愛知 トリエンナーレ 2019。 「あいちトリエンナーレ2019」~メディアが報道しない“問題の本質”

あいちトリエンナーレ補助金不交付の支離滅裂

愛知 トリエンナーレ 2019

これから起きるであろうことを述べていく。 正直に思うところを述べれば、地獄行の直行便だ。 大村知事を評価しすぎているのかも知れないが、狙って悪い手ばかり打っているようにしか思えない。 理解できない。 一つ目に言えることは、 またしても「展示の中止」になる可能性は充分にある。 ただ、私は中止・展示の継続にはこだわる立場ではない。 あの展示物に対して抗議してきた一人だし、その思いに変わりはないけれども、すでに状況が大きく変わっている。 国は、予算を出さないだろう。 この時点で、一つは「詰み」だ。 二つのバナーのクリックをお願いします。 (同じものです。 ) (OGP画像) 二つ目に言えること。 県議会を巻き込む騒動に発展する。 国は、訴訟を覚悟して動ているように感じる。 大村知事が国を相手に訴訟をしたとしよう。 正直、大村知事が勝つ可能性もあるにはある。 だが、そんなことは関係ないわけだ。 少なくとも「一旦は止まる」以上、不足額は生じるわけで(仮に訴訟で勝ち取って、補助金を得たとしても)何がしかの議案は県議会を通さざるを得ない。 大きな予算に混ぜ込んでしまい、賛成せざるを得ない形で提案する可能性は高い。 だが、想定さえしておけば、どうにでもある話だ。 三つ目に言えること。 それは、前回よりも激しい状況が想定されるということ。 前回の中止に至るまでの経緯は、ある意味では電撃戦であった。 自民の国会議員らが直接の視察などはできていない。 今回、抽選方式にする!と言ってみても、居並ぶ国会議員に視察をさせないのだろうか。 国の予算は、国会議員の議決で通過するわけだが、国政調査権を持ちだすまでもなく「くじ引きなんで!」の一点張りで押し通せば、国の補助を受けることは難しい。 四つ目に言えること。 それは、党としての動き。 かなり期数の高い、ベテラン議員が参戦してきたと仮定しよう。 例えば今の愛知県連の会長を含む、全ての愛知の国会議員よりも発言力の高い、県外の国会議員らが「いや、おかしいでしょ」と言い始めた場合、党としての動きになってしまう。 国vs県だけではなく、自民党そのものと戦う形。 これは、結構しんどいと思う。 五つ目に言えること。 県議会の予算が否決される可能性。 党そのものの全体意思とされた場合、愛知県連としても対応せざるを得ない構図になっていくと思う。 愛知県連も動かざるを得ず、県議会において(例えば様々な予算で出してきたものを)「議案分割」という処理をする等の手続きをとったとする。 つまり、トリエンナーレの単独予算に、議会側で手続きで分割していったとする。 否決の可能性が、本格的に出てくる。 六つ目に言えること。 それは、知事選だ。 まだ改選が終わったばかりであり、任期は極めて長い。 だが、「ここから狙っていく」方は出て来るかも知れない。 例えば、名古屋市の河村市長など。 維新から擁立し、愛知県知事選に。 かつ、自民も推薦という形など。 政令市と県は、基本的に仲が悪い。 県の予算に依存せず、国の直轄である政令市は、県とは対峙する立場だ。 ゆえに、県議を政令市の市長に送ろうとする動き(県が政令生死に波及したい)もあるが、この逆コースも出て来るかも知れない。 先ほどの話とやや重複するが、大量の国会議員が「視察」に行った場合、それを見せようと見せまいと、どちらにせよ大やけどになる。 ネットがどうこういう話ではなく、前回は中止までの時間が少なかったがゆえに、ネットだけで済んだわけで。 国を巻き込んだ、かなり面倒な状況が出てくるように思う。 自民だけではなく、維新もいくだろうし、状況の推移によってはN国も行くかも知れない。 ようは、大変なことになる。 大村知事は、そこまでして「表現の不自由展」を愛知トリエンナーレで展示したい理由は何か。 損得で言えば、確実にマイナスだ。 政務官はじめ入閣経験もあり、愛知県の県連会長も務めた人材が、なぜここまで謎の行動に走るのか。 それは正直、意味がわからない。 本心から、わからない。 「プライド」という意見もある。 三期目をスタートし、さぁこれからという最も脂ののった時期。 スタートラインについたところで、ボッコボコにされたがゆえ、悔しくて頭に来て、周りが見えていないのだろうか。 少なくとも冷静な判断とは思えない。 それを差し引いてなお、天秤のつり合いがとれない。 私が評価しすぎているのかも知れないが、どうしてこんな状況すら理解できないのか。 まったくもって、理解に苦しむ。 正直、見ていてどこか怖い。 恐怖を感じるというか、狂気を感じる。 津田某らには、こだわるだけの理由はある。 次の自治体、次の次の自治体でも「同じく反日作品」を展示し、税金を得たいのだろうし、ここでこければこの構造自体も吹き飛ぶ。 肩書きを育てることもできなくなる。 ゆえに、再展示は生命線なのだろう。 だが、大村知事にとっては、マイナスしかない。 もっと言えば、愛知県民にとってもマイナスしかない。 国と訴訟して、仮に勝訴して補助金が降りたとして、だ。 その結果、リニアの駅や路線が少しいじられたり(例えば静岡や京都側の意向が強く反映されるようになったり、という意味で。 )、自動車産業の集積地帯ということで「必要な許認可」も多々あると思うが、少しそういうものの速度が落ちてきたり、だ。 国と揉めるということは、その側面は絶対にある。 別にイジメているわけでもなく、「関係の良いところ」が結果的に優先されるという意味で。 忖度そのものは違法ではないし、ここまで虚仮にしつつ、それでも許認可や国の予算にはご相伴に預かりたいというのは虫がいい。 県知事として、県民を率いる立場だからこそ、 県全体の経営者として、全体のバランスを見るべきだった。 もう初めてしまうのだろう、そうなった場合には、誰も後に退けなくなる。 いや、すでに後戻りできないとこまで来ているのかも知れない。 ここから先は、推論になる。 まぁ、みんなで予測!みたいな話だ。 「この国会議員が行くんじゃない?」みたいな話をしてみよう。 個人でさくっと行く可能性は、杉田水脈衆議院議員。 チーム単位で動きそうなのは、青山先生はじめ山田宏先生や長尾敬先生。 ある程度の余波が起きれば、派閥単位での視察の可能性もあるわけで。 そうなると、県単位では収集はつかないだろう。 麻生副総理は、実は可能性が高いように思う。 これだけの役職ゆえ、流石にないと読むが、ご皇族の縁戚であることも踏まえ、「いま即位にあわせてぶつけてきた」と看做せば入る可能性は(大穴としては)ある。 となれば、二階派だって行くかも知れないし、菅グループはどうしたっていう話も。 さらに維新も行くなんてことになると、警備の人数よりもSPのほうが多いなんて事態もあるかもなぁ。 電凸攻撃!とか、ネットだけの攻撃!って愛知県は思っているみたいですが、リアルの戦いに移行した場合、もっと酷いことになると思いますよ。 まぁ、もしかしたら「推論」の部分については、ある程度は確度の高い情報を持っているのかも知れませんしね。 ここで「はい、クジ引きです」「あぁ、貴方はハズレですね」とやった場合は、国会招致の可能性も視野にいれたほうがいい。 これらも踏まえ、大村知事が何を考えて、こういう選択をしたのかまったくわからない。 それが名誉・面子を起点としたにせよ、 大村知事は引き返せないところまで来てしまった。 すでに陛下の御即位に、不敬な作品を公金でぶつけるべく、 左派勢力の走狗のごとき存在と化している。 このレッテルを剥がすことは難しく、 いまや愛知県は、例えば沖縄県みたいな扱いになって行くのだろう。 もはや、かつて自民の国会議員であったキャリアは吹き飛び、 誰もが腫物扱いの、「謎の知事」扱い。 