荒野仏顔。 あかちゃん救出

週刊少年ジャンプ45号ダイジェスト&ハイライトと感想を交えながら紹介するぜver電子版

荒野仏顔

お金を貸した友達と、できれば他の友達 質問者さんの味方になってくれそうな人 と3人以上で一緒にいる状況で、あたかもたった今思い出したかのように 「そうだ!この間貸した100円返して。 そこで「今持っていない。 また今度」とか逃れようとするなら、いつなら返してくれるか聞きましょう。 一緒にいる友達が証人です。 または、お金を貸している人に「500円貸して」と頼んで貸してもらいます。 借りる金額は、質問者さんが貸した金額より少し多いくらいで。 そして翌日、借りた金額から質問者さんが貸した金額を差し引いて返しましょう。 「昨日はありがとう。 前に貸してた分を引いて返すね」と言って。 その時「借りたものは、できる限り早く返すのが当たり前。 だから、私はすぐ返したよ」という雰囲気を醸し出せたら上出来でしょう。 借りたことを忘れてしまっていて、本人に全く悪気がないならともかく、万が一「借りたものは相手から督促されるまで放っておいても大丈夫。 督促されても、適当にあしらっていれば向こう 貸した人 がそのうち諦めるさ~」くらいに思っているなら、今後いろいろと苦労するでしょうね。 相手のことを友達と思うなら、その間違いに気づかせてあげるのが親切ってものです。 Q 100円貸したが、返ってこなかったので後悔してます。 でもいい歳して(20代)働いてて、「おい、この前の100円まだ返してもらってないよな?」っていうのもけちくさい奴ってことに・・・ これで私は後悔してますので二度と人にお金100円でも貸せません。 今日も、あいつのもっていった100円のおかげで、いつも買っている弁当をおいしいほうにできなかったよって後悔してました。 私が劣る弁当を食べ、あいつはそのぶんおいしい思いをしているのかと考えたり、100円だから働いてる何分かはあいつのためにただ働きか・・・くそって思ったり、沈んでました。 貸したお金返ってこなかったことありますか? そんな場合どうしてますか?返してもらうよう言いに行きますか? A ベストアンサー 私も今20代ですが、1000や2000円くらいは、友人同士ならば 貸し借りの意識なく使いますね。 頻繁に発生するわけでもありませんし。 同じ会社の人など(先輩後輩問わず)に一時昼飯代とかジュース代を 貸したり借りたりするときはすぐに対処しますが、何年も付き合って いるような友人にはそんなの全然気にしません。 なので、友人間であれば、貸した金は返ってきていません。 いや、ある意味、今までのを全部ひっくるめると、私の方が奢って もらってたりとかするかもです。 まあ、どちらにせよ、その金額を自分の労働時間に換算はしません。 小さい子にお金の大切さ、稼ぐ大変さを伝えるわけじゃありませんので。 そういった細かい金額をふと思い出すことがありますが、私が貸した場合は、 そういやそんなことあったな、はは。 今更いらねーよそんなの。 で終わりですね基本。 返してもらわなきゃ自分が困るような金額は貸さないので、忘れた頃に 言われても、いらねーよってなります。 その代わりと言ってはなんですが、借りてた金を思い出したりとかした場合は ちゃんと返しますよ。 相手が私のような感じの人でなければ。 借りたことは覚えてるけど、貸したことはかなりの確率で覚えてませんねー。 大体細かい金額は、相当きっちりしてる人でなければ1,2週間くらい したら忘れると思います。 あなたがお金を貸した相手も、きっと忘れてると思いますよ。 私も今20代ですが、1000や2000円くらいは、友人同士ならば 貸し借りの意識なく使いますね。 頻繁に発生するわけでもありませんし。 同じ会社の人など(先輩後輩問わず)に一時昼飯代とかジュース代を 貸したり借りたりするときはすぐに対処しますが、何年も付き合って いるような友人にはそんなの全然気にしません。 なので、友人間であれば、貸した金は返ってきていません。 いや、ある意味、今までのを全部ひっくるめると、私の方が奢って もらってたりとかするかもです。 まあ、どちらに... Q 数年前、友人に頼まれて300円ほど貸しました。 その後、友人は何ヶ月たっても返す気配がなく、話題にものぼらないので、「忘れているのかな?」と思い、なるべくさりげなく 「そういえば、あのときのお金、まだ返してもらってないよね?」 ときいたところ、 「300円くらいで催促するなんて、ケチね。 」 と言われてしまいました。 ムッとしたので、それ以来そのお金のことは一切口にしませんでした。 その友人とは、お金を返してもらうことなく数年後、音信不通になりました。 確かに、300円くらい、返してもらわなくても困らないけど。 どうってことないけど。 借りたものを返さず、指摘されても平然として、あげく踏み倒す彼女は・・・・・・? それとも、私がケチなだけなんでしょうか? ご意見お願いします。 A ベストアンサー 余計なお世話、とか 肌が弱いのにっていう意見もわかりますが mynannさんの気持ち、うんうんわかるって感じです。 25歳、女性です。 化粧は高校生ぐらいから興味もち始めて 大学生で本格的にって感じです。 きっかけ?ん~、興味をもち始めたんですよ。 やっぱりかわいくなりたかったから? してない人の理由はだいたい面倒だからだと思います。 私もとても肌弱いんで、クレンジングは何がいいかからはじまって 自分の顔に合う眉毛、色、選択肢が多い分 気合入れようと思ったら大変です。 そのプロセスの膨大さとつぎ込む情熱・お金、 もう放棄できるものならしたいです!!! 本当に面倒なんですよ。 一つでもあわないものがあると なきたいほどぼろぼろになってしまいますからね。 でもやっぱり新しい化粧品を買って 「似合うかも~」とか「これで綺麗になるかも」って わくわくしてるときはとても楽しいですよ! ん~、その人その人のラインでしょうね。 ちょっとずれますが腋の毛の処理。 これも肌が弱いからってしないわけにはいかないしな~、 私にとっては化粧もこういうレベルです。 「腋毛はやばいでしょ」と同じく 「すっぴんはやばいでしょ?」って。 (自分にそれほど自信もないし 笑) でも人によっては 化粧はピアスと同じレベルなのかも。 「わざわざ痛い思いしてあけるこたぁない」みたいに。 もしくはヴィトンのバック? 「なにも無理してまでかうこたぁない」 ただね、私も例えば同じ年の子が一挙に集まる会合があったとして 隣にいる子なり、目が合った子なり、話し掛けますよね。 でもすっぴんの子はちょっと友達になれそうな気がしない。 薄化粧とかその子に合ってればいいと思うのですが すっぴんは・・・。 服の趣味が違う人(極端な話、今ボディコン着てる人) と話が合わないように すっぴんの人とも話が合うとも思えないんです。 知り合いになっちゃえば別ですけどね、 取っ掛かりの問題です。 逆もまた然り、なんでお互いにそうやって 選んでるってことですよね? 杞憂かもしれませんが、お化粧はとっても繊細な問題。 化粧変えたときに「なんかかわいくない?」はうれしいけど それ以外はあまり触れて欲しくないな~男の子には。 長文失礼しました。 余計なお世話、とか 肌が弱いのにっていう意見もわかりますが mynannさんの気持ち、うんうんわかるって感じです。 25歳、女性です。 化粧は高校生ぐらいから興味もち始めて 大学生で本格的にって感じです。 きっかけ?ん~、興味をもち始めたんですよ。 やっぱりかわいくなりたかったから? してない人の理由はだいたい面倒だからだと思います。 私もとても肌弱いんで、クレンジングは何がいいかからはじまって 自分の顔に合う眉毛、色、選択肢が多い分 気合入れようと思ったら大変です。 どうぞお教え下さいませ。 A ベストアンサー 私は、4年ほど接客業、主にレジ業務についておりました。 その間、日本商工会議所認定の販売士検定試験3級を取得した際、 以下のように勉強しました。 (お待たせした場合、お待たせいたしました。 )千円のお買い上げでございます。 」 もしくは「千円、ちょうどいただきます。 」 が、私が接客マナー本などを見て勉強した内容です。 ちなみに販売士検定を受ける方が勤めている職種は 百貨店、スーパー、ホームセンター等が多いです。 特に百貨店に勤めている方は、半数以上が販売士の資格を 持っていると聞いています。 最低、3級が接客の基本ですのでこの資格があれば十分どこででも接客のプロとして 仕事を任せていただけると思います。 2級は、フロア責任者、主任クラスの仕事をされてる方が 合格される基準のようです。 尚、この資格は有効期限があり更新するには 講習を受けて、それに合格しないといけません。 したがって、合格後永久に保持できる他の資格とは違い 接客のプロとしての技量が本当に信頼できる人が持っているものと 思っていただける資格です。 6月と10月に確か試験がありますので一度、挑戦してみてください。 資格に関する詳しい事は、日本商工会議所HPを参考にしてください。 私は、4年ほど接客業、主にレジ業務についておりました。 その間、日本商工会議所認定の販売士検定試験3級を取得した際、 以下のように勉強しました。 (お待たせした場合、お待たせいたしました。 )千円のお買い上げでございます。 」 もしくは「千円、ちょうどいただきます。 (お財... Q 大学の専門科目なのですが、 期末試験を欠席してしまうと やはり単位は取得できないのでしょうか。 (無条件で不可になるのでしょうか。 ) それとも、正当な理由があれば、再試験をしてくれて それによって評価してもらえるのでしょうか。 自分一人のために、別の試験を作成までしてくれないような気がするのですが。 もちろん、大学によって、また先生によっても違うとは思いますが、同じような経験をした方や詳しい方など、参考までに教えてください。 できれば国立大学の専門科目についてお願いします。 このようなことは大学に直接聞くべきですが、 既に大学の事務は閉まっており、 今知りたくて気になっているので とりあえずここで質問させていただきます。 A ベストアンサー 大学の教員です。 5さんもお書きのように,大きく分けて, 1 公式の追試と, 2 非公式の救済措置があります。 1 通常,大学には追試の制度がありますね。 「正当な事由」(大学ごとに多少異なりますが,病気や忌引きはたいてい認められます)がある場合は,しかるべき書類(正当な事由を証明するものと,追試受験願,というのが一般的)を,定められた期限内に提出して,認められれば受験できる,というものです。 細かいところではいろいろと差があり,「受けてもいいけれど最高点は80点止まり,それがいやなら,今年は履修しなかったことにしてあげるから,来年度もう一回最初から取り直しましょう」なんてところもありました。 とご心配のようですが,上で述べた「公式の追試」であれば,たとえ一人であっても,教員は別の試験を作らなくてはなりません。 そういう制度なのですから,追試も職務の内です。 実際,一人のために問題を作って採点したことは何度もあります。 2 欠席した理由が「正当な事由」にあてはまらないような場合は,直接担当教官にお願いして,たとえばレポートの課題を出してもらう等,何らかの救済措置を講じていただくしかありません。 これは先生次第ですので,そういった対応はできないという先生もいるでしょう。 大学の事務は閉まっているかも知れませんが,大学のホームページは開いています(多分)。 最近はかなり多くの大学が,学則の類をホームページで公開していますので,まずはそちらで確認してみてください。 また,ネットだけでなく紙の書類でも,「学生便覧」のような冊子をもらっているはずですので,見てみましょう。 大学の教員です。 5さんもお書きのように,大きく分けて, 1 公式の追試と, 2 非公式の救済措置があります。 1 通常,大学には追試の制度がありますね。 「正当な事由」(大学ごとに多少異なりますが,病気や忌引きはたいてい認められます)がある場合は,しかるべき書類(正当な事由を証明するものと,追試受験願,というのが一般的)を,定められた期限内に提出して,認められれば受験できる,というものです。 細かいところではいろいろと差があり,「受けてもいいけれど最高点は80点止まり,それ... Q 私(20代後半女性です)は免許を持っていないので、いつも乗せてもらう側です。 彼氏なら気を使わずに、時々食事やお茶代を出すという形でお礼をしていました。 でも友達に乗せてもらうときだと、どのようにお礼をすればよいのかわかりません。 どの位ガソリン代がかかるか、駐車場代はどうしたらいいかなどわからないことだらけです。 友達と車で出かけることがないので、たまに乗せてもらったときに困ります。 例えば遠出するなら「ガソリン代や高速代半分だすよ」と言えますが、近距離(1時間以内)ならどうすればいいのでしょうか?お礼のみでもいいのか・・と悩んでしまいます。 今までは駐車場代がいるときは私が出していました。 でも、中には遠慮して受け取らない子もいます。 最近どうすることが1番相手も気を使わずにできるのか悩んでいます。 いい歳をしてマナー知らずで恥ずかしいのですが、運転するみなさんは乗せる相手(対等な関係の相手とします)にどのようにしてもらうのが一番うれしいですか? ケース・バイ・ケースだし、考え方も色々あると思うのですが、こういう場合はこうしてほしい・・というように具体的に教えて下さい。 よろしくお願いいたします。 私(20代後半女性です)は免許を持っていないので、いつも乗せてもらう側です。 彼氏なら気を使わずに、時々食事やお茶代を出すという形でお礼をしていました。 でも友達に乗せてもらうときだと、どのようにお礼をすればよいのかわかりません。 どの位ガソリン代がかかるか、駐車場代はどうしたらいいかなどわからないことだらけです。 友達と車で出かけることがないので、たまに乗せてもらったときに困ります。 例えば遠出するなら「ガソリン代や高速代半分だすよ」と言えますが、近距離(1時間以内)ならどうす... A ベストアンサー 車の運転が好きなので、必然的に彼女、友人を乗せる機会が 多いですが、文面を拝見する限り貴方のマナーは とても常識的だと思います。 基本的には、ガソリン代や駐車代などを出してくれようとする その気持ちだけでも嬉しいものですし、納得もします。 逆に頂けないのは、例え彼女であっても、払う素振りはおろか 全く気にも留めない様な方(乗せてもらうのが当然、お金を出す気なんて さらさら無い)には、文句は言いませんが印象はかなり悪いです(苦笑 具体例をお望みとの事なので少し記します。 【彼女の場合】 ・1日以内の近距離なら、出す素振りや軽いお礼だけで十分です。 (ホントに気持ちが大切です) ・全行程を車で数日間に及ぶ旅行の場合は、例えばガソリン代、駐車代 は要らないが、高速代の帰り分くらいは出して貰えると助かります。 (高速代だけでも往復4、5万掛かったりする事もあるので(汗) 【友人】 ・1日以内の近距離なら、高速利用時は折半、駐車代だけ出して貰う、 程度で満足です。 (ガソリン代は要らない) ・全行程を車で数日間に及ぶ旅行の場合は、車に掛かった全経費を 最終日に人数で割り勘。 (道中運転手をずっとしてくれたから、君だけみんなより少なくていいよ みたいな配慮は特に要りません。 ) ・数時間以内の短時間、例えば食事会に行くのに往復送り迎えしたあげた、 このケースなら一言お礼を言ってくれれば十分です。 やっぱり、どの様なケース、どの様な相手でも まずは軽くでもいいのでお礼を言うのは最低条件ですかね。 車の運転が好きなので、必然的に彼女、友人を乗せる機会が 多いですが、文面を拝見する限り貴方のマナーは とても常識的だと思います。 基本的には、ガソリン代や駐車代などを出してくれようとする その気持ちだけでも嬉しいものですし、納得もします。 逆に頂けないのは、例え彼女であっても、払う素振りはおろか 全く気にも留めない様な方(乗せてもらうのが当然、お金を出す気なんて さらさら無い)には、文句は言いませんが印象はかなり悪いです(苦笑 具体例をお望みとの事なので少し記します。 Q 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。 まず、朝、起きることができません。 昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。 例えば、友達と約束をしていても外出することができません。 休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。 つまり、土日はまるまる2日、ほとんど寝ているんです。 熱はないし、食欲がない、いくらでも眠れる・・・という感じで、とにかく衰弱してるんです。 今日も20時間ほど、トイレもいかずに寝ていました。 月曜日になると、朝6時に起きて、始業時刻の1時間前には出勤し、12時間以上働いて帰宅します。 平日はこの調子で金曜まで元気いっぱいです。 でも、この土日になると、とたんに無気力になり何にもできないんです。 世間には、私のような人はいらっしゃらないでしょうか?ほんとに怖いくらい無気力になってしまうんですが、これって、病気ではないでしょうか? 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。 まず、朝、起きることができません。 昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。 例えば、友達と約束をしていても外出することができません。 休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。 A ベストアンサー 金額の問題ではありません。 どんな額でも金銭の貸借して、借りた方から全く連絡来ないって 彼女なりの考え(たったの3千円とか、次の機会に奢ればいいや)かも しれないけれど、それにしてもひと言だけでも貸しのある友人には あるべきだと強く思います。 タイトルを見て「えっ! 3千円!」って5年程前のことを思い出して しまいました。 恥ずかしながら40才超えてる年齢、私は子育てほぼ終わりの会社員。 幼馴染みの友人はバリバリの専業主婦。 中学校時代の担任と彼女と私は車だと家が近いためちょこっと飲みに誘われた。 まあまあごく普通の居酒屋さんでお会計は、彼女がコソッと「3千円づつ出そう」と 言われるままに彼女に渡しました。 いざ、おあいそになったら先生がカードで払ってしまったので「ご馳走様」 当然ですよね、校長にまでなってて昔の教え子に出させるわけがない。 で、私はてっきりさっきの3千円は? ああしゃべりに夢中で忘れてるんだな、、、 私はアルコールが飲めないので、車で先生と友人を自宅まで送り届けて帰宅。 私くらいの年齢になって、しかも働いてるんだから3千円くらいってわざわざ こっちから電話してまで「いつ返してくれるの?」とは聞けないし、 他の友人・知人はどんな小額でも、立て替えたりしたらすぐに連絡してくるのが普通。 さすがにムッとして「そういえばあの3千円、いつ返してくれるの?」と返信した途端、 「えーたかが3千円、先生はもっと出してくれたんだよ。 だから二人からってお返ししようと してたんだけど、それが礼儀でしょ!? 働いてるくせにそんな常識もないの?」って、 ブチ切れましたね。 本当に大人気なく頭に血がのぼってしまって 「悪いけどお礼するなら自分でするし。 勝手に人の金使ってお礼ってアンタ何様? 専業主婦って図々しくてこんなだからバカばっかりなのよね。 とにかく3千円泥棒しないで 返してね。 手数料引いて口座に振り込みしといて!」 しっかり手数料引いて振込みされていましたけれど、彼女とはそれっきりです。 二度と顔も見たくないですね。 婚家で相当苦労するとあんなになっちゃうのかなとか 差別までしたくなってしました。 ・・・って、質問者様とはかなり事情が違う話を長々と失礼いたしましたが、 今現在は、その3千円よりもお友達の態度にムカムカ苛々してしまってるでしょ? 私も同じでした。 何かの折りにムカッムカッと腹が立ってましたね。 こっちから連絡することではないでしょー! せめて人の3千円を借りたor預かったまま 黙ってるなんて非常識極まりないし、これが逆で自分だったら速攻で連絡だけでもして しばらく会える時間が取れないようだったら「振込みするから振込先教えて」って しません? でもって、相手が今度会った時でもいつでもいいよーーー。 だったらお言葉に甘えて、 返す時にはお茶の一杯でも奢る、とか。 貴女は気持ちが小さくなんかなくそれが普通の感性です。 私などいい年して絶縁までしたのだから。 金額もそうですが、やっぱり小額でもお金を借りたり立て替えてもらったりしたら きちんとできない人(あんまり周りにはいないけど)とは、3千円を返してもらっても 大切な友人、からは遠い人になりますよ。 いつもどこかであの時嫌な気持ちだったなー、この人ってそういう人なんだなー。 で ご飯しててもお茶してても、以前のように楽しくは過ごせないと思います。 3千円なんてちょっと外にでたら交通費で消えてしまったりするけれど、 3千円を友人に貸したら、忘れられるものではありません。 お友達との関係にまでは口出しできないけれど、今後一切お付き合いしなくても 支障がなくて、もう少し待っても連絡が来なかったら「貸してる3千円振込んで」 嫌な気分は残るけれど、苛々はなくなるでしょう。 自分と同じ感性・感覚・価値観の友人以外と付き合うのは時間の無駄、とつくづく。 金額の問題ではありません。 どんな額でも金銭の貸借して、借りた方から全く連絡来ないって 彼女なりの考え(たったの3千円とか、次の機会に奢ればいいや)かも しれないけれど、それにしてもひと言だけでも貸しのある友人には あるべきだと強く思います。 タイトルを見て「えっ! 3千円!」って5年程前のことを思い出して しまいました。 恥ずかしながら40才超えてる年齢、私は子育てほぼ終わりの会社員。 幼馴染みの友人はバリバリの専業主婦。 中学校時代の担任と彼女と私は車だと家が近いためちょこっと... Q お世話になります。 20代・女性です。 「注意されるうちが華」だとか「注意しても無駄な人には注意しない」とは、よく言われますが、それは本当にそうなのでしょうか? 私は今年、働き始めてから2年目になるのですが、職場では、本当に毎日注意されてばかりです。 1回、注意された事を治す事が出来ても、次にまたその上の事を注意されます。 私が注意される事自体については、本当に出来ないからしょうがないと思っています。 でも、最近、色々な人からの注意が続いて、前回の別の人からの注意から立ち直る前に、また別の人からも注意されて、何となく嫌になってしまいました。 そこで、初めに書いた様な、よく言われている言葉を自分自身に言い聞かせる事で、自分自身で元気を出そうと思っているのですが、それは本当にそうなのでしょうか? 隣の芝が青く見えているのかもしれないのですが、同じ職場に入った同期は、それ程注意されている様に感じられず、私の事を注意した上司と仲良く話している所を見ると、仕事も出来るし、上司とも仲良く出来ていて羨ましく思えます。 それを見ていると、同期が注意されないのは、注意しても無駄だからではなく、本当に出来るからなのではないかと思えて来るのです。 「注意されるうちが華」だとか「注意しても無駄な人には注意しない」って、本当にそうなのでしょうか? それとも、私の様によく注意される誰かが前向きに言った言葉が、昔から残っているだけとかなのでしょうかね? あまりまとまっていない文章なのですが、上記の質問についての回答や、私の心の持ちようなどについて、アドバイスを下さる方がいらっしゃれば、宜しくお願い致します。 お世話になります。 20代・女性です。 「注意されるうちが華」だとか「注意しても無駄な人には注意しない」とは、よく言われますが、それは本当にそうなのでしょうか? 私は今年、働き始めてから2年目になるのですが、職場では、本当に毎日注意されてばかりです。 1回、注意された事を治す事が出来ても、次にまたその上の事を注意されます。 私が注意される事自体については、本当に出来ないからしょうがないと思っています。 でも、最近、色々な人からの注意が続いて、前回の別の人からの注意から立ち直る前に、... A ベストアンサー 以下、数十人程度の人間を動かせる立場にいたわたくしの回答です。 「注意されるうちが華」なのは紛れもまなく事実です。 伸びる可能性があるうちは注意をします。 伸びる見込みがなさそう若しくは半人前で止まってしまった時点で、注意はしなくなります。 ただし、ビジネスセンスが無く、愚痴の意味を込めて注意をする能力の低い人間がいるのも事実です。 そんな下らない注意は、聞き流して問題無いです。 この点については、御自身が見極めを出来るようにならないと、疲れてしまうでしょう。 現状の心の持ちようという点については、悲観する要素は全く無いでしょう。 ですので、今は注意されて当然なはずです。 まあ、これらの例は難易度を問わず挙げると、きりがありません。 これもまた忘れてはいけない事です。 後悔をしても得られるものは何もありません。 職種とその難易度にもよりますが、もし、貴女が御自身を磨き続け、そして幸運にも能力が高い上司若しくは先輩に巡り会う事が出来たとします。 その場合、貴女はずっと注意され続けるはずです。 ただし、その注意の内容は今よりも遙かに高度なモノになるでしょう。 そして貴女自身も、その頃には一人前若しくはそれ以上の能力を身につけているはずです。 蛇足ではありますが、同期のかたと比較をするのは、あまり意味が無い行為だと私的には思います。 立身出世も、変に意識をするのは些事です。 以下、数十人程度の人間を動かせる立場にいたわたくしの回答です。 「注意されるうちが華」なのは紛れもまなく事実です。 伸びる可能性があるうちは注意をします。 伸びる見込みがなさそう若しくは半人前で止まってしまった時点で、注意はしなくなります。 ただし、ビジネスセンスが無く、愚痴の意味を込めて注意をする能力の低い人間がいるのも事実...

