みっともない 由来。 意外に身近!?実は仏教用語だった言葉達・日常語と化した言葉編|仏像|趣味時間

「川柳(せんりゅう)」 の語源と語源

みっともない 由来

「みっともない」 の由来についてまとめたエッセイです。 由来だけ手っ取り早く知りたい人は下のほうまで飛ばして読んでね。 私には知らず知らずのうちに口癖があったようです。 それは「みっともない」 人に言われて気がつきました。 いざその意味を考えてみると、好んで使っている割には中々出てきません。 というわけで・・・調べてみると「見るに耐えない」、「かっこ悪い」、「外聞が悪い」「体裁が悪い」「見たくもない」といった意味が出てきました。 私自身は「かっこ悪い」程度の軽い気持ちで使っている気がしますが、「見るに耐えない」とか「見たくもない」といった言葉を少し強めで発することを連想してみるとあまりいい印象は受けませんよね。 分かっているんです。 口癖、それはきっとコンプレックス。 そうありたくないという気持ちを他人にも押し付けているのでしょう。 自分が言われたことを想像してみましょう。 きっと傷つき、落ち込むことでしょう。 例えそれを相手がほんの軽い気持ちで言ったのだったとしてもね。 本来は文字通り、「見たくない」の意味でありましたが、そこから「見たくもないほど見苦しい」の意味が派生し現在に至るのだそうです。 補足すると、「みっともない」の語系には「みたむない」とか「みとむない」、「みっとむない」といった言葉もあったのだそう。 もう口が回りません・・・ 自らのみっともないストーリーを探してみました。 ありましたありました。 それは大学時代の通学の電車の中。 意気揚々とオシャレをして毎日通学していました。 ある日の朝、いつものように電車に乗り込むとサラリーマン風の男性が近づいてきました。 「開いてますよ。 」 小さな声で囁きかけてきました。 当時の私は破れたズボンにどこが入り口かも分からないようなバックと、かなりルーズな服装でした。 どこかしこか開いてても可笑しくない、関係ないといった考えだったので 「あ、これはいいんです。 」と申し訳なさそうに答えると・・・ なんだか彼は納得が出来ないといった様子で離れていった。 そうなんです。 開いていたのは「社会の窓」つまりズボンのチャック。 大変恥ずかしい思いをしました。 教えてくれた男性の言うことに素直に従っていれば・・・ ちなみに同様のケースが人生に3回ほどあります。 もちろん分かっていてもそうそう指摘は出来ないもの。 他の2回は身内からの指摘だったので逆切れして照れ隠しをしたのですが・・・ ほんと気をつけよ。。。 参考までに社会の窓の由来については・・・昭和23年に開始されたNHKラジオ番組「インフォメーションアワー・社会の窓」からきているのだそうです。 この番組は社会の裏側を深く鋭くとらえたものだったそうで、普段は隠されている大事なものが見えてくる内容であったことからそのことをズボンのファスナーに喩えたのだそうです。 面白いじゃないか・・・ なんだかこっちの由来のが参考になったような・・・ 一言コメントする メールアドレスは公開されません。 一言コメント You may use these HTML tags and attributes: ニックネーム 上に表示された文字を入力してください。 (スパム対策).

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「みっともない」と「みっともありません」の違いとは?分かりやすく解釈