いったい全体、何がしたかったのか、本当に理解できない。 とりあえず断言できるのは、 展示の再開をもって「前回よりも面倒なことになるだろう」ということと 今回はネットというよりは、リアルの動きが激しそうだという点だ。 「大村知事の動きは、不敬だ」と思った方は、拡散をお願いします。 一歩、前に出る勇気。 (同じものです。 ) <重要>ブックマークをお願いします。 特にFacebookから閲覧してくださっている方にお願いなのですが、一週間の停止を受けました。 次は30日の停止と想定され、更新のお知らせが大きく滞る可能性があります。 小坪先生いつもありがとうございます。 あいちトリエンナーレ2019における「表現の不自由展」再開についてですが、 わたしは陛下の御真影を焼き焦がし、ましてその灰を踏みにじる映像を「芸術」 などと吹聴する者たちに強い憤りを感じています。 自分の作品が美術館に否定されたからといって、腹立ち紛れに陛下の御真影を 焼いて撮影し、それを送りつけるような者たちが自ら「芸術家」などと自惚れ、 自分を慰めているのです。 芸術家としてのレベルが低いのであれば、共感ではなく、 反感を買うのも無理はありません。 当然公金を投入する意味もありません。 一市民のわたしがこのように思うのであれば、直系の親族であられる皇族の方々の 心情はいかほどでしょうか。 それで、今後皇族の方々が、一定の期間、愛知県に関する事物に距離を置きたい、 関わりたくないとの意向をお示しになるなら、政府は最大限の配慮を講じるべき だと思います。 どこのだれが、自分の親の写真を焼き焦がし、公に晒す者たちに好感を抱くでしょうか。 正に【不敬の極み】です。 地元の自民党の代議士に【視察要請】をします。 然し、【不敬】は、これのみでは有りません。 【新帝陛下の大嘗祭の大嘗宮の屋根の勝手に改竄】があります。 』の法律を破っている犯罪行為が罷り通っているのです。 【新帝陛下】に1300年の伝統破壊の罪を着せようとしている【大不敬】を、そのままにして、何が【天皇陛下万歳!】なんでしょうね。 理解不能です。 JBpress 10月7日の伊東乾氏の記事「補助金不交付をKO、トリエンナーレ展示再開」の読みました。 騒動後ずっと連載されていた伊藤氏の記事は拝見しておりました。 専門家から見た冷静な記事と思っておりましたが 昨日の該当記事には疑問を感じています。 と言う趣旨が私の心に強く残りました。 読み違えがあれば私の読解力の無さです。 小坪氏が暗に批判されるのは、これだけ目立って活躍しておられるので当然かも知れませんが 全ての責任は津田監督にあり、大村知事には責任が無いと言うのは 氏は今までの連載で津田監督の監督能力の無さを批判しておられましたが ああ、これ 大村知事に責任は無い が言いたかった為の津田監督批判だったのかと納得しました。 「芸術は不快なもの」の理由として、キリスト教芸術はキリスト教徒にとって不快なものと氏は言われます。 磔などキリスト受難の表現はキリスト教徒にとっては不快である、と。 確かにそうかも知れませんが、「不快」の質が違います。 キリスト教徒にとって「不快」ではあっても、その表現 芸術 は、不快ではあってもキリスト教への肯定であり、自分達教徒を救ってくれるものの表現です。 キリストやキリスト教徒を否定たり侮辱したりする意味は皆無です。 では比較して今回の展示物の数々はどうでしょう。 「不快」と言うことばだけで、キリスト教芸術と今回の展示物を同一に「不快」と言う言葉でくくることは出来ないと思います。 専門家としてあまりに乱暴な、今回の展示物と現代アートへの擁護に感じます。 プロパガンダ・国対国の問題からも言いたいことはありますが割愛します 裁判で国が負ける可能性はあると思います。 裁判の判断は裁判官個人のパーソナリティーに左右されるからです。 裁判では国の理由付けに法的な弱さはあるかも知れません。 けれど、展示再開=国の負け とは思えません。 何故なら再開後の展示方法は、当初の展示方法ではないからです。 展示方法 安全確保の想定と方法 が違っている以上はそれをもって国の負けとは言えないと思います。 そして再展示はまだ完了しておりません。 そもそも氏は「裁判で勝つ」を「有能」と言っておられますが、 今回、裁判で勝つことが全てでしょうか。 私は大いに疑問です。 私も裁判で国が負けても良いと思っています。 負けても大きな意義があると思っています。 氏は大村知事=有能 大村知事を批判する人たち=無能 と仰っておられるように感じましたが はたして「有能」「無能」とは何でしょう。 そのような色分け、そのような発想、そのような表現こそが、反芸術的に感じます。 今回の騒動と騒動に対するJBpressへの伊東乾氏の寄稿で 芸術とくに現代アートと言うものの、傲慢さ、いかがわしさ、曖昧さ、そしてお金儲け 税金搾取 がよくわかりました。 元々、価値が無いまたは曖昧なものに価値を見出し、値段を付ける、または対価を払う、と言う芸術の 非常に嫌な、ブラックな面を見せてくださいました。 芸術と言うあいまいなものに、善意で対応してきた人たちに芸術に悪意があると、教えて下さいました。 この場合の悪意とは、批判精神や嫌味と言う意味ではありません。 差別や詐欺と言う悪意です 以上、場をお借りし長々と失礼致しました。 以上、文責BLACK あまり言いたくはありませんが、この伊東さんという方は前からあらゆる問題に首をつっこみ、自分のようなエリートはそこらの大衆とは違い知識もあれば見識もあるんぞ~~という感じの上から目線の記事を書くお方で、すぐ他人に「反知性主義」のワンパターンなレッテル貼りをする内田某と同じカテゴリーの人という印象。 だって、「芸術は不快なもの」と言うんだったら、その「芸術」とは何か?という大問題になり、この伊東さんという人は、そこらのオンラインジャーナルに自分が載せる記事でプラトンやアリストテレスその他の並み居る哲学者や美学者を凌駕するだけの定義付けができる自信があるんですか?無理に決まっているじゃん。 「キリスト教」をわざわざもってくるのもピンときません。 所詮、「自分は芸術表現に関してはお前ら(=なんちゃら展に怒り抗議する国民)より上なんだぞ~~」と優位性を誇りたいだけのポジショントークだと思います。 本当にくだらないです。 「芸術」だの「表現」だのは所詮問題のすり替えに過ぎません。 河村名古屋市長の愛知県知事に対する公開質問状の2点目、「2.「作品」のもつ反社会性・害悪性の評価と、「芸術性」の評価とは、別次元の問題ではないか。 」、これにこそ焦点を当てた議論をしてほしいですね。 以下、公開質問状の各項目です。 これの回答を早く聞きたいものです。 1.愛知県知事・大村秀章殿の「芸術」についての見識を問う。 2.「作品」のもつ反社会性・害悪性の評価と、「芸術性」の評価とは、別次元の問題ではないか。 3.実行委員会会長代行として実施検証して、特に疑問に思った次の作品について、芸術監督(津田大介氏)の見解を問う。 4.「検閲」概念を誤用・濫用しているのではないか。 5.「表現の規制」と「表現の援助」との違いについての理解を問う。 6.本件企画展の「中止を解除」の適否を実行委員会に諮らないのは何故か。 7.実行委員会が本件企画展の作品を「隠して出す」と言って、作者に出品を勧誘したのは事実か。 原文はこちら: なんせ、バックは共産党、反天連、チョイルシンムン、南北朝鮮などの反日ヘイト勢力なんだから、サイレントマジョリティーの日本国民が賛同するわけないでしょう。 私が知ったのも開幕直前の韓国紙のハングル版でした。 「慰安婦像」を大きく嬉しげに掲載していました。 20:37 — 2019年10月7日 *小坪先生のこの記事も拡散されています! 