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[ 1974年頃のディスコのお話 ]

荒野仏顔

さて、昔話の時代も1974年から75年に入ってきましたので、ちょっとこの当時の出来事を簡単におさらいしておきましょう。 あはは。 結構誠実な道楽者ですから(そうかなぁ)それなりに資料を漁って見ました。 まず1974年の話題はなんと言ってもこの人、ユリゲラーですね。 スプーン曲げ、流行りましたねぇ。 ちなみに委員長の奥さんもできます。 だから何だってコトなんですけど、貧乏一家のスプーンをやたら曲げちゃって困ったもんです。 どうせなら、曲がったスプーンとか折れたスプーンを元に戻すって能力だったらもっともっと世間に認められたことでしょう。 このパワーがいつか世の中のためになることを祈ります。 そして爆発的な大ヒットとなった「ベルサイユの薔薇」の登場です。 この作家が、後年ぷっつんしてしまうなんて誰も想像つきませんでしたね。 「好きなことしてメシを食う」はいずれ莫大な請求書がくるという教訓です。 やはり道楽で大金を手にするとロクなことはありませんから、くれぐれもご注意下さい。 (ほんとかよ) スポーツ界は話題豊富です。 モハメッド・アリがジョージ・フォアマンを破り、奇跡のチャンピオンにカムバック。 ジャイアント馬場がジャック・プリスコを破り日本人初のNWA王者に輝く。 凄いですね、馬場さん。 16文キック!今の子たちにはこのサイズ説明するのが難しいですねぇ。 椰子の実割り、カワヅ落とし、必殺技の数々。 興奮しました。 そして、なんと長島選手の引退がこの年でした。 往年の野球少年は皆涙を流しました。 さて、不良少年の話題はというと、そうですあの「傷だらけの天使」がTVに登場したことに尽きます。 あの衝撃的なタイトルシーン、生トマトにコンビーフかじって、ソーセージ食って牛乳飲む、あの無節操さが不良少年を虜にしました。 真似して腹下した馬鹿が何人いたでしょうか? ちなみに放送開始は74年10月5日土曜日で、翌75年3月29日まで半年間の放映だった。 音楽は井上堯之+大野克夫(元スパイダース・古っ!) 監督は、恩地日出夫、深作欣二、工藤栄一、児玉進、スゲー! キャストは、小暮修(萩原健一)、乾亨(水谷豊)、綾部貴子(岸田今日子)、辰巳五郎(岸田森)、海津警部(西村晃)、森川京子(ホーンユキ)その他ゲストも凄かった。 ホーンユキさん、平パン、デラパン、グラビアでは随分お世話になりました。 えっ?(^0^; しかし、このドラマのブームっていうか、流行っていうのは、本当に当時遊んでた馬鹿というか不良にしか分からない魅力でした。 お調子者で教養も無く、かといって喧嘩が特別強いわけでもないし、根性があるわけでもない。 落ちこぼれの代表選手みたいな二人が、人生楽して生きることに情熱を傾けてその日その日を精一杯生きる、そんな不良馬鹿の力強さみたいなものに同時代を生きた世代の共感を得たのでしょうね。 言ってみりゃ、これぞまさしく道楽者のヒーローです。 そして74年の締めくくりは日本レコード大賞、「襟裳岬」森進一でした。 明けて75年は、カルビーのポテトチップ発売、紅茶きのこのブーム。 「傷だらけの天使」で一躍若者の共感を得た萩原健一、打って変わって演技派役者の面目躍如「前略おふくろ様」放映スタート。 日活ロマンポルノ・SM女優「谷ナオミ」引退。 縄で縛って鞭で叩いて、こちらも随分お世話になりました。 実は彼、マー坊って言って六本木アフロレイキでボーイ長やってた奴なんだよね。 偶然にも委員長がジミーって奴と二人で新島行ったとき、偶然船で乗り合わせて、なんだかよくわからんノリで買わされちゃった。 お土産にって、彼女の分まできっちり二千円取られた。 こういうパブリックスペースで目立つカッコしてはいけません。 必ず行商のターゲットになってしまいます。 悔しいから、「俺らはエンバシーで働いてんだぞぉ~」とか思いっきりハッタリこいてやりましたが、島のディスコ「くろんぼ」でまたも再会。 ウェイターのバイトしながらプカシェル売り歩く、奴のそのフーテンの寅さん的生き方には頭が下がる思いでした。 (でもないか) いやー、でもこのプカシェル、確かに流行りましたよね。 アロハ風シャツに白のバギーパンツ、首には白いプカってのが当時の一般的スタイルだったですね。 ちなみに委員長は相変わらず原宿「ハラダ」のアロハにニットバギーでしたが、当時の不良仲間は、同じハラダのアロハでも上下ペアで買い込んでました。 今にして思えば「ジンベエ」だよね。 同時に、関東、関西で「ニュートラ」がちょっとした流行にもなりました。 アンアン、ノンノンの影響ですか。 そして極めつけは、キャロル解散、伝説の日比谷屋音コンサート、クールスが前でしゃがんでました。 キャロルの親衛隊クールスってことで、ストーンズの親衛隊ヘルスエンジェルス、みたいなー、って矢沢さん言っておりましたが、そうかなぁ~、ちょっと違うと思うんだけどなぁ~って思っていた委員長でした。 そしてこの年のレコ大は「シクラメンのかほり」布施明でした。 しかしこの年のディスコブームは本当に凄かったですね。 新島にもディスコあったし、式根島にも、さらに湘南海岸とか伊豆白浜あたり行っても、変な掘立小屋みたいなところで踊ってたなぁ~。 しかもぞうりで。 よく意味わかんなかったけど、それだけディスコのパワーが凄かったってことですね。 (本当に意味わかんねーぞ) さぁてと、委員長のビバヤング生活は更に盛り上がって、75年年明けと共に、旧バイト組と入れ替わるように続々と馬鹿たち(本当にどーしょーもないバカばかり)が入社してきました。 コトの発端は、委員長のバカ友・井の頭線三鷹台駅前で酒屋スーパーを営む家の次男坊君が、自分のバイトの後釜に中学の同級生だったケイゾーを紹介したことから始まりました。 そしてこのケイゾーと委員長の出会いは、道楽者人生に更なる興奮と衝撃の日々を与えてくれたのです。 続きはまた明日。。。。。。。。 横浜チャイナタウンの戦いは、仏のフジさんの期待を大きく裏切り、結局は深夜のチャン街をブラブラしただけで終わりました。 その後、アホ一行は元町のディスコ・アストロに行きましたが、ここらは閉店が皆早くて、商店街はすでに静かに眠っておりました。 仕方なく本牧の「リンディ」で踊って、再びチャン街の屋台のラーメンをすすって新宿に戻った道楽者たちでした。 委員長の新宿ビバヤングのバイトもかれこれ3ヶ月が過ぎようとする1月中ごろには、バカ友・酒屋の息子も第一次補欠入学の負い目を持つ身、そろそろ学校に真面目に行かざるをえなくなり、後ろ髪引かれながらも楽しいバイト生活に終止符を打ちました。 同様にバイト大学生古株二人も辞め、更に栃木のヤンキーにーちゃん、キャバレー上がりの揉み手あんちゃんなど、バイト組が続々と辞めていきました。 残されたバイトウェイターは委員長だけ。 更におさるのボーイ長までもが、無断欠勤をして店長の逆鱗に触れクビとなりました。 さあ、こうなると委員長の天下です。 相変わらず忙しい毎日でしたが、黒服連中や支配人などにも結構可愛がられて益々調子に乗る委員長は、バイトのくせしてすっかりホールを独り占めする存在にまでなりました。 好奇心の塊のような道楽者は店内の隅から隅まで知りつくし、19歳そこそこでディスコの顔役のようになった自分に酔いしれておりました。 ここで出会った数々の人の中でも取り分け面白かったのが、照明係のおっちゃんでした。 ブルー系のサングラス(当時はこんなスケベっぽいサングラスはあまりしている人が少なかった)にぼさぼさ髪、不精ひげにヨレヨレのジーンズ、年の頃は30代半ばといったところでしょうか。 ステージを正面にして店の最後部、細長い調光卓が置かれた縦長四畳くらいの照明室の主、それがこのおっちゃんでした。 劇団四季だかどこかに所属する照明のプロでしたが、委員長が徹夜麻雀明けの日などはここの入り口のドアの間に隠れて、よく居眠りをさせてくれました。 普段は無口でとっつきにくいおっちゃんですが、元々職人気質の人ですから、芸人には優しく、委員長のアフロを見て芸人志望の一人とでも思ってくれたのか、委員長にはとても優しくしてくれました。 そして、委員長がこの照明室に出入りした理由は、他にも理由がありました。 出番待ちの休憩時間に委員長のお気に入り、リンダがここに出入りするのです。 照明室の裏に同じくらいの奥行きで、照明室よりはやや広い楽屋があったのですが、男ばかりの部屋に居るのもイヤなのでしょう、優しいおっちゃんのところに来ては調光卓などを悪戯する彼女でした。 委員長より更に一回りくらい大きなアフロに、ピシッと体にフィットしたジーンズなどをまとった彼女は、そりゃなんともセクシーでした。 顔は委員長好みのモロ南方系、鼻はぺちゃんこ目はパッチリ、そうだなぁ、ドゥーリーシルバースプーンのバンプミーベイビーのシングルジャケットにあるアフロ娘みたいな感じでした。 (んなこと言っても、わかんねーだろうなぁ) また、声がハスキーで、片言の日本語が可愛かったですね。 姉さんの方はちょっと小金持ち風の日本人のオッサンに見初められて、その後結婚して辞めていってしまうのですが、とにかくこの二人の姉妹は非常にストイックで、営業終了後はバスに乗ってまっすぐ寮に帰り、浮いた噂のひとつもありませんでした。 委員長にしてみれば、とにかくアフロのねーちゃんが大好きだったってだけのことですが、姉さんの結婚とともに帰国してしまった彼女とは、この照明室で多少の会話をしたほんのつかの間の恋とも言えぬ淡い思い出だけでした。 ある日、徹マン開けのひしゃげたアフロで出勤した時、控え室の鏡の前に座っている長髪の痩せこけた貧乏臭いおねーちゃんに驚いた委員長は、その鏡の前のテーブルに置かれたアフロのかつらが、今委員長の目の前にいる貧乏臭いおねーちゃんのモノだと理解し、さらにそれが憧れのリンダ嬢であると悟ったのでした。 リンダ嬢は冷ややかな視線で委員長を見下すように一言、「パゲッ」と言い捨てたのでした。 そりゃ徹マン帰りでアフロはひしゃげてっかもしんないケド、ハゲはねーだろ、ハゲはー、とブーたれる委員長。 後に知ったことですが、この「パゲッ」っていうのはタガログ語で「ブス」とか「不細工」の意味で、確かに「ハゲ」ではなかったのですが、どちらにせよ、けなされたことには変わりなく、また、委員長憧れのアフロも地毛じゃなくて、更にそのかつらを取ったら単なるフィリッピーナだったことに気づいた委員長は、この日を境に淡い恋から目覚めたのでした。 (めでたし、めでたし) さて、照明係のおっちゃんですが、この人も結構麻雀が好きで、仕事帰りによく付き合いました。 おっちゃんは調子が出てくると必ず、「お~れぇは~、かわらの~、枯ぁれスス~キ~」などと唄い出します。 一体いくつなんだろ、この爺、などとも思いましたが、満員の店内でバンドのスポットをビシッと当てる時のおっちゃんは、さすが職人だなぁ、と感心させられることが多く、未だバンドマンの夢を捨てきれぬ道楽者委員長は、ステージアップの技術などを、ここで自然に学んでいたのでした。 あと、もーひとりおっちゃんの休みの日に代わりで来る、ちょっと毛色の変わったにーちゃんもおりました。 小柄なフォーク青年みたいな人で、結局、委員長とは一度か二度口を利いただけで消えていってしまいました。 生きてるのかなぁ~。 この人との会話第一声は、「君、僕と一緒にレバノンに行かない? 人民解放軍へ入って一緒に戦わないか」でした。 この一発はかなり強烈でした。 とにかく委員長の頭の中にあるどのカテゴリーにも入らない人物でした。 もちょっと人の頭見てからモノ言えよって感じでしたが、明るく好青年と言う感じで、厭味なところはありませんでした。 本当に2度ほどおっちゃんの変わりに来ただけでしたが、ちょっと不思議な人でした。 本当にレバノンに行ったのでしょうか? こんな変な奴らばかりの舞台裏でしたが、やっぱりお友達として面白かったのはバンドのメンバー達でした。 彼らは委員長のことを、アフロと呼び(タガログ訛りでは、アプロって発音します)、小僧のように使われたこともありましたが、彼らから学んだ音楽知識は、後の委員長の音楽活動に多大な影響を与えてくれました。 これはマジで本当です。 楽曲のコピーの仕方や、コーラス、ボイスコントロール、エンターティメントとしてのショーアップ、チームワーク等など、バンドにこだわらず芸人としてのプロ意識みたいなものを自然に学んでいた委員長でした。 その代わりといっちゃなんですが、よーく軟派のお手伝いもさせられました。 とにかくバンドマンは皆スケベーです。 と言いながらも、一緒につるんだ委員長も結構スケベーなヤツだったのでしょう。 しかし当時のバンドマンはモテましたね。 何はともあれモテました。 こんな不細工なヤツなのに、なんでモテるのかなぁ、などという素朴な疑問もありました。 19歳の委員長にはまだ女性を見る目も、遊び方も、そりゃまだまだ子供でしたから、彼らとつるむようになって、こんな世界もあるんだ、というような好奇心丸出しの世界でした。 まあ、言い寄ってくる女が、みぃ~んな良い女とは限りませんが、手当たり次第に手をつけてしまう節操のなさと言うか、腰の入ったスケベーというか、フィリッピン人特有の感性だとばかり思っていた委員長でしたが、後年、バンドマンのスケベー根性はボーダーレスなのだということを体感するのでありました。 アメリカ映画「燃えよドラゴン」の超大ヒットで、世界的なヒーローとなったブルースリーですが、残念ながらその栄光のBENEFITを受ける間もなく他界してしまいました。 (合掌) 74年はそんな彼が残した過去の作品(香港映画)が続々と公開され、空前絶後のカンフーブームと相成りました。 ディスコでもカンフーや空手を取り入れたダンスバージョンが現れ、踊りにもそんな影響がチラホラと出ておりました。 以前にご紹介した「吼えろ!ドラゴン・カンフーファイティング」なども、その典型的なパターンで、一時「カンフー」などという踊りも出たりしました。 何のこたぁない、ハッ、アチョーッとか言って空手の真似をするだけなんですが、これが結構面白くて、ジェームスブラウンのLAのライブ(委員長はVIDEOで見たのですが)では、JBでさえ、良く分からん構えで空手の真似なんぞもしてましたね。 竹中直人(漢字間違ってない?)氏が、デビュー当時よくこの「燃えよドラゴン」のワンシーンの物真似をしてましたが、あんな感じの人がディスコにはザクザクおりました。 サントラ盤なんかも時々かけるDJがいたりして、フロアでブルースリーの物真似合戦みたいなことになったこともありました。 さすがに委員中はSOUL小僧だったので、どちらかというとブルースリーよりは黒人武道家ジム・ケリーの方に関心がありました。 彼もB級映画では「ブラックドラゴン」の名で活躍しており、かなりの人気がありました。 つい最近では、「UNDERCOVER BROTHER」っていうかなりおバカな黒人B級映画にゲスト出演しています。 ちなみにこの映画、なんと、あのJBもゲストで出てますし、70年代のディスコヒットや、当時の黒人のファッションとか文化が散りばめてあって、道楽者の親爺にはお薦めの映画です。 ということで、当時委員長が働いていた新宿南口ビバヤングの従業員も、皆一様にかぶれまして、特におサルのボーイ長などは委員長が高校生の頃に買ったヌンチャクをプレゼントしてあげたら、異常に喜んで、仕事が終わると赤いちゃんちゃんこを脱いで毎晩振り回しておりました。 もちろんこのワイロのおかげで委員長の待遇がずば抜けてよくなったのは言うまでもありません。 それとは別に、このカンフーブームを冷ややかな目で見る一人の道楽親爺がおりました。 彼の名は、藤井幹候(カンコウは名前じゃなくて幹部候補生の略ですヨ)、別名仏のフジさん。 麻雀がやたら弱いくせにすぐに仲間に入りたがり、もらったばかりの給料を丸ごとむしりとられてもちっとも懲りずに遊びたがる、変なおじさんでした。 元々は車輌部で重役方の運転手をしているのですが、大した仕事もなくぶらぶらさせておくのはもったいないということで、夜の6時頃から11時までは店に勤務させられたのでした。 11時を過ぎると、系列のキャバレーやクラブへ接待のお客様の送迎をしたり、重役の送迎などに回ります。 特別、運転手の仕事がない日は閉店時間の深夜2時間まで店にいて、閉店後は皆で麻雀を打ったり、飲みに行ったりしていました。 鴨がネギ背負って歩いているような、すでに30歳近いボーっとしたおっさんでしたが、委員長たち若手には結構人気がありました。 彼のポジションも結構いい加減ではっきりした序列もないので、中途半端な存在がバイト組と似ていたこともあり、歳の差があるわりにはよーくつるんで遊びました。 運転手と言っても早いときは11時に送迎に行って、12時前に帰ってきてしまいます。 もちろん本来なら早く送迎が終われば、また店に戻らなければいけないのですが、そこはそれ、もしそんな真面目な人だったら、この歳までこんなとこでグダグダしてるわきゃないので、間違いなく道楽者の一人でもありました。 そして委員長たちは、このおっちゃんが送迎のあとの社用車を自由にできることを見逃しませんでした。 バイトのお仕事は12時で終わりです。 送迎が早ければ11時30分にはおっちゃんが戻ってきます。 遊び盛りの道楽者が集まれば悪事の相談も即決です。 DJのマチャアキとか酒屋の息子などが委員長と一緒になって、おっちゃんを遊びに誘います。 仏のフジさんは子供たちに慕われるとイヤとは言えません。 それに下手に逆らうと、フジさん一番の楽しみである麻雀の仲間に入れてもらえません。 ということで、麻雀でフジさんから巻き上げた金で懐が少し暖かくなると、今度はドライブをおねだりして深夜の六本木「ソウルエンバシー」などへ繰り出す委員長たちでした。 こんだけカモられてもグチのひとつもこぼさず、一緒に遊んでくれた仏のフジさんですが、 ついにその本性が露になる事件が起きました。 ある日のこと、いつものようにフロアで暴れるタコを皆でボコボコにして店から放りだしたところ、なんとこのタコが応援を連れてリベンジに現れたのです。 ボコボコにされてゴミくずのようになったあんちゃんが連れてきたのは、ボタンのない蛇腹の学生服を着たガタイの良い二人組でした。 支配人以下黒服数名が居並ぶ、ビバヤングのフロントに現れた二人組は静かに、そして迫力のある言葉で言ったのです。 「どういう理由でコイツがこんなめに遭わされたのか説明してもらおうか」 結構な迫力に少しは引きかけた支配人のネズミの梅ちゃんは、その強面の顔とは裏腹に意外と小心者だったので、すぐに黒服たちに問いかけました。 「誰か知ってるか?」 そこで結構イケイケな黒服、白川カンコウ、大池カンコウが名乗りをあげます。 「踊り場で暴れたから帰ってもらっただけだけど、こっちも商売だから他のお客さんに迷惑がかかると困るからね」 騒動を聞きつけて、その他の黒服やウェイター君たちがどっとやってきます。 学ラン二人組はひるまず言い返します。 「だからってこんなに殴ったり蹴ったりしていいのか」 「こっちも従業員が抑えるのに怪我してんだよ」 大池カンコウがフロント前エレベーターの横の非常口を開けて言います。 「ここじゃ他のお客さんの迷惑になるから、こっちで話そう」 これは話じゃ埒があかないから殴り合って決着をつけようという無言の合図です。 大池カンコウ、白川カンコウの二人が先導して非常口に出ます。 ボコボコ野郎はエレベータ前に置き去りです。 4人が出て非常口のドアが閉まりかける寸前、仏のフジさんがパッと滑り込みました。 ガーンと音を響かせてドアが閉じた瞬間、ドタンバタン、ゴツゴツ、ンナローッ!ウッ!バタッ。 