女御 現代仮名遣い。 『源氏物語』の現代語訳:桐壺1

『源氏物語』の現代語訳:桐壺1

女御 現代仮名遣い

古典について教えてください。 光源氏の誕生 本文 いづれの御時にか、女御・更衣あまた 1 候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。 はじめより 2 我はと思ひあがりたまへる御方々、めざましきものにおとしめそねみ給ふ。 同じほど、それより下臈の更衣たちは、ましてやすからず。 朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし恨みを負ふ積もりにやありけむ、 3 いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、 4 いよいよ飽かずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえはばからせ給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。 5 上達部・上人なども、あいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の 6 御おぼえなり。 唐土にも、かかることの起こりにこそ、世も乱れ悪しかりけれと、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもて悩みぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて交じらひたまふ。 1、 次の言葉の読みを現代仮名遣いで書いてください。 1、際 2、下﨟 3、例 4、上達部 5、唐土 2、 本文中の 1 の『候ひ』の敬語の種類を答えてください 3、 2 の『我は』のあとに省略されている言葉を、次の中から一つ選んでください 1、最も位が上である 2、帝の寵愛を受けよう 3、さらに権力を握りたい 4、名声を得たい 4、 3 の『いとあつしくなりゆき』とあるが、この原因を作者はどのように推量しているか。 それを述べている部分を十五字以内で抜き出してください よろしくお願いします 投稿日時 - 2014-10-24 04:17:31 1、 次の言葉の読みを現代仮名遣いで書いてください。 多くは、語頭以外の「は・ひ・ふ・へ・ほ」か「む」の変化です。 2は、げらふ」の「ふ」が語頭以外の「ふ」なので「う」に変化し、「げらう」になります。 「げらう」の「らう(rau)」は「au(アウ)」の長音を含むので、「ro~(o~)」に変化し、「げろ~」になります。 その「~」が「う」になり「げろう」となります。 2、 本文中の 1 の『候ひ』の敬語の種類を答えてください A=謙譲語 *終止形を考えましょう。 動詞は一般に、語尾の行(ここでは「ひ」が語尾で、「ハ行」)のウ段(ここでは「(候)ふ」)であることが多いです。 そして、辞書にあたりましょう。 3、 2 の『我は』のあとに省略されている言葉を、次の中から一つ選んでください 1、最も位が上である 2、帝の寵愛を受けよう 3、さらに権力を握りたい 4、名声を得たい A=2 *「女御・更衣あまた 1 候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。 」の部分がヒントです。 古文に限らず現代文、英語などでも、前後の1~3行は要チェックです。 4、 3 の『いとあつしくなりゆき』とあるが、この原因を作者はどのように推量しているか。 それを述べている部分を十五字以内で抜き出してください A=恨みを負ふ積もりにやありけむ *これも3と同じです。 答えは近くにあります。 投稿日時 - 2014-10-24 14:41:29.

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源氏物語『桐壷・光源氏の誕生(いづれの御時にか〜)』の現代語訳・解説 / 古文 by 走るメロス