今日(9日)戦後体制の超克 と言うブログさんが来秋開催の ひろしまトリエンナーレ でも似たようなことが起きる可能性を危惧されて、記事をアップされています。 5日からプレイベントが始まったようですが、ブログ記事中には、 >参加アーティストに、「昭和天皇の御真影を燃やした」張本人である大浦信行や、「天皇陛下や皇族を侮辱する作品」をいくつも手掛けて来た小泉明郎等が含まれているのです! と書かれています。 ですから、あいちトリエンナーレで自治体や文化庁助成が受けられなくなると(彼らにとって)大変なことになると言うことなのでしょうか。 一応では有りますが… 以前記載を致しました、リミットというものが有ります故、 再度、記載をさせて頂きたく存じます。 立場、政治的配慮、支持層への顔色、という、 全方位での都合意識では、どうにもなりません。 過ぎてしまった場合は、 事実のみが残り、消せません。 そして、 愛知県民に支えられている議員ならば、その支えは折れ、 協賛支援した企業ならば、これに押し潰されます。 もしかしたら、 今まで、伏せし事も、全て出るのでしょうかね。 なんと申しましょうか… もし、今の見える恐怖に怯え逃げるのなら、 それ以上に成りゑて降り懸る。 …というのでしょうか?…多分、そういう事でしょうね。 少なき時間ですが、 よくよく見定めて戴きご判断の方をなされたら 宜しいと存じます。 日本を大切にする自治体に「ふるさと納税」して、愛知県への納税をボイコットしようと思います (愛知県予算規模は25000億。 トリエンナーレの約8億は0.03パーセント) 「表現の不自由展・その後」の再開を決めた大村知事は、今朝から協賛企業に説明するとのこと。 天皇陛下を毀損する展示や特攻で亡くなった兵士を貶す展示に、異を唱える企業はないのでしょうか。 10月4日に開催されたフォーラムでも、表現の自由を盾に反対意見を封じ込める結末となりました。 彼らは、自分たちが日本や日本人の尊厳に守られているという感性を持ちません。 河村市長の名古屋市に「ふるさと納税」をしたいところですが、市県民税で払うから意味がない?そこのところどうなんでしょうか。 大村知事は、耳だけでなく目も塞いでしまったのか・・・ 建物の前?フロアの中?どっちだ? 河村市長「やめてくれ」 不自由展再開に抗議の座り込み(2019年10月8日15時22分) 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の 不自由展・その後」の再開を受けて、河村たかし名古屋市長は8日、 不自由展の会場の名古屋市東区の愛知芸術文化センター前で、再開 に抗議する座り込みをした。 衝撃です。 制止を振り切って、 県立美術館の中のフロアを占拠して、誹謗中傷のプラカードを並 べて、美術館の中で叫ぶ。 芸術祭のお客様の迷惑も顧みず。 常軌 を逸してます。 厳重に抗議します。 仰る事はごもっとですが。 その論調が保守間でも多いですが、そうなると慰安婦像は大した問題では無いって事になりませんか? 実際の時系列は、展示開催初日の前日に行われたプレスリリースの日に、既に韓国マスコミで「日本初、長期展示慰安婦像、公金で行われる大型芸術祭にて」と報道されてるんですよ。 日本の5ちゃん専門板でも若干炎上してましたが、一般のネットで炎上するのは、実際に見に行った方の画像投稿があってからです。 プレスリリースに韓国のマスコミも招待されていたのか、はたまた朝日毎日中日なんかの記者が教えてあげたのかは不明ですが、憂慮すべきは、プレスリリースの中に、保守寄りで事前にリークしてくれるような記者は誰一人といなかったという事。 当日のネチズンは「日本人はアホ、良識派日本人の勝利」等、歓喜に湧いていましたよ。 やはり慰安婦像を日本国内で正式展示って、メチャクチャヤバイと思いますが。 ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。 いくら屁理屈を捏ねくり回しても、「駄目なものは駄目」でしかありません。 それっぽく一見論理的に擁護してみても、モラルに照らし合わせれば『駄目』の一言に尽きます。 ハッキリ言って「どうせ、大した事は言っていない」のレベルなのです。 BLACK様御紹介のJBpress 10月7日の伊東乾氏の記事などは最たるもので、そんな屁理屈が通るなら女性の目の前でいかがわしい雑誌や新聞を広げても、それは芸術でありセクハラにはならない筈です。 アングラ関連は非常に賛否が別れますから余り深くは言及しませんが、基本的に徹底して公の要素を排除しているからこそ、ある程度は目こぼしされています。 恐れ多くも天皇陛下は、国際的にも名の知れる唯一現存するエンペラーであらせられます。 当に、公の中の公の存在であらせられる訳です。 公の中の公の存在を公金を使って陥れるのは、アングラ芸術としても成立する筈も無く、またこの様な事態は世の中の公序良俗を乱す行為です。 愛知トリエンナーレを擁護する連中は、轢死体をスマホで撮影する野次馬と何が違うのでしょうか。 こんな極々簡単な社会人として最低限のモラルが理解出来ぬなら、それは禁治産者にも等しく、被選挙権を付与する事は出来無い人にカテゴライズするのが妥当と言えるでしょう。 それから、問題となった作品を出展した自称作家様にもアドバイスするなら「才能無いから、諦めろ」の一言に尽きます。 あれが芸術であるのなら、不肖櫻盛居士ならもっと高い芸術性を持った作品を制作する事が出来ると断言して差し上げます。 (多分、皮肉が理解出来ぬ方もおられるでしょうから率直に表現すると、小生の創ったものなどに芸術性など無いので、問題となった作品を表現の自由に基づき評するなら「それ以下の糞」であると言う意味です) 何にせよ、大村知事は公人として公序良俗を乱す行為を奨励し、公金を私的流用しているのと同様の行いをして居るのですから、形式的にでも社会人としては批評せざるを得ない対象である事は事実です。 少し前の話になりますが、愛知トリエンナーレに関するアンケートが卑劣にも目立たない所にありますよ、という情報を見て私も回答を送信しました。 内容を要約すると「誰であろうと亡くなった方の写真を焼き踏みつけたりするような侮辱は芸術でなくヘイトです。 天皇陛下は日本国民統合の象徴であられる方なので、日本国民全体へのヘイトであると捉えられて当然でしょう。 大村知事は憲法に記された表現の自由を侵害するものではないか、と抗議や反対の意見を批判されましたが、その憲法に、権利の濫用を戒め公共の福祉に反しない限り保障される旨が明記されています。 故人を侮辱する表現は公共の福祉、公序良俗に反するヘイトであり、権利の濫用です。 例えば故金日成氏、故金正日氏の写真を焼く表現を芸術と呼べるでしょうか?(日本国との関わり、日本国民の彼らに対する感情は別問題として)私はヘイトであると思います。 日本、日本人、天皇陛下に対して行うのならば芸術だ、ヘイトではない、というのならば、これは差別であり、レイシズムです」といった所です。 反日勢力が好んで用いる「ヘイト」や「レイシズム」という表現を敢えて繰り返し使いました。 真正面から反論できる人がいるなら、是非してみてもらいたいものです。 この問題に限らず、きっと多くの日本国民が反日勢力に対して怒りを覚えている点は以下の至極単純な二つです。 一つ、ヘイトや差別といった表現を立場によって使い分け、反日勢力を差別問題の被害者に見せかけ日本人を貶めることを正当化するダブルスタンダードは許せない。 二つ、日本を敵視しながら、差別問題とそれにまつわる利権を作り出し、日本国民の平穏を脅かし血税を食い物にすることは許せない。 匿名性の高いネット上での意見を見ていてさえ、多くの方の意見は大別すればこの二つです。 