静かにドアが開いて目に青あざの大池カンコウ、蝶ネクタイがちぎれた白川カンコウ、そして鼻血と口から血を滲ませた学ラン二人組が出てきます。 その後ろから仏のフジさんが出てきて、エレベータの下階ボタンを押します。 フジさんは委員長を見つけて「下まで送ってやって」と声をかけます。 委員長はおずおずと開いたエレベータにボコボコ野郎を乗せて、1階のボタンを押します。 学ラン二人組とフジさんが乗り込みます。 従業員全員の熱い視線の中、エレベータのドアは閉じました。 密室の中、出入口のボタンを押す委員長、その後ろに学ラン二人組とボコボコ野郎、そしてその後ろにフジさん。 この時ほど1階までの到着時間が長かったと感じたことはありませんでした。 無言のまま到着したエレベータから降りる学ラン二人組。 目頭と口に血を滲ませた学ランがフジさんに一瞥くれて、 「あんたも若いねぇ」 そう言い残して3人は紀伊国屋方面へと立ち去りました。 前で手を組んだ姿勢のフジさんの手の甲は、皮がすりむけて血が滲んでいました。 その時のフジさんの顔はいつもの仏顔でなく、蒼白のホラー顔になっておりました。 「奴らさぁ、パッと見たときにさ、拳ダコがあったからさ、こりゃまずいと思ったのさ。 いくら大池でもさ、やばいかなと思ってね」 この痩せ型の単なるボーっとしたオッサン、藤井カンコウが剛柔流二段の凄腕であることを、この時初めて知った委員長でした。 つまり、運転手の仕事もその腕を見込まれてのことだったわけですが、みかけは単なる淋しいオッサンのクセにこんなかくし芸があったことは皆知らなかったのです。 さて、話は戻りますが、委員長他道楽者一派はこうしてよくフジさんをそそのかしては、夜遊びを繰り返していたのです。 しかも遊ぶ金はその本人から麻雀で巻き上げた上に、会社の車を持ち出させたあげく運転手までさせて、やりたい放題の道楽三昧。 ところが、度重なる夜遊びに、ちょっと疲れたフジさんからクレームがあがりました。 「ディスコもいいんだけどさ、俺踊れないし、酒も飲まないから。。。。 俺はどっちかというと麻雀の方が良いんだけどな」 さあ困った委員長はすぐに見え透いた企画をぶち上げます。 「フジさん、横浜行ったことある? 中華街。 あそこはさ、やっぱカンフーの本場だからさ、スゲーのがいっぱいいるらしいよ」 「カンフーていうとやっぱり少林寺拳法かな?」 異常にノリ安い人でした。 「さあ、太極拳とか、色々あんじゃないの?」 更に膨らます委員長。 「そんな奴らがウロウロしてるの?」 フジさんだいぶと本気です。 「さあ、俺も見たわけじゃないけど、結構腕自慢がゴロゴロしてんじゃないの」 ここまでくればサクセス! 「行ってみようか?場所分かる?」 しめしめ、今夜は横浜まで遠出だぜい。 12時、待ち合わせの甲州街道でフジさんと落ち合った委員長たちは唖然とします。 なんとチャイナ服を着込んだフジさん、しかも丸型のサングラスをかけてニヤニヤしています。 更に車のトランクを開けて、自慢げに委員長たちに見せたものは、ヌンチャク、トンファ、サイ、白の空手着、一体この人は。。。。。。。。。。。 さすがにビビッた委員長でした。 1974年頃のディスコバンド この時代はロックバンドからディスコバンドへと、流れが変わって行った時代でもあります。 それ以前は新宿アシベなどに代表される、ゴーゴー喫茶(喫茶っていうところがスゲー)とか、アングラ・パブとか言われる、実態のつかみにくい店が主な踊り場でした。 といっても、この頃の委員長は小学生高学年から中学生くらいの歳だったので、実際に体験したことはありません。 従兄弟の姉ちゃんとか兄ちゃんの話を聞いて想像をめぐらせたものです。 俗に言う耳年増そのまんまですね。 アシベはグループサウンズ時代の名門でしたから、昔から黄色い声(昔はよくこーゆー表現してましたね)を上げて失神しちゃうような女子高生とか、俗に言う不良の溜まり場でした。 委員長も一度、タイガース見たさに従兄弟の兄ちゃんに連れてってもらったことがありますが、道路までとぐろを巻いた異常な列に、結局入場できず、新宿コマボウルでボーリングやって帰ってきました。 そんな委員長が怪しい踊り場に出入りを始めたのは、高校生になってからのことでした。 新宿で特に今でも印象が強いのはなんと言っても「サンダーバード」ですね。 穴倉みたいな店でいかにもアングラって感じだったし、名前からしてSOULというよりはROCKって感じの店でした。 当時の委員長はカッコこそツッパリでしたが、内面はグランドファンクとかツェッペリンとか長髪のROCKERに憧れていたので、結構お気に入りの店でした。 客層も革ジャンにボンタンやコンポラ等の、いわゆるヤンキー兄ちゃんに混じって、長髪キタナ系ヒッピー姉ちゃん、兄ちゃんがいたりして、危ない雰囲気は最高でした。 それにこの当時、店内であんぱん(シンナー)吸ってたのは、ツッパリ小僧じゃなくてフーテン系ヒッピーでした。 さすがにロックじゃステップは踊れませんが、そこはそれなりにゴーゴーダンスばりのテキトー踊りや、プラウドメアリーみたいな曲はステップで踊ったりとか、適当に客がそれなりにバリエーションを楽しんでおりました。 中には長髪のラリパッパ姉ちゃんみたいなのが、JBLのスピーカーに頭突っ込んで髪振り乱して首振ってたりして、結構わけわかんない店でもありました。 当時を振り返って印象に残っているのは、「太陽に吠えろ」のテーマをかなりスローダウンして、けだるいビートにディストーションの深いギターを載せたバンドの演奏が、まさに新宿って感じで思春期真っ只中の委員長を興奮させました。 早速家に帰ってからギターの練習、よく真似して弾きました。 もちろんのこと、この頃のバンドはすべて日本人でした。 あとは新宿歌舞伎町のど真ん中、ジョイパックビルの7階(だったと思います)にあったプレイハウスが結構渋かったですね。 記憶にあるのは双子のディオシンガー・キューピッツ。 彼女たちは後年マキシマムって名前で、チャーリーズ・エンジェルスのサブテーマでデビューしました。 英語で歌ったテーマ「NOTHING」は結局売れなかったですね。 (無念) あとは後にフーリンカザンってバンドでデビューしたグループが出てました。 当時のレパートリーで記憶に残っているのは、マンドリルのフェンスウォーク、ホットチョコレートのブラザールイ、ドゥビーのロングトレインランニング、ウォーのミーアンドブラザー、CCRのプラウドメアリー、カーティスメイフィールドのフレディの死、スティービーの迷信、サンタナは結構演ってましたね。 ブラックマジックウーマン、エビルウェイズ、僕のリズムを聞いてくれ、サンバパティ、皆定番って感じだったですね。 あとは、スライのサンキュー、テイクユーハイヤーとか、ファンキーというよりはブラックロックみたいな呼ばれ方してましたね。 かなり昔のことなので、時代がちょっとズレているのもあるかも知れませんが、コピーの宿命というか、管楽器の少ない曲が多かったです。 時々ツイスト系なんかも混ざってました。 同じく歌舞伎町のパブトゥゲザー(当時はパブだった)も有名でした。 ご存知のように、JBはじめ一流どころが過去にステージを踏んでます。 そしてこの後、この流れを塗り替えた一発が登場します。 KOOL &ザ・ギャングのファンキースタッフです。 よく、ディスコの流れを変えたのはコモドアーズのバンプだったと言われてますが、正直言って委員長が当時遊んでいたディスコではあまり踊った記憶がありません。 どちらかと言えば、ファンキースタッフの大ヒットというか爆ヒットの方が印象が強いです。 とにかくどこもかしこもこれがかかると大騒ぎでした。 一度、横須賀どぶ板通りの刺繍屋の息子に誘われて、横須賀ニューサンタナへ行った時などは、夜中にブラザーが酔っ払ってホイッスルをピーピー鳴らしながら歩いてたし、CAN GET ENOUGH! ってトコでRIGHT ONとか合いの手が入ったりと、そりゃもう凄い勢いでした。 このアルバム、ワイルド&ピースフルは最高傑作だと思うし、これほどディスコDJに重宝されたアルバムは無いのではないでしょうか。 委員長もバンドマンに憧れ、弁当代をちょろまかしながら丸井の月賦で買ったグレコのテレキャスターが、ついに日の目を見ることになったこの当時のことはしっかりと覚えています。 当時のギタリストの憧れはレスポールかSG、ちょっと渋めでストラト、テレキャスはいまいちメインの座からは外れておりました。 だから丸井でも一番安かった。 二万九千円、月々二千九百円の10回払い。 仕方なくキャロルなんかをコピーしていた委員長は、このテレキャスの凄さを知らぬまだガキンチョでした。 やたらとデカイ音にして歪ませるギターしか知らなかった委員長は、ギターも打楽器の一種なのだと気づいたのがファンキースタッフでした。 このリフ、カッティングはまさに目から鱗状態。 ギターの使い道は奥深いことに気づいた委員長でした。 更に新宿ビバヤングでフィリッピンバンドとお友達になった委員長は、彼らの演奏するエリッククラプトンのアイ・ショット・ザ・シェリフでレゲエ、ロック、ソウル、音楽にジャンルはないのだ、ということを身を持って知ったのでした。 踊っても、聞いても、気持ち良ければ、それがすべてだということを悟ったのでした。 ちなみにこのとき、彼らからロングトレインランニングのリフや、JBのセックスマシーンのカッティングなどを伝授され、いよいよ道楽者の泥沼にハマっていってしまった委員長でした。 ちょっと話が道楽者過ぎたかなぁ? わかりづらかった人は、また明日のバカ話をご期待下さい。 クリスマス篇<PART3> ディスコの裏話、バイオレンス系が続いたので、今日は音楽の話をしましょう。 まずはクリスマスで一気に盛り上がっていく、新宿のディスコシーンをざっと振り返ってみます。 当時のヒット曲で特に印象深いのが、「吼えろ、ドラゴン/カンフー・ファイティング」ですね。 この曲は出だしにちょっとした仕掛けがあって、妙な雄叫びと中国風のメロディーの絡みから入っていきます。 チャイナタウンを鼻歌で歩く武道家ってなイメージのイントロです。 このようなイントロが長めのダンスナンバーは、チークタイム開けのトップナンバーによく使われました。 照明の落ちたダンスフロアーには数組のカップルが抱き合ってチークを踊っております。 パートナーのいないあぶれた客(ほとんどが野郎)は、各テーブルで仕方なく酒飲んでツマミ喰ってウダウダしています。 スローナンバーがゆっくりとフェイドアウトして音が消えかかる頃、「おっほほほーっ~、おっほほほーっ」店内に響き渡る雄叫びが、テーブルの客は一斉に立ち上がってドドッーっと先を争うようにダンスフロアに突進していきます。 その姿は、まるでサバンナの獲物に群がるハイエナの一団のように、皆踊り場目指して突進していきます。 通路は満員電車の乗降口のようにごった返し、この時ばかりはウェイター君たちもサッと両脇に寄ってこの流れを通過させます。 さて、フロアはそれぞれのポジション争奪戦も終わり、今や遅しと曲の幕開けを待つ顔に、照明係のおっさんの粋な計らいでスポットライトが思わせぶりにフロアを照らします。 「Everybody was KunFu fighting! 」 出たーっ! バンプ・ビートに全員噴火、ドカーンと一気に昇天、更に煽っていくDJ。 基本的に踊りはバンプだったのですが、そりゃ相手あっての踊りですから大概の野郎は好き勝手に踊るしかありません。 時々、野郎同士でバンプを踊ったりする「しったか野郎」もいましたが、気持ち悪かったですね。 男同志で尻ぶつけて何が楽しいんでしょうか? この当時、ジ・アザー、ゲットなどのステップも生きておりましたが、バンプの大ヒットで踊り場は急激な進化を遂げていきます。 スティービー・ワンダーの迷信(スーパーステーションって、スゲー駅があるのかと思っていた奴らも少なくない)のプッシンクールとか、ペンギン、ホットパンツ、ブレイクダウンとか、一人でバリエーションを作れる踊りを適当に混ぜて踊ることが多かったですね。 これらを全部ひっくるめてステップって呼んでるけど、委員長は、これはステップとは言わないような気がしますね。 (当時から同じ思いでした) 例えば、シュープリームスのStop in the name of love とか、振り付けの入ったものなんかがステップってことで、その他はフリーダンスのバリエーションというかパターンだと思うんですけどね。 オージェイズの裏切り者のテーマとかジャクソンファイブの窓辺のデートとか、足の動きは皆一緒なんですけど、曲のブレイクに当たるところで曲に合わせた上半身の振り付けが入るのが特徴ですね。 あと、ゲットレディなんてのは果たしてステップっていうのかなぁ?なんて思ったりしますよね。 だって、あれ足(ステップ)に動きって特にないでしょ。 今思えばタケノコ系かななんてね。 ゲット、レーディーって手打って指差したりなんかして、いわゆるステージで歌う時の振り付けだよね。 可愛い人よとかも同じですね。 だって、その後出てくるウォーターゲートとかオールドマンなんてのは、ステップ扱いはしてませんよね。 名前=ダンスでした。 そこいくと、やっぱりチャチャはすごいですね。 これはマンボとかモダンダンスの流れですから、不滅のステップというべきですね。 ジ・アザーとかの流れで、当時すでにオッサン近くの年代の人にプロフェッショナルみたいなチャチャおじさんが結構いましたね。 数人の仲間で並んで踊って、チャチャの間にいろんな呼び名のステップが入ってきます。 リーダーが声をかけて、「アオヤマ」とか「ターン」とか色々なバリエーションをアドリブで加えていきます。 これはカッチョよかったですね。 今ならさしずめジャニーズ系ですか? ハマチャチャとか、ニューチャチャとかそれぞれの土地によって独自のアレンジが施されていました。 つーことで、昔は結構ステップなどと言う敷居が高かった「踊り場」も、バンドが入った大型のパブ系の登場で一般市民にも開放されたって感じですかね。 タイミング的にも、バンプみたいな男女ペアで踊るアメリカ風文化も適度に入って、ちょうどこの時代が変わり目だったのでしょう。 当時、「アメリカン・バンプ」なんて名でよく紹介されてましたけど、じゃ、イングランド・バンプとかジャーマン・バンプとかあるのかって突っ込みたくなりますよね。 誰ですかね、こーいったテキトーぬかすヤツは。 それから、やっぱりこの時代のスパースターはスリーディグリーズでしょう。 「荒野のならず者」スゲータイトルですよね。 なんか西部劇の主題歌みたいに思ってたヤツも随分おりました。 「エッチね、このスケベ親父は」ってな歌なんですけどね。 これも何故かチャチャでした。 スリーディグリーズはすべからくチャチャ専門でした。 ちなみに空前絶後の超ヒット「TSOPソウルトレインのテーマ」も何故かチャチャで踊ってましたね。 一度、委員長とDJのマチャアキでビバヤングの店長にお願いして、ソウルトレイン・ゲームをやらしてもらったことがありましたが、悲惨な目に会いました。 TSOPが流れた途端、皆で並んで一斉にチャチャ大会。 店長には「何これ?」って言われるし、一部ソウル通のお客には「ダッセー!」とか罵られる始末。 新宿では無理なのだとしみじみ悟った委員長でした。 実は、このソウルトレイン・ゲームっていうのは、マチャアキDJとか委員長たちが仕事の終わった深夜、車輌部の運転手のおっさんたぶらかして、よく横浜まで遠征したときに覚えた遊びだったんですね。 横浜の本牧町に「リンディ」っていうおしゃれなディスコがありまして、店の中にロールスロイス(だったと思う)のボディがディスプレイしてあって、その中にDJブースがある、当時としてはかなり進んでいたお店でした。 お客も当然のこと、ベースの人たちですからちょっとした外国に来た雰囲気ですね。 でもって、深夜ながら、客で賑わってくると、従業員からアナウンスがありまして、「今からソウルトレイン・ゲームをやりますから二列に並んで下さい」って言われてフロアに出て、中央を開けて二列に並びます。 ここでTSOPがかかって、順番にペアで踊りながら中央のスペースを抜けていく、というTVのソウルトレインのシーンを再現するわけです。 ベースのブラザーたちは当然パートナーと来ていますから、踊りは下手でもそりゃペアでちょっぴりセクシー、「おーカッチョいいなあ」って身震いするほどしびれてしまった委員長だったわけです。 閉店時間が来て、興奮冷めやらぬ委員長たち新宿のアホ一行は、道路を挟んだ対面のゴールデンカップスで夜を明かしてから、スゴスゴと新宿へと引き上げて行くのが慣わしでした。 このカップスも由緒ある店で、キャロルなんかも出てた老舗でした。 当時はもうさびれかかってて、白人の酔っ払いが男同士でウダウダしているような店だったですね。 あと、新宿ではほとんどの大箱にバンドが出てて、これがまた結構生かしてました。 まだ日本人のバンドが大勢いました。 いつの間にかみいーんなフィリッピンバンドになっちゃったんですけどね。 安くて重宝されてましたが、彼らもソウルドラキュラあたりが流行り出す頃にはお払い箱になっていきました。 道楽者の末路は万国共通です。 (寂) クリスマス篇<PART2> 12月に入ってからというもの連日連夜続く盛況な客足に、普通でも2回転、週末ともなると3回転4回転はざらで、ウェイターのお仕事はそれこそ一服する暇もなく立ちっぱなしの歩きっぱなしで、何とか終電で家にたどり着いた途端にバタンキューってな感じで、バイトとは言え仕事のためだけに人生があるような毎日でした。 12月は一人千円のクリスマス・セットというのが強制的に付くので、売り上げは一気に上がります。 セットというのは1本百円くらいのシャンパン(単なるサイダー)と、紙製の仮面マスクに紙笛(駄菓子屋で売っていそうな安物)が付いてるだけなんですが、さすがキャバレーでのし上った会社ですから、使えるノウハウはしっかり踏襲するわけです。 近所の同系列のキャバレーから同じセットをぶら下げて、赤ら顔でふらふら出てくる親爺を見るたびに水商売の奥の深さにつくづく感心したものでした。 それとは逆に、文句も言えずこんなもの千円で買わされた挙句、人ごみの中で安い酒飲んで大騒ぎでもした日には、従業員に袋叩きにされて店から放り出されるという悲惨な目に遭う人々を見て、委員長は、一体この熱狂はどこから来るものなのか、はたまた、世の中の常識というのは一体何を基準にしているのか、そんな疑問を抱いたものでした。 やはり12月といえば忘年会シーズンですし、大学生あたりは早くも冬休みに入りますから、お客の多くがグループ・団体になります。 早い時間から来るお客のほとんどはダンスが目当てですから、さほど問題はないのですが、9時、10時を過ぎてやってくる客、特に団体は、ここにたどり着くまでに相当呑んでますから、既に出来上がった状態で入店してくるので些細な事でも大騒ぎになります。 委員長の体験から学んだセオリーですが、6人を超えるグループには必ず問題を起こすトラブルメーカーが紛れ込みます。 5人だと多数決で必ずどちらかの意見が有効になりますので、たとえトラブルメーカーがいても小難でやり過ごせます。 ところが6人となると、仮に3対3で意見が割れるとトラブルメーカーの主張がどっちにしろ大難を招きます。 更に6人以上の団体の場合、かなり高い確率で問題児・トラブルメーカーが紛れ込んできます。 これはいかなる団体にも当てはまる法則とも言えるでしょう。 そしてディスコでよくあったのが、ダンスフロアで足を踏んだ、踏まないのケンカですね。 これは完璧に一定のパターンで起こります。 必ず被害者はそこの常連か、あるいは遊び慣れてる人です。 そして加害者はかなり泥酔して大だこ踊りをやらかすタコです。 すでにこのタコがダンスフロアに登場した時点で、すぐに周りの常連とか遊び人の目に留まり、暗黙のうちにフロアの悪役となります。 