女御 現代仮名遣い

スポンサーリンク 紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた 『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。 『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。 『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。 『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。 紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。 参考文献 『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)• 『源氏物語』の現代語訳:桐壺1(現在位置) [古文・原文] いづれの御時(おおんとき)にか、 女御・更衣(にょうご・こうい)あまた侍ひ給ひ(さぶらいたまい)けるなかに、 いとやむごとなき際(きわ)にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり。 はじめより我はと思ひ上がり給へる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉み(そねみ)給ふ。 同じほど、それより下臈(げろう)の更衣たちは、 まして安からず、朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、 いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせ(はばからせ)給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。 上達部・上人(かんだちめ・うえびと)なども、 あいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。 唐土(もろこし)にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれと、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、 楊貴妃の例も、引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ給ふ。 父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ、いにしへの人の由(よし)あるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえ花やかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなし給ひけれど、とりたててはかばかしき後見(うしろみ)しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。 [現代語訳] どの帝の御世であったか、女御や更衣が大勢お仕えなさっていた中に、たいして高貴な身分ではない方で、きわだって帝の寵愛を集めていらっしゃる人があった。 入内(じゅだい)した初めから、自分こそはと気位の高い女御の方々は、分不相応な者だと見くだしたり嫉んだりなさっている。 同じ身分やその方より低い身分の更衣たちは、女御たち以上に心が穏やかではない。 朝晩のお仕えにつけても、周囲に不快な思いをさせて、嫉妬を受けることが積もり積もったせいであろうか、ひどく病気がちになってしまい、どこか心細げにして里に下がっていることが多いのを、帝はますますこの上なく不憫なことだとお思いになられて、誰の非難(寵愛する妃の悪口)をもお構いなさることがなく、後世の語り草になりそうなほどの扱いようである。 上達部・殿上人なども、その状況を横目で見ていて、とても眩しくて見ていられないほどの御寵愛ぶりである。 中国の唐でも、このようなことが原因となって、国が乱れ、悪くなったのだと、次第に国中でも困ったことだと言われるようになり、人々が持て余す悩みごとの種となって、(玄宗皇帝を魅了した)楊貴妃の例まで引き合いに出されそうになっていくので、非常にいたたまれないことが多くなっていくが、もったいないほどの帝のお気持ちに類例がないこと(自分を非常に大切にし愛してくれること)を頼みにして何とか宮仕え(後宮生活)をしていらっしゃるのである。 父親の大納言は亡くなって、母親の北の方が古い家柄の出身で教養のある趣味人なので、両親とも揃っていて、今現在の華やかな身分にある方々にも見劣りしない程度に、どのような儀式にも対処なさっていたが、これといったしっかりとした後見人(後ろ盾)がいないので、大事な儀式が行われる時には、やはり頼りとする人もなくて心細い様子である。 スポンサーリンク [古文・原文] 先の世にも御契り(おんちぎり)や深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子(おのこみこ)さへ生まれ給ひぬ。 いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる稚児の御容貌(おかたち)なり。 一の皇子(みこ)は右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲け(もうけ)の君と、世にもてかしづき聞(きこ)ゆれど、この御にほひには並び給ふべくもあらざりければ、 おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物(わたくしもの)に思ほしかしづき給ふこと限りなし。 初めよりおしなべての上宮仕へし給ふべき際にはあらざりき。 