みっともない 由来

ある日常の家庭の風景です。 ただいま~と言い、玄関から家に入ると部屋にいた妹がいました。 愛敬をふりまく顔を見た刹那に、何もない無事な日を思い浮かべ安心をしました。 さて、この中に、仏教用語が由来の言葉が何語入っているかわかりますか? 正解は、以下の中にあります。 普段、何気なく使っている仏教用語が由来の言葉を調べてみるといっぱいありました。 みなさまのお役に立てると嬉しいです。 それでは、どうぞ。 仏教用語が語源となっている日常の言葉とは? 涅槃(ねはん)や般若波羅密多(はんにゃはらみった)など、仏教用語はとても難しそうなイメージがありますよね。 その理由はサンスクリット語の音をそのまま漢字で表現した音写にあるからです。 例えば、般若波羅密多は、恐ろしい感じの字ですが、元は、プラジュニャー(智慧)・パラミーター(感性)というサンスクリット語の訛ったパンニャー・パラミーターの音写語です。 また、涅槃は、安らぎを意味するニルヴァーナの音写です。 その様な、音写語を含む仏教用語が日常でも使われています。 よく聞く言葉を中心に、もともとの意味をまとめてみました。 仏教用語が由来?日常の言葉とは? 愛嬌(あいきょう) もともとは、愛敬(あいぎょう)といい、如来さまや菩薩さまの柔和な表情である愛敬相(あいぎょうそう)から派生した言葉。 愛嬌のある人は、大好きです。 挨拶(あいさつ) もともとは、挨は押す、拶は迫るという意味で、禅僧の子弟が押し問答で悟りの深さを試すことから派生した言葉。 よく話し方教室等で、この意味を教わりました。 阿吽(あうん) もともとは、サンスクリット語の最初と最後の文字を転写した、フームの音写化したものです。 阿吽の呼吸とは、良く言いますね。 足を洗う(あしをあらう) もともとは、お寺に入る際に汚れた足を洗うことから、汚れた世界から身を清める意味をもちました。 どちらかと言うと、悪い事をやめる意味になります。 安心(あんしん) もともとは、仏教であんじんと読み、覚りを開いて、こころの安らぎを得た状態を意味します。 うろうろする もともとは、うろは有漏と書き、煩悩がある状態をいう。 この煩悩によって迷い、どこへ行ってよいのかわからない状態を意味する。 よく街をうろうろしていますが、まさに煩悩(欲望)で動いてます。 (笑) お陀仏(おだぶつ) もともとは、臨終の際に唱える念仏「南無阿弥陀仏」から派生した言葉。 死ぬことを意味する。 いつかはお陀仏ですが、やりたい事がたくさんあり、まだ、ずっと先にしたいです(笑) 億劫(おっくう) もともと、劫は、仏教用語で果てしな長い年月のこと。 それが、億もあることで、目の前のやるべきことに対して意欲をなくした状態を意味する。 いろいろと億劫なことはありますが、一歩一歩進みまっす。 親玉(おやだま) もともと、数珠のなかにある1つの大きな珠のこと。 たしかに、おやだまありますね。 他は子分玉かなぁ? 玄関(げんかん) もともと、玄は幽玄、関は関門を表し、禅の世界で仏門に入ることを意味した。 今の玄関とは、言葉の意味が違いますね。 出世(しゅっせ) もともとは、お釈迦様がブッダ(悟りを開いた人)として、世にでたことを意味し、のちに僧侶の階級が上がることにも用いられるようになった。 有名になったり、階級があがれば出世と言えるのは使い方が同じですね。 正念場(しょうねんば) もともと、正念は、修行者の実施すべき八正道の1つで、邪念を払い、正しい教えを忘れないこと。 転じて、重要な局面を意味する。 ここぞという、最も力をいれる場面の事ですね。 上品(じょうひん) もともと、現生の行いに応じた極楽往生のランクには、上品上生(じょうぼんじょうしょう)から、下品下生(げぼんげしょう)まで、9品(くほん)あります。 その上位のものを意味する。 上品(じょうひん)から下品(げひん)まで9ランク。 一瞬とは、1兆分の数秒という表現があるので刹那はもう少しゆったりした感じです。 醍醐味(だいごみ) もともとは、牛乳をバターにする過程ででる5つの味(五味)をいう。 そのうち最上のもののことで、転じて仏の最上の教えを意味するようになった。 醍醐味を味わうには厳しい修行が必要だとか。 旦那(だんな) もともと、サンスクリット語で、布施を意味するダーナの音写したもの。 布施をするひとの意味となった。 内緒(ないしょ) もともと、内証(ないしょう)と書き、仏が心の内の悟りによって真理をつかんだことを意味した。 奈落(ならく) もともと、サンスクリット語で地獄を意味するナラカの音写したもの。 ひどい もともと、仏教で修行を行うことを道と呼び、それに外れることを非道と呼んだ。 この非道が形容詞化したものです。 蒲団(ふとん) もともと、蒲(がま)を丸く編んでつくった座禅用の敷物。 座蒲団から、寝具の蒲団へ派生しました。 方便(ほうべん) もともと、お釈迦様が相手によって覚りを開かせるための説法内容を変えたことに由来する。 目的のために使う便宜上の手段の意味となった。 冥利(みょうり) もともと、善行により、知らず知らずのうちに受ける仏の恵みのことを意味します。 利益(りえき) もともと、仏教では、りやくと読み、仏の力で得た幸福や富、健康のこと、修行の成果として得られたものも意味する。 喫茶(きっさ) もともと、禅宗の言葉で、喫茶喫飯(きっさきっぱん)といい、修行の本質は、日常生活の中にあるという意味です。 喫茶店でコーヒーを飲んだら、喫茶ではないのかなぁ?(笑) 食堂(しょくどう) もともと、仏教では、じきどうと読んだ。 お寺の中で僧が食事をするお堂のこと。 寺院の場合は、食事の際も修行が続くので、一般の食事室のイメージではありません。 果報は寝て待て もともと、果報とは、因果応報のこと。 あせらず待っていれば幸運は必ずやってくるという意味ではあるが、何もしなくてよいわけではなく、良い事をすれば良い事が訪れるということ。 確かに。 娯楽(ごらく) もともと、楽はさとりの楽しさで、仏を信じることで得られる、精神的な安らぎを意味した。 無事(ぶじ) もともと、すべての煩悩を捨て、執着心から解放された状態を意味しました。 自業自得(じごうじとく) もともと、仏教でいう業とは行為のことで、自分のしたことの報いは、自分に返ってくること。 善因善果、悪因悪果の意味と同じですね。 所得(しょとく) もともとは、所有を表すサンスクリット語のウパランパが語源。 得られたもの、体験されたものを意味する。 僧の場合は、物質的なものではなく、精神的に得たものを意味します。 ちゃら もともとは、策略・詐欺・欺瞞などの意味するサンスクリット語でチャラが語源と言われている。 差し引きゼロ、借りをちゃらにするなど、ずるいイメージがする言葉に使われています。 工夫(くふう) もともとは、㓛夫と書いて、作業する人の事を意味したが、修行に励むことも意味する。 人事(じんじ) もともとは、僧同士の初対面の場を人事という。 いち早く相手の力量を見抜くことで修行の成果をみた。 人間がすべきこと、できることという意味もある。 人事をつくすという言葉は、やるだけの事はしたという意味になります。 一大事(いちだいじ) もともとは、仏教用語で一大事因縁という。 仏がこの世に出現する一大目的のこと。 たしかに一大事ですね。 頑張る(がんばる) もともとは、我張るで、それが変化したもの。 自分の考えに執着することは、良くないとされ仏教では、プラスのイメージではない。 現在は、どちらかというとプラスイメージで使われています。 差別(さべつ) もともとは、しゃべつと読み、この世に存在するものは、同じものはないという意味。 それぞれには、独自の姿があるという考え方。 現在の使い方とは逆の使い方ですね。 もともとの意味を尊重したいです。 仏教用語とは?~まとめ~ 私達が現在使っている言葉の中には、仏教用語が由来の言葉がたくさんあります。 ここでは、載せきれないほどの言葉の中から個人的に馴染みの深い言葉を抜粋しました。 本当に日本文化に仏教が入り込んで融合されていることを実感しました。 さて、今日も書き終えたので、これから部屋の掃除をします。 あっ、掃除も、実は仏教用語なんです。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 あわせて読みたい関連記事 None Found.

