 兎 ( うさぎ )もでていたねえ。 そうすれば結局おんなじこった。 では帰ろうじゃないか」 ところがどうも困ったことは、どっちへ行けば戻れるのか、いっこうに見当がつかなくなっていました。 風がどうと 吹 ( ふ )いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。 「どうも腹が空いた。 さっきから横っ腹が痛くてたまらないんだ。 」 「ぼくもそうだ。 もうあんまりあるきたくないな。 」 「あるきたくないよ。 ああ困ったなあ、何かたべたいなあ。 」 「 喰 ( た )べたいもんだなあ」 二人の紳士は、ざわざわ鳴るすすきの中で、こんなことを云いました。 その時ふとうしろを見ますと、立派な 一軒 ( いっけん )の西洋造りの家がありました。 そして 玄関 ( げんかん )には 「お客さまがた、ここで 髪 ( かみ )をきちんとして、それからはきもの の 泥 ( どろ )を落してください。 」 と書いてありました。 「これはどうも 尤 ( もっと )もだ。 僕もさっき玄関で、山のなかだとおもって見くびったんだよ」 「作法の厳しい家だ。 きっとよほど 偉 ( えら )い人たちが、たびたび来るんだ。 」 そこで二人は、きれいに髪をけずって、 靴 ( くつ )の泥を落しました。 そしたら、どうです。 ブラシを板の上に置くや 否 ( いな )や、そいつがぼうっとかすんで無くなって、風がどうっと室の中に入ってきました。 二人はびっくりして、 互 ( たがい )によりそって、扉をがたんと開けて、次の室へ入って行きました。 早く何か暖いものでもたべて、元気をつけて置かないと、もう 途方 ( とほう )もないことになってしまうと、二人とも思ったのでした。 扉の内側に、また変なことが書いてありました。 「ネクタイピン、カフスボタン、 眼鏡 ( めがね )、 財布 ( さいふ )、その他金物類、 ことに 尖 ( とが )ったものは、みんなここに置いてください」 と書いてありました。 扉のすぐ横には黒塗りの立派な金庫も、ちゃんと口を開けて置いてありました。 鍵 ( かぎ )まで 添 ( そ )えてあったのです。 「ははあ、何かの料理に電気をつかうと見えるね。 金気 ( かなけ )のものはあぶない。 ことに尖ったものはあぶないと 斯 ( こ )う云うんだろう。 」 「そうだろう。 して見ると 勘定 ( かんじょう )は帰りにここで 払 ( はら )うのだろうか。 」 「どうもそうらしい。 」 「そうだ。 きっと。 」 二人はめがねをはずしたり、カフスボタンをとったり、みんな金庫のなかに入れて、ぱちんと 錠 ( じょう )をかけました。 すこし行きますとまた 扉 ( と )があって、その前に 硝子 ( がらす )の 壺 ( つぼ )が一つありました。 扉には 斯 ( こ )う書いてありました。 「壺のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。 」 みるとたしかに壺のなかのものは牛乳のクリームでした。 「クリームをぬれというのはどういうんだ。 」 「これはね、外がひじょうに寒いだろう。 室 ( へや )のなかがあんまり暖いとひびがきれるから、その予防なんだ。 どうも奥には、よほどえらいひとがきている。 こんなとこで、案外ぼくらは、貴族とちかづきになるかも知れないよ。 」 二人は壺のクリームを、顔に塗って手に塗ってそれから靴下をぬいで足に塗りました。 それでもまだ残っていましたから、それは二人ともめいめいこっそり顔へ塗るふりをしながら喰べました。 それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、 「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。 お気の毒でした。 もうこれだけです。 どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさん よくもみ込んでください。 」 なるほど立派な青い瀬戸の塩壺は置いてありましたが、こんどというこんどは二人ともぎょっとしてお互にクリームをたくさん塗った顔を見合せました。 「どうもおかしいぜ。 」 「ぼくもおかしいとおもう。 」 「 沢山 ( たくさん )の注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ。 」 「だからさ、西洋料理店というのは、ぼくの考えるところでは、西洋料理を、来た人にたべさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる 家 ( うち )とこういうことなんだ。 これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが……。 