即ち、皆さん諸外国の人々を日本人より下に見ていて制度上も冷遇しろ、などとは微塵も思っておらず、「日本人が外国に行けばその国のルールに従うのが当然であるように、日本国のルールが日本国民と日本国の秩序や伝統を守るために存在するのは当たり前だ。 それに従え、というのは差別ではない。 一方的に理解や譲歩を求めるな」「ある属性の人々だけを特別扱いするな。 外国人に適用するルールがあるなら、全ての外国人を平等に扱え」と言っているに過ぎません。 最近話題になっている関電と同和のドンの贈収賄問題もそうですが、もう被差別利権とそれを利用して善良な日本国民を脅かす連中の横暴はたくさんです。 どの国にもマフィアのような反社会勢力の闇があるでしょうし、それを完全にクリーンにすることは不可能に近いのは承知していますが、一体どうして、国や社会の秩序を守り、外国の方が来れば親切にもてなし、日々真面目に働き生きている大多数の国民が、ありもしない差別や性犯罪の加害者に仕立て上げられ、無実の先祖もろともに名誉を貶められ、時には実際に暴力の被害を受けたり、家族を拉致されたりしなければならないのですか。 私達が、彼らに何をしたというのでしょうか。 もういいかげんにしてもらいたい。 冷静に考えれば野蛮な対応策だと思いますが、フィリピンのドゥテルテ大統領のように麻薬犯罪者を即座に射殺して都市の治安を改善しようという指導者が出てきたら、その後の成り行き次第では危険な社会になるということが分かっていても、国民は喝采するかもしれません。 大衆に行き過ぎた忍耐を強いることが極端な思想や政治勢力を台頭させる下地になることは、私達も知っています。 しかし現実に自分達を脅かす者達を一掃してくれるリーダーが現れたら、その人物は独裁者でなく英雄と呼ばれるでしょう。 民主主義がなんとか正常に機能している内に、この国は浄化を急がねばならないと強く思います。 「日本博を契機とする文化資源コンテンツ創成事業(文化資源活用推進事業)」の 募集案内を見ると、一番重要な「事業目的」について、次のように書いてあります。 「1.事業の目的 「日本博」の開催を契機として、各地域が誇る様々な文化観光資源を体系的に創成・展開するとともに、国内外への戦略的広報を推進し、文化による「国家ブランディング」の強化、「観光インバウンド」の飛躍的・持続的拡充を図ります。 」 補助金だけでなく法律でもそうですが、「何のための事業か」があって、次に目的を満たした場合に、要件を満たしているかなんですよね 同補助金を使いたいなら、まずは「観光インバウンドの拡充に資する」という目的に合っているかどうかですけど、テーマ的に、事業目的とはかなりずれているんですよね。 行政庁のトップなら、おかしなあとおもわなかたら、言い訳してもダメなんですけどね ところで、お金を出していた後援事業者は、実行委員会の関係者呼び出して 「うちの会社のお金つかって、何勝手なことしてくれるの? マイナスイメージどうしてくれるの?」 とか、しないもんなんですかねえ。 HPの後援から名前を消したくらいまでしか、動きが見えないので。 株主総会とかで突っ込まれないといいですけどね。 いつもブログ拝見させて頂いてます。 日本国民の興味を持たざる得ない話題で、深く事実と真実を知りたいと思う者にとって、1つの方向性を示して頂いてる貴重なブログだと感じております。 今回、何故大村知事が再展示を行い、それが吉となるか凶となるか興味のある所でした。 事前に大村知事は、津田大介監督の責任である事を強調しておりました。 また文化庁からの手続等の不備による補助金交付がされない意向が発表されてからの再展示決定であり、そのプロセスも不透明でした。 今の時点での再展示は、国民へのますますの怒りを再認識する結果になるだろう事は予測できたはず。 それにも関わらずおよそ表向き大村知事の判断で事に至ったのは何故なのか? 日本国民の反応よりも展示する事に意味があり、半島や大陸の混乱から目を遠ざける為なのかとも考えたり・・・ 大村愛知県知事にとっては自爆行為ではあるのでしょうが、将来的に日本国の大陸化が進んだ時に徴用される素地を作る事を描いているのだろうかとも考えてしまいます。 日本人で反日的な行為を行う大陸の関係者の行動は、この1点に繋がってる様に思えて仕方が無いのです。

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あいちトリエンナーレ

愛知 トリエンナーレ 2019

だから、現在知事が大村さんであることは多めに見てもらいたいと思うものの、この次も大村知事という可能性は無くなったはずなので、どうか県外の皆様次の知事選(ざっくり3年後)に期待しててください。 とか言いつつ……後3年もこの自己保身の権化としか言いようがない彼の元で県政を行うのはどうなのかと、きっと多くの県民が思っているはずなのですが……そこは選んだ以上の責任、付き合うのも定めだと思っています。 一度も謝罪をしない大村知事 私が今回のことで最も大村愛知県知事にドン引きしたのは、この騒動が始まって以来、彼が最高責任者としての責任を一度も受け容れていないということです。 常に、「悪いのは、あっちだ、こっちだ、津田だ」と言い張って、自分の身は安泰を続けています。 この事実にどれほど県民が辟易していることか。 しかも、自分に火の粉がかかったことを腹いせに、名古屋市長をナチス呼ばわりまでし始めました。 大村知事が17日の記者会見で不自由展を巡り 「誰もが認めるものじゃないとやっちゃいけないというのはナチスそのものだ」と述べたことに関し、河村市長は記者団に「ナチス呼ばわりされた」と訴え「国民、市民に向かって正式に謝罪してもらわないといけない」と求めた。 ぶっちゃけここまで啖呵切っておきながらの「津田切り」ですからね。 こちらはドン引きですよ。 ずっと「俺らは悪くない、悪くない、悪くない、悪いのは民衆だ」の繰り返しをした挙げ句、どうにもならないと見たら、相棒切るわけですからね。 ついこないだまでは、こんなに楽しそうに2人で裏ピースしてたのに……悪いのは全部津田ですからね。 この時の2人にこんな未来が訪れるとは思ってもいなかったでしょうね。 ちなみにこのtwitter、騒動になってからすぐに大村知事は消しましたがね……。 県知事が「自分のせいではない」とどんなに言おうとも、県知事の言動の推移をしっかり記憶している県民は多いと思いますよ。 一度も謝罪せず、常に誰かのせいにして切り抜けたあなたのことをしっかり覚えている県民は多いと思いますよ。 そして、県民の多くは次回の選挙の時には絶対に違う人(共産党以外)と思っているはずなので、本当に各政党には適任者を今から探し歩んでほしいです。 まぁ大村知事に対する今までにないドン引き具合は凄まじいものがありますが、それでも私はこのぶったまげるイベントが実施されたことは今後の日本において、大きな転換点になったと思うので良かったなと思ってます。 あいちトリエンナーレによる収穫 芸術展としては最悪としか言いようがないあいちトリエンナーレでしたが、津田大介というキワモノが監督を務めたことによって、おパヨクさまたちのビジネスモデルがはっきりと明らかになったことは良かったと思います。 また今回の失態により、現代美術展に関する全国民からの監視の目が厳しくなったのも良いことだと思います。 それから「芸術」という領域だからこそ口を挟みにくかった面が払拭されたことも良かったなと思います。 そして、今回の失態によってお左翼さまたちのお金パイプラインが一つ減ったのも良かったと思います。 いろいろありましたが、いろいろ良かったなと思うこともあります。 とはいえ、あいちトリエンナーレを機に愛知県は全国民からの罵詈雑言が届けられました。 だから、県民として本当に申し訳無いという気持ちに心底かられましたが、今まで脈々と繋がれてきたことがここで打ち切られることになったのは、やっぱり良かったかもしれないと思ってます。 (開き直っていてごめんなさい) さらに、あのメディアアーティストとかいう津田大介さんがしゃしゃってくる機会もこれからめっぽう減るであろう事が予測されるので、それも良かったなと思ってます。 ほんと、全国民の皆様に不快な思いしかまき散らしていないであろうあいちトリエンナーレではありますが、今後の未来の事を考えるとそこそこ良かったこともあった気がします。 最後に朗報!補助金不交付! それから最後に、一つ朗報が。 文化庁から支払われるはずの補助金7800万円が不交付に決まりました! とはいえ、分かっていてもその流れを止められない現実が今までありました。 しかし、今回の事を機に、その流れも変わり始めたように思います。 これはとても大きな事です。 そして世論を見方につけたこの流れは、今後様々な所で顕現するはずでしょう。 あいちトリエンナーレは糞ムカつきましたが、世の中の流れを変える一つの節目になっているように思えるので、繰り返して恐縮ですが、そういう意味では有意義な出来事だったと思います。 人の見る目は、人の思いは、世の中を変える力がある。 それぞれは微力であるが、それが集まった時は大きい。 それを今回のことで多くの人が実感してくれたのならいいのになと、私は思ってます。 まだまだおパヨクさまたちのビジネス活動への油断はできませんが、政府が世論を受けて方針を変えられたということはとてつもなく大きな事です。 それを実感してほしいなと思っています。 先週発売させて頂いた紙書籍がPOD出版社の新刊ランキングで2位になりました。 皆さんのおかげです。 いつもありがとうございます。 ご興味ある方はこちらからご購入ください。 【縦書き】 【横書き】 こんにちは。 いつも記事を拝読させていただいております。 愛知トリエンナーレもhappyさん同様 でたらめやはったりや嘘やノリでのし上がったきた偽物が 波動乖離によって簡単にバレてしまう様を実感しています。 補助金不交付についても正しい答えを国がだしてくださり すっきりしました。 しかし、木村知事について どうしてここまで左派を擁護するのか不思議で仕方ありませんでしたが 一部ネット上でルーツが韓国にあると知り大変驚きました。 今まで人種差別はしてはいけないと思っていましたが 著しく日本の国益を損なうような行動をする方が 県のトップでいることに大変脅威を感じた一件です。 他国にルーツをもつ方でも、日本を大切にしてくださる方は たくさんいらっしゃると思われますが とりわけ半島ルーツの方に対しては本当に気を付け 区別をすべきだと思いました。 最近のコメント• に takehisayuriko より• に ファル より• に takehisayuriko より• に より• に takehisayuriko より• に こぱんだ より• に takehisayuriko より• に こぱんだ より• に takehisayuriko より• に takehisayuriko より• に takehisayuriko より• に takehisayuriko より• に スリー より• に こっこ より• に べっくはむ より• に 菊子 より• に takehisayuriko より• に べっくはむ より• に takehisayuriko より• に さえ より.

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【あいちトリエンナーレ】大村知事の責任逃れが酷すぎる

愛知 トリエンナーレ 2019

これから起きるであろうことを述べていく。 正直に思うところを述べれば、地獄行の直行便だ。 大村知事を評価しすぎているのかも知れないが、狙って悪い手ばかり打っているようにしか思えない。 理解できない。 一つ目に言えることは、 またしても「展示の中止」になる可能性は充分にある。 ただ、私は中止・展示の継続にはこだわる立場ではない。 あの展示物に対して抗議してきた一人だし、その思いに変わりはないけれども、すでに状況が大きく変わっている。 国は、予算を出さないだろう。 この時点で、一つは「詰み」だ。 二つのバナーのクリックをお願いします。 (同じものです。 ) (OGP画像) 二つ目に言えること。 県議会を巻き込む騒動に発展する。 国は、訴訟を覚悟して動ているように感じる。 大村知事が国を相手に訴訟をしたとしよう。 正直、大村知事が勝つ可能性もあるにはある。 だが、そんなことは関係ないわけだ。 少なくとも「一旦は止まる」以上、不足額は生じるわけで(仮に訴訟で勝ち取って、補助金を得たとしても)何がしかの議案は県議会を通さざるを得ない。 大きな予算に混ぜ込んでしまい、賛成せざるを得ない形で提案する可能性は高い。 だが、想定さえしておけば、どうにでもある話だ。 三つ目に言えること。 それは、前回よりも激しい状況が想定されるということ。 前回の中止に至るまでの経緯は、ある意味では電撃戦であった。 自民の国会議員らが直接の視察などはできていない。 今回、抽選方式にする!と言ってみても、居並ぶ国会議員に視察をさせないのだろうか。 国の予算は、国会議員の議決で通過するわけだが、国政調査権を持ちだすまでもなく「くじ引きなんで!」の一点張りで押し通せば、国の補助を受けることは難しい。 四つ目に言えること。 それは、党としての動き。 かなり期数の高い、ベテラン議員が参戦してきたと仮定しよう。 例えば今の愛知県連の会長を含む、全ての愛知の国会議員よりも発言力の高い、県外の国会議員らが「いや、おかしいでしょ」と言い始めた場合、党としての動きになってしまう。 国vs県だけではなく、自民党そのものと戦う形。 これは、結構しんどいと思う。 五つ目に言えること。 県議会の予算が否決される可能性。 党そのものの全体意思とされた場合、愛知県連としても対応せざるを得ない構図になっていくと思う。 愛知県連も動かざるを得ず、県議会において(例えば様々な予算で出してきたものを)「議案分割」という処理をする等の手続きをとったとする。 つまり、トリエンナーレの単独予算に、議会側で手続きで分割していったとする。 否決の可能性が、本格的に出てくる。 六つ目に言えること。 それは、知事選だ。 まだ改選が終わったばかりであり、任期は極めて長い。 だが、「ここから狙っていく」方は出て来るかも知れない。 例えば、名古屋市の河村市長など。 維新から擁立し、愛知県知事選に。 かつ、自民も推薦という形など。 政令市と県は、基本的に仲が悪い。 県の予算に依存せず、国の直轄である政令市は、県とは対峙する立場だ。 ゆえに、県議を政令市の市長に送ろうとする動き(県が政令生死に波及したい)もあるが、この逆コースも出て来るかも知れない。 先ほどの話とやや重複するが、大量の国会議員が「視察」に行った場合、それを見せようと見せまいと、どちらにせよ大やけどになる。 ネットがどうこういう話ではなく、前回は中止までの時間が少なかったがゆえに、ネットだけで済んだわけで。 国を巻き込んだ、かなり面倒な状況が出てくるように思う。 自民だけではなく、維新もいくだろうし、状況の推移によってはN国も行くかも知れない。 ようは、大変なことになる。 大村知事は、そこまでして「表現の不自由展」を愛知トリエンナーレで展示したい理由は何か。 損得で言えば、確実にマイナスだ。 政務官はじめ入閣経験もあり、愛知県の県連会長も務めた人材が、なぜここまで謎の行動に走るのか。 それは正直、意味がわからない。 本心から、わからない。 「プライド」という意見もある。 三期目をスタートし、さぁこれからという最も脂ののった時期。 スタートラインについたところで、ボッコボコにされたがゆえ、悔しくて頭に来て、周りが見えていないのだろうか。 