さて、誰が殺るか?という暗黙のコミュニケーションが行われます。 ターゲットの分析はその外見から始まります。 学生風あるいは社会人、年齢、地位、身長、体重、酔い加減等の調査が済むと、バカの代表者が名乗りを上げるようにして足を踏まれるか、タコの手に絡まれに行きます。 そこでまずガンが飛び、ちょっとした態度「やっちゃうぞテメー」といった感じで威嚇して警告を促します。 ここで仲間が気づき、タコを抑え込みにかかれば難を逃れられるか、あるいはトイレとかで「怪我しないうちに帰った方がイイぞ」とか凄まれる程度の小難で収まりますが、仲間が結構イケイケだったりとか、ヤバイと感じないノーテンキなシヤワセグループだったりした場合はいよいよ場外乱闘となります。 ここで被害者と加害者が見事に逆転します。 ダンスフロアで迷惑踊りを繰り返す加害者タコは、「インネンこかれて」チョーパンとか膝蹴りの被害者となります。 被害者だったバカの代表は、踊り場の皆さんのためと言う大義名分によって制裁を加えた時点で加害者となります。 通常は被害者タコが、鼻血ブーとかその場でうずくまることで事態は一気に収束しますが、時に外見と相反して根性のあるヤツとか、泥酔していて痛みを感じないヤツだったりした場合は、逆上して大暴れします。 更にここで被害者と加害者が再度逆転します。 加害者バカは、大声出して暴れる被害者タコを、踊り場の皆様のためにと、強い正義感から天誅を加えます。 乱闘に気づいた店の従業員が直ちに止めに入ります。 加害者バカは手馴れたもので、「この人酔っ払ってて手がつけらんないんすよ」と見事被害者に転じます。 「なぁんだとぉー、お前が先に手ぇを出したんだろぉーう」と、ややロレツが回らない態度の被害者タコは手を振り上げて抗議抵抗、しっかりと加害者になりきってしまいます。 そんな踊り場の騒ぎに、黒服以下店員の有志が待ってましたとばかりにやってきてタコを取り押さえ、フロアから引きずり出します。 「おれぇはきゃくだぞぉー」とか更に暴れるタコは、あちこちから出てくる手や足でボコボコにされながら裏の非常口に消えていきます。 委員長たち毎日コキ使われているウェイター君たちは、ここぞとばかりストレス発散、「やめろ、やめろ」のかけ声の下、羽交い絞めにしたタコをこらしめます。 タコは思わず叫びます。 「お前らがやめろ!」 そして、委員長たちストレス一杯のウェイター君たちにとって最高のシュチュエーションは、タコ対タコ、更にタコグループ対タコグループの乱闘が何よりのお好みです。 タコは理屈が通りませんから、とにかく蹴って殴って黙らせるのが一番。 しかも双方ともボコボコにして店から追い出しても、悪いのは当事者同志、お店は迷惑していますってことで、たとえお客が怪我したところでお互いのケンカで怪我したんだから仕方ありません、といった具合にどう転んでも加害者にはなりません。 やれやれ、今日も一日お疲れさん、店の外に出た委員長の目に、ごみクズと化した千円のクリスマスセットが寒空の新宿の道端のあちらこちらに虚ろに転がっておりました。 高いお金を払って、蹴って殴られ叩き出されたお客様は、果たして神様なのでしょうか? クリスマス篇PART<1> ということで、新宿ビバヤングは12月に入ると、クリスマス~師走~新年に向けて、色々な模様替えが行われました。 まず、新しいバンド・サウンドウェーブスがフィリッピンからやって来ました。 これで毎日2バンドが出演し、その合間にDJが入るという豪華絢爛、大型パブディスコの面目躍如と言ったところでしょうか、南口あたりのディスコシーンの話題を独占したようなものでした。 従来のバンド・リップヴァンウィンクルは、まあ並みのバンドというか、ギター、ベース、キーボード、ドラムスにサックスとヴォーカルが入ったコンボだったのですが、サウンドウェーブスは当時では非常に珍しい、トランペット2、サックス1の管セクションが入った大型バンドでした。 ユニフォームもビシッと揃え、かなりショーアップしたバンドだったので、対バン(対抗バンド)はやたらと影が薄くなっていってしまいました。 委員長のお気に入り、ゲバラ・シスターズはこの二つのバンドとうまくセッションして、かぶったレパートリーをうまく使い分けながらステージに花を添えておりました。 しかし、このSOUND WAVESのコピー技術は本当に素晴らしかったです。 委員長も当時はBANDに憧れ、ちょっとはギターなどもかじっておりましたが、それでもシンプルなロックバンドのコピーでさえ、中々うまいと思えたバンドにお目にかかったことはありませんでした。 ざっと思い出しても、KC&ザ・サンシャインバンドのファンキーホーン、オハイオプレイヤーズのファイヤー、ハービーマンのハイジャック、BTエキスプレスのドゥイット、テンプテーションズのハッピーピープル等、DJのレコードからそのまま演奏を引き継ぐなんてこともやって、客席で聞いているとDJからバンドにいつ切り替わったのかわからないほど見事なテクでした。 となると不思議なもので、それまで結構イカしてると思っていたリップヴァンウィンクルが、何だか汚いフーテン上がりのバンドのように見えてきて、お客のウケも次第に歴然としてきます。 バンドのバロメーターは、ダンスフロアにどれだけのお客を動員できるかってことですから、結果はありありと見えてきてしまいます。 ちょっと可愛そうだったですね。 DJの方はというとN観光専属のマチャアキこと立石君と、週末だけ立川ベースからやってくる黒人のウィリーが受け持っておりました。 ブラザー・ウィリーとはあまり親しくなかった委員長ですが、彼と初めて挨拶を交わしたのは、なんとビバヤングのトイレの中でした。 委員長が用足ししているところに後からやってきたウィリー、委員長の頭を見て仲良しと判断したのでしょう、となりに来てジャンプスーツのジッパーを下ろしました。 当時の委員長、英語なんぞは中学以来喋ったこともなければ、外国人と二人っきりになった経験もありませんでした。 しかもトイレという限られた空間の中のことですから、必要以上に緊張は高まります。 ウィリーは気軽にハーイってな感じで話しかけてきて、勝手にベラベラと話し続けます。 一体何を喋っているのかチンプンカンプン、ただただ愛想笑いをして、早く用足しが終わることを祈るばかりでした。 しかしこの時委員長は、重大なる教訓を得たのです。 「人間が一番無防備なときは用足しをしているときだ」 そうです、もし用足し中に襲われるようなことになったら、用は止まらん、一物掴んだ手は離せん、ズボンは汚す、こんな状態では応戦不可能です。 だから危なそうなトイレに入るときは「大」用を使うか、一人では入らないというのが不良の心得第一条なのです。 (ほんとかよ) 確か、TVドラマ「太陽にほえろ」で萩原健一演じるマカロニ刑事が、立ちションしてるとこを暴漢に襲われて死ぬってシーンがありましたが、どんなに腕に自身のあるヤツでも、用足しの最中に襲われたら無抵抗でアウトですね。 それでもウィリーのジャンプスーツが気になっていた委員長は、そっと視線を彼のジッパーに向けると、彼のスーツの中央、胸の辺りから下半身にむけて一直線に伸びたジッパーは、ダーっと一気にご開帳、胸の辺りからは縮れた胸毛なども見え、へその下の更に黒い茂みまで肌けて、なんとそこにはSHAFT黒いジャガー(アイザックへイズですね)が顔を覗かせていたのでした。 ジャンプスーツでの用足しは、かなり情けないカッコになるのだということも学んだ委員長でありました。 DJのマチャアキは博多出身の九州男児、プロのJAZZドラマーを目指して上京、N観光のDJ見習いに応募、数ヶ月のDJ研修を受けてビバヤングに配属となりました。 この時の同期生に、後のディスコ業界で一旗上げた新宿のジュリーこと鈴木昇二氏がいて、彼は姉妹店の歌舞伎町Q&Bに配属されました。 もうひとつの姉妹店、西口ブイワンは誰が行ったのか知りませんが、後年委員長も各店をめぐることとなり、更にマチャアキ、ジュリーとも深く関わっていくことになるのですが、今考えると、このビバヤングとの因縁は運命的なものさえ感じてしまいます。 (でもないか?) さて、イベント的にはこんな模様替えがありましたが、ホールの方もかなり忙しくなってきて、入れ替わり立ち代り色々なヤツが出たり入ったりの毎日でした。 まさに水商売そのもの、水が流れるように人もどんどんと流れていきます。 開店時に新人社員です、と紹介されて、翌日にはもういなくなってるなんてことがザラにありました。 ただメシ喰いにきただけですね。 中でもこいつはスゲーって思ったのは、昼頃来て今日から働かせて下さい、ってメシ喰って、マネージャーにクリーニングの引き取り頼まれて千円だかそこらもらってそのまま帰って来なかったっていうヤツ、これは良い仕事しましたね。 半日給1000円メシ付き。 まあ3日持てば良いほうで、大抵が1日か2日で消えていきました。 それだけシゴトが大変だったってことでもありますが、どちらかと言えばバイトの方がしっかりしてて、正社員として入社してくるのは流れ者みたいなヤツが多かったですね。 今思い出しても、あの忙しさは尋常じゃなかったですね。 人ごみの中でボトルやグラス運んで、テーブル片付けて、また案内して、片付けて、って休む間もなく終電時間まで延々と続くわけですから。 ほんと人ゴミですよ。 人のゴミの中で泳いでるボーフラみたいな感じ。 あるときなどは製氷機の製氷が間に合わなくなって、近所のキャバレーに氷もらいに行かされたりしました。 寒空の新宿の繁華街をデカいバケツに山ほどの氷を入れて、ヨイショ、ヨイショと運ぶアフロのにーちゃんを想像して下さい。 しかも赤いちゃんちゃんこみたいなベスト着て、かかとの高い靴はいて、まるで漫才師ですよ。 おぼんこぼんじゃないんだから。 ホンモノのSOULマン目指して飛び込んだ業界ですが、期待していた世界とはかなりかけ離れた目の前の現実に、世の中の厳しさをあらためて知った委員長でありました。 しかしそこはそれ、なんと言っても気合の入った道楽者ですから、なんでもかんでも楽しんでしまおうという旺盛な好奇心と、全て自分の都合が良いように解釈できる得意技を駆使して、冥府魔道の道楽道を歩んだのでありました。 このあともバカな話はまだまだ続きますよ。 順応性が早く適応性が高いことが道楽者の特徴と言いましたが、早い話がそれだけかぶれ易いってコトと要領が良いってコトに尽きるわけです。 さて、委員長のバイト生活も半月も過ぎる頃には、すっかり環境調査も済ませ、憧れのアフロのおねーちゃんが歌ってるバンドとも話をするようになりました。 バンド名はリップヴァンウィンクル、ヴォーカルはゲバラ・シスターズ。 姉妹のシンガーデュオで、委員長がのぼせていたのは妹の方でリンダ・ゲバラ、姉さんの方が美人でルックスは良かったのですが、あまり興味がなかったせいでしょうか、名前の方はすっかり忘れてしまって未だに思い出せません。 二人はフィリッピンのミンダナオ島出身で、バンドのメンバーはマニラから来たと言っておりました。 姉さんの方は落ち着いた雰囲気で、いつもインドのサリーのような衣装を着込んで、額の眉と眉の間の中央には丸飾りを付けていました。 当時は、フィリッピンはもちろんのことアジアの文化なぞ知る由もない委員長でしたが、今にして思えば彼女たちはイスラム教だったのでしょう。 特に姉さんの方はいつも民族衣装ぽいファッションでしたし、ちょっと高慢な、とっつきにくい感じが漂っていました。 ビバヤングのダンスフロアーは、バンドステージを正面にして長方形の100人は踊れるほどの広いスペースでした。 その後方に更に大きな長方形の客席があり、その奥に照明室、バンド控え室、更に非常階段の横に狭い従業員更衣室(ロッカー)がありました。 ここでちょっと斬新だったのが、客席中央に円筒形のヴォーカルステージがあったことです。 今風に言うとお立ち台のような感じで、宴もたけなわ、盛り上がってきたところで、ゲバラ・シスターズのリンダがこのステージに上がり、メインステージとオープンステージで掛け合いディオを披露します。 委員長はトレンチを持ってホールを駆け回る度に、このお立ち台の上のリンダを意識するように愛想を振りまきながら一生懸命アピールしたのでした。 もちろん彼女にしてみれば、アフロした変な日本人のウェイターがやたらとモーションかけてきている、ってな程度のことだったのでしょうが、何せ委員長は夢見る道楽者ですから、彼女がお立ち台に上がる度に、わざわざ遠回りをして手を振ったり、愛想笑いしたり、何とか気を引くためにそれはそれは努力を重ねたわけです。 さすがのバカ友、酒屋の息子も呆れて「おめぇホントにバカじゃねーの」ってなもんで、舞い上がった道楽者ほど困ったヤツはおりません。 とは言うものの12月に入るとお店は次第に忙しさも増し、具にも付かない道楽を楽しむ暇もなく、とにかく働きずくめのコキ使われっぱなしになっていきました。 道楽者とは言え、もともと根がまじめな委員長ですから、仕事は仕事としてきっちりこなしていくうちに、正社員の黒服の方々からも次第に可愛がられるようにもなっていきました。 黒服と一口に言っても一応の階級があり、この会社は元々キャバレーから成長してきた会社だったので、その構成もキャバレーの匂いが漂うものでした。 まず、店長をトップに支配人(マネージャー)、その下に主任、次いで幹部候補生と称する黒服、ボーイ長、ウェイター、そしてパートという具合です。 基本的にはウェイターっていうのはバイト社員が主で、正社員として入社するとすぐに幹部候補生扱いになります。 店ではこの幹部候補生のことを略して幹候(カンコウ)と呼びます。 ちなみにこの会社の正式名称はN観光株式会社と言い、キャバレー・クインビーで経営拡大していった会社でした。 当時のキャバレーは水商売の代表選手で、キャバレー太郎の異名を取った福富太郎氏のハリウッドチェーン、採算独立性のハワイチェーン、乙姫キャバレー龍宮城チェーン、キャバレー浦島、世界的にも有名だったグランドキャバレー赤坂ミカドなど、夜の社交場の代名詞でありました。 後年これらキャバレーチェーンが、パブやコンパへと業務をシフトしていく流れの中でブームに便乗し、更に大型ディスコへと転身していきました。 ちなみにディスコの企画を総合的なプロデュースとして手がけ、後のディスコ業界の手本となった青山のウィスキー・ア・ゴーゴーは企業経営の面から見てもパイオニアと言えるのではないかと思います。 さて、委員長は、皆が名前の後に幹部候補生の略で幹候(カンコウ)をつけて呼ぶのを、てっきり観光会社だからだと思い込んでおりました。 大池カンコウ、椿カンコウ、藤井カンコウ、いくら観光会社だからといって、何も全員の名前に観光を付けて呼ぶこともないだろうに、と訝しく思っておりました。 また、実はこの会社がキャバレーチェーンだと知って、ひょっとしたらバス会社とかも持っている大きな観光会社だとも思ったりしましたが、いわゆる水商売企業の多くが、観光会社と名乗っていることを知ったのは随分後のことでした。 幹部候補生として見習い期間が終わると、次に本社の研修を受け、これを無事終了すると晴れて幹部社員として、主任あるいは支配人の辞令を貰い、各チェーン、支店へ再度配属されていきます。 このシステムは水商売とはいうものの一般企業となんら変わりの無い、非常に合理的に人材を育成していく理にかなったものでありました。 ただ、人材育成システムはいくら完璧でも、素材である人材の方ばかりはそう簡単に見出せるものではありません。 幹部候補生とは言うものの、それはそれは素晴らしい人材が次々と現われは消え、現われは消え、名前を思い出すのも至難の業といえるほど、委員長の道楽人生で一番の宝とも言える、興奮の出会いの数々でありました。 12月に入るとさすがに毎日が忙しくなり、社員増強ということで委員長以下4名のバイトに栃木出身のガキ親爺風田舎ヤンキーと、キャバレーの呼び込みから転向してきた手もみにーちゃんが加わり、ホールは6人のバイトウェイターが揃い、これに沖縄出身の広島弁のウチマ主任、おサルのボーイ長が現場監督となりました。 委員長は黒服連中に結構可愛がられたせいか、よくチラシ撒きに指名がかかりました。 チラシ撒きというのは店のビラ撒きのことですね。 これは正式に言うと管轄の警察に届出が必要で、勝手にビラなどを撒くと道路交通法違反で逮捕されてしまいます。 ですからチラシ撒きというのは、無許可のいわゆるモグリのビラ撒きです。 南口から紀伊国屋あたりを抜けて、歌舞伎町の入り口辺りまで、警察の目を盗んでせっせとビラを配って回ります。 この頃はまだこの手の営業もさほど過激ではなく、ただビラを配って歩くだけのことでした。 現在のように携帯電話など無い時代ですから、一歩外へ出たらビラを配ろうが配るまいが、最低でも1時間は自由時間になります。 幹候だけでは時給の無駄遣い、コスト高になるのでバイトやウェイターを連れて出るわけです。 20分くらいは適当に撒きますが、後は皆で喫茶店などへ行き与太話をしながら一服して帰ります。 キャバレーチェーンも数多く持つ会社ですから、どこで誰が見ているかわかりません。 そこで、このチラシ撒きに動員されるメンバーは、口が堅く、状況に合わせた上司の嘘を決して裏切らないという暗黙の掟がありました。 口の堅さはもちろんのこと、ズボンの中もまだ十分に硬かった委員長でありました。 そして10代最後の思い出というには、あまりにも過激かつ興奮の中でのクリスマスを迎えることになる委員長でした。 というわけで、委員長はついに新宿南口パブディスコ・ビバヤングでアルバイトを始めました。 もちろん高校時代からのバカ友、三鷹台駅前の酒屋の次男坊も一緒です。 お店は、新宿駅南口を出て甲州街道方面に向かって徒歩5~6分のところにありました。 現在はビジネスホテルか何かになっているようです。 当時の人気ディスコ「GET」の隣にあった、光会館というビルの4階で、そうですね、広さはかなり大きかったですが、トゥゲザーとかには敵わなかったですね。 トゥゲザーが1500人収容と言ってましたから、ビバヤングで500~600人くらいのキャパだったのですかねぇ。 ビルの1階はパチンコ屋、2階が大型喫茶「穂高」、3階が同店の同伴席、5階は事務所だったかな。 しかし、この同伴喫茶ってのが当時は随分とアチコチにありました。 二人がけのボックスシートをパテで仕切ってある、ちょっと薄暗い喫茶でしたね。 コーヒーが1杯百円の時代に、ここで呑むと五百円になってしまいます。 安物のロールケーキかなんかが付いてきました。 なんだか、いかにもって感じですが、当時はこんなトコで怪しいことしてたんですね。 レンタ・ルームなんてのもありましたね。 3畳くらいの部屋を時間貸ししてくれるんですね。 カウチとテーブル、ティッシュボックスなんか置いてあって、何するんでしょうか? もちろん委員長も、トンコ修行に明け暮れた高校時代は時々お世話になりました。 それでも今時の子供たちに比べたら可愛いもんですね。 せいぜいボックスに並んで座って、イチャイチャしながらチューするくらいのことですから。 それでも二人で千円は結構なプライスでした。 まあたいがいは新宿西口中央公園あたりがデートスポットでしたから、たまに麻雀で小金を稼いだときとかは奮発して同伴に行きました。 「御苑」とか「西武」とかいう店名が記憶に残っています。 一度、彼女と踊りの帰り、盛り上がってしまいレンタルームに入ったことがありましたが、閉店時間の午前1時を過ぎてしまい、終電にも乗遅れて深夜の歌舞伎町に放り出されてしまい、根性決めて「旅館」(ホテルじゃありませんよ旅館です)に突入したのは良いのですが、案内してくれた婆さんに前金で四千五百円を請求され、ひえーっとばかりに追い出された苦い想い出もあります。 