」がたがたがたがた、ふるえだしてもうものが言えませんでした。 「その、ぼ、ぼくらが、……うわあ。 」がたがたがたがたふるえだして、もうものが言えませんでした。 「 遁 ( に )げ……。 」がたがたしながら一人の紳士はうしろの戸を 押 ( お )そうとしましたが、どうです、戸はもう 一分 ( いちぶ )も動きませんでした。 奥の方にはまだ一枚扉があって、大きなかぎ穴が二つつき、銀いろのホークとナイフの形が切りだしてあって、 「いや、わざわざご苦労です。 大へん結構にできました。 さあさあおなかにおはいりください。 」 と書いてありました。 おまけにかぎ穴からはきょろきょろ二つの青い 眼玉 ( めだま )がこっちをのぞいています。 「うわあ。 」がたがたがたがた。 「うわあ。 」がたがたがたがた。 ふたりは泣き出しました。 すると戸の中では、こそこそこんなことを云っています。 「だめだよ。 もう気がついたよ。 塩をもみこまないようだよ。 」 「あたりまえさ。 親分の書きようがまずいんだ。 あすこへ、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、 間抜 ( まぬ )けたことを書いたもんだ。 」 「どっちでもいいよ。 どうせぼくらには、骨も分けて 呉 ( く )れやしないんだ。 」 「それはそうだ。 けれどももしここへあいつらがはいって来なかったら、それはぼくらの責任だぜ。 」 「呼ぼうか、呼ぼう。 おい、お客さん方、早くいらっしゃい。 いらっしゃい。 いらっしゃい。 お 皿 ( さら )も洗ってありますし、菜っ葉ももうよく塩でもんで置きました。 あとはあなたがたと、菜っ葉をうまくとりあわせて、まっ白なお皿にのせるだけです。 はやくいらっしゃい。 」 「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。 それともサラドはお 嫌 ( きら )いですか。 そんならこれから火を起してフライにしてあげましょうか。 とにかくはやくいらっしゃい。 」 二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの 紙屑 ( かみくず )のようになり、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。 中ではふっふっとわらってまた 叫 ( さけ )んでいます。 「いらっしゃい、いらっしゃい。 そんなに泣いては 折角 ( せっかく )のクリームが流れるじゃありませんか。 へい、ただいま。 じきもってまいります。 さあ、早くいらっしゃい。 」 「早くいらっしゃい。 親方がもうナフキンをかけて、ナイフをもって、舌なめずりして、お客さま方を待っていられます。 」 二人は泣いて泣いて泣いて泣いて泣きました。 そのときうしろからいきなり、 「わん、わん、ぐゎあ。 」という声がして、あの 白熊 ( しろくま )のような犬が二 疋 ( ひき )、 扉 ( と )をつきやぶって 室 ( へや )の中に飛び込んできました。 鍵穴 ( かぎあな )の眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううとうなってしばらく室の中をくるくる 廻 ( まわ )っていましたが、また一声 「わん。 」と高く 吠 ( ほ )えて、いきなり次の扉に飛びつきました。 戸はがたりとひらき、犬どもは吸い込まれるように飛んで行きました。 その扉の向うのまっくらやみのなかで、 「にゃあお、くゎあ、ごろごろ。 」という声がして、それからがさがさ鳴りました。 室はけむりのように消え、二人は寒さにぶるぶるふるえて、草の中に立っていました。 見ると、上着や 靴 ( くつ )や 財布 ( さいふ )やネクタイピンは、あっちの 枝 ( えだ )にぶらさがったり、こっちの根もとにちらばったりしています。 風がどうと 吹 ( ふ )いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。 犬がふうとうなって 戻 ( もど )ってきました。 そしてうしろからは、 「 旦那 ( だんな )あ、旦那あ、」と叫ぶものがあります。 二人は 俄 ( にわ )かに元気がついて 「おおい、おおい、ここだぞ、早く来い。 」と叫びました。 簔帽子 ( みのぼうし )をかぶった専門の 猟師 ( りょうし )が、草をざわざわ分けてやってきました。 そこで二人はやっと安心しました。 そして猟師のもってきた 団子 ( だんご )をたべ、 途中 ( とちゅう )で十円だけ山鳥を買って東京に帰りました。 しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。

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