あどけない 語源。 「おぼこい」は方言?意味と使い方、語源、類語、英語表現を解説

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あどけない 語源

無邪気でかわいい。 無心である。 漢字はないんですね。 「あどなし」に「気」(け)がついたもの。 「あど」は足跡処(あとど)の略で、 幼児の足もとの不安定さから。 類語の「いたいけ」には、「幼気」という漢字が当てられています。 これ、知らないと「おさなげ」って読みますよ。 「幼気」(いたいけ) 1、子供などの痛々しく、いじらしいさま。 2、幼くてかわいいさま。 3、小さくてかわいらしいさま。 いとけない。 心が痛むくらいいいじらしいさま。 「いとけない」は「幼い/稚い」という漢字。 「いとき-なし」の転化。 おさない。 あどけない。 と書きましたが、 「可憐」も漢字が示すように憐れむ気持ちが根底にあります。 「可憐」(かれん) 姿・形がかわいらしく、守ってやりたくなるような気持ちを起こさせること。 意外な由来で、へーーと思った語が「ややこしい」です。 「ややこしい」 複雑である。 こみいってわずらわしい。 「稚児」(ややこ)からきています。 古くは「みどりこ」と清音。 私は蒙古斑からの緑子かと思っていましたが、 大宝令で とする規定があったことから。 新芽のように生命力溢れる赤ん坊の意。 「頑是ない」(がんぜない) 1、まだ幼くて物の道理がよくわからないさま。 2、あどけないさま。 無邪気だ。 「頑是」(がんぜ) 是非の区別。 「頑」 物の道理がわからない。 融通がきかない。 「是」 道理にかなっている。