仕方なく近所の深夜喫茶で始発待ちしたことも、逆に純愛風のほのぼのとした良い想い出となりました。 (じゅうぶん不純だろ) えー、何の話か、よーわからなくなりましたが、ともかく憧れのアフロねーちゃんと一緒にシゴトができるってことで、委員長は新しい道楽にワクワクしながら新宿での生活をスタートしたわけです。 ここの面接は、事務所でちゃんと店長がしてくれました。 長身で結構男前の店長はハキハキとしたしゃべり方で、履歴書と顔を見比べながら質問をしてきました。 「えーと、君は日大の1年生」 酒屋の息子は、いわゆるコンチってな感じのスリーピースのスーツなぞ着ておりまして、まあ無難な大学生のフリをしておりました。 「で、君はデザイナー学院、専門学校生だね」 委員長はこの時すでに学籍は剥奪されていましたので、偽学生ってことになりますか。 店長はまず委員長の頭に眼をやり、次いで服装のチェックです。 委員長も一応は面接ということで、ニットフレアーにダブルのブレザーなど着込み、それなりに真面目そうな学生のフリをしておりました。 (どこがやねん) 「ふーん、デザインの勉強しているの?」 真面目な顔で質問する店長の目が笑っているのを、見逃さなかった委員長でした。 「はい、一応服飾デザインをやってます」 胸を張って応える委員長。 「うーん、そのモミアゲはまあ良いけど、ウチは客商売だから、その髭は剃らなきゃダメだよ」 そうです、この頃の委員長はアフロを渋く見せるため、モミアゲと口ひげを伸ばしていたのです。 「はいわかりました」 ということでパートタイムは午後6時から終電ギリギリの12時まで、食事は一切なし。 時給は350円くらいだったかなぁ。 休みなしで働いて月7万円くらいだったと思います。 実はこの面接の前に一度、東口二幸のマクドナルドに二人して面接に行ったことがありました。 新しモノ好きの道楽者ですから、時給も良いし、なんかアメリカっぽいし(当時のイメージとしてはかなりカッチョ良かったですね)、ハンバーガーという言葉の響きに釣られて、自分たちの身分もわきまえずノコノコ出かけて行きました。 精悍な顔つきのユニフォームを着た店長は、バカ二人の顔を見るなり、深夜のメンテナンスはどうだといきなり切り出してきました。 時給は500円、夜中の12時から朝の6時まで。 おおーっ、と声を上げた二人ですが、次の言葉にさっと頭を下げて退出しました。 「ただし、ウチは食べ物商売だから、まず頭はスポーツ刈り、髭はダメ、清掃着は毎日洗濯、店長の掃除点検で合格が出なければやり直し、こんな条件だけどどうする」 要は、黙って帰って欲しかったってことなんですけど、しかし世間知らずというか向う見ずと言うか、いい根性をしていたバカ二人でした。 さて、ビバヤングのバイトは順調にスタートし、黒ズボンに白ワイシャツ、蝶ネクタイに赤いベストを着せられた委員長は、まずウェイターのお仕事を覚えさせられました。 トレンチ(ステンレス製お盆のことですね)を小脇に抱え、左手にダスター(テーブル拭き)を持って、ホールを見回り、空いたアイスペールや灰皿の交換、黒服が案内したテーブルに飲み物やおつまみを運ぶ、単純な作業です。 ホールを担当するのは数人の本職ウェイターとボーイ長、そして委員長たちバイトのウィターです。 黒服は入り口でお客様を案内して、ホールの客席に誘導してオーダーします。 受けたオーダーは、キッチンとドリンクカウンターのあるデッキに持っていってオーダーを通します。 「ボトルセット4、ポテト2、ピーナッツ2お願いします」 てなことで、ボトルセットというのは、当時のパブはほとんどがこのパターンで、来店時にウィスキーのボトルをキープさせます。 サントリー・ホワイトが千円、角瓶が千八百円、オールドが二千二百円、全て一般小売価格でした。 これに水割りセットとして氷が入ったアイスペールとサントリーのミネラルウォータが付きます。 伝票には、テーブルチャージ(TC)が一人300円、ミネラルウォーターが1本100円、おつまみは300円より各種、強制的に一人一品取らされます。 アイスはTCに含まれていますから、水割りのセット4というと、TCが4人で1200円、ミネラルが4本で400円、おつまみが最低1200円、これに一番安いサントリーホワイト千円で合計3800円、これに税サービス料10%がついて4180円ナリ。 一人頭で割ると1045円。 安いですねえ。 さてアルバイトと言っても、それはそれなりに一応はサパーのサーバント・マナーくらいは知らなくてはいけません。 早速、ボーイ長から教えを受けます。 ミネラルウォーターは瓶だけで中味は水道水。 プラスティックのケースに入った瓶の上からホースでじゃぶじゃぶ注ぎます。 ボーイ長は、瓶の中の水の位置を揃えるように指導します。 いかにも今蓋を開けたように見せるわけですね。 水の位置にばらつきがあると、水を入れ換えて使っているのがばれてしまいます。 良心的なお店は水といえども、ちゃんとお客の前で栓を抜きますね。 ただ、この店のテクは、ボトルだけはお客に封を切らせました。 これですべてが良心的だと思い込ませる演出ですね。 ボトルは一般小売価格そのままですから、なおのこと良心的だなぁ、と思い込みます。 もちろんこれはサントリーの営業戦略にバッチリ乗ってますから、原価割れは絶対してませんね。 そりゃまあ、千円のボトルをそのまま定価で売っているのですから、100円のミネラルウォーターを細かくいう人はいませんよね。 しかし、水道水1本100円で売りゃ儲かりますね。 それでもこの後、色々な店を転々とした委員長は、ビバヤングはまだまだ良心的なお店だったなあ、と感心したくらいですから、そりゃ当時はスゲーお店がいっぱいありました。 ボーイ長弱冠20歳、北海道出身、北島三郎先生的風貌の小柄のあんちゃんでした。 お正月にお目にかかるおサルの二郎君に瓜二つ、赤いベストがよーく似合う先輩でした。 その上に沖縄出身のウチマ主任という方が、委員長たちバイト社員の直属の上司となりました。 更にバイトの先輩二人が細かな指導をしてくれました。 二人とも現役大学生、歳は委員長たちより二つくらい上だったと記憶しています。 どこの職場も同じですが、新入りは気合を入れてよくコキ使われます。 ボーイ長はおサルだったので言葉使いは少々乱暴でしたが、別段さからいさえしなければ、それなりのどこにでもいる働き者の先輩といったところでした。 問題はバイトの先輩でした。 根本的に要領よく、楽して時間を稼ごうってな魂胆がありますから、新人には教えるフリして何でもやらせます。 最初のうちは先輩ですから、そんなものかと言うことも聞いていましたが、自給も待遇も一緒のこいつらになんで指図されなきゃなんねぇーんだ、と不良のあんちゃんの血が蘇ってきます。 道楽者は順応性が早いことと、適応能力が優れていることが特徴のひとつです。 出金時間の午後6時、委員長と酒屋の息子が待ち構える、正社員がホールに出た後の誰もいない裏の狭いロッカールーム、そこへやってきた先輩二人。 暴力こそはふるいませんでしたが、東映映画「仁義なき戦い」でしっかり覚えた広島弁が炸裂し、ただ者ではない証拠をしっかりと見せ付けたのでした。 すっかり恐縮した先輩方はおずおずとホールに出て行きました。 と、そこへ小柄でひ弱そうな沖縄出身のウチマ主任がやってきたのです。 「わしのライター見よらんかった? ここらで落としたと思うんじゃけぇ。 ありゃ高かったんよ。 ワシゃのう、普段はここでタバコ吸わんもんで、置くわけないと思うんじゃが」 沖縄出身は間違いないらしいのですが、なぜこの人が広島弁を使うのか知る者は誰一人おりませんでした。 しかし、広島言葉も使う人によっては、迫力のない単なる方言に成り下がるということを知った委員長でもありました。

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週刊少年ジャンプ45号ダイジェスト&ハイライトと感想を交えながら紹介するぜver電子版

荒野仏顔

先日行われた親鸞会の報恩講で、真宗大谷派の現役の住職さんが弁論大会に出場したそうです。 私の手元にそのパンフレットもあります。 堂々と名前も顔写真も掲載しています。 ただ、パンフレットの肩書は「教員」となっていますが。 この件については複数の人に状況を聞きましたが、人によって言うことが違うのでまだはっきりしたことはわかっていません。 ただ明らかなのが、大谷派の寺院の住職という立場のまま、周囲の人たちを親鸞会に勧誘したり、自分の寺の行事という位置づけで親鸞会の行事を主催しているといったことです。 この日本ではどんな宗教を信じようと自由です。 そして逃げも隠れもせずに本名をだして活動しているのですから、私からは何も言うことはありません。 この点は、選挙に勝つために脱会宣言した柴田未来さんよりよほどまともだと思います。 しかし、寺の住職という立場で親鸞会の布教をすることは許されないでしょう。 もし親鸞会の講師がその立場のままで他宗教の布教をしたら、除名どころではすみません。 大谷派という教団には私も様々な疑問を持っていますし、この教団には何万人という人が僧侶として所属しているのですから、その中の数人が親鸞会にシンパシーを感じて協力するのは不思議なことではないと思っています。 逆に親鸞会に愛想を尽かして東西本願寺に来る人は、その数十倍はいるのですから。 ただ、大谷派という教団は少なくとも教団に対して意見の言えるところです。 おかしいと思った所があれば言いたいことは言えるわけですし、批判も可能です。 親鸞会で寺や本願寺教団の批判を一人前にしてきたのかもしれないが、そのことをほかならぬ本願寺教団に対して言ってきたのでしょうか。 言わないのなら、単なる陰口でしょう。 彼の住職の言葉は現役の住職ということで、散々親鸞会のメディア戦略に使われてきました。 このブログで何度も報じたことですけど、会員を騙して高森会長の贅沢施設を次々と建設し、未だに自分たちの教団を隠さなければ布教一つできないようなところに、自分の立場が利用されていることに気づいて欲しいです。 住職という立場で人がついてくるのは、今まで大谷派という教団が、たとえ大きな問題を抱えているにせよ、曲がりなりにも門信徒と信頼関係を築いて、自浄作用を働かせてきたからです。 あなたの手柄ではありません。 親鸞会に勧誘する目的ならその看板は捨てるべきです。 当然でしょう。 住職という立場で親鸞会が重用してくれるのは、その看板が親鸞会の宣伝にとって極めて都合がいいからです。 あなた自身が求められている訳ではありません。 教員なのだから、そのくらいわかりませんか。 どちらにも片足突っ込んだままでいいとこ取りをするような生き方が果たして教えに対して誠実な態度なのかどうか、少しは考えてみるべきです。 自分のいる寺を守って育ててきた大谷派という教団に対して、きちんとけじめを付けてほしい。 創造していた以上に親鸞会は恐ろしい組織だという事ですか。 それでも、聴聞してきた仏教の内容は間違いない事だと確信できます。 嘘の塊ならば阿弥陀仏の本願も嘘になってしまいます。 本願が正しく説かれているから多くの人が聴聞し、寺の住職まで真剣に聴聞するのだと思います。 親鸞会は恐ろしい組織だと思い、関わらない様に避けてきましたが、阿弥陀仏の本願を説く聴聞だけは欠かさずに続けてきました。 親鸞会や会長が欲に塗れてガッカリでも弥陀の本願は真実だと確信しています。 高森先生の言う通りの本願でした。 本家本元の大沼氏の言う通りなのかな。 弥陀の本願を疑い、高森会長を善知識だと妄信しているからおかしな事になってしまうのですよ。 特に元専任講師の妄信ぶりは酷いものだ。 会長に裏切られても、まだ目が覚めないのだからね。 いつまで夢を見続けるのやら。 早く本願不思議に目覚めて下さいな。 投稿: 2016年10月24日 月 19時38分 最初から金や名誉が目的ではないと思います。 渇愛の法則でキリのない相対の幸福に夢中になってるだけなのでしょう。 少し親鸞会よりの鋭いコメントを投稿すると、スパムだとか言ってすぐに出入り禁止になってしまいとても寂しい思いをしていましたが、また自由に投稿できるようになって嬉しいです。 今度は蚊帳の外につまみ出す様な行為は勘弁してくださいね。 決して荒らしなどではなく、思った事を率直に書いただけなのですが、余りにも鋭い事を書きすぎましたかね。 言っておきますが、私は講師部なんぞではありませんよ。 導師にもなれない親鸞会の問題児のお花畑の会費も滞納するなまくらな会員ですよ。 本部も10年は御無沙汰ですね。 同朋の郷とやらも見た事ないね。 投稿: 2016年10月24日 月 19時54分 それならば、阿弥陀仏の本願の正しい解釈はどういう事になるのですか。 まさか誰かさんみたいに、「念仏称えたらどんな人でも助けます」とハッキリしない寝とぼけた事を言い出すのではないですよね。 悔しいけれど、高森先生の解釈の様に他力回向の信心を決定して念仏称える行者でないと報土の往生はかないません。 自力で深く信じて念仏してもダメなのです。 仏法は聴聞の一本道だと善知識方が口をそろえて言ってます。 だから、間違いだらけの危険な団体の中に忍び込んでまで本願を聞き続ける事が出来ました。 虎の穴に潜入する様な覚悟ですね。 身包み剥がされて食い殺される危険がいつも伴っていました。 これぞ命がけの求道と言いますね。 実際に高森教に堕ちて食い殺された人が沢山いるみたいですね。 本願よりも親鸞会を信じたら食い物にされちゃいますよ。 投稿: 2016年10月25日 火 06時54分 それは阿弥陀仏より賜る他力の信心でしょ。 自力がすたらなければ他力の信心はいただけません。 自力しかない凡夫が自力を捨てる事は死ぬ事と一緒でしょ。 自力でいくら念仏唱えても深く信じた事にはなりません。 でも、念仏には功徳があるから唱える事は悪ではないし、唱えるなとは言ってませんよ。 他力によって称えさせられる信心が伴った念仏がめでたいのであって、自力で唱える念仏では報土の往生は不可なわけですね。 自力も他力も分からないから苦労するのです。 やはり聴聞に極まりますね。 そこの所はしっかりと間違いなく説いてるから大谷派の住職も聞くのだと思いますよ。 それが抜けたら邪教になって誰一人として聞く人はいなくなりますよ。 早合点していなくなる人も多数いますがね。 他力が出るとまたスパムで出入り禁止になっちゃうのかな。 面白くないな! 投稿: 2016年10月25日 火 09時03分 深く信じるのと浅く信じるのは相対の世界でどれくらい信じればいいの? 共に自力の信心の背比べにすぎませんね。 求法太子が全財産で薪を買い、火をつけて真実知りたければ紅蓮の炎に飛び込めと善知識に言われましたね。 そんな事言う人がいれば、カルトだ騙されている、悪知識だと逃げ出すのが当然ですよね。 正に親鸞会とはそういう所ですね。 その中命を捨てて炎に飛び込んだから救われたのです。 そこまで聞かずにカルトだ悪知識だと騒いでいるだけの事です。 他力の信心は自力が無効と死ななければ獲られません。 迷いが深い人ですね。 自力でいくらお聖教を読んでも自力は自力でしかありませんな。 投稿: 2016年10月25日 火 11時24分 さよなら親鸞会を見る限り、カルト集団の恐ろしい側面が煮えたぎってますね。 親鸞会を妄信すれば救われると信じていた人が、おかしいぞと疑いを持って逃げ出したという事ですか。 最期に行き付く所は自力無効で三定死の必堕無間と知ればそうなるのも無理はないと思います。 世間体を捨てて、恐ろしい親鸞会に進んだ住職はそれなりに凄い仏縁の人だと思いますよ。 益々苦しい苦境に追い込まれると思いますが、真実聞いて明るくなるとは限りません。 阿弥陀仏に守護されながら苦境を体験させられますね。 真実を求める事はそう甘くはないですね。 全てを捨てて地獄を見る事になりますからね。 そなたは捨てモノにしがみ付いているだけですね。 投稿: 2016年10月25日 火 11時42分 親鸞会で言われる通りに妄信して、助かる宿善だと思って一生懸命に頑張る。 しかし、最期に知らされるのは、一つも宿善にならず、善は何一つ出来ずに後生の縁にはならない。 何も聴聞しておらず、何も変わっていない屍の自分。 本願を聞く耳が無いから金輪際助からない自分に泣かされます。 全部投げ捨てて求道してきたつもりが何も求道してない自分。 疑情が深く、疑情すら分からない。 ただもがき苦しむしかありません。 三定死の状態です。 その時に、「そのまま助けるぞ」と直の呼び声がハッキリと脳裏に聞こえます。 幼児の様な声が聞こえました。 本当だったと歓喜の心に満ち溢れます。 同じサヨナラでも、中退者と卒業者の違いです。 投稿: 2016年10月25日 火 13時13分 厚顔無恥の高森信者。 善の意味も念仏の意味も全く知らないで騒いでいる。 当然宿善の意味も完全に間違っている。 >自分の行った善が宿善になると思うから求道しているのでしょう。 正に聖道門の心で聴聞しているのだと思います。 回り道のようでも阿弥陀仏の方便願に叶ってますから確実にゴールに向かっていますよ。 聖道門と浄土門の違いさえ全く知らない恥知らず。 聖道門は浄土を願うことはない。 浄土門は浄土を願う。 聖道門の心で聴聞なら、さとりを得ようと聴聞すること。 愚か過ぎて、愚か過ぎて。 >会長が直接、献金しろとか勧誘しろなどと公の場で言った事は聞いた事ありません。 何度も言ってますよ。 宿善として財施をしろ、法施をしろと言っているのはなんなの? 19願の修諸功徳として六度万行の財施をしろ、法施をしろというのはなんの? 言い訳がお粗末過ぎ。 真実の信心を獲得した人はとありますね。 その前の部分も邪見驕慢の悪衆生は信楽を獲る事が難しいので、念仏の一行を三国の善知識方が進めたと書いてありました。 念仏の一行とは阿弥陀仏の本願の事ですね。 阿弥陀仏の本願は慶喜一念とあるように一念の信心という事ですよ。 絶対に助からない邪見驕慢の極悪人に勧められたのが弥陀の本願、念仏の道という事であって、念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 まずは自身が邪見驕慢の悪衆生だという事がハッキリと知らされなければ念仏の一行はすすめられません。 関係ないと思っているのでしょう。 投稿: 2016年10月25日 火 20時06分 >念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 恥の上塗り 以下再掲 親鸞聖人の本願の言い換え 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 善導大師の本願の言い換え(親鸞聖人も引用) もしわれ仏にならんに、十方の衆生、わが国に生ぜんと願じて、わが名号を称すること下十声に至らんに、わが願力に乗りて、もし生ぜずは、正覚を取らじ もしわれ仏にならんに、十方の衆生、わが名号を称すること下十声に至るまで、もし生ぜずは、正覚を取らじ 念仏称えたら助かるは間違いだという高森会長の解釈は、嘘でした。 残念ですけど。 投稿: 2016年10月25日 火 07時08分 投稿: 2016年10月25日 火 20時14分 もし人、われを念じ名を称しておのづから帰すれば、すなはち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆゑにつねに憶念すべしと。 (行巻・十住毘婆沙論) 「名を称しておのづから帰すれば」救われる。 問うていはく、なんがゆゑぞ観をなさしめずして、ただちにもつぱら名字を称せしむるは、なんの意かあるやと。 答へていはく、いまし衆生障重くして、境は細なり心は粗なり。 識颺り、神飛びて、観成就しがたきによりてなり。 ここをもつて大聖(釈尊)悲憐して、ただちに勧めてもつぱら名字を称せしむ。 