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もったいない

みっともない 由来

「みっともない」とは? 「みっともない」の意味と使い方について紹介します。 意味 「みっともない」は、 「見た目が悪い」 「体裁が悪い」という意味です。 使い方 「みっともない」は形容詞で、 「見た目が悪くてとても人に見せられない」 「世間に対して面目が立たない」時に使います。 基本的に 「人に知られたら恥ずかしいこと」と思う気持ちが強い言葉です。 言い手の主観によるところが大きく、言われた人がそう思わないこともあります。 「みっともありません」とは? 「みっともありません」の意味と使い方について紹介します。 意味 「みっともありません」は、 「みっともない」の誤用です。 使い方 「みっともない」はこの言葉でひとつの形容詞であり、 「ない」だけ変化することはありません。 「はしたない」 「せわしない」が、 「はしたありません」 「せわしありません」 「ない」を動詞の 「ない」と勘違いして 「ありません」と丁寧語にしています。 正しくは 「みっともないことでございます」になります。 「みっともない」と「みっともありません」の違い! 「みっともない」は、 「見た目が悪い」 「体裁が悪い」という意味です。 「みっともありません」は、「みっともない」の誤用で、正しくは「みっともないことでございます」になります。 まとめ 「みっともない」は 「みっともありません」とは使えません。 ビジネスで丁寧に言おうとして間違えない様にしましょう。

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