少なくとも冷静な判断とは思えない。 それを差し引いてなお、天秤のつり合いがとれない。 私が評価しすぎているのかも知れないが、どうしてこんな状況すら理解できないのか。 まったくもって、理解に苦しむ。 正直、見ていてどこか怖い。 恐怖を感じるというか、狂気を感じる。 津田某らには、こだわるだけの理由はある。 次の自治体、次の次の自治体でも「同じく反日作品」を展示し、税金を得たいのだろうし、ここでこければこの構造自体も吹き飛ぶ。 肩書きを育てることもできなくなる。 ゆえに、再展示は生命線なのだろう。 だが、大村知事にとっては、マイナスしかない。 もっと言えば、愛知県民にとってもマイナスしかない。 国と訴訟して、仮に勝訴して補助金が降りたとして、だ。 その結果、リニアの駅や路線が少しいじられたり(例えば静岡や京都側の意向が強く反映されるようになったり、という意味で。 )、自動車産業の集積地帯ということで「必要な許認可」も多々あると思うが、少しそういうものの速度が落ちてきたり、だ。 国と揉めるということは、その側面は絶対にある。 別にイジメているわけでもなく、「関係の良いところ」が結果的に優先されるという意味で。 忖度そのものは違法ではないし、ここまで虚仮にしつつ、それでも許認可や国の予算にはご相伴に預かりたいというのは虫がいい。 県知事として、県民を率いる立場だからこそ、 県全体の経営者として、全体のバランスを見るべきだった。 もう初めてしまうのだろう、そうなった場合には、誰も後に退けなくなる。 いや、すでに後戻りできないとこまで来ているのかも知れない。 ここから先は、推論になる。 まぁ、みんなで予測!みたいな話だ。 「この国会議員が行くんじゃない?」みたいな話をしてみよう。 個人でさくっと行く可能性は、杉田水脈衆議院議員。 チーム単位で動きそうなのは、青山先生はじめ山田宏先生や長尾敬先生。 ある程度の余波が起きれば、派閥単位での視察の可能性もあるわけで。 そうなると、県単位では収集はつかないだろう。 麻生副総理は、実は可能性が高いように思う。 これだけの役職ゆえ、流石にないと読むが、ご皇族の縁戚であることも踏まえ、「いま即位にあわせてぶつけてきた」と看做せば入る可能性は(大穴としては)ある。 となれば、二階派だって行くかも知れないし、菅グループはどうしたっていう話も。 さらに維新も行くなんてことになると、警備の人数よりもSPのほうが多いなんて事態もあるかもなぁ。 電凸攻撃!とか、ネットだけの攻撃!って愛知県は思っているみたいですが、リアルの戦いに移行した場合、もっと酷いことになると思いますよ。 まぁ、もしかしたら「推論」の部分については、ある程度は確度の高い情報を持っているのかも知れませんしね。 ここで「はい、クジ引きです」「あぁ、貴方はハズレですね」とやった場合は、国会招致の可能性も視野にいれたほうがいい。 これらも踏まえ、大村知事が何を考えて、こういう選択をしたのかまったくわからない。 それが名誉・面子を起点としたにせよ、 大村知事は引き返せないところまで来てしまった。 すでに陛下の御即位に、不敬な作品を公金でぶつけるべく、 左派勢力の走狗のごとき存在と化している。 このレッテルを剥がすことは難しく、 いまや愛知県は、例えば沖縄県みたいな扱いになって行くのだろう。 もはや、かつて自民の国会議員であったキャリアは吹き飛び、 誰もが腫物扱いの、「謎の知事」扱い。 いったい全体、何がしたかったのか、本当に理解できない。 とりあえず断言できるのは、 展示の再開をもって「前回よりも面倒なことになるだろう」ということと 今回はネットというよりは、リアルの動きが激しそうだという点だ。 「大村知事の動きは、不敬だ」と思った方は、拡散をお願いします。 一歩、前に出る勇気。 (同じものです。 ) <重要>ブックマークをお願いします。 特にFacebookから閲覧してくださっている方にお願いなのですが、一週間の停止を受けました。 次は30日の停止と想定され、更新のお知らせが大きく滞る可能性があります。 小坪先生いつもありがとうございます。 あいちトリエンナーレ2019における「表現の不自由展」再開についてですが、 わたしは陛下の御真影を焼き焦がし、ましてその灰を踏みにじる映像を「芸術」 などと吹聴する者たちに強い憤りを感じています。 自分の作品が美術館に否定されたからといって、腹立ち紛れに陛下の御真影を 焼いて撮影し、それを送りつけるような者たちが自ら「芸術家」などと自惚れ、 自分を慰めているのです。 芸術家としてのレベルが低いのであれば、共感ではなく、 反感を買うのも無理はありません。 当然公金を投入する意味もありません。 一市民のわたしがこのように思うのであれば、直系の親族であられる皇族の方々の 心情はいかほどでしょうか。 それで、今後皇族の方々が、一定の期間、愛知県に関する事物に距離を置きたい、 関わりたくないとの意向をお示しになるなら、政府は最大限の配慮を講じるべき だと思います。 どこのだれが、自分の親の写真を焼き焦がし、公に晒す者たちに好感を抱くでしょうか。 正に【不敬の極み】です。 地元の自民党の代議士に【視察要請】をします。 然し、【不敬】は、これのみでは有りません。 【新帝陛下の大嘗祭の大嘗宮の屋根の勝手に改竄】があります。 』の法律を破っている犯罪行為が罷り通っているのです。 【新帝陛下】に1300年の伝統破壊の罪を着せようとしている【大不敬】を、そのままにして、何が【天皇陛下万歳!】なんでしょうね。 理解不能です。 JBpress 10月7日の伊東乾氏の記事「補助金不交付をKO、トリエンナーレ展示再開」の読みました。 騒動後ずっと連載されていた伊藤氏の記事は拝見しておりました。 専門家から見た冷静な記事と思っておりましたが 昨日の該当記事には疑問を感じています。 と言う趣旨が私の心に強く残りました。 読み違えがあれば私の読解力の無さです。 小坪氏が暗に批判されるのは、これだけ目立って活躍しておられるので当然かも知れませんが 全ての責任は津田監督にあり、大村知事には責任が無いと言うのは 氏は今までの連載で津田監督の監督能力の無さを批判しておられましたが ああ、これ 大村知事に責任は無い が言いたかった為の津田監督批判だったのかと納得しました。 「芸術は不快なもの」の理由として、キリスト教芸術はキリスト教徒にとって不快なものと氏は言われます。 磔などキリスト受難の表現はキリスト教徒にとっては不快である、と。 確かにそうかも知れませんが、「不快」の質が違います。 キリスト教徒にとって「不快」ではあっても、その表現 芸術 は、不快ではあってもキリスト教への肯定であり、自分達教徒を救ってくれるものの表現です。 キリストやキリスト教徒を否定たり侮辱したりする意味は皆無です。 では比較して今回の展示物の数々はどうでしょう。 「不快」と言うことばだけで、キリスト教芸術と今回の展示物を同一に「不快」と言う言葉でくくることは出来ないと思います。 専門家としてあまりに乱暴な、今回の展示物と現代アートへの擁護に感じます。 プロパガンダ・国対国の問題からも言いたいことはありますが割愛します 裁判で国が負ける可能性はあると思います。 裁判の判断は裁判官個人のパーソナリティーに左右されるからです。 裁判では国の理由付けに法的な弱さはあるかも知れません。 けれど、展示再開=国の負け とは思えません。 何故なら再開後の展示方法は、当初の展示方法ではないからです。 展示方法 安全確保の想定と方法 が違っている以上はそれをもって国の負けとは言えないと思います。 そして再展示はまだ完了しておりません。 そもそも氏は「裁判で勝つ」を「有能」と言っておられますが、 今回、裁判で勝つことが全てでしょうか。 私は大いに疑問です。 