まさしく称名易きに由(由の字、行なり、経なり、従なり、用なり)るがゆゑに、相続してすなはち生ずと。 (行巻・往生礼讃) 釈尊が勧められたのは念仏で、念仏して生ず。 投稿: 2016年10月25日 火 20時24分 「但有称名皆得往」といふは、「但有」はひとへに御なをとなふる人のみ、みな往生すとのたまへるなり、かるがゆゑに「称名皆得往」といふなり。 (唯信鈔文意) ひとへに念仏をとなえる人のみ、みな往生すですね。 「汝若不能念」といふは、五逆・十悪の罪人、不浄説法のもの、やまふのくるしみにとぢられて、こころに弥陀を念じたてまつらずは、ただ口に南無阿弥陀仏ととなへよとすすめたまへる御のりなり。 これは称名を本願と誓ひたまへることをあらはさんとなり。 「応称無量寿仏」とのべたまへるはこのこころなり。 「応称」はとなふべしとなり。 (唯信鈔文意) 信心以前に「ただ口に南無阿弥陀仏ととなへよとすすめたまへる御のりなり」ですね。 もし人、われを念じ名を称しておのづから帰すれば、すなはち必定に入りて阿耨多羅三藐三菩提を得、このゆゑにつねに憶念すべしと。 (行巻・十住毘婆沙論) 「名を称しておのづから帰すれば」救われる。 問うていはく、なんがゆゑぞ観をなさしめずして、ただちにもつぱら名字を称せしむるは、なんの意かあるやと。 答へていはく、いまし衆生障重くして、境は細なり心は粗なり。 識颺り、神飛びて、観成就しがたきによりてなり。 ここをもつて大聖(釈尊)悲憐して、ただちに勧めてもつぱら名字を称せしむ。 まさしく称名易きに由(由の字、行なり、経なり、従なり、用なり)るがゆゑに、相続してすなはち生ずと。 (行巻・往生礼讃) 釈尊が勧められたのは念仏で、念仏して生ず。 念仏を称えて往生するが間違いだなんて邪説は、真宗からは絶対に出てこないのよ。 そんなお言葉は存在しないの。 信心とは、念仏称えて往生すると疑いなく信じた心。 念仏抜きで信心も救いもないってこと。 恥をかきたくないなら、二度とコメントしないこと。 投稿: 2016年10月25日 火 20時45分 >聞く耳がない人は聴聞できませんね。 耳で重ねて何度も聴かなければ聞くという事があり得ません。 疑い無く聞く事が聴聞ですよ。 疑いある間はいくら同じ話を聴いても何も聞いてないのと同じです。 またまた無知の恥さらし。 釈迦如来のみことには念仏する ひとをそしるものをば「名無眼人」と説き、「名無耳人」と仰せおかれたることに候ふ。 (末灯鈔) 念仏を否定する人、高森信者のことを無耳人というのですわ。 念仏称えて助かると浅くでも信じている人は無耳人ではないの。 >疑い無く聞くとはどういう事なのですか? 日本語分からないの? 疑うことが全くない、そのまま信じる、深く信じる、深信 思といふは信なり、きくも他力よりきき、おもひさだむるも願力によりてさだまるあひだ 思というのは信心なり、聞くというのも自力ではなく他力で聞くことであり、思い定めるのも阿弥陀仏の願力によって定まる 聴聞とは自力は微塵もないことをいうの。 日本語わかりますか? 投稿: 2016年10月26日 水 11時15分 大聖易往とときたまふ 浄土をうたがふ衆生をば 無眼人とぞなづけたる 無耳人とぞのべたまふ (浄土和讃) 浄土を疑っている人を無耳人とお釈迦様は仰ったのですがね。 この元は『安楽集』 また『目連所問経』のごとし。 「仏、目連に告げたまはく、〈たとへば万川の長流に浮べる草木ありて、前は後を顧みず、後は前を顧みず、すべて大海に会するがごとし。 世間もまたしかなり。 豪貴・富楽自在なることありといへども、ことごとく生老病死を勉るることを得ず。 ただ仏経を信ぜざるによりて、後世に人となれども、さらにはなはだ困劇して、千仏の国土に生ずることを得ることあたはず。 このゆゑにわれ説く、《無量寿仏国は往きやすく取りやすし。 しかるに人修行して往生することあたはず、かへりて九十五種の邪道に事ふ》と。 われこの人を説きて無眼人と名づけ、無耳人と名づく〉」と。 経教すでにしかなり。 なんぞ難を捨てて易行道によらざらんや。 念仏称えて浄土に往きやすいのに、善に拘り、救われないと九十五種の邪道(高森外道を含む)につかえる人を、無耳人と仰っています。 悉く間違った高森外道を真宗と勘違いした喜劇コメントを恥じよ。 投稿: 2016年10月26日 水 11時40分 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 詮ずるところ、名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。 (末灯鈔) 信前(自力)の念仏=また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ 信後(他力)の念仏=念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり 信前(自力)の信心=、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、あさく信じて 信後(他力)の信心=、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて ニホンゴワカリマスカ? 投稿: 2016年10月26日 水 13時11分 負け惜しみだけは超一流(笑) --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- 一日でこれだけ変わっているんですけど。 --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 (=念仏唱えたら助かるは間違いない事です) 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- 投稿: 2016年10月27日 木 12時35分 そなたはお聖教を見て正しく解釈できるほど危篤な人なんだ。 偉い人なんだ。 深くたのんで=信心決定して 念仏称える人は必ず報土に往生できますよ。 邪見驕慢の人は信心決定できないから、念仏称えて往生する人になれません。 分かりやすく言えばそういう意味であり、高森先生の言う事が正解になりますね。 これだけ解いてもまだ分かりませんか?よほど因業な人ですね。 もう親鸞会の事は全部忘れてウジウジグチグチするのはやめなさい。 どう解釈してもそなたの解釈は大間違いなんだからね。 もうやめなさい!! 大谷派の住職のようにプライドや地位名誉を捨てて素直になりなさい。 投稿: 2016年10月27日 木 20時54分 貴殿は日本語が不自由だからお聖教を読むことができないんだよ。 親鸞聖人は唯信鈔文意と一念多念証文の最後に、田舎の文字の意味も分からないような人のためにこの本を書いたと仰っているけど、そんな学のない人よりも日本語に不自由しているってことだね。 幼稚園並ってことで、それでは無理ですわ。 ちなみに高森会長は『会報 第三集』に 係念の宿善というのは過去に於て自力ながらも心を阿弥陀仏一仏にかけて念仏してきた善根をいい、諸仏の浄土を願わず、ただ弥陀一仏に念を係けて来たのだから係念といわれる。 『大無量寿経』には、これを「若人無善本」といい、二十願には「植諸徳本」と説かれている。 『定善義』に「過去已曾・修習此法・今得重聞」とあるのも、この係念の宿善を示すものである。 と書いているね。 善本とは念仏のことだよ。 化土巻にも 善本とは如来の嘉名なり。 この嘉名は万善円備せり、一切善法の本なり。 ゆゑに善本といふなり。 とあるでしょ。 高森会長でさえ知っていることを知らないなんて、高森外道の教義も理解していないじゃない。 高森会長以下の知能では、真宗の教義について理解するのは無理だ。 投稿: 2016年10月27日 木 21時13分 --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 (=念仏唱えたら助かるというのは間違いない事です) 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- 深くたのんで=信心決定して=念仏往生とふかく信じて ニホンゴワカリマスカ? 邪見驕慢の人は信心決定できないから、念仏称えて往生する人になれません。 =高森信者は信心決定できないから、念仏称えて往生する人になれません。 ニホンゴワカリマスカ? 善本徳本がなければ信心決定して念仏称える人にはなれませんよ。 =念仏称えたことがなければ信心決定して念仏称える人にはなれませんよ。 ニホンゴワカリマスカ? 投稿: 2016年10月27日 木 21時18分 係念の宿善というのは過去に於て自力ながらも心を阿弥陀仏一仏にかけて念仏してきた善根をいい、諸仏の浄土を願わず、ただ弥陀一仏に念を係けて来たのだから係念といわれる。 『大無量寿経』には、これを「若人無善本」といい、二十願には「植諸徳本」と説かれている。 『定善義』に「過去已曾・修習此法・今得重聞」とあるのも、この係念の宿善を示すものである。 おぬしもたまにはそのとおりの事を言ってるじゃん。 「自力ながらも」という断りが大事なところだよ。 残念でした。 念仏称える事は確かに徳になり善になりますね。 そのことと深く信じて念仏称えるは違う意味ですね。 自力と他力の違いだという事が分かるかな。 日本語の問題じゃないのだよ。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 (末灯鈔) 18願 =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきこと 自力の信心 =信心あさく 他力の信心 =念仏往生とふかく信じて =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて お聖教そのまま 投稿: 2016年10月28日 金 09時46分 総まとめ 1.善知識が勧められたのは? 親鸞聖人 念仏一行 高森外道 念仏一行である筈がない 2.深く信じるとは? 親鸞聖人 深信・疑いのない信じ方 高森外道 深いとか浅いは相対的なもの 3.18願の救いとは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じて念仏称える 高森外道 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解 4.無耳人とは? 親鸞聖人 外道・念仏を謗る人 高森外道 全人類 5.邪見驕慢の悪衆生とは? 親鸞聖人 念仏を称えて助かるという教えを信じない人 高森外道 念仏を称えて助かるという教えを信じる人 6.善本とは? 親鸞聖人 自力念仏 高森外道 善のこと 7.親鸞聖人の御著書を読める人は? 親鸞聖人 田舎の学のない人でも読める 高森外道 高森会長以外に読める人はいない 8.信心とは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じた心 高森外道 念仏称えて往生するというのは間違いと信じた心 投稿: 2016年10月28日 金 10時07分 いくら言っても分からない人は一人で勝手に解釈して自己満足していればいいのです。 もう係るのは無駄だと知りました。 こういう奴に付き合うとまたスパムになって出入り禁止の刑やで。 大谷派の住職も多くの住職も利害関係や色眼鏡なく親鸞会の言う事を聞いてみて、本願とは何かと真面目に考える機会が出来たのは良い事だと思います。 聞いた上で間違いを指摘してより正しく開顕される事が真宗の繁栄になると思います。 派閥をつくって批判しあっていては共倒れやで。 自分の感情で批難し続けるウジウジグチグチ野郎は門外ですので相手になりません。 相当やられて恨みツラミ妬み、怒りの心に任せて親鸞会を潰す事に執念を持ち続けている哀れな姿が想像できます。 投稿: 2016年10月28日 金 11時33分 >問うてる事は概ね両方とも間違いないという事になります。 正しいと認めているじゃないの。 それなのに、 >一人で勝手に解釈して自己満足していればいいのです。 と間違いとまた言っているのは何? これも矛盾じゃないの? --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 投稿: 2016年10月25日 火 20時06分 --------------------------- ---------------------------- 名号を称える者は必ず報土往生間違いなしは間違いない事です。 (=念仏唱えたら助かるというのは間違いない事です) 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- これが矛盾していないそうです。 矛盾の意味知ってますか? 投稿: 2016年10月28日 金 12時32分 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 (末灯鈔) 18願 =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきこと 自力の信心 =信心あさく 他力の信心 =念仏往生とふかく信じて =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて お聖教そのまま 投稿: 2016年10月28日 金 14時38分 やっぱり日本語が不自由のようで。 18願 =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきこと 自力の信心 =信心あさく 他力の信心 =念仏往生とふかく信じて =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて 他力の信心と書いた時点で、衆生が自分で信じるのではないってことでしょ。 こんなことを一々解説しないといけないの? 再度、 他力の信心は、自分で信じるんじゃないよ、他力の信心を深く信じると親鸞聖人は表現され、自力の信心を浅く信じると表現されているの。 相当程度が低いみたいだから理解できないと思うけどね。 投稿: 2016年10月28日 金 22時04分 愚かな人のために親切な解説 弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 (末灯鈔) 18願 =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきこと 自力の信心(自分でおこす信心) =信心あさく 他力の信心(阿弥陀仏から賜る信心) =念仏往生とふかく信じて =名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて 深心はすなはちこれ真実の信心なり。 自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。 いま弥陀の本弘誓願は、名号を称すること下至十声聞等に及ぶまで、さだめて往生を得しむと信知して、一念に至るに及ぶまで疑心あることなし。 ゆゑに深心と名づく(行巻・信巻) 機の深信は、出離できるような善ができない。 (善ができないではなく薄く少ない) 法の深信は、念仏をして往生できることに疑いなし 念仏称えて助かるとハッキリスッキリ阿弥陀仏から賜ったのが、信心決定。 専修正行になりきはまるかたの執心あるひとは、さだめて報土極楽国に生ずべしとなり。 (正信偈大意) 阿弥陀仏により念仏一行と心が定まりきった人は、必ず報土に往生できる。 信心決定 =専修正行になりきはまるかたの執心 =阿弥陀仏により念仏一行と心が定まりきる 一心念仏の行者、一念慶喜の信心さだまりぬれば、韋提希夫人とひとしく、喜・悟・信の三忍を獲べきなり。 (正信偈大意) 信心決定 =一心念仏 =一念慶喜の信心さだまり 阿弥陀仏により念仏一行と心が定まったことを信心決定という。 投稿: 2016年10月28日 金 22時09分 阿弥陀仏により念仏一行と心が定まったことを信心決定という。 ようやく素晴らしい解釈になりましたね。 その通りですね。 阿弥陀仏より賜る信心でないと念仏一行にはなれないという事ですよね。 自分で念仏一行と定めるは仮土往生であり方便です。 18願の報土往生が阿弥陀仏の本心です。 18願を心底ハッキリ聞くには、重ねて耳より聴聞するしかないのです。 自分で念仏一行と定まった人は真実の善が出来ない自己を知っている筈だと思います。 だから、善は必要ないとまで言い張ったのだと思います。 最期は善も聴聞も唱える念仏も一つも間に合わなかったと知らされます。 極悪人がそのままで救われる不思議な願力だと驚きますよ。 投稿: 2016年10月29日 土 07時14分 総まとめ 1.善知識が勧められたのは? 親鸞聖人 念仏一行 高森外道 念仏一行である筈がない 2.深く信じるとは? 親鸞聖人 深信・疑いのない信じ方 高森外道 深いとか浅いは相対的なもの 3.18願の救いとは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じて念仏称える 高森外道 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解 4.無耳人とは? 親鸞聖人 外道・念仏を謗る人 高森外道 全人類 5.邪見驕慢の悪衆生とは? 親鸞聖人 念仏を称えて助かるという教えを信じない人 高森外道 念仏を称えて助かるという教えを信じる人 6.善本とは? 親鸞聖人 自力念仏 高森外道 善のこと 7.親鸞聖人の御著書を読める人は? 親鸞聖人 田舎の学のない人でも読める 高森外道 高森会長以外に読める人はいない 8.信心とは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じた心 高森外道 念仏称えて往生するというのは間違いと信じた心 投稿: 2016年10月29日 土 07時31分 矛盾の意味さえ知らないし、支離滅裂、竜頭蛇尾の思考 以下再掲 お聖教通りのお言葉で、解釈とか以前の話ですがね。 日本語も不自由で、論理も無茶苦茶な人は、コメントを控えた方が宜しいかと思いますよ。 正しいと認めているじゃないの。 それなのに、 >一人で勝手に解釈して自己満足していればいいのです。 と間違いとまた言っているのは何? これも矛盾じゃないの? --------------------------- 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解ですね。 投稿: 2016年10月25日 火 20時06分 --------------------------- ---------------------------- 名号を称える者は必ず報土往生間違いなしは間違いない事です。 (=念仏唱えたら助かるというのは間違いない事です) 投稿: 2016年10月26日 水 19時07分 ---------------------------- これが矛盾していないそうです。 善が出来ると自惚れ一杯なのが凡夫の性分なのよ。 自惚れ一杯の凡夫は命がけで諸善をやらなければ善が出来ない事すら分からぬの。 そなたは、善が出来ないと知っていると自惚れてるだけだ。 善が出来なければ、功徳のある名号を信じるしかないよね。 阿弥陀仏の本願を聴聞していれば何とかなるとすがります。 でも最期はその聴聞すらまともに出来なんだと知らされてもがき苦しみます。 