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あどけない 語源

出版の経緯 [ ] に渡米したナボコフは教職のかたわら、この作品をから書き始め、には完成させた。 しかし、性的に倒錯した主題を扱っているため、アメリカでは5つの出版社から刊行を断られた。 ナボコフの代理人はさまざまな出版社に足を運び本を読んでもらい、各出版社の編集者は作品のテーマを見抜いてはいたようだが、そのあまりに難解な内容から、これは読者には「ポルノ」にしかみえないという理由で出版を拒んだ。 結果、初版はの出版社として有名なパリのからに出版されたが、らの紹介により読書界の注目の的となった。 アメリカではに出版されベストセラーになった。 イギリスでは、作家らが刊行を促す署名運動を起こし 、に出版された。 また、ナボコフ自身による評論「『ロリータ』 について」があり、この作品の本質を見てもらいたいというナボコフの考えや、作品の性的な部分についての自身の考えが書かれている。 あらすじ [ ] 作品はハンバートが獄中書き残した「手記」という形式をとっている。 からに亡命した中年の大学教授である文学者 ハンバート・ハンバートは、少年時代の夏に(1910年生まれのハンバートより数か月年下の13歳 - 14歳)と出会い、恋人同士になるが、アナベルは出会いから4か月後ににより死別してしまい、いつまでも忘れられずにいる。 一度はヴァレリアという少なくとも20代後半(パスポートすら偽装しており正確な年齢は分からずじまい)の女性と結婚もしたがうまくいかなかった。 、ハンバート(36歳 - 37歳)はアナベルの面影を、あどけない12歳の少女の ドローレス・ヘイズ(Dolores; 愛称 ロリータ Lolita)に見出して一目惚れをし、彼女に近づく下心を持ってその母親である30代半ばの未亡人シャーロット・ヘイズと結婚する。 母親が不慮の事故で死ぬと、ハンバートはロリータを騙し、アメリカ中を自動車で逃亡する。 しかしロリータはハンバートの理想の恋人となることを断固拒否した。 そして時間と共に成長するロリータに比して、ハンバートは衰えて魅力を失いつつあった。 、ロリータ(14歳)は突然ハンバート(38歳 - 39歳)の目の前から姿を消す。 その消息を追ってハンバートは再び国中を探しまわる。 3年後、ロリータからの手紙(発送、着)からついに居所を見つけ出すが、17歳になった彼女は若い男と結婚、彼の子供を身ごもっていた。 哀しみにくれるハンバート(41歳 - 42歳)は、かつて彼女の失踪を手伝って自分の許から連れ出したのは男性の劇作家クレア・クィルティ(愛称キュー)であったことを知り、遂には彼を殺害する。 ハンバートは、しばらく後に逮捕されて獄中で病死し、ロリータも出産時に命を落とす。 解説 [ ] 前思春期の少女にあらわれる性的な魅力を「」の倒錯した魅力と巧みに規定して、社会に衝撃と影響を残したこの作品は、全体の構成より細部(文体)へと関心が傾けられ、さまざまな引用や巧妙な言葉遊びに満ちている。 冒頭は「Lolita, light of my life, fire in my loins. 」というLとFの音を重ねた文章となっている。 作者の分身ともいえるハンバートによるを多用した独白調の文章は晦渋なことでも知られる。 ナボコフは12歳から14歳まで及び19歳の女子の身長と体重の統計を創作カードに残している。 12歳(147cm、39kg)、13歳(152cm、44kg)、14歳(157cm、49kg)で、ドローレス・ヘイズは12歳(144cm、35kg)、13歳(150cm、39kg)、14歳(152cm、41kg)と身長は平均よりやや低く、体重はかなり軽くやせ気味という設定である。 また、古今東西の法律や文化を調査して文中で列挙するなど科学的なアプローチを取っている。 知的ではあるが屈折・鬱屈した自意識に満ちたハンバートにヨーロッパ旧世界の象徴を、成熟しつつも素朴な性質のロリータにアメリカの象徴を読み取ることもできる。 翻案 [ ] 映画• :監督• :監督 オペラ• 作曲による作品• 作曲年:• 音響技術協力:• 初演団体:• 作曲による作品• 作曲年:• 作品番号:Op. 委嘱: 類作の存在 [ ] 『ロリータ』には原作があると言われ、の作家で後に系に転じた( - )のの作品『 Die verfluchte Gioconda』の中に、Lolitaという少女の出てくる類似のテーマの作品がある。 このことはドイツの文芸批評家が発見し、3月に各新聞や文芸誌で報じられた(FAZ. 2004参照)。 ナボコフとリヒベルクは15年間を同じで過ごした同時代人である。 文学的本質から言えば、両者は別の文学であるとされる。 日本語訳 [ ]• ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』訳、。 旧訳版• ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』訳、新潮文庫。 初刊は・単行判• ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ 魅惑者』若島正・後藤篤訳、新潮社〈ナボコフ・コレクション5〉、2019年。 後者は原型となった中篇 関連文献 [ ]• ウラジミール・ナボコフ 『魅惑者』 出淵博訳、河出書房新社、。 - 本作と同じモチーフを扱った作品で『ロリータ』の原型と言われている。 亡命前の作品でロシア語で書かれた。 原書はにパリで出版。 若島正 『ロリータ、ロリータ、ロリータ』 作品社、。 - 日本語訳者による『ロリータ』論集。 Vladimir Nabokov. Lolita A Screenplay. Vintage : 1st Vintage International. 1997. - キューブリック監督の映画化時に、作者が書き起こした脚本。 脚本としてナボコフの名がクレジットされているものの、実際の映画には用いられなかった。 初版は。 Appel, Alfred, Jr. The Annotated Lolita revised ed. New York: Vintage Books. 1991. - 研究者によるメジャーな注釈書。 初版は。 中田晶子、南山大学紀要第37号、• 南山短期大学紀要 27 号 脚注 [ ].