私も裁判で国が負けても良いと思っています。 負けても大きな意義があると思っています。 氏は大村知事=有能 大村知事を批判する人たち=無能 と仰っておられるように感じましたが はたして「有能」「無能」とは何でしょう。 そのような色分け、そのような発想、そのような表現こそが、反芸術的に感じます。 今回の騒動と騒動に対するJBpressへの伊東乾氏の寄稿で 芸術とくに現代アートと言うものの、傲慢さ、いかがわしさ、曖昧さ、そしてお金儲け 税金搾取 がよくわかりました。 元々、価値が無いまたは曖昧なものに価値を見出し、値段を付ける、または対価を払う、と言う芸術の 非常に嫌な、ブラックな面を見せてくださいました。 芸術と言うあいまいなものに、善意で対応してきた人たちに芸術に悪意があると、教えて下さいました。 この場合の悪意とは、批判精神や嫌味と言う意味ではありません。 差別や詐欺と言う悪意です 以上、場をお借りし長々と失礼致しました。 以上、文責BLACK あまり言いたくはありませんが、この伊東さんという方は前からあらゆる問題に首をつっこみ、自分のようなエリートはそこらの大衆とは違い知識もあれば見識もあるんぞ~~という感じの上から目線の記事を書くお方で、すぐ他人に「反知性主義」のワンパターンなレッテル貼りをする内田某と同じカテゴリーの人という印象。 だって、「芸術は不快なもの」と言うんだったら、その「芸術」とは何か?という大問題になり、この伊東さんという人は、そこらのオンラインジャーナルに自分が載せる記事でプラトンやアリストテレスその他の並み居る哲学者や美学者を凌駕するだけの定義付けができる自信があるんですか?無理に決まっているじゃん。 「キリスト教」をわざわざもってくるのもピンときません。 所詮、「自分は芸術表現に関してはお前ら(=なんちゃら展に怒り抗議する国民)より上なんだぞ~~」と優位性を誇りたいだけのポジショントークだと思います。 本当にくだらないです。 「芸術」だの「表現」だのは所詮問題のすり替えに過ぎません。 河村名古屋市長の愛知県知事に対する公開質問状の2点目、「2.「作品」のもつ反社会性・害悪性の評価と、「芸術性」の評価とは、別次元の問題ではないか。 」、これにこそ焦点を当てた議論をしてほしいですね。 以下、公開質問状の各項目です。 これの回答を早く聞きたいものです。 1.愛知県知事・大村秀章殿の「芸術」についての見識を問う。 2.「作品」のもつ反社会性・害悪性の評価と、「芸術性」の評価とは、別次元の問題ではないか。 3.実行委員会会長代行として実施検証して、特に疑問に思った次の作品について、芸術監督(津田大介氏)の見解を問う。 4.「検閲」概念を誤用・濫用しているのではないか。 5.「表現の規制」と「表現の援助」との違いについての理解を問う。 6.本件企画展の「中止を解除」の適否を実行委員会に諮らないのは何故か。 7.実行委員会が本件企画展の作品を「隠して出す」と言って、作者に出品を勧誘したのは事実か。 原文はこちら: なんせ、バックは共産党、反天連、チョイルシンムン、南北朝鮮などの反日ヘイト勢力なんだから、サイレントマジョリティーの日本国民が賛同するわけないでしょう。 私が知ったのも開幕直前の韓国紙のハングル版でした。 「慰安婦像」を大きく嬉しげに掲載していました。 20:37 — 2019年10月7日 *小坪先生のこの記事も拡散されています! 今日(9日)戦後体制の超克 と言うブログさんが来秋開催の ひろしまトリエンナーレ でも似たようなことが起きる可能性を危惧されて、記事をアップされています。 5日からプレイベントが始まったようですが、ブログ記事中には、 >参加アーティストに、「昭和天皇の御真影を燃やした」張本人である大浦信行や、「天皇陛下や皇族を侮辱する作品」をいくつも手掛けて来た小泉明郎等が含まれているのです! と書かれています。 ですから、あいちトリエンナーレで自治体や文化庁助成が受けられなくなると(彼らにとって)大変なことになると言うことなのでしょうか。 一応では有りますが… 以前記載を致しました、リミットというものが有ります故、 再度、記載をさせて頂きたく存じます。 立場、政治的配慮、支持層への顔色、という、 全方位での都合意識では、どうにもなりません。 過ぎてしまった場合は、 事実のみが残り、消せません。 そして、 愛知県民に支えられている議員ならば、その支えは折れ、 協賛支援した企業ならば、これに押し潰されます。 もしかしたら、 今まで、伏せし事も、全て出るのでしょうかね。 なんと申しましょうか… もし、今の見える恐怖に怯え逃げるのなら、 それ以上に成りゑて降り懸る。 …というのでしょうか?…多分、そういう事でしょうね。 少なき時間ですが、 よくよく見定めて戴きご判断の方をなされたら 宜しいと存じます。 日本を大切にする自治体に「ふるさと納税」して、愛知県への納税をボイコットしようと思います (愛知県予算規模は25000億。 トリエンナーレの約8億は0.03パーセント) 「表現の不自由展・その後」の再開を決めた大村知事は、今朝から協賛企業に説明するとのこと。 天皇陛下を毀損する展示や特攻で亡くなった兵士を貶す展示に、異を唱える企業はないのでしょうか。 10月4日に開催されたフォーラムでも、表現の自由を盾に反対意見を封じ込める結末となりました。 彼らは、自分たちが日本や日本人の尊厳に守られているという感性を持ちません。 河村市長の名古屋市に「ふるさと納税」をしたいところですが、市県民税で払うから意味がない?そこのところどうなんでしょうか。 大村知事は、耳だけでなく目も塞いでしまったのか・・・ 建物の前?フロアの中?どっちだ? 河村市長「やめてくれ」 不自由展再開に抗議の座り込み(2019年10月8日15時22分) 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の 不自由展・その後」の再開を受けて、河村たかし名古屋市長は8日、 不自由展の会場の名古屋市東区の愛知芸術文化センター前で、再開 に抗議する座り込みをした。 衝撃です。 制止を振り切って、 県立美術館の中のフロアを占拠して、誹謗中傷のプラカードを並 べて、美術館の中で叫ぶ。 芸術祭のお客様の迷惑も顧みず。 常軌 を逸してます。 厳重に抗議します。 仰る事はごもっとですが。 その論調が保守間でも多いですが、そうなると慰安婦像は大した問題では無いって事になりませんか? 実際の時系列は、展示開催初日の前日に行われたプレスリリースの日に、既に韓国マスコミで「日本初、長期展示慰安婦像、公金で行われる大型芸術祭にて」と報道されてるんですよ。 日本の5ちゃん専門板でも若干炎上してましたが、一般のネットで炎上するのは、実際に見に行った方の画像投稿があってからです。 プレスリリースに韓国のマスコミも招待されていたのか、はたまた朝日毎日中日なんかの記者が教えてあげたのかは不明ですが、憂慮すべきは、プレスリリースの中に、保守寄りで事前にリークしてくれるような記者は誰一人といなかったという事。 当日のネチズンは「日本人はアホ、良識派日本人の勝利」等、歓喜に湧いていましたよ。 やはり慰安婦像を日本国内で正式展示って、メチャクチャヤバイと思いますが。 ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。 いくら屁理屈を捏ねくり回しても、「駄目なものは駄目」でしかありません。 それっぽく一見論理的に擁護してみても、モラルに照らし合わせれば『駄目』の一言に尽きます。 ハッキリ言って「どうせ、大した事は言っていない」のレベルなのです。 BLACK様御紹介のJBpress 10月7日の伊東乾氏の記事などは最たるもので、そんな屁理屈が通るなら女性の目の前でいかがわしい雑誌や新聞を広げても、それは芸術でありセクハラにはならない筈です。 