自惚れ一杯の凡夫は自惚れてる事すら分かりません。 そなたのように・・。 邪見驕慢の悪衆生だと思いもしません。 そんな救いようのない奴は三願転入の道で真実に近づく以外に方法がありません。 方便の願が必要です。 それが調熟の光明なのです。 投稿: 2016年10月29日 土 08時26分 やっぱり本心が出た。 >言葉では矛盾に思えても、意味は全然矛盾してないよ。 >善が出来ると自惚れ一杯なのが凡夫の性分なのよ。 >自惚れ一杯の凡夫は命がけで諸善をやらなければ善が出来ない事すら分からぬの。 そなたは、善が出来ないと知っていると自惚れてるだけだ。 言葉では矛盾しているから意味も矛盾しているのよ。 日本語が不自由だと分からないだろうけど。 悪人は善ができるなんて最初から思っていないんだよ。 善をしようという気すらないんだからね。 仏法・世俗の二種の善根あることなし。 ただ悪を作ることを知るのみ。 (観経疏) 悪人とは、仏法を求める気もなく、倫理道徳の善さえする気のないもののこと。 そんなものが救われるのが18願念仏。 これを否定することを仏智疑う罪、疑情、無明の闇というのね。 つまり、貴殿は仏智疑う罪、疑情、無明の闇満載の者と言うことだ。 もちろん貴殿は邪見驕慢の悪衆生ですが、退会者は邪見驕慢の悪衆生ではない。 投稿: 2016年10月29日 土 08時43分 総まとめ 1.善知識が勧められたのは? 親鸞聖人 念仏一行 高森外道 念仏一行である筈がない 2.深く信じるとは? 親鸞聖人 深信・疑いのない信じ方 高森外道 深いとか浅いは相対的なもの 3.18願の救いとは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じて念仏称える 高森外道 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解 4.無耳人とは? 親鸞聖人 外道・念仏を謗る人 高森外道 全人類 5.邪見驕慢の悪衆生とは? 親鸞聖人 念仏を称えて助かるという教えを信じない人 高森外道 念仏を称えて助かるという教えを信じる人 6.善本とは? 親鸞聖人 自力念仏 高森外道 善のこと 7.親鸞聖人の御著書を読める人は? 親鸞聖人 田舎の学のない人でも読める 高森外道 高森会長以外に読める人はいない 8.信心とは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じた心 高森外道 念仏称えて往生するというのは間違いと信じた心 9.三願転入する必要があるの? 親鸞聖人 三願転入は遠回りの道で、悪人には無関係 高森外道 全人類は必ず三願転入しなければ絶対に救われない 投稿: 2016年10月29日 土 08時46分 やっぱり思考がおこちゃまですね。 悪人の往生とは この三品は、尋常の時ただ悪業を造りて往生を求めずといへども、臨終の時はじめて善知識に遇ひてすなはち往生を得。 (選択集) 『観経』の下輩は、みなこれ一生造悪の機なるがゆゑに、生れてよりこのかた仏法の名字をきかず、ただ悪業を造ることをのみしれり。 しかるに臨終のときはじめて善知識にあひて一念・十念の往生をとぐといへり。 (真要鈔) こういうもの。 善をしようとも思わないし、善と言う方便もないのに臨終に念仏称えて救われるというのが18願。 これを 『観経』には「極重の悪人他の方便なし。 ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得」(行巻) と仰っている訳。 極重の悪人には善と言う方便がないの。 ではどのようにして往生するのかといえば、ただ弥陀を称してと念仏称えて極楽に生まれるというのが18願。 悪人に善なんか無関係なのよ 投稿: 2016年10月29日 土 09時50分 総まとめ 1.善知識が勧められたのは? 親鸞聖人 念仏一行 高森外道 念仏一行である筈がない 2.深く信じるとは? 親鸞聖人 深信・疑いのない信じ方 高森外道 深いとか浅いは相対的なもの 3.18願の救いとは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じて念仏称える 高森外道 念仏唱えたら助かるというのは恐ろしい曲解 4.無耳人とは? 親鸞聖人 外道・念仏を謗る人 高森外道 全人類 5.邪見驕慢の悪衆生とは? 親鸞聖人 念仏を称えて助かるという教えを信じない人 高森外道 念仏を称えて助かるという教えを信じる人 6.善本とは? 親鸞聖人 自力念仏 高森外道 善のこと 7.親鸞聖人の御著書を読める人は? 親鸞聖人 田舎の学のない人でも読める 高森外道 高森会長以外に読める人はいない 8.信心とは? 親鸞聖人 念仏称えて往生すると深く信じた心 高森外道 念仏称えて往生するというのは間違いと信じた心 9.三願転入する必要があるの? 親鸞聖人 三願転入は遠回りの道で、悪人には無関係 高森外道 全人類は必ず三願転入しなければ絶対に救われない 10.悪人に善という方便が必要なの? 親鸞聖人 極重の悪人他の方便なし 高森外道 悪人にこそ方便が絶対に必要 投稿: 2016年10月29日 土 09時53分 観経下品下生往生 下品下生といふは、あるいは衆生ありて不善業たる五逆・十悪を作り、もろもろの不善を具せん。 かくのごときの愚人、悪業をもつてのゆゑに悪道に堕し、多劫を経歴して苦を受くること窮まりなかるべし。 かくのごときの愚人、命終らんとするときに臨みて、善知識の種々に安慰して、ために妙法を説き、教へて念仏せしむるに遇はん。 この人、苦に逼められて念仏するに遑あらず。 善友、告げていはく、〈なんぢもし念ずるあたはずは、まさに無量寿仏〔の名〕を称すべし〉と。 かくのごとく心を至して、声をして絶えざらしめて、十念を具足して南無阿弥陀仏と称せしむ。 仏名を称するがゆゑに、念々のなかにおいて八十億劫の生死の罪を除く。 命終るとき金蓮華を見るに、なほ日輪のごとくしてその人の前に住せん。 肉体の臨終です。 投稿: 2016年10月29日 土 11時45分 真要鈔の前後 問うていはく、『観経』の下輩の機をいふに、みな臨終の一念・十念によりて往生を得とみえたり。 まつたく平生往生の義を説かず、いかん。 答へていはく、『観経』の下輩は、みなこれ一生造悪の機なるがゆゑに、生れてよりこのかた仏法の名字をきかず、ただ悪業を造ることをのみしれり。 しかるに臨終のときはじめて善知識にあひて一念・十念の往生をとぐといへり。 これすなはち罪ふかく悪おもき機、行業いたりてすくなけれども、願力の不思議によりて刹那に往生をとぐ。 これあながちに臨終を賞せんとにはあらず、法の不思議をあらはすなり。 もしそれ平生に仏法にあはば、平生の念仏、そのちからむなしからずして往生をとぐべきなり。 平生と臨終の比較。 もちろん肉体の平生と臨終 投稿: 2016年10月29日 土 11時50分 >直前までは心底より善知識を善知識だと信じておらず疑ってますから、臨終に善知識に遇うという事になりますし、極重の悪人と知らされて韋提希の様にもがく人にとっては他に方便がある訳ありませんから。 肉体の臨終になって初めて仏法を聞く気になるから、「尋常の時ただ悪業を造りて往生を求めず」なんですよ。 平生に仏法を聞くなら「尋常の時ただ悪業を造りて往生を求める」ですね。 極重の悪人と知らされるなんて、妄想以外の何物でもない。 歴代の善知識で、御自身のことを極重の悪人、あるいは逆謗と仰った方がおられますか? 法然上人も親鸞聖人も、われら五逆をつくらず、と仰っていますから、下品下生ではない、つまりわれらは極重の悪人でも逆謗でもないってことですわ。 投稿: 2016年10月29日 土 11時56分 これは文章だけみれば、臨終とは死ぬ時だと思いますが、体失不体失往生の淨論で親鸞聖人が若不生者の生まれるを死んでからではなく、心が生まれると読んだのと一緒だよ。 一度死んで生まれるのは心の事ですね。 死ぬのは臨終の事ですね。 だから、心の臨終の事を言ってますね。 善恵坊の大先生ですら間違えるくらい難しい事なので、そなたがそう思うのも無理がないと思います。 普通に考えても、一生悪を作り続けて、臨終に善知識が現れて念仏唱えたら極楽だなどと虫のいい話はありません。 善知識たのみだよそれじゃね。 生臭坊主でも善知識になれるのかな。 だいたい死ななければ坊さんは来てくれないよ。 意味を知らずに文章だけ読んでるとそういうおかしな笑い話になるのだよ。 投稿: 2016年10月29日 土 13時08分 平生に善をせず、仏法を聞かない人が、平生に突然心の臨終である三定死を勝手に迎え、なぜか仏法を聞く気になり、善知識を呼んで、善知識からはじめて仏法を聞いて、念仏を称えるように勧められるが、心の臨終である三定死の苦しさから、仏を念ずることができないと善知識に訴えると、善知識はそれでも良いから念仏を10回称えなさいと念仏を勧められ、心の臨終で心が死んだあと往生した。 これが観経の下品下生の往生ってことらしい。 仏法を聞かなくても、心の臨終がやってくるから、高森会長から話を聞く必要ないってことね。 心の臨終がくるまで寝て待っていようね、異星人さん。 でも、やっぱり善をせずに念仏称えて往生することは、何も変わりませんから、善を勧めるのは善知識ではないってことで、それくらいは認めるのね、異星人さんは。 それとも、善をしていないと釈尊は説かれているけど、実際は善をしているに決まっている!!と天台大師と同じことをいうのかな? 心の臨終のあと、善知識に遭ったというのも嘘で、本当は善知識に遭ったあとに心の臨終を迎えたに決まっているから、観経は間違いだ!と言いたいのかね。 謗法の限りを尽くして、無間地獄星に言ってくださいね。 投稿: 2016年10月29日 土 15時23分 高森外道を信じる異星人さんの観経下品下生の解釈は、 1.善をしていないというのは嘘だ、絶対に善をしているがしていないと釈尊が嘘を仰っただけ。 2.念仏を10回称えて往生したというのも嘘だ、これは心の往生を遂げた後の報謝の念仏だ、順番を釈尊が間違えただけ。 3.心の臨終である三定死を迎えた後に初めて善知識に遭ったことになっているが嘘だ、善知識に遭って善を勧められて善ができないことを知らされてから三定死を迎えたのに、釈尊が嘘を仰っただけ。 4.観経のお言葉通りに説明した善導大師、源信僧都、法然上人、親鸞聖人、存覚上人は無能だ、観経の嘘を見抜くことができない解釈は無意味。 こういうことでOKですか? 投稿: 2016年10月29日 土 15時47分 観経の下品下生を心の臨終と解釈すると文字通りでは 平生に善をせず、仏法を聞かない人が、平生に突然心の臨終である三定死を勝手に迎え、なぜか仏法を聞く気になり、善知識を呼んで、善知識からはじめて仏法を聞いて、念仏を称えるように勧められるが、心の臨終である三定死の苦しさから、仏を念ずることができないと善知識に訴えると、善知識はそれでも良いから念仏を10回称えなさいと念仏を勧められ、心の臨終で心が死んだあと往生した。 こうなります。 そうなると異星人さんの >仏法を真剣に聴聞しなければ三定死もなければ、念仏称える事もないでしょ。 そのまま滝壺に堕ちるだけだよ。 ここに抵触する訳です。 だったら、善の勧めも含めて以下のように修正しないとおかしくなる。 1.善をしていないというのは嘘だ、絶対に善をしているがしていないと釈尊が嘘を仰っただけ。 2.念仏を10回称えて往生したというのも嘘だ、これは心の往生を遂げた後の報謝の念仏だ、順番を釈尊が間違えただけ。 3.心の臨終である三定死を迎えた後に初めて善知識に遭ったことになっているが嘘だ、善知識に遭って善を勧められて善ができないことを知らされてから三定死を迎えたのに、釈尊が嘘を仰っただけ。 4.観経のお言葉通りに説明した善導大師、源信僧都、法然上人、親鸞聖人、存覚上人は無能だ、観経の嘘を見抜くことができない解釈は無意味。 結論は、観経もお言葉通り読むな、釈尊も善導大師も源信僧都も法然上人も親鸞聖人も読み間違えているとなる。 簡単でしょ。 投稿: 2016年10月29日 土 17時29分 観経の下品下生の常識の解釈というか、地球人ならこのようにしか読めない。 平生に善をせず、仏法を聞かない人が、肉体の臨終に死後の不安から、善知識を呼んで、善知識からはじめて仏法を聞いて、念仏を称えるように勧められるが、肉体の臨終の苦しさから、仏を念ずることができないと善知識に訴えると、善知識はそれでも良いから念仏を10回称えなさいと念仏を勧められ、肉体の臨終で肉体が死んだあと往生した。 心の臨終って、地球人では読めないわ。 ここで分かることは、 1.善知識は善を勧められていない。 2.善を全くすることなく念仏を称えただけで往生している。 高森会長の言っていることを、完璧に粉砕した内容。 投稿: 2016年10月29日 土 17時58分 衝撃的なコメント有難うございます。 高森先生の話に疑問を持ちながらも、ずるずる会員を続けてきましたが、観無量寿経の下品下生については、目から鱗が落ちるよりも遥かに衝撃的な内容です。 善のすすめもないし、信後の報謝としか聞いていない念仏を称えて助かるなんて、高森先生は一度として御法話で話されたことがありません。 これが親鸞聖人の正しいみ教えだったのですね。 講師かどうか知りませんが、支離滅裂でなんら反論できないコメントの連続にも驚きです。 財施の要求もこれできっぱり拒否します。 波風立たないように、ひっそりと親鸞会から去っていくようにします。 投稿: 原液 2016年10月29日 土 19時03分 論点が難しくてよく分かりませんが、観無量寿経の念仏を称えればどんな人も必ず助かるという事なのですか? 大無量寿経が真実の願だと聞かされ続けてきましたが、観無量寿経の教えを信じて念仏すれば何の心配もいらないし、仏教を真剣に聞く必要もないという事なのですか? 大無量寿経が真実で他のは方便の願だとずっと聞かされてきましたが、騙され続けてきたという訳ですね。 いよいよ死ぬ直前になって南無阿弥陀仏と言えばそれだけでいいという極めて単純で簡単な教えが本当の親鸞聖人の教えだったのですね。 本当にありがたい教えですよね。 もう親鸞会で仏教聞くのはやめて欲に任せて好き勝手な事をして楽しく生きます。 もう仏教の為にお金はびた一文だしません。 投稿: 2016年10月29日 土 20時37分 イエスの十二使徒のトマスとバルトロマイ ナサナエル が西暦52年にインドに渡り、 建築家として名を成して大手スポンサーを得た後、各地でイエスの教えを説いた。 彼の説いた教義は以下の7つに要約される。 そして身代わりになる事で、人々がその名を唱えるだけで救われるほどの 偉大な存在となったと説かれている。 ちなみに「南無阿弥陀仏」とは「アミダ様を信じます、帰依します」という意味である 対するキリスト教のシンボル・イエスもまた 人々の罪の「身代わり」となって死んだ存在であり、 「主 イエス の名を呼ぶ者は、みな救われる」 使徒2章21節 と聖書に記されている。 と、宗教固有の特徴を並べて比較していくと、何から何まで不自然なほどソックリである。 というのも、実は阿弥陀仏とは、当時の仏教徒がそのままイエスを取り込んで作り上げた存在であり、起源においてイエスと同一の存在であるからなのだ。 唱えている人間は全く知らない場合が多いが、実は「南無阿弥陀仏」とは、「イエス様を信じます」の意味なのである。 投稿: 2016年10月30日 日 11時02分 ちなみにこんにち伝えられている釈迦像も、実は本来の姿ではなく、2世紀にインドの仏教僧・馬鳴 アシュバゴーシャ によって作られたものである。 これにもまた、シッダールタ本人の伝道の歴史を核として、キリスト教の教えが多分に混入している。 ダビデ王の血筋から生まれたイエス。 浄飯王の血筋から生まれた釈迦。 偉大なる王であり偉大なる救い主になるだろうと、幼少に女性に預言されたイエス。 偉大なる王か偉大なる宗教指導者になるだろうと、幼少に女性に予言された釈迦。 少年期に沢山の祭司たちを相手に驚嘆させる才能を示したイエス。 少年期に沢山のバラモンたちを相手に驚嘆させる才能を示した釈迦。 30歳まで何をしていたのか定かでなく、その後出家してヨルダン川で洗礼を受けたイエス。 29歳まで何をしていたのか定かでなく、その後出家してニレンゼン川で洗身を受けた釈迦。 荒野において40日間悪魔の3つの誘惑 マタイ4章1~11節 に耐えて修行を積み、自らの教義を確立したイエス。 菩提樹の下において49日間悪魔 マーラー の3つの誘惑に耐えて修行を積み、自らの教義を確立した釈迦。 偉大なる牛飼いシャカと、偉大なる羊飼いイエスは その他経典に見られる様々なエピソードに至るまで異様なまでに似ている。 成立年代を見るとキリスト教の方が先である事から、恐らくイエス伝の側がオリジナルである。 要は仏教徒の多くは、本来の釈迦の伝記だけではなく、 実は後世付与されたキリストの物語を、釈迦の伝記だと思い込んで 古来から有難がってきたというのが真相なのである。 投稿: 2016年10月30日 日 11時18分 聖書はいつ誰がどこで書いたのか不明の書物ですが、5000年以上前の文明の産物、預言本なのは確かです。 今の文明の前の高度文明からの叡知です。 キリスト教は道を踏み外しましたが、東の果てでイスラエル国を作り、形を変えて伝え続けられるようです。 日本神道の奥義もそれに当たりますが、一番は阿弥陀仏の本願を説く親鸞聖人の教えの事だと確信します。 残念ながら本願寺は儀式になり正しく説かれていません。 念仏唱えたら死んだら極楽だと、アーメンと言えば全ての罪が消えると言っているキリスト教と同じ邪教です。 聖書では一度死んで不滅体に復活すると書いてありますが、これぞ信心決定の事だと解釈できます。 キリスト教ではイエスが貼り付けで処刑された後に復活体になって再臨したと肉体の事にとらわれて間違えています。 投稿: 2016年10月31日 月 09時19分 イスラエルのカド族が日本に侵入して国を作りました。 だからミカドと名乗ります。 皇室で秘密の儀式が行われてますが、神社でも真似事をしています。 イエスは一度処刑になり、絶対神の力で絶対に死なない復活体になって再臨したというのがキリスト教ですが、親鸞聖人の教えは平生業成であり、肉体は生きたまま一度死んで阿弥陀仏の願力により絶対の幸福に生かされます。 聖書の通りの体験ですね。 キリスト教や本願寺は臨終に名を唱えて死んだら極楽だ天国だと聞き間違っています。 ならば、仏教の歴史は2600年ではなく、10000年よりも長い無始よりの教えになります。 それが阿弥陀仏の本願であり、親鸞会で生きているのかもしれません。 それを浅はかな知恵で日本語がどうのと計ってもダメですね。 投稿: 2016年10月31日 月 09時35分 阿弥陀仏の本願で大宇宙が満ち溢れていて、その中にあぶくの様に現れたのが佛教でありキリスト教なのよ。 聖書は前文明の遺産であり、前文明は天体による天変地異により水没して滅亡しました。 それがノアの箱舟であり実際に引き起りました。 化石や原油はその時の遺物なのです。 再び天体による天変地異が起こります。 それが黙示録なのよ。 ゴットによる救いと阿弥陀仏の本願は共通したものがあるのよね。 バチカンが作った新・旧約聖書も、結集して作った経典も解説書であって、本願を体得するのが目的なのです。 解説書は本質の本質は表しきれてないのです。 だから、時代や人によって変わってしまうのよ。 その変質したモノをただ信じてもダメなのよ。 信じるとは疑いがなくなった事なのです。 投稿: 2016年10月31日 月 09時58分 邪馬台国時代の日本列島が東西真っ二つだったって事も知ってるかな。 魏志倭人伝にハッキリと書いてあるよ。 