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あどけない 語源

では、さっそく、高村光太郎の詩「あどけない話」を引用してみましょう。 あどけない話 智恵子は東京に空が無いといふ、 ほんとの空が見たいといふ。 私は驚いて空を見る。 桜若葉の間に在るのは、 切つても切れない むかしなじみのきれいな空だ。 どんよりけむる地平のぼかしは うすもも色の朝のしめりだ。 智恵子は遠くを見ながら言ふ。 阿多多羅山 あたたらやまの山の上に 毎日出てゐる青い空が 智恵子のほんとの空だといふ。 あどけない空の話である。 高村光太郎の数多い詩の中で、もっともシンプルな詩が、この「あどけない話」です。 シンプルという意味は、ただ短いというだけでなく、きわめてわかりやすく、素直な心情を素直に語っていることにあります。 だからといって、浅いわけでもなく、弱いわけでもありません。 簡明ですが、生きることの根源に通じる深さを有した詩です。 高村光太郎と智恵子との関係を知った上で、こういう詩は、深読みすることなく、流れにまかせて、素直に読み取ることがベストでしょう。 そうしないと、この詩の深さ、特異性が感じ取れません。 高村光太郎と智恵子は夫婦でした。 しかし、智恵子は後に精神に異常をきたし、入院生活を余儀なくされたのです。 高村光太郎は智恵子を愛し続け、智恵子に関わる詩を多数創作し、「智恵子抄」という詩集にまとめたのでした。 「智恵子抄」は、1941年に龍星閣から出版されました。 で、「あどけない話」ですが、簡単に流れをおって内容を確認してみることにします。 智恵子は東京に空が無いといふ、 ほんとの空が見たいといふ。 この書き出しで、謎を提示します。 「東京に空が無い」という、意表を突く、意味深な言い回しで、引きつかられますね。 「なんのこっちゃ?」となるわけです。 その後の一行が実に効いています。 私は驚いて空を見る。 たぶん、この一行がなかったら、駄作となっていたかもしれないと思うほど、この一行が「あどけない話」を生き生きと展開させ始めるのです。 実際に、高村光太郎が智恵子に「東京には本当の空が無い」と言われた時に空を見たのかはわかりません。 ただ、この詩において、「驚いて空を見る」と書いたことで、一気に読者を詩の世界に引きずり込んでしまいます。 なぜなら、ふだん当たり前だと思っていたことに新鮮な意味を発見することは正に「詩」であるから。 また、おそらくは智恵子が類まれな天分を持ち、しかも精神の病におかされたことで、光太郎に自分だけでは気づけない「尊いこと」を伝え続けたであろうことは容易に想像できます。 その「尊いこと」が「本当の空」なわけです。 智恵子に言われて、ハッとして空を見上げる光太郎。 光太郎は、智恵子の言葉の意味を探ろうと自問自答し、ラストの5行で、智恵子の言葉の謎を解きます。 智恵子は遠くを見ながら言ふ。 阿多多羅山 あたたらやまの山の上に 毎日出てゐる青い空が 智恵子のほんとの空だといふ。 あどけない空の話である。 阿多多羅山は智恵子の郷里である福島にある山です。 ふるさとで見た空が本当の空で、東京の空は本当の空ではない、という単純なことを智恵子は言いたかっただけなのでしょうか。 「なんだ、そんなことか」とも、とれないわけではありません。 しかし、 空のことを「空が無い」と嘆いてみたり、「ほんとの空がみたい」と願ったりする心の動きは、尋常ではありませんよね。 普通に人にとっては、「空」はふつうにあるものであって、日によって変化はするだろうけれど、大した問題ではないわけです。 ところが、 智恵子は「ほんとの空」に恋焦がれ、それがなくては生きている気がしない、というくらいに大事だと感じている。 「空」ほど物資文明、経済社会からほど遠いものはなく、そうした物や金と関係のないものに、全身全霊で恋焦がれることの健気さ、哀しさを光太郎は痛いほど感じています。 智恵子の純粋さは、光太郎にとって精神の支えであると同時に、哀しみの根源でもありました。 純粋であることは壊れることだ、という悲劇を、光太郎は智恵子を通じて体験してしまったのです。 高村光太郎自身が生きるということの根っ子に智恵子は存在し、死ぬまで深刻にかかわりつづけたのですが、その重い時間の中で、ふっとこぼれた話が「空」のことでありました。 深い哀しみと祈りの気持ちを、深刻な言葉ではなく、「あどけない話」として語ったことが、この詩に永遠の輝きを与えているのではないでしょうか。 「あどけない話」にこそ、人生の深い真実が秘められているのかもしれないから。 今週の人気記事ランキング• 192件のビュー• 175件のビュー• 167件のビュー• 132件のビュー• 130件のビュー• 89件のビュー• 79件のビュー• 76件のビュー• 72件のビュー• 68件のビュー• 67件のビュー• 62件のビュー• 58件のビュー• 56件のビュー• 56件のビュー• 54件のビュー• 47件のビュー• 43件のビュー• 43件のビュー• 42件のビュー• 41件のビュー• 36件のビュー• 35件のビュー• 33件のビュー• 32件のビュー• 31件のビュー• 31件のビュー• 27件のビュー• 23件のビュー• 22件のビュー.

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