アングラ関連は非常に賛否が別れますから余り深くは言及しませんが、基本的に徹底して公の要素を排除しているからこそ、ある程度は目こぼしされています。 恐れ多くも天皇陛下は、国際的にも名の知れる唯一現存するエンペラーであらせられます。 当に、公の中の公の存在であらせられる訳です。 公の中の公の存在を公金を使って陥れるのは、アングラ芸術としても成立する筈も無く、またこの様な事態は世の中の公序良俗を乱す行為です。 愛知トリエンナーレを擁護する連中は、轢死体をスマホで撮影する野次馬と何が違うのでしょうか。 こんな極々簡単な社会人として最低限のモラルが理解出来ぬなら、それは禁治産者にも等しく、被選挙権を付与する事は出来無い人にカテゴライズするのが妥当と言えるでしょう。 それから、問題となった作品を出展した自称作家様にもアドバイスするなら「才能無いから、諦めろ」の一言に尽きます。 あれが芸術であるのなら、不肖櫻盛居士ならもっと高い芸術性を持った作品を制作する事が出来ると断言して差し上げます。 (多分、皮肉が理解出来ぬ方もおられるでしょうから率直に表現すると、小生の創ったものなどに芸術性など無いので、問題となった作品を表現の自由に基づき評するなら「それ以下の糞」であると言う意味です) 何にせよ、大村知事は公人として公序良俗を乱す行為を奨励し、公金を私的流用しているのと同様の行いをして居るのですから、形式的にでも社会人としては批評せざるを得ない対象である事は事実です。 少し前の話になりますが、愛知トリエンナーレに関するアンケートが卑劣にも目立たない所にありますよ、という情報を見て私も回答を送信しました。 内容を要約すると「誰であろうと亡くなった方の写真を焼き踏みつけたりするような侮辱は芸術でなくヘイトです。 天皇陛下は日本国民統合の象徴であられる方なので、日本国民全体へのヘイトであると捉えられて当然でしょう。 大村知事は憲法に記された表現の自由を侵害するものではないか、と抗議や反対の意見を批判されましたが、その憲法に、権利の濫用を戒め公共の福祉に反しない限り保障される旨が明記されています。 故人を侮辱する表現は公共の福祉、公序良俗に反するヘイトであり、権利の濫用です。 例えば故金日成氏、故金正日氏の写真を焼く表現を芸術と呼べるでしょうか?(日本国との関わり、日本国民の彼らに対する感情は別問題として)私はヘイトであると思います。 日本、日本人、天皇陛下に対して行うのならば芸術だ、ヘイトではない、というのならば、これは差別であり、レイシズムです」といった所です。 反日勢力が好んで用いる「ヘイト」や「レイシズム」という表現を敢えて繰り返し使いました。 真正面から反論できる人がいるなら、是非してみてもらいたいものです。 この問題に限らず、きっと多くの日本国民が反日勢力に対して怒りを覚えている点は以下の至極単純な二つです。 一つ、ヘイトや差別といった表現を立場によって使い分け、反日勢力を差別問題の被害者に見せかけ日本人を貶めることを正当化するダブルスタンダードは許せない。 二つ、日本を敵視しながら、差別問題とそれにまつわる利権を作り出し、日本国民の平穏を脅かし血税を食い物にすることは許せない。 匿名性の高いネット上での意見を見ていてさえ、多くの方の意見は大別すればこの二つです。 即ち、皆さん諸外国の人々を日本人より下に見ていて制度上も冷遇しろ、などとは微塵も思っておらず、「日本人が外国に行けばその国のルールに従うのが当然であるように、日本国のルールが日本国民と日本国の秩序や伝統を守るために存在するのは当たり前だ。 それに従え、というのは差別ではない。 一方的に理解や譲歩を求めるな」「ある属性の人々だけを特別扱いするな。 外国人に適用するルールがあるなら、全ての外国人を平等に扱え」と言っているに過ぎません。 最近話題になっている関電と同和のドンの贈収賄問題もそうですが、もう被差別利権とそれを利用して善良な日本国民を脅かす連中の横暴はたくさんです。 どの国にもマフィアのような反社会勢力の闇があるでしょうし、それを完全にクリーンにすることは不可能に近いのは承知していますが、一体どうして、国や社会の秩序を守り、外国の方が来れば親切にもてなし、日々真面目に働き生きている大多数の国民が、ありもしない差別や性犯罪の加害者に仕立て上げられ、無実の先祖もろともに名誉を貶められ、時には実際に暴力の被害を受けたり、家族を拉致されたりしなければならないのですか。 私達が、彼らに何をしたというのでしょうか。 もういいかげんにしてもらいたい。 冷静に考えれば野蛮な対応策だと思いますが、フィリピンのドゥテルテ大統領のように麻薬犯罪者を即座に射殺して都市の治安を改善しようという指導者が出てきたら、その後の成り行き次第では危険な社会になるということが分かっていても、国民は喝采するかもしれません。 大衆に行き過ぎた忍耐を強いることが極端な思想や政治勢力を台頭させる下地になることは、私達も知っています。 しかし現実に自分達を脅かす者達を一掃してくれるリーダーが現れたら、その人物は独裁者でなく英雄と呼ばれるでしょう。 民主主義がなんとか正常に機能している内に、この国は浄化を急がねばならないと強く思います。 「日本博を契機とする文化資源コンテンツ創成事業(文化資源活用推進事業)」の 募集案内を見ると、一番重要な「事業目的」について、次のように書いてあります。 「1.事業の目的 「日本博」の開催を契機として、各地域が誇る様々な文化観光資源を体系的に創成・展開するとともに、国内外への戦略的広報を推進し、文化による「国家ブランディング」の強化、「観光インバウンド」の飛躍的・持続的拡充を図ります。 」 補助金だけでなく法律でもそうですが、「何のための事業か」があって、次に目的を満たした場合に、要件を満たしているかなんですよね 同補助金を使いたいなら、まずは「観光インバウンドの拡充に資する」という目的に合っているかどうかですけど、テーマ的に、事業目的とはかなりずれているんですよね。 行政庁のトップなら、おかしなあとおもわなかたら、言い訳してもダメなんですけどね ところで、お金を出していた後援事業者は、実行委員会の関係者呼び出して 「うちの会社のお金つかって、何勝手なことしてくれるの? マイナスイメージどうしてくれるの?」 とか、しないもんなんですかねえ。 HPの後援から名前を消したくらいまでしか、動きが見えないので。 株主総会とかで突っ込まれないといいですけどね。 いつもブログ拝見させて頂いてます。 日本国民の興味を持たざる得ない話題で、深く事実と真実を知りたいと思う者にとって、1つの方向性を示して頂いてる貴重なブログだと感じております。 今回、何故大村知事が再展示を行い、それが吉となるか凶となるか興味のある所でした。 事前に大村知事は、津田大介監督の責任である事を強調しておりました。 また文化庁からの手続等の不備による補助金交付がされない意向が発表されてからの再展示決定であり、そのプロセスも不透明でした。 今の時点での再展示は、国民へのますますの怒りを再認識する結果になるだろう事は予測できたはず。 それにも関わらずおよそ表向き大村知事の判断で事に至ったのは何故なのか? 日本国民の反応よりも展示する事に意味があり、半島や大陸の混乱から目を遠ざける為なのかとも考えたり・・・ 大村愛知県知事にとっては自爆行為ではあるのでしょうが、将来的に日本国の大陸化が進んだ時に徴用される素地を作る事を描いているのだろうかとも考えてしまいます。 日本人で反日的な行為を行う大陸の関係者の行動は、この1点に繋がってる様に思えて仕方が無いのです。

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