だから、飛騨、信州から貝やクジラや魚の化石が沢山出てくるのよ。 日本列島が世界地図の縮小版だって事もしってるかな。 竜の形をしてるのよ。 狛犬は二つあったスフインクスのあうんを表してるって知ってるかな。 平安京が十字架にかけられたイエスを表す人型にデザインされて作られたって事も知ってるかな。 日本が東のイスラエルだって事を知ってるかな。 君が代をヘブライ語に当てはめると見事にその事が浮き彫りになるって事も知ってるかな。 不思議な国が日本なんですよ。 投稿: 2016年10月31日 月 12時26分 >>カルトだと言っているのは個人的な感想なのですから。 誰もカルトだと決めつけは出来ないと思います。 工作員の方々はこれを見てランクアップしようとしないとは思いますが。 是非カルトと呼ばれないように善をして下さい。 投稿: 2016年11月 2日 水 14時48分 >親鸞会がカルトではなく本物だと信じて続けている人も沢山います。 その人にカルトだと言うのも信教の自由に違反だと思います。 カルトだと言っているのは個人的な感想なのですから。 誰もカルトだと決めつけは出来ないと思います。 決めつけられるのならば親鸞会と一緒ですね。 だから忘れるのが一番だと思いますよ。 カルトだと思ったり言ったりすること自体は憲法の信教の自由には反しないと思いますよ。 右翼系カルト団体だと認定されている日本会議の構成新興宗教は 統一教会や成長の家その他右翼系神道新興宗教だとされていますが、本人達ははカルトだとは思っていないでしょう。 カルトかどうかというのは、外形から判断されるものです。 本人達は自分たちが信じている宗教は真実でありカルトではないと皆思っていますから。 創価学会がカルトだと認定されたのは、信じている内容ではなくやっていることからそのように判断されたのです。 以下信教の自由について 信教の自由のうち内心の信仰に関するものについては、思想・良心の自由(日本国憲法第19条)と同じく絶対的無制約と解されている。 内心の信仰において邪教か真正な宗教かという判断については、国民の手に委ねられるべきものであって、公権力が決定すべきでないと解されている。 これに対して、外部的行為を伴うものについては、信仰の表明としてなされた行為であっても他者の権利や利益に対して現実的・具体的害悪を及ぼす場合にまで絶対的に保障されるものではない。 投稿: 2016年11月 2日 水 21時26分 確かに親鸞会は高森会長を中心に全てが構成されているように見えるので、外見はカルトそのものだと思いました。 しかし、親鸞聖人の浄土真宗の仏教ですね。 阿弥陀仏の本願をいつも正しく説ききっています。 初めて聞く人から宿善開発して聞く人まで聞く一つで救われる説法でした。 初歩の人はどうしたら救われるのかと聞き、開発した人は一大事が分からないほど迷いが深く、一大事が分からないのが一大事だと苦悩します。 無条件でそのまま助けるのが弥陀の本願だと深く信じる事が出来たのがたのむ一念だとハッキリ答えてました。 他にそうハッキリ答える人は無く、お聖教読んでも読み間違えるだけだ。 事は後生の一大事ですぞ。 投稿: 2016年11月 3日 木 06時59分 実は昨日数年ぶりに座談会に顔を出しました。 やはり、カルトだと思いました。 真面目な質問とその答え、全て阿弥陀仏の本願が元になったハッキリ間違いない答え、獲信の道程、どれをとってもパクリでは絶対に答えられない内容でした。 千円は払うつもりで用意してましたが、ご法礼も自由にと書いてあり、出せとは誰も言わずに締め切りますで終わり、一円も取られませんでした。 無常と罪悪を凝視して毎日お勤めをする事が本願を計らう事なく聞けるようになる道だと正しく分かりやすく間違いなく話してました。 さよなら親鸞会をさよならします。 長い間視覚障害に騙されていました。 これからは寝返ったコメントを書き込みます。 投稿: 2016年11月 3日 木 07時13分 しばらく離れているうちに、頭真っ白けの老人になってましたが、本願の説法は健在で変わってませんでした。 欲深爺さんになって衰弱しているかと思いきや、益々元気に本願を力説していました。 世界中の人がネット回線で聞いていました。 大船は完成してあるのに、無耳人無眼人である全ての人は分からなく、分からない事を全て知った上の本願なので、そのままだと聞く事が出来た人が深く信じた人で弥陀をたのむ人なのであり、深く信じて念仏する人は必ず報土に往生できます。 念仏唱えたらと本願を計らっている人は本願に相違して、信じる事たのむ事は出来ません。 疑問が解けました。 無常と罪悪を見つめて聴聞する事しかありません。 善をやれとか金出せとかああしろこうしろという話は一切不要でした。 このサイトで深く信じて念仏の文を出して頂いたお蔭で高森先生から正しく聞く事ができました。 感謝しています。 離れた他の人も正しく聞ける事を念じています。 これからもコメントを書き続けますので宜しくお願いします。 なお、私の事をボケだとののしった人を軽蔑します。 信心ありとも、名号をとなへざらんは詮なく候ふ。 また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ。 されば、念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり。 詮ずるところ、名号をとなふといふとも、他力本願を信ぜざらんは辺地に生るべし。 (末灯鈔) 信前(自力)の念仏=また一向名号をとなふとも、信心あさくは往生しがたく候ふ 信後(他力)の念仏=念仏往生とふかく信じて、しかも名号をとなへんずるは、疑なき報土の往生にてあるべく候ふなり 信前(自力)の信心=、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、あさく信じて 信後(他力)の信心=、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じて 投稿: 2016年11月 3日 木 16時33分 『カルトの見分け方 必ずしもカルトが以下のすべての特徴を有しているわけではありませんが、その大部分が当てはまるなら、カルトと考えて差し支えないと思います。 1.真理はその組織に占有されており、その組織を通してのみ知ることができると主張する。 ncv. 投稿: 2016年11月 4日 金 09時37分 >因果の道理は仏様でも変える事が出来ません。 まことに往生せんとおもはば、衆生こそ願をもおこし行をもはげむべきに、願行は菩薩のところにはげみて、感果はわれらがところに成ず。 世間・出世の因果のことわりに超異せり。 和尚(善導)はこれを「別異の弘願」とほめたまへり。 (安心決定鈔) 阿弥陀仏の救いは、因果の道理を超えて異なっているのですが。 しかれば、もしは行、もしは信、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。 因なくして他の因のあるにはあらざるなりと、知るべし。 (信巻) 他因自果が阿弥陀仏の救いですが。 弥陀超世の大願、十悪・五逆・ 四重・謗法の機のためなれば、かの願力の強盛なるに、よこさまに超截せられたてまつりて、三途の苦因をながくたちて猛火洞燃の業果をとどめられたてまつること、おほきに因果の道理にそむけり。 (改邪鈔) 阿弥陀仏の救いは因果の道理に大いに背いているのですが。 もし因果相順の理にまかせば、釈迦・弥陀・諸仏の御ほねをりたる他力の別途むなしくなりぬべし。 (改邪鈔) 阿弥陀仏の救いが因果の道理に沿っていなら、阿弥陀仏・釈尊・諸仏の御苦労は無駄になりますが。 投稿: 2016年11月 5日 土 06時57分 >「大功徳を、衆生に回向しましますゆえに」 仏になる因を我らに与えてくださる、つまり他因自果 >「五逆の罪の重きを知らせんがためなり」 やはり引っ掛かりましたね。 此の前に10回の念仏で、とあるから、親鸞聖人は1回の念仏でも罪は消えるけれど、10回の念仏と説かれることで「五逆の罪の重きを知らせんがためなり」なんですよ。 >この念仏とは一切の計らいのなくなった念仏の事だよ。 そんなこと当たり前でしょ。 何を今更言っているの? お聖教の根拠の一つも出せないで、因果の道理と阿弥陀仏の救いに矛盾がないとか善知識と言っていることが180度違うのよ。 ニホンゴワカリマスカ? 投稿: 2016年11月 5日 土 11時31分 まことに往生せんとおもはば、衆生こそ願をもおこし行をもはげむべきに、願行は菩薩のところにはげみて、感果はわれらがところに成ず。 世間・出世の因果のことわりに超異せり。 和尚(善導)はこれを「別異の弘願」とほめたまへり。 (安心決定鈔) 阿弥陀仏の救いは、因果の道理を超えて異なっているのですが。 しかれば、もしは行、もしは信、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。 因なくして他の因のあるにはあらざるなりと、知るべし。 (信巻) 他因自果が阿弥陀仏の救いですが。 弥陀超世の大願、十悪・五逆・ 四重・謗法の機のためなれば、かの願力の強盛なるに、よこさまに超截せられたてまつりて、三途の苦因をながくたちて猛火洞燃の業果をとどめられたてまつること、おほきに因果の道理にそむけり。 (改邪鈔) 阿弥陀仏の救いは因果の道理に大いに背いているのですが。 もし因果相順の理にまかせば、釈迦・弥陀・諸仏の御ほねをりたる他力の別途むなしくなりぬべし。 (改邪鈔) 阿弥陀仏の救いが因果の道理に沿っていなら、阿弥陀仏・釈尊・諸仏の御苦労は無駄になりますが。 投稿: 2016年11月 5日 土 06時57分 投稿: 2016年11月 5日 土 12時03分 総まとめ 1.仏になる因は? 親鸞聖人 阿弥陀仏の御修行の因を賜る 高森信者 因は我らで縁だけ賜る(全て弥陀の一人働き) 2.因果の道理を信じることは? 親鸞聖人 仏智不思議を疑う罪 高森信者 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信る必要がある 3.阿弥陀仏の救いと因果の道理の関係 親鸞聖人 阿弥陀仏の救いは因果の道理に背いている 高森信者 阿弥陀仏の救いも因果の道理にかなっている(縁だけ阿弥陀仏) 4.獲信したら三世の業障は消えるのか? 親鸞聖人 一念で消える 高森信者 消えることはないと言ったが間違いなので修正してなくなるが悪業が障りにならなくなる 5.アジャセが全身にできものができたのはいつか? 親鸞聖人 獲信前 高森信者 獲信後 投稿: 2016年11月 5日 土 12時49分 釈迦如来のみことには念仏する ひとをそしるものをば「名無眼人」と説き、「名無耳人」と仰せおかれたることに候ふ。 (末灯鈔) 念仏を否定する人、高森信者のことを無耳人というのですわ。 念仏称えて助かると浅くでも信じている人は無耳人ではないの。 大聖易往とときたまふ 浄土をうたがふ衆生をば 無眼人とぞなづけたる 無耳人とぞのべたまふ (浄土和讃) 浄土を疑っている人を無耳人とお釈迦様は仰ったのですがね。 この元は『安楽集』 また『目連所問経』のごとし。 「仏、目連に告げたまはく、〈たとへば万川の長流に浮べる草木ありて、前は後を顧みず、後は前を顧みず、すべて大海に会するがごとし。 世間もまたしかなり。 豪貴・富楽自在なることありといへども、ことごとく生老病死を勉るることを得ず。 ただ仏経を信ぜざるによりて、後世に人となれども、さらにはなはだ困劇して、千仏の国土に生ずることを得ることあたはず。 このゆゑにわれ説く、《無量寿仏国は往きやすく取りやすし。 しかるに人修行して往生することあたはず、かへりて九十五種の邪道に事ふ》と。 われこの人を説きて無眼人と名づけ、無耳人と名づく〉」と。 経教すでにしかなり。 なんぞ難を捨てて易行道によらざらんや。 念仏称えて浄土に往きやすいのに、善に拘り、救われないと九十五種の邪道(高森外道を含む)につかえる人を、無耳人と仰っています。 悉く間違った高森外道を真宗と勘違いした喜劇コメントを恥じよ。 投稿: 2016年11月 5日 土 13時01分 総まとめ 1.仏になる因は? 親鸞聖人 阿弥陀仏の御修行の因を賜る 高森信者 因は我らで縁だけ賜る(全て弥陀の一人働き) 2.因果の道理を信じることは? 親鸞聖人 仏智不思議を疑う罪 高森信者 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信る必要がある 3.阿弥陀仏の救いと因果の道理の関係 親鸞聖人 阿弥陀仏の救いは因果の道理に背いている 高森信者 阿弥陀仏の救いも因果の道理にかなっている(縁だけ阿弥陀仏) 4.獲信したら三世の業障は消えるのか? 親鸞聖人 一念で消える 高森信者 消えることはないと言ったが間違いなので修正してなくなるが悪業が障りにならなくなる 5.アジャセが全身にできものができたのはいつか? 親鸞聖人 獲信前 高森信者 獲信後 6.無耳人とは 親鸞聖人 念仏を謗る人、外道 高森信者 因果の道理を信じない人 投稿: 2016年11月 5日 土 13時02分 総まとめ 1.我らが仏になる因は? 親鸞聖人 因がないのではない、阿弥陀仏の御修行が因、縁も阿弥陀仏から賜る 高森信者 因は凡夫にも阿弥陀仏にもない。 阿弥陀仏の縁だけ賜る 2.因果の道理を信じることは? 親鸞聖人 仏智不思議を疑う罪 高森信者 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信る必要がある 3.阿弥陀仏の救いと因果の道理の関係 親鸞聖人 阿弥陀仏の救いは因果の道理に背いている 高森信者 阿弥陀仏の救いも因果の道理にかなっている(縁だけ阿弥陀仏) 4.獲信したら三世の業障は消えるのか? 親鸞聖人 一念で消える 高森信者 消えることはないと言ったが間違いなので修正してなくなるが悪業が障りにならなくなる 5.アジャセが全身にできものができたのはいつか? 親鸞聖人 獲信前 高森信者 獲信後 6.無耳人とは 親鸞聖人 念仏を謗る人、外道 高森信者 因果の道理を信じない人 投稿: 2016年11月 5日 土 13時27分 >因果の道理が分からないとはそういう事だよ。 因果の道理は幼稚園児でも知ってるよ。 上品中生の条件である深信因果(観経疏) 深く世・出世の苦楽二種の因果を信じ、これらの因果およびもろもろの道理に疑謗を生ぜざることを明かす。 上品下生の条件である亦信因果(観経疏) 所信の因果不定なることを明かす。 あるいは信じ信ぜず。 ゆゑに名づけて「亦」となす。 あるいはまた前の〔上品中生の〕深信に同じかるべし。 また信ずといへども深からず。 善心しばしば退し、悪法しばしば起る。 これすなはち深く苦楽の因果を信ぜざるによりてなり。 簡単な説明 因果の道理を深信することができたら、上品中生の善人 因果の道理を信じたり信じられなかったりする状態なら、上品下生の善人 幼稚園児でも上品下生の善人だとさ。 投稿: 2016年11月 5日 土 14時23分 しかるに常没の凡愚、定心修しがたし、息慮凝心のゆゑに。 散心行じがたし、廃悪修善のゆゑに。 ここをもつて立相住心なほ成じがたきがゆゑに、「たとひ千年の寿を尽すとも、法眼いまだかつて開けず」(定善義)といへり。 いかにいはんや無相離念まことに獲がたし。 ゆゑに、「如来はるかに末代罪濁の凡夫を知ろしめして、相を立て心を住すとも、なほ得ることあたはじと。 いかにいはんや、相を離れて事を求めば、術通なき人の空に居て舎を立てんがごときなり」(同)といへり。 (化土巻) 常没の凡愚が散善をすることは、神通力の無い者が空中に家を作るほど難しいこと。 常没の凡愚が深信因果、あるいは亦信因果することは、空中に家を作るくらい難しいのに、幼稚園児でもできるとは(笑) 投稿: 2016年11月 5日 土 14時40分 因果の道理を信じていないものしかいない そんな人たちが獲信する道程が 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 であるなら、親鸞聖人は必ず 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 と何箇所も仰っている筈。 しかし、そんなお言葉は皆無。 因果の道理を誰も信じていないにも関らず 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 という道程を勧められていないということは、 「獲信してもらいたいという気持ちがない」 あるいは 「獲信するのに 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 という道程はない」 ということになるけど、前者はあり得ないので、後者にしかなりませんよ。 ちなみに、アジャセに対して釈尊は因果の道理を説かれるどころか、アジャセが父親を殺した罪は五逆罪にあたらないし、地獄に堕ちる罪でもないと仰って、親鸞会流の因果の道理を否定された御説法をアジャセが聞いて獲信しているのだけど、当然知る訳ないわね。 アジャセが獲信後にできもので苦しんだとか言っているくらいだからさ。 投稿: 2016年11月 5日 土 15時39分 総まとめ 1.我らが仏になる因は? 親鸞聖人 因がないのではない、阿弥陀仏の御修行が因、縁も阿弥陀仏から賜る 高森信者 因は凡夫にも阿弥陀仏にもない。 阿弥陀仏の縁だけ賜る 2.因果の道理を信じることは? 親鸞聖人 仏智不思議を疑う罪 高森信者 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信る必要がある 3.阿弥陀仏の救いと因果の道理の関係 親鸞聖人 阿弥陀仏の救いは因果の道理に背いている 高森信者 阿弥陀仏の救いも因果の道理にかなっている(縁だけ阿弥陀仏) 4.獲信したら三世の業障は消えるのか? 親鸞聖人 一念で消える 高森信者 消えることはないと言ったが間違いなので修正してなくなるが悪業が障りにならなくなる 5.アジャセが全身にできものができたのはいつか? 親鸞聖人 獲信前 高森信者 獲信後 6.無耳人とは 親鸞聖人 念仏を謗る人、外道 高森信者 因果の道理を信じない人 7.獲信するために因果の道理を信じる必要があるか? 親鸞聖人 ない 高森信者 頭だけでも真剣に因果の道理を深く信じて努力しろ 投稿: 2016年11月 5日 土 16時43分 >因果の道理は仏教の根幹だから、当たり前の事よ。 >当たり前の事をいちいち書き残す訳がない。 もう一度書くね。 因果の道理を信じていないものしかいない そんな人たちが獲信する道程が 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 であるなら、親鸞聖人は必ず 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 と何箇所も仰っている筈。 しかし、そんなお言葉は皆無。 因果の道理を誰も信じていないにも関らず 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 という道程を勧められていないということは、 「獲信してもらいたいという気持ちがない」 あるいは 「獲信するのに 2. 深信因果が出来ないと知らされるまでは全力で信じましょう。 という道程はない」 ということになるけど、前者はあり得ないので、後者にしかなりませんよ。 投稿: 2016年11月 5日 土 16時49分.

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