おぼえいとやむごとなく、上衆(じょうず)めかしけれど、わりなくまつはさせ給ふあまりに、 さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、先づ参う(まう)上らせ給ひ、ある時には大殿籠もり過ぐして、やがて侍らはせ給ひなど、あながちに御前(おまえ)去らずもてなさせ給ひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれ給ひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、坊にも、ようせずは、この御子の居給ふべきなめり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。 人より先に参り給ひて、やむごとなき御思ひなべてならず、御子たちなどもおはしませば、この御方の御諌めをのみぞ、なほわづらはしう、心苦しう思ひ聞えさせ給ひける。 かしこき御蔭をば頼み聞えながら、落としめ 疵(きず)を求め給ふ人は多く、わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞし給ふ。 御局(おつぼね)は桐壺(きりつぼ)なり。 あまたの御方がたを過ぎさせ給ひて、ひまなき御前渡りに、人の御心を尽くし給ふも、げにことわりと見えたり。 参う上り給ふにも、あまりうちしきる折々は、打橋、渡殿(わたどの)のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾、堪へがたく、まさなき事もあり。 またある時には、え避らぬ馬道(めどう)の戸を鎖(さ)しこめ、こなたかなた心を合はせて、 はしたなめわづらはせ給ふ時も多かり。 事にふれて、数知らず苦しきことのみまされば、いといたう思ひわびたるを、いとどあはれと御覧じて、後涼殿(こうりょうでん)にもとより侍ひ給ふ更衣の曹司(ぞうし)を他に移させたまひて、上局(うえつぼね)に賜はす(たまわす)。 その恨み、ましてやらむ方なし。 [現代語訳] 前世でも深いお約束(縁)があったのだろうか。 この世にまたとないほどに美しい玉のように光り輝く男の御子までがお生まれになった。 早く早くと待ち遠しくお思いになられて、急いで宮中に参内させて御子を御覧あそばすと、類稀な若宮のお顔だちの良さである。 第一皇子は、右大臣の娘の女御がお生みになった方で、後見がしっかりとしていて、当然のように皇太子になられる君だと、世間も大切に存じ上げているのだが、この御子の輝くばかりの美しさとは比べようもなかったので、一通りの形ばかりのご寵愛であって、この若宮の方を、自分の思いのままに可愛がられて、大切にあそばされていることはこの上もない。 母君は本来であれば、女房並みに帝のお側御用をなさらねばならない身分ではなかったのである。 誰からも身分を尊重され、上流貴族としての気品・風格もあったが、帝がむやみにお側近くに引き留められたために、相当な管弦のお遊びがある時、それ以外のどのような行事でも、趣きのある催しがある度ごとに、まっさきに参上させられてしまう。 場合によっては、夜遅くまで一緒に過ごして寝過ごしてしまわれた時でも、昼間もそのままお側近くに置いておかれるなど、無理やりに帝が御前から離さずにお扱いあそばされているうちに、いつしか身分の低い女房のようにも見えたのだが、この御子がお生まれになって後は、特別に大切にお考えになられるようになったので、東宮(皇太子)にももしかしたら、この御子がおなりになるのかもしれないと、第一皇子の母の女御はお疑いになっていた。 この女御は誰よりも先に御入内なされて、その家柄の良さゆえに帝が大切に扱われていることは並々のことではなく、皇女たちなども産んでいらっしゃるので、この御方の諫言だけは、さすがに無視できないことだと、面倒に煩わしくお思いになっているのであった。 更衣は恐れ多い御庇護をお頼り申しあげてはいるものの、軽蔑したり落度を探したりされる方々は多く、ご自身は病弱でその寿命がいつとも知れぬご様子で、なまじ御寵愛を得たばかりにしなくてもよい悩みを抱えておられる。 住んでいる御殿は桐壺である。 大勢のお妃方の前を帝は素通りあそばされて、ひっきりなしの素通りを繰り返されるので、お妃方が思い悩んでおられるのも、なるほどもっともなことである。 参上なさる場合にも、あまりにその更衣の参上ばかりが度重なる時(更衣だけが帝に寵愛を受けている時)には、打橋や渡殿のあちらこちらの通路に、悪意のある仕掛けを施して、送り迎えする女房の着物の裾がひっかかって傷んでしまうことがある。 またある時には、どうしても通らなければならない馬道の戸を締めて通れないようにし、こちら側とあちら側とで示し合わせて、どうにもならないようにして更衣を困らせることも多かった。 何かにつけて、数え切れないほどにつらいことばかりが増えていくので、すっかり悩み込んでいるのを、帝はますますお気の毒にお思いになられて、後凉殿に以前から控えていらっしゃった方々(意地悪をしていた方々)の部屋を他に移させて、上局(桐壺の更衣専用の休憩所)としてお与えになられた。 その恨みは(他に移された更衣たちの恨みは)、なおさら晴らしようがないほどに強くなった。 楽天AD [古文・原文] この御子三つになり給ふ年、御袴着(おはかまぎ)のこと、一の宮の奉りしに劣らず、内蔵寮・納殿(くらつかさ・おさめどの)の物を尽くして、いみじうせさせ給ふ。 それにつけても、世の誹りのみ多かれど、この御子のおよずけもておはする御容貌(おかたち)心ばへありがたくめづらしきまで見え給ふを、え嫉み(そねみ)あへ給はず。 ものの心知り給ふ人は、かかる人も世に出でおはするものなりけりと、あさましきまで目をおどろかし給ふ。 [現代語訳] この御子が三歳におなりの年に、御袴着の儀式が行われたが、一宮がお召しになったのに劣らないほど内蔵寮・納殿の御物を派手に使って、とても盛大に執り行われた。 そのことについても、世人の非難ばかりが多かったが、この御子が成長なされていかれると、そのお顔だちやご性格が世間に類がないほどに素晴らしいので、憎むことがなかなかできない。 物事の情趣を弁えた有識者たちは、このような素晴らしい完璧な方が、この世に生まれてくることがあるものなんだなと、驚き呆れたご様子で目を見張っていらっしゃる。

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伊勢物語『芥川・白玉か』(昔、男ありけり。女のえ得まじかりけるを〜) わかりやすい現代語訳と解説 / 古文 by 走るメロス

女御 現代仮名遣い

「黒=原文」・ 「赤=解説」・ 「青=現代語訳」 原文・現代語訳のみはこちら 問題はこちら 改訂版はこちら いづれの 御時(おほんとき) に か。 御時=御代、天皇の代、 に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形、「~である」 か=係助詞、係り結びの省略がおこっている。 省略されているのは「ありけむ」。 「~にや(あらむ・ありけむ)」「~にか(あらむ・ありけむ)」という形でよく出てくる。 訳は「~であるのだろうか・あったのだろうか」。 「けむ」は過去推量の助動詞。 いつの帝の御代であっただろうか、 女御(にようご)、 更衣(かうい)あまた さぶらひ 給ひ けるなかに、 女御=天皇が囲っている女性、高位の女官、更衣よりも上 さぶらふ=ハ行四段、謙譲語、お仕え申し上げる、動作の対象である天皇を敬っている 給ふ=補助動詞ハ行四段、尊敬語、動作の主体である女御・更衣を敬っている ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形 女御や更衣の方が、大勢お仕え申し上げていらっしゃった中に、 いと やんごとなき 際(きは) にはあら ぬが すぐれて 時めき 給ふありけり。 ちなみに、直後に「人」が省略されているため連体形となっている。 「~していらっしゃる人」 それほど高貴な身分ではない人で、格別に帝のご寵愛を受けていらっしゃる方があった。 はじめより、我はと 思ひあがり 給へ る御かたがた、 思ひあがる=ラ行四段、自負する、気位を高く持つ 給へ=補助動詞ハ行四段、尊敬語、動作の主体である御方々(女御たち)を敬っている る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形、直前に四段の已然形があることから判断できる、直後に体言が来ていることから連体形だと考えて活用から判断してもよい。 最初から私こそは(帝のご寵愛を得る)と自負していらっしゃった女御の方々は、 めざましきものに 貶(おと)しめ 妬(そね)み 給ふ。 めざまし=形容詞シク活用、すばらしい、心外だ、気にくわない おとしむ=マ行下二段、見下げる、さげすむ そねむ=マ行四段、羨ましくて憎く思う、ねたむ 給ふ=補助動詞ハ行四段、尊敬語、動作の主体である御方々(女御たち)を敬っている (格別のご寵愛を受けているこの更衣のことを)心外な存在として軽蔑したり嫉妬したりなさる。 同じ程、それより 下臈(げらふ)の更衣たちは、まして やすから ず。 下臈=身分の低い者 やすし=形容詞ク活用、易しい、安らかである ず=打消しの助動詞「ず」の終止形、接続は未然形 (この更衣と)同程度、あるいはそれより低い身分の更衣たちは、(女御たちにも)まして心中穏やかでない。 朝夕の宮仕につけても、人の心をうごかし、恨みを負ふ 積り に やあり けむ、 積る=名詞、積もること、見積もり に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形 や=疑問・反語の係助詞、結び(文末)は連体形となる、ここでは「けむ」 けむ=過去推量の助動詞「けむ」の連体形、接続は連用形、係助詞「や」の結びとなっている 日常のおそば勤めにつけても、周りの人の心を動かしてばかりいて、恨みを受けるのが積み重なったからであったろうか、 いと あつしくなりゆき、 物心細げに 里がちなるを、 あつし(篤し)=形容詞シク活用、病気が重い、危篤の状態だ 物心細げなり=形容動詞ナリ活用、なんとなく心細い、頼りなく不安である 里がちなり=形容動詞ナリ活用、実家に帰っていることの多い様子、直後に「こと」が省略されているため連体形になっている。 (更衣は)ひどく病弱になってゆき、なんとなく心細そうな様子で実家に帰りがちであることを、 いよいよ 飽かず あはれなるものに おぼほして、 いよいよ=副詞、なおその上、ますます、とうとう 飽く=カ行四段、満足する、飽き飽きする あはれなり=形容動詞ナリ活用、しみじみと心を動かされる、しみじみとした趣がある、かわいい、いとしい おぼほす=サ行四段、尊敬語、お思いになる、動作の主体である帝を敬っている (帝は)ますます飽き足らず愛しい者とお思いになって、 人の 譏(そし)りをも え 憚ら せ 給はず、 そしり=そしること、非難 え=副詞、「え~ず(打消)」で「~することはできない」ないという形で使われることが多い。 憚る=ラ行四段、障害があっていき悩む、進めないでいる せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、直後に尊敬語が来ているため使役か尊敬の文脈判断をし、尊敬だと判断する。 動作の主体である帝を敬っている。 給ふ=補助動詞ハ行四段、尊敬語、上記の「せ」とともに二重敬語となって帝を敬っている。 人々の非難を気兼ねなさることもできず、 世の 例(ためし)にもなり ぬ べき 御もてなし なり。 例=名詞、先例、話の種、手本 ぬ=強意の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形、基本的には完了の意味として使われるが、完了・強意の助動詞「つ・ぬ」の直後に推量系統の助動詞(む・べし・らむ・まし)などが来ている時には、強意の意味で使われる。 「強意+推量」「きっと~だろう」 べき=推量の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形) 御もてなし=名詞、ふるまい、とりはからい、待遇、 なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形 世の語り草にもなってしまいそうなおふるまいである。 公家や殿上人たちもなんとなく目を背けるという状態で、 いと まばゆき 人の御おぼえ なり。 人の御おぼえ=人は「桐壷の更衣」のことで、御おぼえとは「帝のご寵愛を受けること」である、「桐壷の更衣へのご寵愛」 なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形 本当にまぶしいまでのこの更衣へのご寵愛ぶりである。 もろこしにも、 かかる 事の起りに こそ世も乱れ あしかり けれと、 もろこし=中国 かかる=連体詞、このような、こういう、ここでいう「このような」とは「人々の批判にも耳を傾けず、国の王が一女性への愛に溺れるといったこと」である 事の起こり=原因・契機、事(名詞)、の(格助詞)、起こり(名詞) こそ=強調の係助詞、結び(文末)は已然形、ここでは「けれ」が結びとなっている。 「もろこし~あしかりけれ」には本来、鉤括弧「」が書かれていて省略されているため、けれの部分が文末扱いとなる。 「強意+推量」「きっと~だろう」 べく=推量の助動詞「べし」の連用形、接続は終止形(ラ変なら連体形) に=接続助詞、「を・に・ば・ば・ど・も・が」が使われた直後に主語が変わる可能性がある、ここでは次の文から主語が桐壷の更衣に変っている。 楊貴妃の前例までも引き合いに出しそうなほどになっていくので、 いと はしたなきこと多かれ ど、 かたじけなき 御心ばへ の 類なきを たのみにて 交らひ 給ふ。 続きはこちら 問題はこちら 改訂版はこちら lscholar.

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